理想の社会を目指して、壮大な社会実験に取り組む「アズワンネットワーク 鈴鹿コミュニティ」

本誌175号で、規則も命令も上司も責任もない「株式会社おふくろさん弁当」を紹介したが、今もってあの会社は不思議でならない。

特別高給というわけでもないのに、社員はなぜあそこまで生き生きと楽しく働けるのだろう。

会社には上司と部下という関係がない、みんな平等、もちろん達成目標なんていうものもない。それなのに顧客に愛され、業績は伸びている。長時間労働や非正規雇用の劣悪な労働環境が問題になっている今、誠に稀有な会社である。

社長ならぬ「社長係」の岸浪龍さんによれば、「おふくろさん弁当」は単体で創業されたものではなく、2001年に、争いのない、みんなが幸せになる社会を創りたいと希求するグループによって設立されたアズワンが母体だという。

それは一体どんなグループなのか、再び鈴鹿市を訪ねて、「おふくろさん弁当」の背景になっているものを取材した。(本誌・菅原歓一)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』178号(2017年12月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

ヤマギシ会を退会した人たちが新たなコミュニティづくりに燃える

アズワンの拠点ともいえる鈴鹿カルチャーステーション(SCS)は、近鉄鈴鹿線の平田町駅から車で5分、鈴鹿市阿古曽町にある。

この建物には、アズワングループに関連するさまざまな事業体が入居している。玄関の看板には次のような事業体名が表示されていた。

学び舎てつらこや学習塾
アートギャラリーCOSMO
アートスクール
カフェサンスーシ
茶室清鈴庵茶道教室
鈴鹿の街のレンタルスペース
アズワンコミュニティステーション
アズワンコミュニティづくり財団(アズワン財団)
PIESS NETWORK (アズワンネットワーク)
トランジション・タウン鈴鹿
はたけ公園・すずかの里山プロジェクト
NPO法人サイエンズスクール鈴鹿
NPO法人サイエンズ研究所
NPO法人鈴鹿循環共生パーティー SJP
NPO法人循環共生社会システム研究所KIESS
街の美容室 COCORON ~心音~
SUZUKA FARM(株)

アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティのパンフレットには、「2001年、同調する有志が、かつてない新しい社会を創ろうと鈴鹿に集い、『一つの社会』の試みがスタートしました」とあった。

アズワンはさまざまな事業を展開していた。

同調する有志とは誰のことを指すのか、「一つの社会」の試みとは何だろうか、一般社団法人鈴鹿カルチャーステーション代表理事の坂井和貴さんの話を聞いた。

「前回、『おふくろさん弁当』を取材いただいた時もご説明したと思いますが、アズワンは、ビートルズの名曲『イマジン』から取っています。“the world will live as one”、すなわち〝いつかみんな仲間になって世界は一つになるだろう〟が私たちが目指す社会です」

世界は一つなんて、世の大人たちは夢物語だと一蹴するだろうが、ここに集う人たちは本気なのである。真剣になって、争いのない、みんなが幸せになれる社会を目指しているのである。

坂井さんによれば、アズワンは2001年、資本主義経済の弱点を克服して、誰もが平等で、分け隔てのない社会をつくりたいと考える有志によって設立された。有志というのは、ヤマギシ会を退会した人たちだという。

「ヤマギシ会」は、無所有・共用・共活を行動原理として1953年に山岸巳代蔵(1901~1961)によって創設された農業・牧畜業を基盤とする農事組合法人である。

山岸の思想に共鳴した人たちは、最盛期は5000人を超えたが、時間がたつにつれ、会も変質したこともあって会員は年々減少し、現在は1000人前後だという。

アズワンを立ち上げた有志は若くしてヤマギシ会に飛び込んだが、会の変貌に失望して脱会した人たちだったのである。

このことをアズワンの創立メンバーは隠しているわけではない。ただヤマギシ会は刑事事件も起こしているので、余計な誤解を与えないように積極的には公開していないらしい。

創立メンバーは、ヤマギシ会の長所短所、矛盾や欠点も熟知した人たちであり、脱会した後も、自分たちの経験を礎にして、理想の社会を創ろうと燃えている人たちだった。

坂井さん自身は創立メンバーではなく、それまで教育関係の仕事をしていたがアズワンの思想に共鳴して、2008年に遅れて参加した。

アズワンの基本的精神をレクチャーしてくれた一般社団法人鈴鹿カルチャーステーション代表理事の坂井和貴さん。

しかし、理想の旗を掲げても、まずは生活していかねばならない。理想の社会の追求と現実的な生活、この二つを回すためにさまざまな試みが続いていた。

「みんなが幸せになれる社会をつくるには、何が必要か、何が不要なのか日々研究しています。同時に生活する手段、つまりお金も稼がなければいけません。ただ、お金のために働くのであれば、われわれがアズワンを立ち上げた意味がありませんので、あくまでも自由に伸び伸びと働ける労働を模索し続けているのです」と坂井さん。

現時点で、アズワンコミュニティのメーリングリストに登録されている人は約150人。

そのうち後ほど説明するがコミュニティスペースJOYを使うことのできるメンバーが72人(世帯数51、家族も含めて123人)、この人たちはお金の管理をHUBという部門に任せている。

会員は阿古曽町の本部を基点にして、半径約1000mのところに住んでいる。理想的なコミュニティをつくるには、自転車で10分以内で行き来できることが、ベターな条件らしい。

日々の生活の中から新しい思想を作りだそうとする試み

アズワンネットワークには、株式会社もあれば有限会社もある。NPO法人も社団法人も財団法人もある。それぞれの業種に最もふさわしい法人格を選択している。

その中で、核になっているのは、サイエンズ研究所である。アズワンがよって立つ理論を構築し、思想を深めるセクションである。

「サイエンズとは、Scientific investigation of essential nature+Zeroの略です。人間本来の幸せを追求するために、あらゆる先入観や社会の慣習から解放され、社会の成り立ちをゼロから調査研究しようという意味です。

意欲のある人たちが各地から集まっても、それぞれ考え方が違いますから、各自の考え方を知り、人を責めたり統制する必要のない社会をどうやってつくるかを研究している部門です。ここでの研究成果が実際の事業に応用され、活用されているのです」

それでは実際の事業というのはどんなものがあるのだろう。

出世頭は、前述の「株式会社おふくろさん弁当」だが、他に不動産、茶道や絵画やパソコンなどのカルチャー教室、アズワンの部屋を貸し出すレンタル・スペース、米や野菜を作る農業部門、食堂や美容室、自動車の整備、アズワンに関心がある人の視察を受け入れるセミナー部門、これらの事業は黒字のところや赤字部門もあるが、全体をまとめてみれば収支とんとんで推移しているという。

「鈴鹿以外に、私たちのコミュニティ活動に賛同してくれる人たちが、北海道、岩手、東京、神奈川、愛知、静岡、長野、大阪、京都、兵庫、山口、福岡、長崎、沖縄にいて、それぞれの地で同じ方向でコミュニティ活動を展開しています。

海外では韓国とブラジルにアズワンがあり、両国からは留学生も来て、お互いに交流を続けながらコミュニティ活動を進化させています。ある意味で私たちが行っていることは壮大な社会実験です。

ですから、私たちの活動も日々変化していて、新しい事業部門ができたり、やめた事業があったりしていますが、全体的にはまあまあ順調に成長しているといってもいいと思います」

少しでも住みやすい社会をつくるために、すでに多くの学者が論文や提言を発表しているが、アズワンのすごいところは、問題の分析や提起にとどまらず、本気になって資本主義の矛盾や弱点を克服し、理想の社会をつくろうとしていることである。

坂井さんの取材後、鈴鹿カルチャーステーションを見学した。

驚いたのは建物の奥にある「コミュニティスペースJOY」という店、ちょっとしたコンビニだがレジというものがない。

前述した72人は誰もが勝手に商品を持ち出してもいいようになっている。お米が大きなポリの容器に入っていて、必要なだけ持って行ける。

73人のメンバーはこの店にあるものはすべて無料で持ち帰ることができる。

野菜売り場には、タマネギ、ニンジン、ナス、ジャガイモなどが並び、棚にはソース、しょうゆ、塩、サラダ油、洗剤、ティッシュペーパーなど普通のお店にあるものは大抵置いてある。すぐ食べられるお総菜や弁当もあった。

コミュニティに参加した73人のメンバーは何があっても飢えることだけはないように、食は確保されていた。

他人が家族のように感じられれば社会は一変する

アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティを理解するために、東京・清瀬市の建築会社で働いていた八木祥吾さんや、東京・調布で喫茶店をやっていた船田武さん(73)、東京のフィットネスジムでインストラクターをやっていた北川剛道さん(29)、名古屋大学理学部の大学院生だった福田博也さん(32)の話を伺ったが、みんな今の暮らしに満足しているという。

何か問題があればお互いに話し合って解決しているという。そしてみんな自分たちのコミュニティをより広く知られるようになり、仲間が増えることを望んでいた。

鈴鹿に来る前は、千葉で保育士をしていたというFさんは、職場は楽しく働ける環境ではなかったらしい。子どもを預けにくる母親は精神を病んでいる人も少なくなかった。Fさんのご主人も家庭内暴力を振るうようになって離婚し、子どもと二人で鈴鹿市にやってきた。

「移住後はモノの見方が変化したと思います。ここのコミュニティでは、気を使うわけでもなく、距離を測らなければいけないわけでもなく、お互いに評価し合うわけでもなく、そこにいてくれるだけなのにお互いに響き合って成長し合っている感じです。本来の人間同士の健康的な関係だと思います。ここに暮らすことにとても満足し、将来に大きな希望を持っています」ということだった。

コミュニティのメンバーは同じ住居で寝起きしているわけではない。それぞれがマンションやアパートを借りて暮らしている。家を建てたり買ったりした人もいる。

取材で最後まで疑問が残ったのは、問題が発生すればお互いにとことん話し合い、お金は融通し合っているということだった。

創立メンバーの小野隆司さん(56)に、お金を融通し合うということはどんなことか、しつこく聞いてみた。

ちなみに、小野さんは大学卒業と同時にヤマギシ会に入り、16年間在籍した。退会してもなお理想の社会づくりを続ける情熱の人だった。

「志は高くても、現実の社会の中で社会活動を持続していくためには、経済面は大きな課題だと思います。理想だけ語っていても持続しないでしょうし、経済的に成り立たすことに傾くと一般の企業と何ら変わらないものになってしまいます。ヤマギシ会は後者の例でしょう。

普通の人間関係では、ちょっと理解しにくいかもしれないですが、本当に親しくなって、人と人との境、家族と家族との境がなくなると、その人たちの間では、すべてが他人事とは思えない、〝自分事〟の関係になります。ですから、お金のことも融通し合って、プレゼントし合って暮らすという感覚になっていきます。この関係性が多分、一番理解しにくいのかなと想像しています」

創立メンバーの小野さんは、争いのない、誰もが幸せになれる社会をつくることに一生を捧げている。

なるほど、72人の人たちは他人でありながら家族的な心情で結び付いているということらしい。

「関係性が親しくなると、お金を融通し合うというのは、実に自然なスムーズなことになります。家族だったら、車を買いたい、旅行に行きたい、あれしたい、これしたい、どんな希望も自然に話せると思います。

お父さんやお母さんは、家族の経済状況を把握しているので、それはいいね!とか、今はお金足りない、今はちょっと無理だから時期が来てからにしましょう?とか、何でも言い合える関係だと思います。

このコミュニティでも、じゃあどうしようかということを共に考えながら進んでいく感じでしょうか。何でも気軽に話し合い、相談し合う、そんな仲の良い家族のような関係性が、アズワンのコミュニティだと思っていただければいいと思います」

お金を融通し合う「HUB」という機能

今度の取材でいちばん感心したのは、お金についてはすべてを取り仕切っているコミュニティHUBという部門である。

お金のことだけでなく、生活全般について相談に乗っている。ただ、この部門が特別の権限を持っているとか、上下や力関係があるというわけではなく、あくまでも数あるセクションの一つでしかない。

「HUBでは、個人の希望や意思を尊重しながら連絡調整の役をして、調和し合って進んでいます。日常の生活費や買い物は、それぞれが好きに現金やカードで買い物をしています。車や家を買うとか、海外旅行に行くとか、ちょっと費用がかかる件については、相談してくれれば相談に乗るということです。無理に相談しなければならないというわけではなく、家族だったら、高い買い物する前はどうしたらいいか、夫婦や家族で話すと思いますが、そんなイメージです」と小野さん。

視察に来る人が宿泊できる立派な家も持っている。

コミュニテイHUBは、72人の生活全般について世話をしている。

衣食住・家庭・家事・子育て・医療や健康・家族の進学や結婚・就職・仕事や趣味・レジャー・家財道具・生活用品・家計・保険・税金・貯蓄・老後のこと・親戚知人の交際や冠婚葬祭など、暮らしのすべてに関わるのがコミュニティHUBの役割だった。

それではメンバーはJOYでは手に入らないものを買う時はどうするのだろう。

「日常は必要に応じてキャッシュカードやクレジットカードを使っています。手元にお金がない場合は、コミュニティHUBから現金を受け取る仕掛けです。近しさ親しさが深まりオープンになってくると、個々別々にお金を管理していることが煩わしく、不自然に感じるようになるものです。

私たちは、お金にまつわること一切は、収入や貯蓄も必要な支出も全てをコミュニティHUBを通じてやっています。自分でやりたければやってもよいのですが、こうした仕組みがスムーズにやれるのも、いつでもプチミーティング(HUBの人とコミュニティの人が少人数で話し合う機会)で、何でも話し合い、相談し合える間柄になっているからです。

僕の場合だったら、収入はHUBに全額渡していて、カードやその他の引き落としについては、今月は、いくら引き落としがあるから、ということをHUBの人に伝えて、その額を口座に振り込んでもらいます」(小野さん)

どうも分かるようでいて分からないシステムである。

HUBという部門に潤沢に資金があればいいが、枯渇してしまえばどうするのだろう。それに人は普通、多くても少なくても貯金通帳を他人に見せたがらないものだ。夫婦、親子でも秘密にしているケースも珍しくない。

アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティでは話し合いを繰り返し、より関係性を高めていく方法を試行錯誤した結果、皆でお金を融通し合う方法に到達したのだろう。

これを実現させるには、メンバーの考え方が一致しなければならない。だからこそ始終ミーティング行われている。こっそり貯め込んで、日常の支払いはHUBからお金を引き出して使おうとする人がいては成り立たない。

アズワンにはそのような不心得者がいないから成立しているのだろう。

「おふくろさん弁当」社長係の岸浪龍さんは、アズワンの精神にみんなが共感しているから生き生きと働けるのだという。

それでも、もし海外旅行に行きたい人が同時に出てきた場合はどうするのだろうか。順番にするのか、それとも融通する上限を決めているのか、あらかじめ過大な希望には沿えないというルールがあるのだろうか。

「ルールは全くありません。順番もありません。それぞれが希望を出し合ったり、みんなで一緒に考えていく感じです。親しい間柄でしたら、相手のことを自分のことのように考えるようになります。仕事や活動も、みんなが幸せになるように考えていくと、自然にみんなが一番いいように思うところに落ち着くのです」

こういう関係が成り立つためには、個人個人の意識の改革が必要なのはいうまでもない。

「互いに知り合うためには、自分が自分自身のことを知ることを重要視しています。自分が自分自身を知るというのは、意外に難しいことで、自分でつくり出した自分像を自分だと思ってしまうことも多いと思います。また職業や地位や立場を自分だと思い違いしてしまいます。

ですから、サイエンズスクールでは、自分自身を調べていく(自分を知る)ことをとても大事にしていて、自分を知るためのコースや自分を見るためのコースなども開催していますが、内観法(自分を知るために開発された自己観察法)も取り入れています。

内観法や、他のサイエンズスクールのコースなどを通して、自分自身の精神状態やその動きを内面的に観察する力を培い、自分自身を知っていくようになっていきます。それに、『聴く』ということも、人への理解という意味で、とても大事にしています。自分自身の内面を知ろうという意味でも、『自分を聴く』という表現もしています。

基本的には、相手をまるごと理解するという意味で『聴く』という言葉を使っています。そして、『人を聴く』という営みは、表面的な言葉などの理解に終わらないで、その人自身を、その人の内面を理解しようとすることだと思いますし、人を知り、理解し合う上で、とても重要だと思います。

互いに、相手の内面や、その人の背景にあるものを知り合うところに、親しさがあふれてきたり、聴いてもらって満たされていく、そういう心のつながりが生まれてきますし、とても大事なことだと思います」(小野さん)

お金の呪縛から逃れる方法を発見することが、新しい社会を構築する手掛かりになるという考えには本誌も共感するところが大きい。

この先、アズワンに共鳴する人たちがどこまで増えるのか、大いに興味があるところである。

(おわり)

>アズワンネットワーク

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