奈良県下北山村で「ツチノコ」が35年ぶりに復活 ツチノコ共和国による村おこしの思いを継承した下北山つちのこパーク

平成元年にミニ独立国「ツチノコ共和国」を建国し、一世を風靡した奈良県下北山村。あれから35年が経ち当時の記憶も薄れゆくなか、今年になってツチノコが復活した。立役者は、昨年東京から村に移住した道下考平さん。一般社団法人「下北山つちのこパーク」を設立し、ツチノコのキャラクターを生かした観光事業を立ち上げた。

今回、「ツチノコ共和国」の代表者である野崎和生さんの案内で下北山村を訪問し、ツチノコ復活にかける思いを道下さんに聞いた。

昭和末期に始まったツチノコによる村おこし

奈良県の東南端に位置する下北山村は、熊野の深い山々と渓谷に囲まれた人口800人弱の小さな山村である。昔は林業が盛んだったが、今の村の主要産業は観光。バス釣りのメッカで知られる関西最大の湖「池原ダム湖」、各種スポーツやキャンプ、温泉が楽しめる「下北山スポーツ公園」、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一つである「大峯奥駈道」など、山深い立地にしては観光資源が多い。しかしながら村の人口は減少を続け、過疎化の波にさらされている。

関西最大のダム湖、池原ダム
村内を流れる清流。夜にはホタルが舞う。

この下北山村の名前が全国に知れわたる出来事が35年前にあった。1988年4月に開催されたツチノコ捕獲イベント「ツチノコ探検」である。仕掛けたのは、当時、村会議員を務めていた野崎和生さん。村民からの目撃証言が相次いでいたツチノコを捕獲すれば、村の知名度アップにつながると考えた。

ツチノコは、太く短い胴体を持つ蛇に似た未確認動物。イベントは話題を呼び、全国16都府県から100名が来村し、総勢230名の参加者が集まった。残念ながらツチノコは捕獲できなかったが、イベントの様子はテレビや雑誌、新聞を通じて全国に紹介され、下北山村の名は全国に広まった。

こうしたツチノコによる村おこしは下北山村が先駆けとなり、その後、東白川村や上下町(現府中市)など幾つかの町村が追随した。

「ツチノコ共和国」代表者の野崎和生さん
全国から200名以上を集めた第1回「ツチノコ探検」

ツチノコ共和国を建国

翌1989年4月には、下北山村にミニ独立国「ツチノコ共和国」が建国された。ミニ独立国とは、地域活性化や自然保護の手段として作られた架空の国家のこと。1980年代には全国で200以上の国家が誕生し、ブームになっていた。ツチノコ共和国では、年会費を支払った人を「国民」に認定して独自のパスポートを発行。ホタル狩りや渓谷巡りなどのイベントを年に2〜3回実施したり、村の情報発信を行ってきた。建国時から共和国の代表を務める野崎さんは、共和国を作った理由を次のように語る。

「『ツチノコ共和国』を建国したのは、ツチノコ探検を一過性のイベントにしたくなかったのと、自然豊かな下北山村を多くの人に知ってほしいとの思いからです。いわば下北山村のファン作り。今で言う関係人口ですね。1988年、時の竹下首相発案の「ふるさと創生1億円事業」で全国の自治体がアイデア合戦に沸くなかで、公共事業に頼らないこうした考え方は注目を浴びました」

さまざまなイベントの開催を通じて都市からの来訪を促し、参加者と村民との交流を重ねることを目指した共和国。しかし、2004年の台風で村の自然が被害を受けて以来、イベント開催は途絶えていた。

ツチノコ共和国の「国民」に発行したパスポート

「ツチノコ」のキャラクターを復活

そんな下北山村に今年、「下北山つちのこパーク」という名の一般社団法人が立ち上がった。設立したのは、昨年、東京から下北山村に移住した道下考平さん(42歳)である。

「下北山つちのこパーク」事務局長の道下考平さん

道下さんは東京で子供服のアパレル会社を共同創業して運営していたが、コロナ禍で在宅ワークをしながら子供と過ごすうちに地方で伸び伸びと子育てをしたいと思い、下北山への移住を決めた。きっかけは何だったのか?

「最初に村を訪れて感じた大きな魅力は、川や森などの自然の豊かさ、朝の清々しい空気感、そして村の人たちのチャレンジ精神です。社団法人の前身となった「下北山地域総合商社」という任意団体のメンバーをはじめ、村民の方々も村の課題や未来について向き合っている姿勢が強く印象に残っていて、『ここでみんなと一緒に下北山村を盛り上げたい』と思いました」

最初の数ヶ月は、地域総合商社で特産品や観光開発をしていた道下さんは、村内での様々な出会いの中で「ツチノコ共和国」が下北山村発祥と知る。

「小学校低学年の時に第二次ツチノコブームが来ていて、『ツチノコ探検隊』のイベントやツチノコのイラストを覚えていたんです。下北山の特産品をお客様に伝えるうえで、ツチノコは強力なフックになると感じました。そんな時に野崎さんと出会い、当時の盛り上がりを聞くうちに、『ツチノコでもう一度村を盛り上げたい』という思いが湧いてきました。そこで、ツチノコの名を冠した社団法人「下北山つちのこパーク」を4月に設立しました。ツチノコは下北山にゆかりのあるユニークなキャラクターで、村民にもなじんでいます。継承しない手はなかったですね」

リメイクされた新キャラクター「つちのこくん」

「ツチノコ」ブームをもう一度

道下さんは当時のツチノコのキャラクターを現代風にリメイクし、村のシンボルとしてPRを始めた。特産品にツチノコのイラストを付けたり、Tシャツなどのグッズを開発したり、体験メニューもスタート。専用ホームページを作り、グッズを購入できるECサイトも立ち上げた。現在、社団法人のメンバーは事務局長の道下さんも入れて3名。うち2名は役場職員を兼任している。近日中には社団法人の事務所も移転し、野崎さんから受け継いだツチノコ関連の資料や品物を展示する計画である。

「新しい事務所は元保育園だった建物です。体育館もありますので、いずれは観光客や村民が集える交流施設にしたいですね。当面の目標は、村の資源を活用したヒット商品を生み出すこと。いずれは特産品や体験だけでなく、村が稼ぐ力を付けるサポートをしたいと思っています。そのためには、人の流れを作ることが重要。まずは下北山との接点を作り、多くの方に村の良さを知ってもらうことから始めます。将来的にはツチノコを全国区のキャラに育て、35年前にブームを巻き起こした『ツチノコ探検』を復活させるのが夢ですね」

こうした道下さんの取り組みに野崎さんも、「35年前に私が仕掛けたツチノコによる村おこしを、令和になって次世代の方が復活してくれたのは感慨深く、大変嬉しく思います。ツチノコの資料も継承でき、大切に保管してきた甲斐がありました」と語る。

つちのこくんTシャツ。ネットでも販売中
今年創刊した「つちのこだより」

移住者誘致や関係人口作りは全国の自治体で活発に行われているが、他にない個性を打ち出せている地域は少ない。下北山つちのこパークの本格的な活動はこれからだが、昭和末期にブームを巻き起こした「下北山村のツチノコ」を35年ぶりに復活させたストーリーは心に残り、観光客や移住希望者に村をアピールするうえで強力な個性になり得ると感じた。こうした個性を地元から発掘して形にしていく作業は、今後、過疎化が進む地域でますます求められていきそうだ。

<関連リンク>

一般社団法人下北山つちのこパーク

下北山村ツチノコ共和国