北海道オホーツク管内の最南端、網走川の源流地域に位置する北海道津別町は、農業・酪農・林業を中心とする人口4,000人弱の小さな町。その中心街から車で約20分離れた上里(かみさと)地区の「ノンノの森ネイチャーセンター」を拠点にネイチャーガイドをしているのが、NPO法人森のこだまの代表、上野真司さんだ。横浜から津別に移住して15年、ホテルの支配人からネイチャーガイドに転身し、エコツーリズムを津別に根付かせようと奮闘する上野さんの取り組みを取材した。(取材:松林 建)
新雪が積もった「ノンノの森」を散策
取材に先立ち、上野さんがガイドする森の散策ツアーに参加した。歩いたのは、阿寒湖と屈斜路湖の中間に位置する原生林「ノンノの森」の一角。ここは北海道で唯一の森林セラピー基地になっていて、森林セラピストによる森林セラピー(森林浴)や、さまざまな自然体験ができる。また、ノンノの森ネイチャーセンターの隣には温泉付きの「ランプの宿森つべつ」があり、滞在しながら森が楽しめる。取材当日は前日に雪が降ったため、ノンノの森の一角をスノーハイクする体験を味わえた。





新雪に覆われたとはいえ、森の中には自然の動きや動物が残した痕跡が至るところに見られ、生命の息づかいを感じた。そうした現象の説明から自然と人間との調和、地球の取り扱いかたに至るまで上野さんの話は広がり、大自然の中で暮らす人間のあり方を考えさせられた。
約1時間のツアーを終え、ネイチャーセンターのカフェでお茶を飲みながら、これまでの上野さんの活動について話を聞いた。

ホテル支配人からネイチャーガイドへ
上野さんが横浜から津別へ移住したのは2010年のこと。きっかけは、ホテルの立て直しを町から頼まれたことだった。
「元々私には北海道で自然学校やネイチャーガイドをやりたいという夢があり、その拠点となる場所をずっと探していました。その一環で2009年に津別町役場を訪れた時、たまたま『倒産したホテルがあるから支配人をやらないか』というオファーを受けたんです。それが、当時『フォレスター』と呼ばれていた現在の『ランプの宿森つべつ』でした。ホテルには全く興味がなかったので一度はお断りしたんですが、ホテル運営会社の社長や津別町長と打合せを重ねるうちに、大自然の中で拠点を持てる貴重な機会ではないかと思えてきました。それと、津別には若い頃からよく来ていてお世話になっていたので、恩返ししたい思いも芽生え、引き受けることにしたんです」
しかし、ホテル支配人として赴任した上野さんを待っていたのは、厳しい現実だった。かつて賑わっていたスキー場は既に閉鎖しており、客足が途絶えていたからだ。

そこで上野さんが着目したのが、自然を学べる体験メニュー作り。津別の中心街から25キロも山奥に入ったこの場所には、何かの目的がなければ人は来ない。その目的作りと、上野さんが元々やりたかった自然学校やネイチャーガイドの夢とが重なったのである。
人気を博した雲海ガイドツアー
上野さんは支配人としてホテルの再建を進めつつ、2011年春から自然を学べる体験メニューの事業化を計画。国の補助金も活用し、2012年5月に「NPO法人 森のこだま」を設立した。
「体験メニューには自然体験や星空観察など、やりたかったことを全て詰め込みました。当初はホテルのフロントが体験メニューの受付も兼ねていたので、ホテル支配人としてフロントに立ちながら、ガイドも務めていましたね。ただホテルは赤字が続き、再建には時間がかかりました」
転機になったのは、津別峠から眺める雲海ガイドツアーがヒットしたことだ。夏場早朝の津別峠展望施設は、屈斜路湖の上に広がる大雲海を見られる絶景スポット。日の出とともに雲が湖を包みこむ光景を宿泊客に見せようと始めたツアーは、たちまち人気を集めた。上野さんが語る説明も評判を呼び、参加者は年々増加。また、夜の展望施設を活用した宇宙ガイドツアーも人気を博し、今年(2025年)の雲海&宇宙ガイドツアーには過去最高となる約7,700名が参加、津別を代表する観光プログラムとなった。しかも、参加者の多くは隣町の弟子屈町にある屈斜路プリンスホテルの宿泊客だった。
「プリンスのような大規模なホテルは、旅行会社が集客する北海道周遊ツアーの宿泊場所になっています。そうしたツアーのプログラムに、雲海ガイドツアーを組み入れたんです。ツアーは朝食前の5時に出発しますので旅程に影響が及ばず、組み入れやすかった点も大きかったですね。高い確率で雲海が見れるのでお客様の満足度が高く、ホテルや旅行会社が積極的に宣伝してくれました」




自然の利用と保護を両立
2015年、上野さんはホテルの支配人を退任し、元々やりたかったネイチャーガイドの仕事に専念する。雲海ガイドツアーというヒット商品を生み、ホテルを再建して軌道に乗せたからだ。
そんな上野さんがNPOで取り組んだのが、人と自然が共存できるエコツーリズムだ。
「単なる自然保護ではなく、エコツーリズムを通じて人と自然との調和を目指したいと思っているんです。だからNPOの名前も、人と自然がこだまするっていう意味で『森のこだま』と付けました。ネイチャーガイドは自然を利用させてもらい観光客を案内しますので、利用する側が自然を保護し、投資をしなければ続きません。行政やボランティアだけで自然を保護し続けるのは難しいからです」
それを示したのが、津別峠の展望台に利用料条例を設けたことだ。上野さんが企画した雲海ガイドツアーで使っていた展望台は、当初は町の税金で修繕していた。それをNPOが使用料を払い、その資金で施設を修繕できるよう、上野さんが役場に働きかけて条例改正したのだ。この取り組みで上野さんは、2019年にエコツーリズム大賞特別賞を受賞。行政と事業者が対等に協力し合い、観光客が払ったお金で観光資源が守られる持続可能なモデルとして注目を集めた。
エコツーリズムで町を動かす
このモデルを広く展開するため、上野さんはエコツーリズム推進法に基づく協議会の設立を、町に提案。現在は津別町エコツーリズム協議会の副会長として、基本構想の策定を主導している。構想の中には、事業者と行政とが協力しながらエコツーリズムを推進するという一文を盛り込み、エコツーリズムを通じて町を動かすルール整備を進めている。
「自然を守る責任は、利用者にもあれば行政にもあります。それぞれが対等な関係にならないと長続きしませんし、町づくりにもつながりません」
一方で上野さんは、町や道から委託を受け、森林整備、環境教育、エコツーリズム推進などの多岐にわたる事業に携わっている。ガイド養成の講師役として、町外に出張する機会も多い。現在のNPO常勤スタッフは、上野さんご夫妻と、地域おこし協力隊として着任した若手スタッフ、南夏樹さんの3名のみ。非常勤ガイドも4名と、大人気ガイドツアーの主催元としては少ない。人材育成が最大の課題だと、上野さんは話す。
「持続可能を目指すと言いながら、人材が持続可能になっていないのが悩みです。人材育成には、お金も時間もかかりますから」
日本のエコツーリズムは外国と比べると発展途上だが、外国の手法を日本の自然環境にそのまま適用するのは自然観や宗教観が違うので難しいと上野さんは話す。日本独自のエコツーリズムの形が津別から見えてくることを期待したい。(以上)


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