【そんな生き方あったんや!】第4回「自分に正直になること」獣医看護師/栄養学講師・荒木幸子さん

動物(犬猫)の食事・栄養について、獣医さんや飼い主さんに教えているという荒木幸子さん。

肩書を聞いてみると、「何にしようか迷ってるんです」とのこと。「『どこに勤めていますか』とか、『どういう職業ですか』って聞かれると、ちょっと分かんない」。

企業や肩書を目指すのではなく、「自分に正直になること」によって導かれた彼女の仕事に、既存の職業名は当てはまらないようです。

今回は、そんな荒木さんの自由な働き方、そこにたどり着いた運命的な経緯、そして荒木さん的「人生のコツ」などについて伺いました。

ゲストの荒木幸子さんと、杉原学。

【プロフィール】

荒木幸子(あらき ゆきこ) 山形県生まれ。早稲田大学商学部卒業。NY州立大学デルハイ校獣医サイエンス学部卒業。外資系ヘルスケア会社に勤務し、心臓循環器疾患の治療現場に関わった経験から、現代医学の病気への対症療法的なアプローチに疑問を感じ、根本治療と予防医療の大切さを痛感するに至った。人間を「病気を抱える臓器や部分の集合体」として見るのではなく、「全体的(ホリスティック)な健康体」としてとらえるアプローチの大切さを感じて活動している。比較統合医療学会、米国ホリスティック獣医学会会員。

杉原 学(すぎはら まなぶ) 大阪府生まれ。四天王寺国際仏教大学(現四天王寺大学)文学部中退。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科博士課程後期課程中退。社会デザイン学修士。哲学専攻。研究テーマは「人間と時間との関係」。広告代理店のコピーライターを経て、現在は執筆、研究、歌手活動などを行っている。単著に杉原白秋著『考えない論』(アルマット)、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章執筆、角川新書)がある。世界で最も非生産的な会議「高等遊民会議」世話人。社会デザイン学会、日本時間学会会員。

栄養学との衝撃的な出会い

杉原 生い立ちから伺っていいですか?

荒木 出身は山形で、大学から東京。実家が「田舎の小売業」みたいな感じなんだけど、素人の家族経営だったから、会計とかしっちゃかめっちゃかで。みんなよく分からないで働いてるのね。

杉原 「みんなよく分からないで働いてる」(笑)。

荒木 素人だからさ(笑)。経営のプロじゃないわけ。いつも借金だらけなんだけど、なぜか税金だけガッポガッポ払ってるみたいな不思議な状態で。それが謎だったから、とりあえず「会計やろう」と思って。自分も将来的には経営、ビジネスをやろうと思ってたけど、「コレじゃダメだ」と思って(笑)。それで大学を出てから1年間、税理士事務所で働いて。

杉原 その時は「家を継ぐ」っていうことは……。

荒木 ううん、自分でビジネスをやろうと思ったの。

杉原 僕の周りで独立してる人も「親が自営業」っていうケースが多い。だからそういう発想が出てくるっていうか。

荒木 そうだよね。そのために税理士事務所に入ったんだけど、1年間会計やったら、つまんなくなっちゃって(笑)。

杉原 飽きたんや(笑)。

荒木 だいたいね、分かったから、飽きたの(笑)。

杉原 ははは。

荒木 それで外資系の会社に就職しようと思って、たまたま就職できたところが、ロシアの会社。出張でウラジオストクに行かされて……(笑)。

杉原 何をやってる会社だったんですか?

荒木 「魚をロシアから捕って日本にやってくる船」を運営してる会社。

杉原 怪しいですね。

荒木 怪しいですよ。ちょっとアブナイ……。

杉原 危険なニオイがした(笑)。

荒木 危険なニオイがしたので(笑)、「カタギの世界に戻ろう」と思って。それで就職したのが、ディズニーの会社だったんです。

杉原 「外資」っていうのは一貫してるんですね。

荒木 正当に評価されるのは外資かなーと思って。それで普通に何年かサラリーマンをやってたんですけど、友人がヘッドハンターの仕事をしてて……。

杉原 「友人がヘッドハンター」。「恋人がサンタクロース」じゃなくて。

荒木 「友人がヘッドハンター」で(笑)、ヘルスケアの会社に誘われて。ちょうどそのころ、親ががんになったりして、健康に興味が出てきた時期だったんだよね。「ヘルスケアだからいいかな」と思って就職してみたんだけど、やっぱりアプローチが対症療法的なんだよね。

病気になってから治療する、でも生活を改めないのでまた再発する、また治療する、また出てくる……っていう繰り返し。何か「むなしいな」って思って。根本解決になってないから。

それで予防医学とか、生活改善とか……人間のホリスティックな(全体性に根差した)栄養学みたいなところを、自分なりに勉強し始めたんです。そのころ、自分の犬も病気になって。

いろんな獣医さんに連れていったけど、全然治らなくて。「やっぱりこれは食事じゃないか」と思って、ドッグフードを手作り食に替えたら、もうすごい元気になっちゃって。獣医さんが治せなかったものが、全部治っちゃったの。

杉原 食事で。

荒木 食事で。「今までだまされてた!」というか(笑)、「これは重大なことだ」と思って、そこから動物の栄養学の勉強を始めたんです。

杉原 なるほど。最初は人間の栄養学をやっていたけど、実際に動物の食事を改善したら、結果が出たと。

荒木 そう。結果が出てびっくりしちゃって。動物って人間より早いサイクルで生きてるから、反応も早いのよね。で、いろいろ調べていったら、今まで普通に信じてたことがバラバラと崩れていって。「これはもっとすごい世界が隠れてるんじゃないか」と思って、勉強し始めたんです。

アメリカで「獣医看護師」の資格を取得した荒木さん。

いきなりアメリカの学会へ

荒木 でも日本語ではなかなか情報が出てこなくて、英語で調べたらわんさか出てきたのね。

杉原 やっぱりそっちのほうが進んでいるんですか。

荒木 アメリカには、いわゆるスタンダードの西洋医療じゃないアプローチをする獣医さんたちが、けっこうな数で存在してるんだけど、彼らが「ホリスティックの獣医学」っていう学会を形成していて。そこのプログラムがすごく充実してたんですよ。「ここに行って勉強したい」と思った。

でも獣医師とかじゃないと、参加できないんですよ。それでよくよく調べたら、メンバーの獣医師のスポンサーシップがあれば参加できることが分かって。ウェブサイトにメンバーの一覧表があったから、上から順番にお願いの手紙を書いたんですよ(笑)。

杉原 すごい積極性ですね!

荒木 その時はね、もう「行かなきゃ!」っていう思いだけで、突っ走ったの(笑)。それで手紙を書いたら、3人くらいから返事が来たのよね。そのスポンサーになってくれた先生とは、今でもお付き合いがあるんだけど。

杉原 動いてみるもんやなー。

荒木 普通とは外れた世界を見ている人たちだから、心が広いんですよ(笑)。

杉原 その学会自体が、けっこうアウトサイダーっていうか……。

荒木 そうそう。いわゆる「正統派」じゃない人たち。でも、本当に動物を治したい人たちが、そっちに自然と移ってくるんですよ。西洋医学でやっていても治らない病気が増えてるから。で、そこの学会に参加し始めたんです。獣医でも何でもないのに(笑)。

アメリカNY州立大学デルハイ校周辺。ここに2年間通うことに。

ご縁に導かれて栄養学を生業に

荒木 アメリカには「獣医師」っていう免許の他に、「獣医看護師」っていう免許があるんですよ。日本は「獣医師」しかなくて。獣医師免許はアメリカでは8年(日本では6年)かかるけど、看護師は2年で取れる。「看護師も検討しようかな」と思って、学会の会場で獣医さんに話してみたら、「ほら、そこに看護師も来てるよ」って。

たまたま居合わせたその看護師さんは、ニューヨークで動物の保護施設も運営してたの。私も動物愛護や殺処分の問題にも関心があったから、話をして「見学したい」って言ったら「おいでよ」って。「あと、アメリカの獣医看護師にも興味があるんだけど」って言ったら、「うちの近くに学校があるから、うちに住んで通えばいいよ」って言ってくれて。

杉原 えー!オープンすぎる(笑)。

荒木 その時は本気にしなかったんだけど(笑)。その後アメリカに行く機会があって、彼女の施設を見学に行ったら、無理やり学校にも連れて行かれて。見学してみたら良かったんで、「じゃあこの学校に入ることにする」って決めたんですよ(笑)。それで2年間学校に戻って勉強して、獣医看護師の試験を受けてNY州で登録した。

杉原 はー。

荒木 実はアメリカの学校に入る前に、日本でホリスティックな活動をしている獣医師や学会を探してみたんですが、見つからなくて。アメリカの獣医さんに相談したら、「あ、日本にもそういう先生いるよ」って。その先生にコンタクトしてみたら、会ってくださることになり、私のやりたいことを理解してくれて、ご縁ができました。

その後、アメリカ留学中に一時帰国した際に「うちのクリニックで、食事の話をしてみませんか」みたいなことになって、そこから始まりました。さらにその先生のお知り合いの獣医さんが理事をしている、日本の代替医療の学会を紹介されて。

杉原 ほんまにこう、つながり、つながりで。

荒木 そう。卒業後に、その学会が企画してくれたプログラムで、日本の獣医さんに犬猫の栄養学を教えることになって。それが好評だったので、今は飼い主さん向けのセミナー企画もやらせてもらってます。アメリカで結婚して、講義のたびに日本に帰ってきてたんだけど、「日本で本格的に活動してくれ」って言われて、戻ってくることにしました。

杉原 アメリカの学校で学んだことを、日本で教えてる感じなんですか?

荒木 ううん、アメリカの獣医学校では栄養学はほとんど教えていないの。フードメーカーが来てちょこっと講義をする程度。栄養学っていう学問としては、体系立ててちゃんと教えていない。

杉原 じゃあ、栄養学は独学で……。

荒木 ほとんど独学ですね。人間の栄養学から学び始めて、動物まで。書籍や文献を読んだり、いろんなところから知識を集めてきて、自分なりに納得したものだけをまとめて。獣医さんから「そういうのを体系化して教えてくれる人がいなかったから、ありがたい」って言われたんです。

杉原 すごいな。で、今はその栄養学を軸に複数の仕事を。

荒木 うん。最近加わったのが、学校で教えること。まあでも、雇われてるっていうより、自分の興味の中で、ご縁があって来た仕事をやっている感じなんですよ。学会で獣医さんに教えるのも頼まれてやってるし、会社のホームページとか、広報誌とかにコラムを書くのもそう。あとフードの企画のコンサルなんかもご縁だし。そういうのがぼちぼちやって来て仕事になってる感じ(笑)。

杉原 いいですね。いろんなつながりの中で、複数の仕事を生業にする「多職」的な働き方。一カ所からすべての収入を得るより、小さな収入源を複数持っているほうが、結果的にリスクの分散にもなるし。

荒木 楽じゃないけど、興味があることをやって生活できてるから、いいかなと思ってる。「動物の栄養についての仕事をしたい」っていうのは、はっきりしてたから。でもそれをどう職業にしていこうとか、どういう形で働こうかっていうのは、全くオープンだった。

学校は、入学した時にちょうど獣医サイエンス学部の50周年を迎えていた。

「違和感がない」場所

杉原 なんかジミー大西がね、「自分はずっとこれだけをやっていればいい」っていうものに出会えたら、もう人生勝ったも同然、みたいなことを言ってた(笑)。

荒木 そうねー。それをやってる時に違和感がないっていうか。

杉原 「違和感がない」って大事ですよね。

荒木 だって獣医さんに手紙書いている時、全然違和感なかったもん。知らない人に手紙書いてるのに(笑)。

杉原 ははは。不思議ですよね。頭では「これでいい」と思っていても「何か違和感ある」ってこともあるし。頭で考えて「いい」と思うことって、案外、周りの価値観に動かされているところが多いんじゃないですか。

荒木 そうそう。腹の中では「いい」と思ってないの。

杉原 これまで周りと比べるとか、そういうことはなかったですか?

荒木 私はなかったけど、周りには言われました。「何で会社で順調なのに辞めるの?」とか、「何で今まで積み上げてきたものを捨てて、今ごろ、やったこともないことをやるの?」って。

でもそのままいくのがもう嫌でしょうがなかったから、辞めるのは全く不自然じゃなかった(笑)。気付き始めてからの数年間は、違和感を抱えたまま働いていたんですけど、「もう限界だ」って思った時に、新しい興味がポコッと出てきて。

杉原 違和感って「自分が自分でいられない」ってことなんかな。「自分が自分でいられる場所」が「自分の居場所」なんやとしたら、そうじゃない場所にいる時に「違和感」を覚えるのかもしれませんね。

荒木 環境って、しっくりくる場所と、そうじゃない場所ってすごくあると思う。私がアメリカの学会に行った時に、すごくみんながウェルカムで、「あ、やっと十分に息が吸える」みたいな感じがあったの。「知らない」とか、「できない」とか、「勉強したい」とか、遠慮せずに言える場だったの。そういう場がすごく心地よくて。

杉原 よく、「そこでダメだったら、どこに行っても同じだ」みたいに言われることがあるけど、俺は全然そう思わなくて。別のところに行ったら、全く違う世界、全く違う価値観があるんやから。

荒木 そうね。

杉原 だからほんまに苦しかったら、「そこから逃げちまえばいいよ」って、すごく思うけど。

荒木 ただ、後ろめたさを持って他のところに移っても、やっぱり同じことになる感じは、何となくする。結局は、潜在的に信じているものが起こっちゃうっていうか。だから、後ろ向きでなく、前向きに積極的に逃げる(笑)。

杉原 そういう意味では、荒木さんは「世界そのものを信頼している」みたいなところがありますよね。

荒木 あー。「何とかなる」っていう感じはある。

杉原 うん。だから多分、「世界への信頼」が「自分への信頼」と重なり合ってる。

荒木 そうだね。逆にそれがない世界を想像したら……すごい苦しいよね。

杉原 苦しいですね。うん。

シカゴのロイヤルトリートメント獣医病院にて。ロイヤル先生から栄養指導を学んでいたころ、リハビリ用のウオータートレッドミルの前で。

自分に正直になること

杉原 荒木さん的「人生のコツ」とかって、何かありますか?

荒木 私もまだ人生のコツはつかめてない気がするんだけど。……周りに振り回されないで、自分に正直になることって、けっこう難しいんだよね。そこに戻れれば、何とかなる気がする。

杉原 そこに戻ることが、今って特に難しい気がしてて。SNSもそうですけど、周りからの情報があまりにも多過ぎて、大事なものが逆に見えなくなっている。いろんな価値観に巻き込まれて。

荒木 ノイズがあると、やっぱり戻りにくい。まずノイズをカットして、自分が好きなことをゆっくりやるとか。一人の時間とかってすごい必要だと思う。あと、何か成功体験があると、またちょっと違うんだろうね。

杉原 成功体験もいろいろあるじゃないですか。すごく努力して、その努力が報われたっていうのもあれば、それこそ考え方をクルッと変えただけで、何かすごく変わったとか。何か苦しい状況になったとしても、むしろ「そういうことがあった後に、すごくいいことあるんだよな」とか……。

荒木 そうそうそう!

杉原 ホントにそうですよね。人生もバイオリズムみたいなのがあるじゃないですか。このままずーっと楽しいだけの一生で終わるんじゃないかと思う時もあれば……。

荒木 そうなの?(笑)。

杉原 何かそんな季節もありましたけど(笑)、やっぱりね、そんなことがずっと続くわけがなくて。「人生には三つのさかがある」って言いますけど。上り坂、下り坂……まさか!

荒木 まさか!(笑)。

杉原 「そのさかがありましたか!」っていう(笑)。人生ってほんとに「まさか!」っていうことが起こるけど、その大変なことが、次の新しい世界への伏線だったり。それがあることによって、次の次元に……っていうか、「自分が変われる」っていうか。

荒木 そうだねー。

杉原 面白いのは、人生っていうか、命って、それを過剰に大事にしようとすると「生かせない」っていう、逆説的なところがあるじゃないですか。「安全に生きよう」とか、「失敗できない」っていう思いに縛られると、身動きがとれなくなるっていう。

荒木 私も体験あるよ。若いころに大金はたいて買った洋服を「もったいない」と思って、ずーっとタンスにしまっていて、気が付いたら流行が終わっていて、着れなくなってた(笑)。

杉原 ははは。でもそれが、人生そのものにおいてもあり得るってことですよね。

荒木 大事にとっておかないでさ、高価なものほど日常的に使ったほうがいいんだよ、どんどん。

杉原 それをするには、「軽く考えてしまう」っていうかね、どこかで「別になくなったっていいや」と。

荒木 うん。いつかなくなるんだもん。そうしたら使い切らないともったいないじゃん。

杉原 ですね。では最後に、これからやっていきたいこととかあれば。

荒木 食事と栄養を中心に、人も動物も一緒に健康になってもらえるよう、「ワンヘルス」を目指して、型にはまらない活動をしていきたいです。……あれ、ということは、未定ってこと?(笑)。

杉原 肩書が決まるのはまだまだ先ですね(笑)。

日本に戻り、飼い主向けの栄養セミナーを行っている荒木さん。「みなさんとても勉強熱心です!」とのこと。

(おわり)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』178号(2017年12月25日発行)の内容に、若干の修正を加えたものです。

>「犬猫ホリスティック栄養学の会」ホームページ

『かがり火』定期購読のお申し込み

最新刊が自宅に届く!「定期購読」をぜひご利用ください。『かがり火』は隔月刊の地域づくり情報誌です(書店では販売しておりません)。みなさまのご講読をお待ちしております。

年間予約購読料(年6回配本+支局長名鑑) 9,000円(送料、消費税込み)

お申し込みはこちら