テレビの力に抗する店主の明察 ~ 規模拡大を目指さない行列のできる豆腐屋さん

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』175号(2018年6月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

秘密は何もない

テレビでおいしいケーキ屋さんが紹介されれば、たちまち店の前に行列ができてケーキは売り切れる。どこそこの公園で何々の花が満開になったと報じられれば、大勢の見物客が押し寄せる。普段はがらがらの美術館も、テレビで取り上げられると来訪者でごった返す。

誠にテレビの影響力は絶大である。テレビに出て有名になるとお客が増え、売り上げも飛躍的に伸びる。かくして現代はお店に限らず、政治家も文化人も芸能人もテレビに取り上げられることを希求する。テレビはまるで絶対権力を持つ王様のごとくである。

岐阜県八百津町久田見の丸登豆腐店も一昨年「秘密のケンミンSHOW」に取り上げられた時、テレビの威力をまざまざと見せつけられた。

その時の恐ろしさを店主の伊藤吉晴さん(62)は次のように語る。

「何しろ普段は過疎化でひっそりしているこの辺りで、車が何キロも続いて渋滞しているんです。電話はひっきりなしにかかってくるものだから、いちいち受話器を取っていては豆腐を作る時間がなくなる。それで電話には出ないことにしたんですが、今度は役場や商工会に問い合わせの電話が回ってパニック状態でした」

テレビの影響に驚きながらも、惑わされることのなかった伊藤吉晴さん。

丸登豆腐店は祖父の伊藤登一さんが70年前に創業して、現在の吉晴さんは3代目。2代目のお父さんは体調不良で療養中で、大きな釜や水槽のある仕事場には奥様の好子さん(60)と4代目を継ぐことになる長男の久貴さん(34)、そして吉晴さんのお母さんのつる子さん(86)の4人が立つ。

「私は何も特別なことはしていません。祖父から父へ、父から私へと受け継がれた製法を守っているだけで、企業秘密も何もありゃしません。大豆も特別な豆を使っているわけではなく、名古屋の問屋から仕入れています。たぶんアメリカかカナダ産でしょう」

「豆腐は大豆を水に浸して、砕いて、煮て、絞って、後はにがりを打って型枠に入れて固めるだけの単純な方法を守っているだけです。気を付けていることといえば、味を変えないようにしていることですね」

「揚げのほうは油で揚げますから、油の温度と揚げる時間が微妙に影響してきますけど、それにしたって何も難しいものではありません。最初に110度で揚げて、頃合いを見て150度の油に移して二度揚げします」

油の微妙な温度と揚げる時間が、揚げをおいしくするのだという。

「秘密は何もありませんが、油だけはいいものを使っています。もしうちの豆腐がうまいと言われるとすれば、水のおかげでしょうか。地元の簡易水道の水を使っているのですが、これが豆腐づくりに適したいい水かもしれません」

豆腐は大豆の味が濃厚なこれぞ本格派という味である。揚げは酒の肴にもごはんのおかずにもなるしゃれた味で、豆腐を買うお客は必ず揚げも買って行く。

テレビの影響は2年たってまだ続いていて、遠くからのお客さんが後を絶たない。

「朝は4時から仕事を始めるのですが、びっくりするのは店に出てきたらまだ暗いのに車が止まっていることがあるんです。深夜に着いて車の中で仮眠して店が開くのを待っていらっしゃるんでしょうね」と、好子さんはあきれ顔で話す。

昼前にはこの看板が出されることが多いという。

雑音には耳を傾けない

なぜテレビ局が丸登豆腐店に目を付けたか、伊藤さん家族はいまもって理由が分からない。

「ある日突然、読売テレビから電話があって取材させてほしいということでした。町の誰かが推薦してくれたのか、テレビ局の人がどうやってうちの店を探し出したのか分かりません。ケンミンSHOWというのは全国放送なので、沖縄からも北海道からもお客さんが来ることになりました」

日本人というのはよほど豆腐好きらしい。

富山から3時間かけて来たお客は、段ボール箱を持参して豆腐を買っていた。

客だけではない。最大手のスーパーストアからも豆腐を納入してもらえないかという申し出があった。とても対応できないと伊藤さんは断ったが、3度も説得にやってきた。都市部の繁華街に出店しないかという話もあったが、もちろん断った。

テレビは家族で生業としてきた店を企業に変えるきっかけをつくる役割を果たす。その半面、一気に客が増えることはその店をつぶす危険性もはらんでいる。

個人経営の店が規模拡大しようとすると、当然ながら人手が足らなくなるから人を雇う。設備も大きくしなければいけない。工場も手狭となれば増設しなければいけない。無借金経営で来たけれど拡張のために銀行から金を借りることになる。

金を借りれば返済が始まる。返済が始まれば、毎日、一定の売り上げを出さなければならない。そのうちよそに土地を買って、工場を建てる。ますます借入金は増える。今日は天気が悪くてお客も来ないからこのへんで店じまいするか、などというようなのんびりしたことは言っていられなくなる。

家族経営でやっていくか企業になるかは経営者の判断だが、はっきりしていることは味は変わってしまうということだ。原料の仕入れから生産、加工まで店主の目が行き届いていたものが、工場はラインになり、経験がマニュアル化されてしまう。同じ味でいられるわけはない。

そうなると昔からひいきにしていた客は離れていく。その半面、ブランドが確立して新しい客も増えるが、すでに彼は昔の彼ではない。こうして文化が消えていく。発展は文化を消滅させるのである。日本はこうして全国の町内にあったいい店うまい店をつぶしてきた。

伊藤さんは「うちのような田舎の店が知られるようになったことはありがたいことです」とテレビに感謝はするが、テレビに振り回されることはない。

「うちは祖父の代から木綿豆腐378円(二丁分の大きさ)と揚げ1枚27円(12枚入り324円で販売)の2種類のみです。絹豆腐はありません。ガンモもありません。この2種類でやってきたし、これからもこの方針でやっていくつもりです」

ちなみに本誌が訪ねた日は豆腐は300丁、揚げは5000枚つくっていた。全部売れればいくらになるか。よその売り上げを勘定するのはいい趣味ではないけれど、十分に地元の有力企業である。

人気の揚げは一日5000枚つくる。

市場経済はあくなき成長を前提としている。もうけられるのにもうけないのは悪とされている。もうかる機会をみすみす逃すことをチャンスロスというらしい。

しかし、伊藤さんはおせじに乗るタイプではない。規模拡大に走って失敗して、消えて行った評判の店がいかに多いことか。発展は決して善ではないのである。

伊藤さんにわざわざ〝拡張など考えずにいつまでもここで頑張ってくださいね〟と忠告してくれるお客さんもいるということだが、伊藤さんは苦笑しながら、「誰が何を言おうと私たちはここで今までどおり、同じやり方で続けていくだけです」と笑った。

仕事は家族でやるのがいちばんというのが皆さんの意見。
写真左から長男久貴さん、伊藤吉晴さん、好子夫人、お母さんのつる子さん。

■丸登豆腐店
〒505-0422 岐阜県加茂郡八百津町久田見856-8
TEL 0574-45-1266
営業時間 午前9時〜午後5時ごろ。10時ころには売り切れることが多いので、遠方から出掛ける方は電話で予約したほうが無難。休日は日曜日と第3月曜日。(※2018年6月25日時点の情報です)

(おわり)

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