十勝の大地を守る有機畑作農家・泉吉広さん一家

本誌の熱心な読者である加藤しのぶさんは気になる方だ。ご主人と大学生の息子さんは札幌にお住まいで、娘さんは佐呂間町の牧場で働いている。加藤さんはいわば単身赴任で東京に住んでいる。

仕事は28年間勤務する有機低農薬野菜宅配の大手の「らでぃっしゅぼーや」、担当する部署は取引先の生産者・メーカー有志によって組織された任意団体「Radixの会」の事務局である。

この会は、環境保全型生産基準をクリアするための生産者の自主勉強会がきっかけで生まれた任意の団体で、農業だけでなく畜産、水産、加工食品、日用品などの非食品分野も含めて約300の生産者・メーカーが参加している。

加藤さんは仕事柄、生産農家との交流が深いが、親子三代で有機農業一筋の帯広市のいずみ農園の泉吉広さんをぜひとも本誌で紹介してほしいという。2月初旬、泉さんに会うために雪のとかち帯広空港に降り立った。(本誌・菅原) 

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』191号(2020年2月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。 

草との闘い

十勝平野でニンジン、ジャガイモ、タマネギ、レタス、チンゲン菜、長イモなどを有機栽培している泉吉広さんは、e-mi(えみ)さんという地元十勝の歌手の歌う『十勝平野』を聞くと目頭が熱くなるという。

今でこそ翌年の肥料や資材の購入資金に困ることはなくなったけれど、“朝から晩まで草毟り”というところにくると、三十数年前、有機栽培を始めたころの苦労が一気に思い出されて、胸が締め付けられるという。化学肥料や農薬を使わない農業を始めたら収穫が落ちた。販路にも苦労して、所得も減った。実家に生活費を借りに行ったこともある。

有機栽培というのは、草との闘いである。照る日曇る日、毎日、草取りをしなければいけない。この歌の6番目に、“お洒落しないで土まみれ、爪の間が黒くなる”とあるが、まさしく奥様のたえ子さんにとって、就農したころはおしゃれをする暇などなかった。吉広さんにとっては、農業とは無縁な環境で育ちながら、黙ってついてきてくれた妻のたえ子さんに感謝しかない。

親世代は、泉吉広さんとたえ子さん。

吉広さんが、慣行農業から有機栽培に切り替えたのは学校給食がきっかけだった。農協を通して複数の農家が給食センターに野菜を納入していたが、泉さんのニンジンは新鮮で傷みもなく、子どもたちが喜んで食べると評判だった。やがて先生や栄養士さんの強い推薦もあって、帯広市のすべての小中学校の給食に使われるようになった。

「ニンジンは子どもたちに人気のない野菜でしたが、おいしいと喜んで食べてくれると聞いて、張り切らざるを得ませんでした」

おいしいだけでなく安全で、そして安定して供給しなければならなくなった泉さんは、冷害にも耐える栽培方法を追求した。

「味も濃く、病気にも強い野菜は結局土作りにあるのです。水はけも通気性も良い土作りのために、育成牛堆肥、馬ふん堆肥、緑肥を入れて、有効微生物が繁殖する土作りに取り組んできました」

有機栽培を目指したからには、生えてくる草のために即効性のある除草剤を使うわけにはいかなかった。

「有機栽培を続けることができたのは信念や志というよりも、子どもたちの笑顔でしたね。子どもたちも小学校に上がったころだったので、農薬を使用しない野菜を食べさせたかったのです」

農水省が「有機農業の推進に関する法律」を制定したのは2006年である。泉さんは国よりも早く有機栽培に取り組んできた。

親子三代が同じ畑で働く

泉吉広さんは1950年、帯広市の農家の次男として生まれた。祖父は富山県からの入植だった。吉広さんは次男だったので、農業の後継は兄に譲って、自分はサラリーマンになるつもりで、普通高校に進み、その後2年間の専門学校生活を経て、茨城県水戸市に開設された公設市場に就職した。同じ職場でたえ子さんと知り合って結婚したのが、1974年2月。

水戸市で1971年から6年間のサラリーマンを経験したが、脳裏からは広大な十勝平野の風景が離れることはなかった。1977年に父親が農業の規模拡大を目指すことになったので、帰郷して就農することになった。

「わが家は帯広市に農地を持っていたのですが、市の発展とともに宅地化が進んだので、隣の芽室町に代替の土地を取得しました。今は朝、自宅から3台の車を連ねて畑に通っています」

息子世代は、泉広由樹さんと暁美さん。

市内の土地を売却したので新たに取得した面積は20haと広くなった。本州の農家と比べれば大規模であるが、十勝の農家は平均38haだというから、決して大農家というわけではない。

泉家は6人家族で農業に従事している。泉吉広さん(70)とたえ子さん(69)、息子さん夫婦が広由樹さん(43)と暁美さん(43)、お孫さんが那奈さん(21)と青空さん(18)。

正確にいえば青空(そら)さんは帯広農業高校の3年生で、この春、卒業である。彼は父親の広由樹さんから自分が好きな仕事を選択してもいいと言われているけれど、最初から農業を継ぐと決めている。那奈さんは高校を出てから帯広市の一流ホテル系列の製菓店のパティシエだったが、昨年退職して農業を手伝うようになった。

泉さんの家族は実に仲良しである。親子も夫婦も口げんかもしない。もともとみんな温厚な人柄なのか、農業という仕事が相手を思いやり、敬意を払うようになるのかは分からないが、ここまで睦み合う家族も珍しい。

「特別に意識したことはありませんが、私は親に反抗したり、口ごたえしたことは確かにありませんね。子どもたちも素直です。那奈と青空の姉弟も仲がいい。ある意味でこれがわが家の最大の財産かもしれません」と広由樹さんは言う。

孫世代は、泉那奈さんと青空さん。

「らでぃっしゅぼーや」との出会い

吉広さんのニンジンが学校給食に採用されたころ、有機栽培がちらほら話題になってきていたが、近隣で取り組んでいる人はいなかった。

「有機栽培で苦労して栽培しても、農協に出荷すると扱いは他と一緒です。手間暇かかる有機栽培だからといって、高く買ってくれるわけではありません。市場に出しても、特別評価してくれるわけではありませんでした。しかし、自分は高く売りたいから有機栽培を始めたわけではなく、品質を求めた農業を追求したら必然的に有機栽培になったというだけですので、販路に苦労するからといって、やめる気にはならなかったです」と吉広さんは回想する。

ちょうどそのころ、創業間もない「らでぃっしゅぼーや」が十勝まで訪ねて来て、有機栽培農家を探していた。吉広さんとは運命的な出会いだった。以来、今日まで泉さんは、生産量のほとんどを「らでぃっしゅぼーや」に出荷するようになった。

吉広さんの有機農法の技術が進歩し、収穫量が上がるにつれて取引量も増えた。「らでぃっしゅぼーや」の会員が、野菜を正当に評価してくれることはありがたいことであり、励みにもなった。経営は必ずしも順調に伸びてきたわけではなかったが、苦しい時も国や農協に頼ることはなかった。泉さんは自主独立の精神が強い。

「北海道の開拓は明治政府の屯田兵が中心ですが、十勝は民間の入植事業から始まっているので、行政を頼らない気風が強いかもしれません」と、吉広さんは誇らしげに言う。

十勝の開拓は静岡県松崎村の依田勉三の晩成社が主力で行われた。開拓の熱意に燃えた依田は艱難辛苦の末に、十勝平野を切り拓いた。帯広市中島公園に銅像が立つほどの偉人である。

ちなみに北海道を代表する菓子メーカーの六花亭は帯広市に本社がある。有名なバターサンドの包装紙に、〇に成とあるのは、晩成社にちなんだものである。

「オイシックス・ラ・大地」の誕生

日本の有機農産物の市場を牽引してきた「大地を守る会」と「オイシックス」が、2017年に合併した。その後、「らでぃっしゅぼーや」も合併して「オイシックス・ラ・大地」となった。合併の経緯については、本誌187号でご紹介したオーガニック・コットン「アバンティ」の渡邊智惠子会長が、Radixの会員で、理事でもあるので詳しい。

「有機食品の市場は、ここ数年、海外の巨大資本が日本への進出をうかがっているのです。大地を守る会の藤田和芳さんは、限られたパイの奪い合いでは海外資本にのみ込まれてしまうという危機感を抱き、合併を主導したのです」(渡邊さん)。

近年、すべての産業でグローバル化が加速している。大手電機メーカーが台湾企業の傘下になり、家電大手も中国資本に吸収された。工業製品だけでなく、百貨店やスーパーストアには輸入食品があふれている。これを食の豊かさと手放しで喜んでいていいものか。目に見えないところで外国資本に日本の食を牛耳られる心配はないか。

ローカルな思想、ローカルな経営にこそ無事な営みがあると思っている本誌は、この3社の合併は至極リーズナブルなものだと歓迎したい気持ちである。日本人はマクドナルドやスターバックスなど海外企業を無防備に受け入れ過ぎるのではないか。気が付いた時はとんでもないことになっていたということにならないように、まずは国内の生産者を大切にしなければならないと思うのだ。

加藤さんは、「Radixの会」の生産者に、困った人、頑迷な人はいないんです。皆さん、志高く相手の立場を思いやってくれる人ばかりなので、生産者の方と一緒にいるのは宝の時間です」という。

有機というキーワードが人間関係も穏やかなものにするとなれば、経済成長、利益拡大を唯一の価値観とするグローバル化には一定の距離を置くのは賢明なことだと思うのである。

加藤さんから下記のメッセージが届いた。

「2020年4月から『Radixの会』は、オイシックス・ラ・大地株式会社の新たな生産者の会に、その活動の場を移行することとなります。オイシックスらでぃっしゅぼーや大地を守る会、3ブランド合同での活動を計画しております」

新たな展開に大いに期待したい。

親子三代で有機農業に取り組む、泉吉広さん一家。

(おわり)

>らでぃっしゅぼーや

>オイシックス

>大地を守る会

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