「お手伝い」と「旅」を合わせた新事業に燃える 株式会社おてつたびの永岡里菜さん

「地域で稼げる産業の一つが観光であることは、昔も今も変わらない。観光庁が本年2月に発表した旅行・観光消費動向調査によると、平成29年度の日本人国内旅行消費額は21兆1,028億円。前年比で0.7%増加した。

昨今のインバウンド需要の高まりや、余暇を楽しむ高齢者の増加、高速バスや格安航空券の普及といった追い風もあり、観光市場は今後のさらなる拡大が見込まれている。

その観光も、従来の物見遊山的なパッケージツアーから、体験型、滞在型、温泉や鉄道・歴史といったテーマ追求型など、個人の趣味嗜好に合わせて多様化している。

最近ではSNSで情報拡散が容易にできるようになり、インスタ映えするスポットに全国から人が押し寄せることも珍しくなくなった。各地域でも旅行者を引きつける魅力づくりに知恵を絞っており、観光資源や特産品の開発に余念がない。

こうした活況を呈する観光に一石を投じる旅行サービスが、2018年の12月にスタートした。地域で業務のお手伝いをしながら旅ができる「お手伝い型旅行」を提供する「おてつたび」である。

運営するのは、株式会社おてつたび代表取締役CEOの永岡里菜さん、28歳。徒手空拳で会社を立ち上げ、事業構想を固めて仲間を募り、ついにサービス開始にこぎつけた。

そして、永岡さんは、この事業に人生をかけているという。何が彼女を突き動かしているのか?そして、お手伝い型旅行とは一体何か?

永岡さんの話を聞くうちに、このサービスは、全国の地域が知恵を絞っている関係人口増加の特効薬になり得るのではないかと思えてきた。

【フリーライター・松林建(群馬南牧支局長)】

選ばれない地域の障壁は「交通費」

「おてつたび」は、人手不足で困っている旅館や民宿の業務を数日間手伝う代わりに、その報酬として現地への交通費を支給するサービス。利用者は無料で地域を訪問でき、お手伝いの合間に観光ができる。また、旅館や民宿でも、繁忙期の人手不足や困りごとを解消できるというマッチングを実現したサービスだ。

しかし、お手伝いの報酬が交通費だけで利用者は満足できるのか?短期のアルバイトとは何が違うのか?1週間程度のお手伝いで人手不足は解消するのか?なぜ旅館と民宿なのか?ビジネスモデルはどうなっているのか等、さまざまな疑問が湧いてくる。

おてつたびは何を目指しているのか、永岡さんに聞いた。

「おてつたびは、日本の各地域が持つ魅力を価値に変えることをビジョンに掲げています。誰かにとって特別な思い入れがある地域を、たくさんつくりたい。この思いを実現したくて『おてつたび』を立ち上げました。観光とお手伝いを掛け合わせた全く新しい旅の提案です。

旅といっても、利用者からはお金をいただきません。お手伝いをする旅館や民宿と『おてつたび』が提携することにより、その報酬として、現地までの交通費を利用者に支給しています。お手伝いする場所は旅館と民宿ですので、宿泊場所の手配といった地域の負担も少なくしています」

「おてつたび」にかける思いを熱く語る永岡里菜さん。

 通常の旅行は、旅行者が交通費と宿泊費を負担するのが当たり前。しかし、「おてつたび」はその常識を覆した。この発想はどこから生まれたのか?

「私には、三重県の尾鷲市に祖父母の実家があり、子どものころは学校の長期休みをほとんど尾鷲で過ごしました。私にとって尾鷲は魅力的な場所。誰かに話したくなる特別な地域です。でも、残念ながら旅行先としては選ばれにくいですし、東京で尾鷲を知っている人もまずいません。

その理由を考えるうちに、交通費が障壁の一つになっていることに気付いたんです。東京から尾鷲に行くには約3万円の交通費が必要です。でも3万円あれば、格安航空券で北海道や沖縄に行けますし、台湾に行くことも可能です。まして旅行は楽しむもの。お金をかけて行くのに、何があるか分からない地域に行ってつまらない思いはしたくないですよね。

こうした現実を考えると、どちらが選ばれるかは明白です。尾鷲のように、一見何もなさそうに見える地域に興味を示す人はいますが、交通費が足かせになり、行くまでには至りません。一方、金銭的な理由で旅行に躊躇する若者が大勢います。だから私は『おてつたび』を通じてその足かせを払拭し、若者が地域に行けるきっかけをつくりたかったんです」

確かに旅に行くには、決して安くない交通費がかかるので、旅先選びは慎重にならざるを得ない。だから国内では、京都、北海道、沖縄などといった定番の観光地に旅行者が集中する。選ばれにくい地域には、時間とお金をかけて行く気にさせる強いきっかけが必要なのだ。

そして、地域に行くきっかけづくりの次に永岡さんがこだわったのが、お手伝いである。ここでも旅行の常識を覆す思い切った発想の転換があった。

地域に入り込める格好の手段が「お手伝い」

永岡さんは、旅先として選ばれない地域の魅力がどうすれば伝わるのかを徹底して考えた結果、お手伝いにたどり着いた。なぜお手伝いだったのか?

「例えば私は、尾鷲をとても魅力的な場所だと感じています。でも、誰かが尾鷲に来ても、残念ながらその魅力を十分味わえずに帰ってしまいます。それは、観光の目線でしか尾鷲を見ていないから。地域の真の魅力は、地域の住民と仲良くなって、生活者の目線に立った体験をして初めて見つかるんです。

なぜなら、生活の場に入り込むことで他ではできない固有の体験ができ、その地域との特別な関係が生まれるからです。そして、地域の誰かを好きになり、その地域のファンになる。旅行者にとっては住民の立場を手軽に体験できるし、地域にとってはファンを獲得できる。そうした流れを生み出すのにお手伝いは格好の手段だと考えたんです」

旅館で「おてつたび」を先行して体験した学生たちと記念写真。

通常、旅行者は「おもてなし」をされる側である。しかし、「おてつたび」ではこの常識を逆転させ、おもてなしをする側に旅行者を置くことで、かけがえのない体験を提供しているのだ。

そのため「おてつたび」では、幾つかのルールを旅館や民宿にお願いしている。例えば、お手伝いは朝と夜に限定して昼間は自由時間を設けたり、訪問時に自己紹介の時間を設けたり、住民と引き合わせたりするなど、地域との関係性を築けるよう配慮している。これなら、住民の生活に密着できそうだ。

尾鷲での原体験がよみがえり、人生をかけようと決意

では、永岡さんが人生をかけて「おてつたび」を立ち上げた原動力は何だったのか?

永岡さんは愛知県の高校を卒業後、小学校の先生になりたくて千葉県の大学の教育学部に入学。しかし、教育実習をするうちに、自分はこのまま先生になっていいのか不安になった。

そこで、卒業後は3年間、民間企業で修業すると決め、プロモーションイベントの企画や運営を手掛けるベンチャー企業に就職して企業で働く魅力を体感した。この会社に約3年半勤めた後、知人から誘われて転職し、今度は農林水産省と組んで和食推進事業を立ち上げる仕事に約1年参加した。ここでの経験が、永岡さんの運命を変えた。

「子どものころから和食に親しんでもらうため、全国各地の小学校や子育て支援センターを訪問し、地元の料理人や農家の方と組んで和食の献立を浸透させる仕事をしました。その時に、訪問時には何も魅力がなさそうに見えた地域が、帰る時には、とても魅力的な地域へと一変したんです。それは、仕事を通じて住民の方々と仲良くなって、観光では行けない場所を案内してもらったり、住民の輪に入って会話したからだと気付きました。

その時に、これまで記憶の底に埋もれていた尾鷲での原体験が、ふっとよみがえってきたんです。尾鷲では、おじいちゃんを通じていろいろな人と会わせてもらったので、住民とはすっかり顔見知りでした。海で遊んだり、地元の小学生と交流したり、おじいちゃんご用達のスナックに行ってかき氷を作ってもらったりと、濃い思い出がたくさんできたんです。その時に、人を好きになれば、その地域を好きになれるという信念が芽生えました。やりたいことがはっきり見えて、自分の気持ちにエンジンがかかったんです」

1年間の試行期間を経て、おてつたびを創業

そこから永岡さんは、どうすれば地域住民との接点がつくれるのかを考え続けた。住民とお酒を飲むのがいいのか、スポーツをするのがいいのか、子どもの長期休みを地域で過ごさせるのがいいのか等、多くの人にヒアリングをしながら模索した。その過程で、お手伝いをする代わりに食事と寝床を提供してはどうかと思い付く。

そのアイデアを検証するため、ついに会社を退職して、おてつたびの前身となる「ひと旅」という任意団体を設立。全国を駆け巡り、道の駅や農家などのお手伝いを体験しながら、事業構想を固めていった。

しかし、さまざまな仕事のお手伝いを経験するうちに、そう簡単にいかないことに気付いた。

「日本人は内と外を分ける傾向があるので、外から来た人はお客様なんです。だから、他人を家に泊めたり、生活の場を見せることに抵抗があることが分かり、一度は挫折しかけました。でも、昨年の年末から今年の年始にかけて旅館にお手伝いに行った時に、これだと思いました。

寝る場所はあるし、人手不足で困っている。掃除や食事の配膳など、少し教えてもらえれば誰でもできる業務も多い。食事を通じて地域の特色も見せられる。食材を常に仕入れているので地域との関係も強い。私が思い描くイメージにぴったりでした。

そこで、全国の主な旅館にお手伝いのニーズを電話とメールで確認しました。そうしたら、約100軒聞いたうちの2軒から回答があったんです。そこからは、回答があった旅館や民宿と話を詰めて、地域おこし協力隊の友人や県庁、地域の観光協会からも旅館をご紹介いただき、お手伝いを受け入れ可能な旅館や民宿を一定数確保できました。

そこで試験的に、学生を対象にしたサービスを始めました。お手伝いをした旅館は7カ所、参加した学生は約20名です。参加者の満足度は高く、次回は親を連れて行くと言って実際に予約した方もいます」

手応えを感じた永岡さんは、共に事業化を進める仲間を集めるため、楽天が今年から始めた「Rakuten Social Accelerator」という社会起業家と楽天社員が一定期間共に関わり、社会課題の解決を目指すプログラムに応募した。結果、約100団体の中から6団体に絞られる最終選考を通過し、半年間のプログラムがスタートした。

2018年7月には満を持して、株式会社おてつたびを設立。インターンの学生や楽天社員と一緒に事業を具体化させてきた。現在、おてつたびにはインターン生3名、プロボノと呼ばれる企業ボランティア5名、楽天の社員16名が関わっている。

現在、永岡さんとともに「おてつたび」を運営している楽天社員のメンバー。

「そもそも私は、自分が起業するなんて思ってもみませんでした。でも、思い切って会社を退職して、おてつたびの構想をいろいろな人に語るうちに覚悟が決まり、あきらめるという選択肢がなくなりました。事業化の際には周囲から心配や反対もされましたが、今は自分の信念を信じて突き進むのみですね」

会いたい人ができれば、その地域が好きになる

約1年間の試行期間を経て、「おてつたび」は今年の12月に正式にサービスを開始した。主なターゲットは学生だが、利用者の年齢制限は設けていないので社会人も利用できる。

既に全国の旅館や民宿からは、人手だけでなく、新規顧客の開拓、送客、PR、若者目線での提案といった、さまざまなニーズがおてつたびに寄せられている。

今後の展開を永岡さんに聞いた。

「おてつたびの目標は、地域と宿のファンをつくること。だから、利用者と地域との継続的なつながりをつくりたいんです。次は、お手伝いをした旅館に家族で訪問できる仕組みをつくりたいですね。また、宿泊場所という課題はありますが、旅館や民宿以外にもお手伝いの受け入れ先を広げたいと思います。

お手伝いを通じて会いたい人ができれば、その地域が好きになり、自分の居場所が生まれ、そこに住んで何かにチャレンジしてみたいと思える連鎖が生まれます。おてつたびの利用者の中から、移住や定住を希望するくらい地域を好きになる人が出てくるとうれしいですね」

移住を考える以前に、もっと手軽に地域に入り込み、住民と会話したいと思う人にとって、おてつだびは格好のサービスだ。楽天社員の支援が得られる期限は2019年の1月末。それまでに一定の成果を出せるのか?まさに今が「おてつたび」の正念場である。

<取材を終えて>

筆者は昨年、東京を離れて群馬県の南牧村に移住したが、長年住み慣れた東京を離れて生活環境を変えるには一大決心が必要だった。最近では全国の自治体も、ハードルが高い移住の促進だけでなく、関係人口の増加に力を入れ始めたように見える。しかし、観光やイベント開催では一度限りの訪問で終わりがち。ファン獲得には、繰り返し行きたいと思える強い動機付けが必要だ。

 一方で、旅行者は、地域住民との会話を欲している。しかし、住民に話しかけるのは勇気が要るし、何を話せばいいか分からない。そう考えると、お手伝いをしながら地域の一員を体験し、住民と仲良くなれることは大きな価値だと思えてきた。

どの地域にもある観光資源は人である。『かがり火』でも、無名だが地域で活躍する魅力的な方々を多数紹介しているが、そうした方々と知り合い、仲良くなるには、お手伝いやボランティアといった業務をすることが格好の手段だと確信できた。そして、日本中に会いに行きたい人ができれば素晴らしい。その扉を開いた「おてつたび」に、大きな可能性を感じた。

(おわり)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』184号(2018年12月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

>おてつたび

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