性善説に基づいた経営で地域を引っ張る 恵那市観光協会会長の阿部伸一郎さん

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』181号(2018年6月25日発行)の内容に、若干の修正を加えたものです。

すべての業種と関係あるのが観光である

NHKの朝ドラ『半分、青い。』の人気で、舞台となっている岐阜県恵那市には連日観光客が押し寄せている。

観光をまちづくりの柱に据えている恵那市にとっては願ったりかなったりの現象だが、恵那市観光協会会長の阿部伸一郎さん(61)は、このブームに感謝しているものの、いささか不安も感じている。

「先日、地元の居酒屋に入ったら、地元の酒を置いていないんです。この地域には古くからの造り酒屋が何軒もあるのに、並べられているのは全国的に有名な銘柄ばかりでした。地元の酒はないのかと店主に聞くと『そんなもの置いてませんよ』と、あたかも無名の地元の酒を置いていないのがステータスでもあるかのような返事でした。これでは観光でのまちづくりが間違った方向に行くのではないかと心配です」

観光を土産物店や飲食店、宿泊など観光関連業だけが潤うものと考えていては観光でのまちづくりはできないと、阿部さんは考えている。すべての業種が有機的に結び付き、関係性を持って、相乗効果を発揮するのが本当の観光だという。

「観光客が増えるのは結構なことですが、有名観光地では渋滞や騒音やごみで悩まされているところもあります。住民の平穏な日常を犠牲にしてまで経済効果のみを追い求めるべきではありません。観光に携わっている人とそうでない人たちの住民感情が分断されるようでは本末転倒でしょう。強烈な郷土愛のない観光は砂上の楼閣のような気がします」

阿部さんの本業はセントラル建設株式会社社長である。この会社は明治元年に初代の阿部九市氏が港屋という雑貨商を営んだのが始まりで、今年で創業150年を迎える。阿部さんは5代目の社長である。

「雑貨商から始まっていますが、後継者たちはそれぞれの時代に合わせて、飼料、亜炭、石油、プロパンガス、肥料、建材と業態を変えてきました。私の父が祖父から引き継いだ時は肥料を扱っていたのですが、公共工事が盛んに行われるようになった機運に乗って中央舗装株式会社という社名で、舗装事業に参入しています。私が社長になってからは新規事業として農業と介護事業に参入しました」

系列会社の「恵那サンド」は恵那峡で砂を採取、販売している。

会社の平均寿命は30年と言われているが、地方都市で150年の長きにわたって経営を存続させてきたというのは、歴代の社長がいかに時代の変化を見るに敏だったか分かろうというものである。

「農業と介護は、本業の建設業と一見関係がないと思われるでしょうが、実は密接に関係があって、わが社にとってシナジー効果(相乗効果)を上げています。

例えば、土木事業が忙しいのは9月の秋口から翌年の3月までで、従業員は4月5月6月はほぼ遊んでしまうのです。この期間を何とかしたいといつも考えていたら自然薯栽培では全国的に有名な、地元の水戸屋さんと出会ったのです。水戸屋さんは農業のプロですが、私どもは重機を扱うプロです。広大な耕地を重機で掘り起こせば、人手でやるよりもはるかに短時間で済みます。

自然薯は30㎝ぐらいの土中で成長するのですが、収穫時に土を5㎝ぐらいの厚さにまで剥いでおけば簡単に引き抜くことができます。昨年は2000本植えましたが、今年は2万本植える予定です。いまのところ全量を水戸屋さんに引き取ってもらっていますが、将来は独自の販路を開拓するつもりです」

本職よりも圧倒的に公職のほうが忙しい阿部伸一郎さん。

シナジー効果はまだある。収穫時の終わりごろは土木も忙しくなり始め、作業が重なってしまう。この時の強力な助っ人が地元の障がい者施設に入所している人たちである。つまり農福連携で、お互いに助け合っているのである。これも介護レンタル事業で培ったネットワークのおかげといえる。

「介護事業といってもわが社は介護機器のレンタルです。介護などの施設を運営するとなれば初期投資も高くつくのですが、介護用品のレンタルは初期費用は非常に安くて済みます。レンタル事業というのは、例えば、要介護の人が車いすや介護用ベッドを購入した場合は介護保険サービスの対象外ですが、レンタルなら1割負担で利用できるのです。

私は専門スタッフを養成するために二人の社員を先進企業に研修に行かせましたが、掛かった費用はその研修費だけです。スタッフが介護機器を持参して家庭を訪問していれば階段に手すりを付けてくれとか、段差のないようにリフォームをしてくれというような注文もあって、本業の建設業に結び付くのです」

阿部さんは、新規参入事業といっても何らかのかたちで本業に関係しているものだけに限っている。

昭和36年に始めた舗装事業も、セントラル建設の主要部門である。

一度辞めても戻れる会社

セントラル建設では社員の働き方は斬新で、国が取り組んでいる働き方改革のはるか先を行っている。

「わが社では社内結婚をしてもどちらかが退職しなければならないということはありません。配置転換もありません。社内結婚したカップルが結婚前と同じように机を並べて、旧姓で呼び合っている夫婦が3組もいます。親子で働いている人もいます」

この会社の働き方で最もユニークなのは、一度退職しても再就職が歓迎なことである。

「隣の芝生は青いといいますが、よその会社は良く見えるものなんです。給料が高かったり、労働時間が短かったり、福利厚生が手厚かったりという情報が入ってくれば、転職を考えるのは人情です。しかし、現実に移ってみれば上司の人格に問題があったり、経営方針に賛同できなかったり、希望しない勤務先に行かされたりで、しまったと思うこともあるでしょう。しかし早まったなと後悔してもほとんどの会社は元の会社には戻れません。わが社はいつでもウエルカムなんです。二度でも三度でも戻っていらっしゃいと言っています」

阿部さんに言わせると地球上に何十億人いるか分からない人間が、同じ会社で働くというのは奇跡的な縁があったからだという。この縁は素晴らしいもので、簡単に切っていいものではないという考え方だった。辞めていく社員に、恩をあだで返されたと思ったことは一度もないという。

阿部さんは、建設業や建材販売のほかに、川砂利を採取する恵那サンド、ダンプのパシフィック技研、車両整備のMトレーディング、ガードマンのセントラル警備システムなど多くの会社を経営しているが、すべて事業は性善説に基づいて経営している。

「数年前から弊社は恵那駅近くで『セントラルパーク』という駐車場経営を展開しています。ここは一般的な駐車場と違ってタイヤのロック板も料金所もありません。オープンな駐車スペースと特注の発券機が1台あるだけで、24時間自由に出入りができるようになっています。料金は一日500円。

システムは極めて簡単で、駐車した際に500円を投入すると24時間後の時刻を記した領収書が出て来ます。それをダッシュボードの外から見える位置に置いておくだけでいい。市民を信頼することによって電気代以外の経費は一切掛かりません。よって、ほぼ売上イコール利益となっています。セントラルパークは市民の道徳心に支えられながら存続しているわけです」

セントラル建設内にあったダンプ部門を分社化したパシフィック技研。10台の大型ダンプが毎日地域を走り回っている。

経営の基礎は古典を学ぶことにあり

阿部さんは観光協会の会長で、商工会議所の副会頭でもある。いくら性善説に基づいて経営をしているといっても、赤字経営では話にならない。しかも自分の会社だけでなく加盟企業の経営も指導、助言しなければならない立場である。地元老舗旅館「いち川」のロビーで若女将に面白いクイズを出していた。

「1個100円のまんじゅうを一日100個売っている店がありました。売上は1万円になります。1個のまんじゅうを作る生産原価が60円、100個ですから、6000円の原価が掛かっています。それに人件費や家賃などの固定費が3000円掛かっています。売上から生産原価と固定費を足した経費を引いて利益は1000円ということになります。いま売上が落ちて来たので、まんじゅうを値下げして80円で売ることにしました。生産原価と固定費は変わらないものとして、さて、今までどおり1000円の利益を確保するには、まんじゅうを何個売らなければいけないでしょうか?」

若女将さんは首をひねって考えていたが、20%を安くしたのだから120個ぐらいかなという答えだった。正解は200個である。安くしてもその分多く売れれば損はないと考えがちだが、20%値下げするだけで倍の個数を売らなければ元の利益は確保できないのである。

旅館はいま厳しい競争にさらされているので、つい料金を下げたくなるが、安売りに走るととんでもないことになることを教えていたのである。反対に値上げをした場合は、どれだけ客数が減ってもいいのかを計算しておくべきだと、世間話をしながら若女将にレクチャーしているのだった。

中山道じねんじょ農園。平成29年に地元の名産品の一つである自然薯栽培を始めた。初年度は3千本、今年は2万本栽培する予定。建設と農業の“複業化”を目指している。

阿部社長は「セントラルライナー」というA3判のカラーの社内報を年4回発行している。社内報というのは自社の宣伝と社内人事を伝えるだけで外部の人間が読んでも面白くないものも多いが、ここの社内報は地域にも目配りした企画が並んでいて退屈しない。

目玉企画が阿部さんが執筆する「読書尚友」というコラム、感動を受けた本を解説しているものだ。これまでに取り上げた書名を見て驚いた。ビジネス書といわれるものは1冊もなく、唯円『歎異抄』、世阿弥『花伝書』、柳田国男『遠野物語』、泉鏡花『高野聖』、老子『老子』などすべて古典や名作ばかりだった。

「実は私は安藤頌太郎先生を講師に陽塾という塾を主宰しているんです。陽塾では毎回、1冊の本を取り上げて勉強会をしているのですが、私が社内報で書くものはここで取り上げられた古典です。早い話、先生の受け売りですが、それでも私の言葉で書き直すことによって私自身の理解が深まりますし、判断力などの基礎が培われると思っています」

大企業の経営者に読書家といわれる人はいるが、地方の経営者にも知識欲旺盛で、教養のある社長は存在するのである。

そういえば、合併して恵那市になったが旧岩村町、昔の美濃国岩村藩から儒学者・佐藤一斎が出ている。一斎に次のような言葉がある。

少にして学べば
即ち壮にして為す有り
壮にして学べば
即ち老いて衰えず
老いて学べば
即ち死して朽ちず

(おわり)

>「恵那市観光協会」ホームページ

>「セントラル建設株式会社」ホームページ

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