北三陸の南部鮭文化を継承した冷燻作りに取り組む 株式会社アースカラーの藤﨑翔太郎さんと佐々木航さん

全国各地には、その土地の風土を生かして作られた伝統食品が多く存在する。しかし、後継者不足や日本人の食生活の変化などで存続が危ぶまれているものも多い。

こうしたなか、岩手県北三陸に伝わる鮭文化を継承し、ここでしか作れない「冷燻(れいくん)」作りに取り組んでいるのが、株式会社アースカラーの藤﨑翔太郎(ふじさきしょうたろう)さんと佐々木航(ささきわたる)さんだ。厳冬期に行われている冷燻製造の現場を訪問し、藤﨑さんに話を聞いた。(取材:松林建)

南部鮭加工研究会が開発した鮭の冷燻

岩手県の三陸沿岸は、古くからの鮭の産地。特に北三陸で穫れる鮭は、鼻が曲がった見た目から「南部鼻曲がり鮭(南部鮭)」と呼ばれ、江戸時代には塩漬けして寒風にさらした「新巻鮭」が江戸に運ばれていた。しかしながら、漁獲された大量の鮭が全国に出回ったことで地域性が薄れ、新巻鮭を生んだ鮭の加工品文化も衰退していた。

北三陸で獲れる南部鮭

こうしたなか、北三陸の鮭文化を守り漁業関係者を豊かにすることを目指し、南部鮭の加工品を製造する「南部鮭加工研究会(以下「研究会」)」が、2008年に宮古市で設立された。研究会が取り組んだのは、鮭の「冷燻」作り。冷燻とは燻製の製法の一つで、低温の煙で時間をかけて燻すため素材の味を壊さない分、温度管理が難しく手間がかかる。そのため、スモークサーモンとして知られる鮭の冷燻は、専用の燻製器で作るのが一般的だ。

一方で研究会は、内蔵を取って塩入れと塩抜きした鮭を、広葉樹の煙で厳冬期にじっくり燻すという自然環境下での伝統製法にこだわった。原材料は素材と塩だけ。超低温で1ヶ月以上かけて燻すことで、素材の旨味が凝縮された冷燻に仕上がる。しっかり水分を飛ばすので、添加物を使わなくても長期間の保存が可能。新巻鮭のノウハウが生きる北三陸ならではの製法だ。

生ハムのようにしっとりした食感の冷燻は、岩手県の水産加工品コンクールで賞を取るなど評価され、地元での人気も高かった。しかし、研究会のメンバーは高齢者がほとんどで、リーダーの病気や鮭の不漁などにより、冷燻作りは途絶える寸前だった。

研究会の冷燻製造を継承

この途絶えかけていた冷燻作りを3年前に継承したのが、北三陸の普代村に本社を置く株式会社アースカラーである。代表の高浜大介さんは5年前に首都圏から北三陸へ移住し、移住者獲得や地域活性化などに取り組んできた。そんな高浜さんにとって、北三陸の風土と伝統を生かした冷燻作りは「やるべき仕事」だったという。

「日本の農山漁村の大事な営みを守り、継承できる社会経済モデルを創ること。これが我々の活動であり、存在意義だと思っています。そのためには我々も生業を持たないと説得力がありません。南部鮭加工研究会の冷燻作りが途絶えかけていると懇意にしているレストランのシェフから聞いた時、先行きはわからないがアースカラーでやってみようと決めました」

担当するのは、アースカラー社員の藤﨑翔太郎(ふじさきしょうたろう)さんと佐々木航(ささきわたる)さん。佐々木さんは研究会に数年間在籍していた冷燻作りの経験者だ。2021年に研究会から事業を継承して試作を繰り返した後、昨年3月に営業許可を取得。若者2人による冷燻の製造・販売事業が、2024年冬に始まった。

藤﨑翔太郎さん
佐々木航さん

極寒の環境で燻す冷燻

その冷燻作りの現場を取材するため、冷燻施設がある宮古市の区界高原を訪れた。

宮古市の中心部から60キロも離れた区界高原は、標高約700メートルの高地にあり、厳冬期には気温がマイナス20℃を下回ることもある県内有数の寒冷地。藤﨑さんたちは、研究会が使っていた施設と伝統製法を引き継ぎ、冷燻を作っている。

区界高原の冷燻施設。厳冬期には雪で覆われる。

訪れたのは今年の1月末。盛岡から区界高原までバスで移動したが、盛岡では全くなかった雪が区界高原に近づくにつれて増え始め、現地に着く頃には、あたり一面が雪景色となった。積もった雪をかき分けながら、藤﨑さんの案内で冷燻施設の中に入る。施設の内部は1階と2階で6部屋あり、うち4部屋で鮭が燻されていた。

冷燻施設の室内
ナラ、ケヤキ、クリなど地元産広葉樹のチップを燃やして燻煙を発生させている。
1階で燃やした煙が2階にも届き、鮭が燻される。
鮭は吊るしの他、切り身(フィレ)の状態でも燻される。
作業中の藤﨑さん

鮭を燻す期間は2ヶ月以上。概ね3月で冷燻作りは終了し、現在は提携する宮古市の水産会社の倉庫で冷凍保存しながら、少しずつ製品として加工されている。以前はケズリ、フィレ、スライスなどの商品を販売していたが、現在はまずケズリのみ製造中。ネットや道の駅などで3月から販売している。

「作った冷燻は、売れ行きを見ながら少しずつ製品化し、売り切る予定です。特に水分が抜けた「ケズリ」は保存が効きますので、長期間にわたり販売できます。機械を使わず自然の温度を利用して、ここまで手間をかけて燻製を作っている事業者は、他にいないと思います」と、藤﨑さんは話す。

鮭の「ケズリ」
冷燻の加工品。左が「スライス」

南部鮭の不漁をトラウトサーモンでカバー

しかし、鮭の冷燻作りには致命的な問題があった。この数年で南部鮭の漁獲量が激減し、回復が見込めていないのだ。そのため藤﨑さんたちは、北海道から鮭を仕入れたり、鮭以外の食材を使った製品を開発したりと、冷燻の火を消さない知恵を絞っている。

その一つが、地元特産品である「宮古トラウトサーモン」を使った冷燻だ。この魚はニジマスを品種改良したもの。宮古市と漁協が生き残りをかけて海上養殖に成功し、令和2年に初出荷されている。

「今年は、協業している水産会社様と一緒に250匹のトラウトサーモンを使って冷燻を作りました。これは鮭と同じくらいの量ですが、鮭は2ヶ月かけてじっくり燻すのに対し、トラウトサーモンは約1週間でおいしく仕上がるので効率的です。脂の乗ったサーモンの旨味とやわらかな塩味、燻の香りがマッチした「宮古トラウトサーモン冷燻 -極-」は我々の自信作。基本はフィレですが、スライス(スモークサーモン)としても販売しますので、多くの方々に味わってほしいですね」

この他にも藤﨑さんたちは、タラとタコの冷燻作りにも挑戦している。既に試作を繰り返し、美味しく食べられるレベルに仕上がった。宮古はタラの水揚げで本州屈指の町なので、新たな特産品としても期待できそうだ。

東京のレストランに営業

南部鮭の不漁問題に直面しつつも、何とか初年度の仕込みを終え、研究会の冷燻作りを継承した藤﨑さんと佐々木さん。目下の課題は販路の拡大だ。藤﨑さんは、安定した購入が見込めるホテルやレストランに営業をかけ、販売先確保に奔走している。

「昨年は東京のレストラン10数軒を訪問し、製品を試食してもらいました。概ね好評でしたが味が強いという意見が多かったので、今年は塩分や燻す期間を変えました。あとは道の駅やセレクトショップ、ネット販売、提携している水産会社からも販売します。メンバー2人で全作業を行っているので大量生産は難しいですが、事業化の目処は立ってきました」

今後は、冷燻をはじめとする現地の食材を使った飲食店も手掛けたいと話す藤﨑さん。さまざまな生産者とつながり、点と点をつなげる役割を果たしながら、冷燻の持続可能性を高めていきたいそうだ。

独自の販売ルートや事業者とのコラボにより南部鮭の伝統を継承した冷燻の価値が広まり、北三陸が育んだ伝統食品として地域に定着することを期待したい。

取材を終えて

2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、日本の伝統食品の評価は世界的に高まっている。そうした伝統食品を残し、広めることは、地域の持続だけでなく、日本文化保持の観点からも重要だ。しかし、地元産という価値だけでは差別化が難しく、担い手も増えないのが実情だ。

こうしたなか、地域の風土と伝統を生かし、ここでしか作れない冷燻を開発した南部鮭加工研究会と、それを継承して販路開拓を進める藤﨑さんたちの取り組みは、伝統食品の残し方のモデルケースとして注目されていいと感じた。

<岩手極寒燻製 公式オンラインストア>

https://iwate-kunsei.com/