人が集い、縁や出会いが生まれ、街が賑わうゲストハウス 北海道津別町の「nanmo-nanmo(ナンモナンモ)」

近年、ゲストハウスやホステルといった素泊まり宿が全国で増加し、宿泊客を集めている。背景には、ホテル代の高騰、外国人旅行者の増加、宿泊者や管理人との交流がある一方、宿泊客と住民との交流の場になっている点も見逃せない。

北海道津別町で2020年に開業した「nanmo-nanmo(以下、ナンモナンモ)」も、町内外から人が集い、人と人とのつながりを生んでいるゲストハウスの一つ。来客も増え続け、他の施設やローカルメディアと連携しながら街を賑わせる一方、移住・定住者の獲得にも一役買っている。ゲストハウスが地域で果たす役割を探るため津別を訪問し、ナンモナンモを運営する都丸雅子(とまるまさこ)さんに話を聞いた。

(取材:松林建)

空き店舗をリノベーションして開業したナンモナンモ。看板や外観には極力手を加えず、街並みの景観を保っている

のべ1000名のボランティアが空き家リノベーションに参加

北海道オホーツク地方の内陸部に位置する津別町は、町の86%を森林が占める自然豊かな町である。基幹産業は農業、林業、木材加工業で、木材や木製品の出荷は道内トップ。木材関連の企業が集積している。しかし近年は過疎化が進み、昭和30年代に約1万6千人いた人口が2024年には4000人を割り込み、中心街には空き家や空き店舗が目立っていた。

そんな街なみに賑わいを取り戻そうと、町では2015年から「まちなか再生基本計画」を開始。中心市街地の公共施設や商業施設を一新したりコミュニティ施設を整備したりと、ハードとソフトの両面から新たなまちづくりを進めている。そのソフト面の施策の一つが「道東エリアリノベーションプロジェクトin津別」である。

まちなか再生基本計画の一環で2023年にグランドオープンした「ウッドリーム」。バスターミナル、スーパー、図書館などが入居した複合施設

エリアリノベーションとは、空き家や空き店舗などの改修を通じて特定エリアの魅力を高め、新たな人の流れを作る活動のこと。空き家問題を解決して賑わいを生む一石二鳥の取り組みとして、全国で事例が増えている。このエリアリノベーションの手法に倣い、町では中心街の空き店舗を改修してコワーキングスペースとゲストハウスを作ることを決定。空き家を活用するマインドを町内に根付かせようと改修作業にDIYワークショップを組み入れ、町内外から参加者を募集した。結果、2018年から段階的に始まった改修作業には、延べ1000名のボランティアが参加。行政、民間、町民が一体となり、多世代が交流しながら進められた。

そして2019年2月、第一弾としてコワーキングスペース「JIMBA(ジンバ)」が半年間の改修を経て開業、2020年3月には、築40年の空き家を半年かけて改修したゲストハウス「ナンモナンモ」が開業した。

コワーキングスペース「JIMBA」の外観
「JIMBA」室内。金曜夜にはみんなで集えるバー「JIMBAR」になる

地域おこし協力隊からゲストハウス運営へ

このナンモナンモを運営しているのが、地域おこし協力隊として群馬県から移住した都丸雅子さんである。都丸さんは前職の情報系企業でまちづくりに関わる仕事をしていたが、地域の一員としてまちづくりに関わりたい思いが募り、2016年4月に地域おこし協力隊として津別町に移住。道の駅で2年間勤務し、3年目は津別町空き家バンクと移住・定住の相談窓口「津別町移住・定住サポートデスク」を担当した。その時に出会ったのが、エリアリノベーションだった。

「古い建物を建て替えることなく直して活用するエリアリノベーションを知ってから、街の見え方が一変しました。まちづくりにも貢献できますので、自分も携わりたいと思いながらリノベーションに参加していたんです」

そんな都丸さんは、2019年3月の協力隊卒業後も移住・定住サポートデスクを続けながら翌年3月のナンモナンモ開業からは来客対応も担い、ゲストハウスを活かしたまちづくりへの挑戦が始まった。

ナンモナンモを運営している都丸雅子さん
ナンモナンモ1Fラウンジ。館内いたるところに津別在住の造形作家・大西重成氏の作品が展示されている
2Fの個室の一室。最大4名まで宿泊が可能
2Fのドミトリールーム

あるがままの津別を感じてほしい

ナンモナンモは開業してすぐコロナ禍に直面したが、同年7月に営業を再開すると、旅行支援制度などを使い宿泊客が来はじめた。2020年は約230人が宿泊し、2021年は250人、2022年は約300人、コロナ禍が明けた2023年には約700人へと増加。昨年もハイシーズンには毎日のように来客を迎え、リピーターも多い。

なぜ宿泊客は増えているのか?理由の一つは住民にあると、都丸さんは話す。

「ナンモナンモには多くの町民が改修に関わっていますので、皆さんがふらっと立ち寄ってくれます。町民同士の歓談はもちろん、お客様に『よく来たね』と挨拶したり、一緒に食事をしたり、時には自宅に招待してくれることもあります。そんなフレンドリーな対応がお客様に喜ばれ、町の暮らしに宿が溶け込んでいる点が魅力だと思います。だから町の皆さんも、ナンモナンモにとって大切な存在なんです」

しかし都丸さんは、住民との交流を促すより、むしろ偶然を重視しているそうだ。

「あるがままの津別を宿泊客に感じてもらいたいので、常に何も決めていません。それが予期せぬ出会いを生み、思い出や縁になると思うからです。お客様と街を歩いていて誰かに会うこともあれば、お客様同士の交流に住民が混ざることもあります。コワーキングスペースで毎週金曜夜に営業しているバー「JIMBAR」にお客様をお連れすることもしばしば。そうした宿泊客と住民と私との予測不能なコラボが楽しいんですよ」

宿泊以外に出会いや交流があれば、旅の楽しみが増し、また行きたくなる。リピートするうちに津別との縁が生まれる。住民にとっても宿泊客との出会いは刺激になり楽しい。こうした好循環が、ナンモナンモを起点に生まれていた。

ナンモナンモに住民がふらっと立ち寄るのは日常。ここから予期せぬ出会いが起こることも
周辺に店舗が少ないため、夜のナンモナンモはひときわ明るい。この灯りに誘われて立ち寄る住民も多い

移住希望者やインターン生も来訪

一方でナンモナンモは、都丸さんの移住・定住の仕事にも役立っている。どういうことか。

「津別への移住希望者の多くは、空き家バンクを見て問合せをしてきます。私が対応することが多いのですが、下見に来る時の宿泊や相談場所として、ナンモナンモを利用する方もいます。値段の安さはもちろんですが、ここに来れば住民が頻繁に訪れるので、津別の日常を体験できるからです。住民は裏表なく何でも話しますので、それが安心感につながり、移住の決断を後押ししているのではないでしょうか」

またナンモナンモには、町内企業の新入社員やインターン生が泊まったり、訪れることもある。就職で津別に来る社員の住まいや生活相談に乗ってほしいと、企業から頼まれるからだ。

「新入社員やインターンの若者には、悩みや困りごとがあればいつでもナンモナンモに遊びに来てねと話しています。移住者や移住希望者にとって『津別の初めての友だち』が、私のコンセプト。一人でも知り合いがいれば気が楽ですし、一般家庭より宿は来やすいですからね」

宿泊や交流だけでなく、移住希望者、インターン生、新入社員が津別を知り、生活になじむ場としても、ナンモナンモは機能していた。

「JIMBA」の隣の空き店舗を改修して2021年にオープンした「cafe津別珈琲」。こうした新店舗が津別の街なかに増えている

移住・定住や起業を応援する二つのローカルメディア

そんな移住・定住のハードルをさらに下げているのが、津別に拠点を置く二つのローカルメディアである。

一つは、ネットで動画を配信している道東テレビ。運営しているのは、都丸さんと同じ2016年に家族で津別に移住した立川彰さんである。

立川さんは千葉県船橋市で映像制作会社を経営していたが、プロモーション動画の制作をきっかけに、2016年に地域おこし協力隊として津別へ移住。Web映像メディア「道東テレビ」を開設し、津別に関する番組をはじめ、道東エリアの広報番組やPR動画をYouTubeなどで発信している。2017年からは津別町の広報番組「タウンニュースつべつ」を毎月配信し、町内の行事、観光、グルメ情報のほか、津別の企業や町民を紹介している。こうした映像をきっかけに津別に興味を持ち、移住を検討する人も多い。

もう一つは、創刊から70年を超える週刊の地域新聞、津別新報である。発行人は相沢真由美さん。30年以上前に家業の新聞社を引き継ぎ、取材、撮影、執筆まで一人で担当している。行政や経済ニュースのほか、町内で開催されるさまざまなイベントに顔を出しては取材し、記事を書いている。特に移住者や転任者は顔写真入りで載せるので、その人の経歴や人柄、趣味などが、紙面を通じて町内に伝わる。

「道東テレビでは、町のさまざまな動きを高品質の映像でわかりやすく紹介しています。何かにチャレンジしている人も多く登場しますので、頑張っていて面白そうな町という印象を生み、津別ファンを増やしています。一方で津別新報は年配の読者が多いので、移住者の人となりが新聞に掲載されると親近感が増し、暖かく迎えられやすくなります。こうした新旧2つのローカルメディアが移住と定住を支援しているのが、津別の強み。移住者が新事業を起こせば2つのメディアで情報が流れるので、起業のハードルも下げているんです」と、移住・定住を担当する都丸さんも、2つのメディアとの相乗効果を実感している。

道東テレビを運営する立川彰さん。2019年からは、エリアリノベーションで改修したコワーキングスペース「JIMBA」も運営。ナンモナンモと共に人が集う交流拠点になっている
学校、金融機関、病院など人が集う場所には「タウンニュースつべつ」を流し続けるモニターが10ヶ所以上置かれ、多くの町民に見られている
ローカル新聞「津別新報」を作り続けて40年以上の相沢真由美さん
「津別新報」本紙。津別への移住者や就職者を町民にお披露目する役割も果たしている

チャレンジの応援からチャレンジする人へ

こうした二つのローカルメディアとナンモナンモ、JIMBA、そして移住・定住サポートデスクの密な連携により、津別には町内外から人が集い、さまざまな縁や出会いが生まれている。移住者も2019年以降は44名、開業した店舗は11店舗と以前から増え、街なかは確実に変わりつつある。しかし都丸さんは、2025年1月から移住・定住の仕事を後継者に引き継ぎ、当面はゲストハウスに専念するそうだ。なぜか。

「津別でチャレンジしている皆さんを見るうちに、私もさらなるチャレンジがしたくなったんです。安定収入は減りますが自由度は高まりますので、新しいことに挑戦してゲストハウスのポテンシャルを最大限に引き出したいと考えています。また自分自身がチャレンジすることで、より多くのチャレンジャーに寄り添えます。今は計画段階ですが、とてもワクワクしています」

何かにチャレンジしている人は魅力的で、応援したくなる。そんなチャレンジャーを応援する気風が津別にあり、ナンモナンモ、JIMBA、2つのローカルメディアがそれを増幅させ、さまざまな縁や出会いを生んでいた。ナンモナンモのチャレンジからは何が生まれ、育つのか?新たなゲストハウス像が津別から示されることを期待したい。

なお、この記事は昨年11月に津別で催されたイベントに参加した際、そこで講演した都丸さんが私が住む群馬県出身と聞き、縁を感じて取材を申し込み実現した。なので私も、津別との縁が生まれた一人である。

<関連リンク>

・ゲストハウス nanmo-nanmo(予約もこちらから)

・道東エリアリノベーション・プロジェクト・イン津別について

・津別町移住・定住WEBサイト チャレンジツベツ

・道東テレビ(YouTube)

・津別新報(チャレンジツベツより)