東京と夕張の草野球チームが対戦する「夕張メロンカップ」を実現させた都立荒川商業高校の生徒たち

本年(2018年)7月21日(土)、北海道夕張市のサングリンスタジアムで「第一回夕張メロンカップ」が開催された。

これは「東京⇔夕張自治体間連携モデル事業」の一環で、都立高校の生徒たちが、夕張市に提案したアイデアの一つである。

都立荒川商業高等学校の提案した「夕張メロンカップ」は、東京の草野球愛好家による「チーム荒川」と、夕張の市職員や銀行員などで編成した「チーム夕張」が対戦し、財政再建中の夕張を励まし、観光PRに貢献したいというものだった。

大会は、荒川商業の3年生が運営する模擬株式会社「レガロ工房」が企画、準備、運営した珍しい野球大会となった。

単に勝敗を決するだけではなく、「リスタート=愛・絆」というテーマが掲げられており、試合の合間に「サンクスレター」(家族やふだんお世話になっている人に感謝を伝える手紙)の朗読も行われた。

もともと夕張では炭鉱で働く人々の楽しみとして野球が盛んであり、かつては市内にたくさんのチームがあったが、炭鉱閉鎖で減り、財政破綻で野球を楽しむこともなくなっていた。スタンドには高齢者の姿も多く、久しぶりの野球観戦を満喫していた。

「第一回夕張メロンカップ」を実現させた「レガロ工房」の奮闘ぶりを紹介したい。

【橋本正法(地域交流センター理事・本誌支局長)】

高校生だけど会社員です

レガロ工房は、学校で学んだことを実学として生かすために、平成17年4月に当時の校長先生が立ち上げた模擬株式会社である。

都内では、荒川商業高校の他に2つの商業高校で模擬株式会社が設置されている。

レガロ工房は3年生の有志が社員となり、社長、副社長などの役職を決めて運営している。生徒たちは学校の授業や部活動の傍ら、社員としてデザインソフトのイラストレーターやPhotoshopなどの技能を身に付け、一般の企業から仕事を受注している。

昨年度の社員は8名(男子1名、女子7名)、今年度の社員は6名(男子1名、女子5名)である。ちなみに荒商の生徒数は約600人だが、その7割が女子生徒である。

レガロ工房メンバーに話を聞いた。

「私たちは部活の後、5時ころからレガロ工房に集まり、自主的に仕事をしています。プロの方のリアルな話を聞く機会もあります。実際にお金を稼いでいる人の話はとても勉強になります」(関口智紀君)

「レガロとはイタリア語で『贈り物』のことです。レガロ工房は『地域と交流しよう』『地域を活性化しよう』『社会貢献しよう』という3つのテーマを重視した営業活動をしています」(小石川小姫さん)

「デザインなどの仕事を受注すると社員全員でコンペを行い、最も良いものを選んで納品しています。仕事として受けているので、高校生だからという甘えは許されません。土日を使うことも、夜遅くまで残って仕事をすることもあります」(小野由理さん)

「地元の荒川区や足立区の企業や商店からポスターやチラシの制作を請け負っています。大判印刷機があるので、商店街などの印刷物を作らせてもらっています。昨年は自治体のPR動画や保育園のホームページを作成しました。その他、イベントの企画運営なども行っています」(金児海琴さん)

「夕張メロンカップ」は、夕張市を支援する気運が盛り上った大会だった。

夕張は人も自然もすてきなんです

夕張市は平成24年度から都立高校生を選抜して夏の「高校生夕張キャンプ」を行ってきた。

昨年度が最後の開催であったが、6月に都庁で行われた第1期選抜大会にレガロ工房も応募し、「夕張メロンカップ」企画をプレゼンテーションした。

結果は見事に優秀賞を獲得、代表校として5名が「高校生夕張キャンプ」に参加した。

実際に現地を訪れて、夕張の人と自然に魅せられ、「夕張メロンカップ」を提案のままで終わりにせず、実現させたいと考えたという。

「夕張の野球場は天然芝でとてもすてきです。それに野球場のバックに見える山々の緑がとてもきれいで、ここで思いっきり野球をしてもらいたいなと思いました」(樋口夏実さん)

「財政破綻したまちと聞いていたので、荒れ果てているかと思ったんですが、街はきれいだし、みんな温かい人ばかりでした」(儀保良香さん)

「夕張メロンカップ」のサブタイトルは「大人の青春」、主役は草野球チームのおじさんたちである。夕張支援と野球好きのおじさんと感謝のメッセージ(サンクスレター)、この3つをどう結び付けようとしたのだろう。

「企画を考えるために、荒川の河川敷で野球をしている人にヒアリングしたんです。いろいろと聞いてみると、家に居場所がないからここで野球をしているという人もいた。家族に見放された気の毒な人なのかなと思って見ていると、野球をしている姿がすごくかっこいいんですよ。このかっこいい姿を家族が見てくれれば、絶対に応援してくれるはずです」(星野さくらさん)

「夕張の夜空は星がとてもきれいです。星を見ながら家族や恋人との愛を確かめてもらいたいと思いました。その場でラブレターを読んで気持ちを伝えてもらう……。これって、最高の贈り物(レガロ)じゃないですか」(小野由理さん)

* * *

「夕張メロンカップ」の試合当日、レガロ工房の顧問を務める野村頼和先生(46)に話を聞いた。デザイン科の教員として授業を行うほか、レガロ工房の他に柔道部とコンピュータ部の顧問をしたり、就職指導を担当している熱血教師だ。

商業高校の生徒たちに大いなる可能性を感じている、熱血教師の野村先生。

野村先生はレガロ工房担当の3代目。顧問になった当初は自身もイラストレーターなどの使い方を知らなかったので、生徒と一緒に学んだという。

── どのように社員を集めているのでしょうか。

野村 荒商では生徒の6割が就職します。以前から学習内容が就職のための検定や資格取得に偏っているという反省があり、生徒が学んだことを実際の社会で試す企画・デザイン会社としてレガロ工房がつくられました。

活動をするのは3年時だけですが、2年時から目を付けて、社長や社員を一本釣りで集めています。社長候補に直接話をしてやる気になってもらい、その子が目を付けたメンバーにも声を掛けて参加を呼び掛けています。

── 「夕張メロンカップ」を実現させるためにクラウドファンディングで資金調達をしたとのことですが。

野村 「夕張メロンカップ」を実現するにはお金が必要ということで、生徒の発案で「クラウドファンディング」に挑戦しました。WEBを立ち上げてもらいましたが、最初に数件の入金があっただけで、その後はお金が集まらない。

そこでビラ配りをしてみました。でも、数字は全く伸びない。CF担当者からもビラ配りでは効果が薄いと言われました。とはいえ、他にできることも思い浮かばずに困っていたところ、生徒に促されてビラ配りを継続しました。

1月4日は町屋駅前、5日は小台駅前、6日は荒川遊園商店街、7日は小台駅前と続けていると、生徒も配り方のコツを覚え、いろいろと反応が出始め、手応えを感じました。生徒の頑張りに触発され、自分と妻の両親にもお願いに行きました。

眠れない夜もありましたが、多くの方の協力を得て締め切り2日前に目標の100万円を達成できました。皆様に感謝です。もっとも、これだけでは資金が足りないことが判明したので、「あらかわマルシェ」に参加して、ヨーヨー釣りや地方物産を売って、資金稼ぎをしています。

「あらかわマルシェ」に出店、ヨーヨー釣りや地方物産を売って遠征費用を稼ぐ。

── どうして、生徒がそこまで頑張れるのでしょうか。

野村 大学生は社会に出る準備をしてしまうため変化が少ない。高校生は大人と子どもの中間、過渡期にあるので伸びしろが大きいと感じています。

レガロ工房の顧問を務めていると、生徒がどこかで変わる時があります。最初はやらされモードですが、スイッチが入ると自分で意思を持って飛び始める。いろいろな大人と出会ってたくさんの刺激を受けて、そのうちに自分で考えて行動し始めるのです。

その変化と出会うのがめちゃくちゃ楽しい。教師冥利に尽きますね。私は生徒の自ら伸びようとする力を信頼しています。邪魔さえなければ、彼らは何だってできますよ。

── 「夕張メロンカップ」は実現できると思っていましたか。

野村 最初は「できたらいいなあ」という感覚だったと思います。それが、商店街や地元の方から応援してもらったり、スポーツ庁や内閣府を訪問してプレゼンをしたことで、「絶対やらなきゃ」という意識に変わっていきました。内閣府は入館手続きがとても厳しくて、私も緊張しましたけど(笑)。今後、参加チームを増やして、少しずつ大会を大きくしていきたいと思っています。

── 今回の「夕張メロンカップ」は、昨年度の社員(レガロOBOG)が考案し現地調整した企画を、後輩が実現するという事業でしたが、その点の苦労はありましたか。

野村 とにかく初めての試みだったので、手探り状態でした。その割にはよく頑張ったと思います。運営面でレガロOBOGに頼り過ぎた面はあったかもしれません。現役社員はまだスイッチが入る前の「やらされ感」を拭えない状態でしたからね。

今回、夕張でいい経験ができたので、7月末には秋田で4泊5日の合宿を行い、秋田公立美術大学のイベントに参加して、そこで「インタビュー1000人イン秋田」に挑戦してきます。1000人の人の話を聞いて生徒たちがどう化けるか、とても楽しみです。

地元のイベントに参加して、活動のPRをするレガロ工房のメンバー。

── 野村先生は他の教員と比べて、生徒との距離感が違うように見えます。そもそも先生と呼んでもらえていないようですし(笑)。

野村 私は家庭訪問を大切にしています。生徒たちはさまざまな家庭事情を抱えています。それを知らなくては、彼らと真剣に付き合えません。今どきは家庭訪問を面倒くさがって電話で済まそうとする教員もいるので、腹立たしく思っています。電話では何も分からないし、家庭の事情が分からなければ生徒との信頼関係もつくれませんから。レガロメンバーとは卒業後も付き合っています。彼らが二十歳になって一緒に酒を飲む日を楽しみにしているところです。

* * *

「第一回夕張メロンカップ」は「チーム荒川」に軍配

大会当日は暑さも和らぐ薄曇りに、心地よいそよ風を感じる絶好のスポーツ日和。

「第一回夕張メロンカップ」は、レガロ工房OB2名が司会を務め、午後3時からスタートした。球場には100名を超える地元住民が観戦・応援に駆け付けていた。

まずはレガロ工房社長・松岡夕桜さんのあいさつ、次いで地元夕張高校の大原音乃さんによる始球式。実況は東京から手弁当で応援に駆け付けた「NPO団体バイタル・プロジェクト」メンバーが担った。

試合は1回表に「チーム夕張」が3点を先取、その裏「チーム荒川」が同点に追い付き、その後は投手戦となったが、後半にランニングホームランなどで突き放した「チーム荒川」が8対3で勝利した。

試合は、ほのぼのとした雰囲気の中で行われた。

本事業の目玉である「サンクスレター」の朗読は、3回、4回、5回の表、「チーム荒川」が守備に就く際に行われた。

チームの監督への感謝、長年の友人への感謝、奥さんへの感謝が朗読され、球場はほのぼのとした雰囲気に包まれた。

試合後の「スターナイトパーティ」は、曇り空で星こそ見られなかったが、ジンギスカン料理を食しながら、レガロ工房OGの進行で参加者同士の親睦を深めた。笑顔いっぱいの大会&交流会であった。

自分たちの提案を実現できて、喜びと安堵の「レガロ工房」の生徒たち。

筆者が初めてレガロ工房メンバーと会ったのは、昨年11月の「あらかわシャルソン」というイベントだった(ソーシャルとマラソンを結び付けた造語。荒川区内を見たり食べたりしながら自由に巡る)。その時の野村先生の「商業高校から社会を変えたいと思っている」という言葉が印象的であった。

荒商に通っているのは、ごく普通の生徒たちだ。「夕張メロンカップ」のテーマはAIとか国際化などではなく、家族の絆である。レガロ工房は夕張の人たちとの絆もできているので、両者の関わりは今後も続くだろう。

普通の高校生が大人の力を借りて社会を変える、社会を支える力になっている。

(おわり)

※この記事は、雑誌『かがり火』182号(2018年8月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

>「レガロ工房」フェイスブックページ

>「夕張メロンカップ」ツイッター公式アカウント

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