【連載 イタリア支局長だより】第5話 レイシストは嫌だ

ある日、仕事をサボってジムに行こうとしていた時のこと。ジムの近くで力強い歌声が響いていた。すぐにアフリカン系と分かる、ずしっとした歌声だった。このストリートミュージシャンは以前、どこかで見かけたことがある。気になったので前まで行き、少し歌を聞いてお金を寄付した。最近、懐事情があまりよくないので、100円くらいしかあげなかったが、せっかくなので彼の歌唱ぶりを映像に収めようと思い、スマホでビデオの撮影を開始した。

その時だった。彼は演奏を止め、英語で撮影は止めて欲しいと怒りながら言ってきた。「君は僕のことを知っているのかい?知らないなら、今すぐ撮影は止めてくれ」。そう言われた私は「あなたの言う通りです。すぐに撮影を止めます。あなたの歌があまりにもうまかったので、記念にただ保存したかっただけです」と伝え、その場を後にした。

ジムに入り、いつものトレーニングを開始したが、どうしてもさっきのことが気になり、あまり集中できなかった。レイシスト(人種差別主義者)なら「税金も払わないで、よその国で勝手に演奏をしておきながら、撮影を断るとはなんたる傲慢な浮浪者だ」とでも言うだろう。だが、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そこで、ジムが終わったら、もう一度彼のところに行き、私が『かがり火』に執筆していることを話したうえで正々堂々と撮影をさせてもらうことにした。

ジムから出ると、彼の姿はなかった。そういう運命だったのか、と諦めて先に進んだら、彼が熱唱しているではないか。今度こそは、と思い、立ち止まって歌が終わるまで待ち、話しかけるタイミングを待った。彼はボブ・マーリーの「ノー・ウーマン、ノー・クライ」を歌っていた。やはり本場の歌唱力は違う。曲が終わり、思い切って話しかけてみた。彼に「ピザをおごるのと、お金の寄付をあげるのはどっちがいいかい?」と冗談交じりで訊いてみた。すると「私はイスラム教だから・・・」という返事が返ってきた。つまり、豚の脂を使用するピザはいらない、お金の寄付をしてくれ、ということだ。「オッケー」と言って私は、持っていた2ユーロ硬貨をあげた。本当は5ユーロくらいあげたかったが、恥ずかしいことに財布には2ユーロしか入っていなかった。そして、図々しくも彼にインタビューをお願いした。私の記事が載っている『かがり火』のページを見せながら、この雑誌のためにあなたの記事を書きたい、と説明すると彼はすんなりとオッケーしてくれた。

彼の名前は、サンデー・イマスエン。ナイジェリアのベニンシティ出身で、10年くらい前からペルージャ市内に住んでいるそうだ。ストリートミュージックで小銭を稼ぎながら、5人の子どもを育てている。可哀そうなことに、子どもはもともと6人だったのが、1人が若くして他界したとのことだった。彼は、自分の子ども達の写真を見せながら、それを何度も語っていた。さっきイスラム教徒だと言ってピザを断ったので、もう一度本当にイスラム教徒なのか訊いてみた。すると、イスラム教とキリスト教を両方信じているという答えが返ってきた。そして、思い切って「日本の読者に君からのメッセージを送りたいから、今度は撮影を許してくれるかい?」と尋ねてみた。今度は、彼も快くオッケーしてくれて、とても素敵な映像を収めることができた。

ヨーロッパの移民問題は、悪化するばかりだ。そうした流れで、イタリアのみならず、ヨーロッパ中で移民を嫌うレイシストが増えている。確かに誰でもウェルカムで、無法地帯のように移民を受け入れるわけにはいかないが、これだけの歌唱力を発揮する彼の努力は報われるべきだ。神のご加護があらんことを。

(イタリア フォリーニョ支局長 ジョー)