世界遺産の縄文遺跡とローカル鉄道を活かした北秋田市のまちづくり

2021年、北海道と東北3県に点在する17遺跡で構成される「北海道・北東北の縄文遺跡群」が、ユネスコの世界文化遺産に登録された。この中で、国内で唯一となる4つの環状列石が発掘されたのが、秋田県北秋田市の伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡である。

今回、知人が「伊勢堂岱遺跡・JOMONコンシェルジュ」として市の地域おこし協力隊に着任したのを機に北秋田市を訪問し、世界遺跡に登録された地域の現状を取材した。

国内唯一の4つの環状列石が残る伊勢堂岱遺跡

自然、文化、歴史が揃う北秋田市

名が示す通り秋田県の北部に位置する北秋田市は、県全体の約10%を占める人口約3万人のまちである。広大な市内には観光資源も多い。高山植物や冬の樹氷で知られる森吉山、伝統ある狩猟法を今に伝えるマタギ文化、近代産業遺産の阿仁銅山など、固有の自然、文化、歴史が揃っている。また、旧国鉄から第三セクター方式で継承した秋田内陸縦貫鉄道が市の南北を貫き、南側の終点の角館(仙北市)では秋田新幹線と接続。市内には東京への直行便が飛ぶ大館能代空港もあり、首都圏とのアクセスに優れている。しかし、市のほとんどは山林で豪雪地帯。秋田県内でも少子高齢化と過疎化が著しく進んでいる。

2021年、この北秋田市に大きなニュースが舞い込んだ。市内の伊勢堂岱遺跡が世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産の一つに登録されたのだ。

この遺跡は、大館能代空港へのアクセス道路を建設する過程で発見された。発掘調査を進めるうちに次々と環状列石が見つかり、貴重な遺跡であることが判明。ついに県は道路を迂回させ、遺跡の保存を決定する。2001年には国の史跡となり、2016年には遺跡に隣接して「伊勢堂岱縄文館(以下「縄文館」)も開館した。

しかし、こうして遺跡が保存・整備されるのはレアケースであると、縄文館長の中嶋俊彦さんは語る。

「公共工事の過程で遺跡を掘り当てることは多いんです。でも、大抵は工事が進められ、遺跡の上に道路や施設が建設されています。保存された伊勢堂岱は、それだけ価値が高かったわけです。遺跡を残したいという地域住民の思いも、保存を後押ししたと思います」

住民の思いに行政も応え、地域一体となって伊勢堂岱遺跡を残した結果、新たな観光資源が生まれ、世界遺産に結びついたのだ。

伊勢堂岱遺跡に隣接する伊勢堂岱縄文館
伊勢堂岱縄文館の中嶋館長
縄文館に展示されている土偶や土器。数の多さに圧巻される
遺跡付近を流れる米代川の支流には鮭が遡上する

地域への愛着と誇りを子どもたちに醸成

北秋田市では伊勢堂岱遺跡の世界遺産登録を機に、遺跡を活かしたまちづくりに力を入れている。その一つが、地域おこし協力隊として遺跡のガイドや体験メニューなどを企画する「JOMONコンシェルジュ」の採用だ。

これに応募して今年の春に着任したのは、東京都出身の中野岳春さん。遺跡や縄文館のガイドはもちろん、ガイドの育成や情報発信などにも奮闘している。

「世界遺産になって遺跡の注目度は高まりましたが、遺跡の価値を伝えるガイドの育成が追い付いていません。遺跡のファンを増やす上でガイドの役割は大きいので、今後は「ガイドのためのガイドブック」を作り、人数を増やしたいと思います。遺跡を巡るツアーの開発や、学生ガイドの育成にも力を入れたいですね(中野さん)」

伊勢堂岱遺跡では、ゴールデンウイークや夏休み期間に活動するジュニアボランティアガイドを、世界遺産登録前の2015年から募集している。小学生から高校生まで幅広い年代の生徒を北秋田以外からも受け入れているのが伊勢堂岱遺跡の特徴で、世界遺産になって以来、想定を超える応募が来ている。2022年度は51名、2023年度は、小学生11人、中学生9人、高校生16人の計36人がガイドを務めた。年齢に関係なく生徒2人がペアでガイドをするのも、ここならではの特徴だ。

「当初は、まだ歴史も勉強していない小学生が高校生と組んでガイドができるのか心配しました。でも学生たちは、ガイド経験者からコツや知識を学び、自然に上達していきます。自らガイドを希望した学生ばかりですので、習得が早いんですよね。しかも、見ず知らずの観光客に遺跡の魅力を教えるわけですから、学校では学べない経験をしています。このように、子供たちが学校以外で学びを得る場を作ることが、子供の流出が止まらない地域を守る上で欠かせないと思います(中嶋館長)」

伊勢堂岱遺跡は、地域への愛着と誇りを子どもたちに醸成する良い教材になっていた。中嶋館長も講演の場などでは、遺跡のPRだけでなく遺跡を活用した教育の重要性を訴えているそうだ。

「JOMONコンシェルジュ」を務める中野さん

観光と保存のバランスが取れた遺跡

一方で、世界遺産登録で地元が期待するのは、やはり観光である。観光客はコロナの影響で一時的に減少したが、遺跡を訪れる観光客は昨年、今年と増加傾向にある。遺跡の近くには大館能代空港や秋田内陸縦貫鉄道の駅もあり、アクセスも悪くない。世界遺産に登録された縄文遺跡を巡るツアーも組まれ、外国人客も増えている。

しかし、楽観はできないと中嶋館長は話す。

「話の種に世界遺産を一度は見ておこうという方々は多いですが、リピーターはあまり期待できません。石の遺跡ですので、その価値を伝えるのが難しいのです。また、北秋田には旅館やホテルが数軒あるだけで、大人数を収容できるキャパがありません。地域にお金が多く落ちるのは飲食と宿泊です。縄文館にも体験施設や飲食スペースといった滞在場所がありませんし、観光客がお金を落とす場が少ないのです」

また、観光と保存の両立が難しいという問題もある。伊勢堂岱遺跡では、4つの環状列石のうち2つの発掘調査を半ばで程度で止めている。見せている石も、11月から4月中旬までの冬季は石の保存のためにシートで覆い、閉鎖してしまうのだ。

「伊勢堂岱遺跡では、本物を見せながら石の保存にも配慮する方法を取っています。発掘調査を半分程度で止めているのは、今後の技術進歩に期待しているため。発掘技術は日進月歩で進んでいますので、あえて今は埋めておき、未来に期待しているのです」

そもそも世界遺産の本来の目的は、唯一無二の遺産を人類共通の宝として保護し、守っていくことだ。遺跡を守りつつ本物の価値を伝え、教育に活かしている伊勢堂岱遺跡は、観光と保存のバランスが絶妙であると感じた。

東京からの直行便が飛ぶ大館能代空港。遺跡にもほど近い

存続に向けて挑戦が続く秋田内陸縦貫鉄道

こうした観光面での課題はあるが、本来埋め戻されて道路の下になるはずだった伊勢堂岱遺跡の保存を決めて世界遺産登録を実現したことは、北秋田市民にとって大きな誇りになっている。

一方で存続が危ぶまれているのが、市内を走る秋田内陸縦貫鉄道(以下「内陸線」)である。

1986年に国鉄から第三セクター方式で引き継いだ内陸線は、利用者が年々減少し、赤字が続いていた。2003年、筆頭株主である秋田県が「秋田内陸線沿線地域交通懇話会」を設置して以来、廃止か存続かの議論が県と沿線自治体との間で繰り返されている。現在は、年間赤字額を2億円以内に抑えないと経営を抜本的に見直すという条件付きで、運行している状況だ。

2017年、こうした綱渡り的な経営が続く内陸線の社長に民間企業から着任したのが吉田裕幸氏である。吉田氏は内陸線の愛称として「スマイルレール秋田内陸線」を定め、車窓から眺める田んぼアートや、走る農家レストラン「ごっつお玉手箱列車」などの企画を、地域と密に連携しながら進めてきた。最近ではインバウンド需要も取り込み、赤字額を抑え続けている。

「今年度は、阿仁合駅と比立内駅のオーナー募集や、内陸線の応援社員募集といった新企画にも挑戦しました。列車や駅に別の価値を加えれば魅力と可能性が広がりますし、大館能代空港からの人の流れも期待できます。これからも地域に利益が届く企画や事業を、地域の皆さまと一緒に創り出したいと考えています(吉田社長)」

その可能性を感じる取り組みの一つが、2022年1月に比立内駅にオープンした交流スペース「がっこステーション」である。「がっこ」とは秋田弁で漬物のこと。比立内駅が位置する大阿仁地区は全国有数の豪雪地帯。各家庭では昔から保存食として「がっこ」が作られ、郷土を代表する食文化になっている。

この食文化を継承するため、地元住民は「大阿仁ワーキング」という一般社団法人を作り、各家庭で作った漬物を販売するイベント「がっこ市」を毎年開催してきた。しかし、2021年の食品衛生法改正で漬物の製造・販売には許可が必要になり、保健所の許可を得た加工施設でしか製造できなくなってしまう。そこで大阿仁ワーキングでは県や市の補助を得て、本年11月に比立内駅の空きスペースを加工・販売施設に全面改修。漬物加工場も備えた「がっこステーション」として再生させたのだ。

この改修を進めた中心人物が、元地域おこし協力隊の斎藤美奈子さんである。

「ちょうど私も活動拠点を探していましたので、住民や旅人が集える場所を作りたいと思い、『がっこステーション』作りに関わりました。今後は飲食店も併設して、北秋田に新しい人の流れを作りたいですね。地域内外から人が集まり交流できる駅は絶好の場所だと思います」

駅は、列車が観光客を運んでくる場所だ。そこに食文化の拠点を作れば、住民との交流が自然に生まれ、販売もできる。「がっこ」を買いに内陸線で比立内を訪れる人も増えそうだ。

秋田内陸縦貫鉄道の吉田社長
外国からの団体客で賑わう阿仁合駅
阿仁合駅で定期的に開催される車両基地見学会
内陸線の米内沢駅では、北秋田で発掘された「笑う土偶」がお出迎え
比立内駅構内の「がっこステーション」を運営する斎藤美奈子さん

取材を終えて

少子高齢化と過疎化が進む地域にとって、観光は重要な産業の一つである。しかしながら宿泊・飲食施設が少ない地域では、観光だけで経済効果を高めるのは簡単ではない。今回取材した北秋田市では、観光資源である伊勢堂岱遺跡や内陸線を地域一体で盛り上げ、さまざまな分野で価値を生み、人の流れを作っていた。

観光客にお金を落としてもらうのも大事だが、地域住民が観光に参加して交流を生み、継続的に訪問するファンを作ることも欠かせない。そうした住民の参加意識を高めることが、過疎化が進む地域に求められている。今回の北秋田の取材を通じて、そのことを確信した。

(取材に際しては、北秋田市の地域おこし協力隊の中野岳春さんにお世話になりました)