昨年本誌では、地域のお手伝いをしながら旅ができるサービス「おてつたび」を始めた永岡里菜さんを取材した(184号に記事掲載)。そのなかで、「誰かにとって特別な地域を多くつくりたい」という永岡さんの言葉が心に残り、取材後も「おてつたび」の動きを追ってきた。
今回、実際に「おてつたび」に参加すると地域との距離がどれだけ縮まるのかを確かめたくて、参加者がお手伝いする様子を現地で取材し、終了後に感想を聞いた。参加者にとっての「特別な地域」は生まれたのだろうか?
【本誌:松林建】
※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』189号(2019年10月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。
首都圏の大学1年生が南紀・白浜を訪問
「おてつたび」は、人手不足の旅館や民宿の業務を数日間手伝うことで、旅行に係る費用を地域で稼ぐサービス。会員になれば交通費を気にせず地域を訪問できて、お手伝いの合間に観光ができる。また、宿の側でも、繁忙期の人手不足や困り事を解消できる。
現在、インターンを含めて約10名が事業に関わり、「おてつたび」ができる宿も北海道から沖縄まで全国に拡大。最近では募集した参加枠がほぼ埋まるほど人気を高めている。
今回訪れたのは、和歌山県白浜町の白浜温泉にある「ゲストリビングMu(ムゥ)南紀白浜」。ユースホステルのような相部屋のドミトリータイプ、リビングやキッチンを備えたコンドミニアムタイプの2種類の部屋を提供するホステルである。宿泊に特化した宿だが簡単な朝食が付き、源泉かけ流しの温泉もある。
万葉集にも登場する白浜温泉は、関西を代表するリゾート地。白砂のビーチ、千畳敷や三段壁などの景勝地、パンダが6頭いる動物園「アドベンチャーワールド」といった観光資源に恵まれ、特に夏は多くの観光客が訪れる。
「ゲストリビング Mu」は、この白浜で今年3月に営業を始めたばかりの宿。普段は3人のスタッフと数人のパートで運営しているが、この夏の人手不足を埋めるため、お手伝いに来る若者を「おてつたび」ホームページで募集した。
やって来たのは、横浜生まれ横浜育ちの萩原史織さん(18歳)。国際基督教大学教養学部の1年生である。夏休みを使った初めての長期旅行で「おてつたび」を選んだ。
「受験勉強から解放されたので、今年の夏は日本を旅行して、おいしいものを食べたいと思っていました。『地域』というキーワードで検索していたら、偶然Facebookで『おてつたび』を見つけたんです。何だか楽しそうだったので申し込みました。白浜を選んだのは、南紀方面には知り合いがいないので、今後行く機会がないと思ったから。あと、最近ダイビングの免許を取ったので、空き時間に海へ潜りたいと思ったからです」
通常、旅先を決める時は、知り合いがいたり、行く動機がある場所を選ぶ。縁もゆかりもない地域に行けるのも「おてつたび」ならではだ。
朝食サポートと客室掃除をお手伝い
萩原さんがお手伝いする期間は、8月6日から18日までの12日間。内容は、朝食会場でのお客様サポートと客室の掃除である。勤務時間はシフト制で、萩原さんは朝7時から正午まで。
これ以外に、宿と白浜での体験をSNSでアピールするという「時間外お手伝い」もある。この12日間のうち、8月8日の彼女のお手伝いぶりを見学した。夏休みシーズンでもあり、宿は家族連れやバックパッカーでにぎわっていた。
朝7時。朝食会場に入ると、パン、ゆで卵、飲み物がテーブルの一角に並べられ、その脇に萩原さんが待機していた。お手伝いを始めて間もないが、サーバーのコーヒーを換え、パンを補充し、お皿を洗い、お客様の質問に答えるなど、動きに違和感はない。朝食時間の後は、客室の掃除を開始。この作業は、宿のスタッフと二人一組で行う。
ホテルと違ってコンドミニアムの客室は広い。人数分のシーツを換え、部屋を念入りに掃除していると、二人がかりでも一部屋40~50分はかかる。スタッフから指示や注意を受けながらも、萩原さんがてきぱき動いている様子が見られた。3部屋を掃除したところで午前が終わり、萩原さんの今日のお手伝いもここで終了。
一転して午後はフリータイム。「今日は、宿の近くを散策したいです」と言い、萩原さんは暑さのなか、外に飛び出して行った。暑さよりも、初めて来た地域をもっと知りたい思いが強いのだろう。
「おてつたび」を受け入れた理由
ところで、「ゲストリビングMu」では、なぜ「おてつたび」を受け入れたのか?宿の責任者である小谷康博さんに聞いた。
「夏の繁忙期は人手が足りなくなるので、当初はリゾートバイトの採用を考えていました。でも、たまたま永岡さんを紹介されて話を聞くうちに、『おてつたび』に魅力を感じたんです。理由は、仕事も旅行も楽しみたい人のほうが、内向きになりがちなわれわれにとって良い刺激になると思ったからです。
もちろんバイトのほうが長時間働いてくれますが、人手以外の期待はありません。それよりも、来る人に白浜を楽しんでほしい思いが勝り『おてつたび』の利用を決めました。だから、半日は自由時間にしたんです。それと、今はSNSの影響力が大きいですよね。この宿や白浜を拡散してもらえれば、ファンを獲得できると思いました」
小谷さんは、「おてつたび」で来る若者が白浜を楽しんでくれれば、自分たちの刺激になると考えたようだ。
「おてつたび」を終えた感想
そして、12日間の「おてつたび」を終えて東京に戻った萩原さんに、「おてつたび」に参加した感想を聞いた。
Q 一般の旅行と比べて「おてつたび」はいかがでしたか?
とても充実した日々でした。というのも、お手伝いと観光の両方が楽しめたからです。宿の仕事は新鮮でしたし、お客様との会話も刺激になりました。午後も自由に使えたので、日々遊んで観光するうちに、あっという間に12日が過ぎました。帰る日は名残り惜しかったです。
Q 接客の仕事は初めてだったと思いますが、緊張もなく笑顔で応対してましたよね。午後の観光も楽しめましたか?
はい。自転車で観光スポットを巡ったり、食べ歩きをしたり、アドベンチャーワールドでパンダも見ました。千畳敷という岩場の海岸で見た沈む夕日は、今も目に焼き付いてます。でも、お盆に台風が来てしまい、楽しみだったダイビングができなかったんです。
Q 残念でしたね。台風の日は、宿にこもっていたんですか?
はい。でも、偶然イタリア人の宿泊客と仲良くなって、一緒にパンケーキを作ったり、いろいろお話しをしていたので飽きませんでした。
Q そうした交流ができるのも、ホステルの魅力ですね。宿のスタッフとは仲良くなれましたか?
今回楽しめたのは、スタッフさんがフレンドリーで、仲間の輪に入れてくれたからです。行く前は不安でしたが、会話が楽しくて、すぐに慣れました。夜も、食べ物がおいしいお店に何度も連れて行ってもらったんです。ダイビングショップや地元の方々ともお話できたのも、スタッフさんのおかげです。
Q 旅行では地元の方々との交流は難しいので、貴重な経験ができましたね。お休みの日はあったのですか?
8月12日に一日休みをいただいて、熊野那智大社と、紀伊半島最南端の潮岬に行ってきました。
Q 遠出もして写真もたくさん撮ったと思います。観光している様子はSNSで発信しましたか?
インスタグラムで白浜の風景を発信したら、それを見た友人から『ここは外国?』とコメントされました。それと、宿のインスタグラムが全然使われていなかったので、投稿する方法を教えたんです。とても喜ばれて、私もうれしくなりました。
Q 普通の旅行と比べて、「おてつたび」は何が魅力だと思いましたか?
観光もできるし、地元の方々ともお話できる点ですね。普通の旅行では味わえない経験がたくさんできて、帰るころには、すっかり白浜が身近になっていました。今回はダイビングができなかったので、来年の夏にリベンジに来ます。
一方、宿の小谷さんは、萩原さんが来たことで現場に活気が生まれたと話す。
「最初のうちは、お手伝いを通じて地域になじむという『おてつたび』の期待に応えられるか不安でしたが、すぐに自分から楽しみを探し始めたので安心しました。4~5日たつと前からずっといたように思えてきて、気も使わなくなりました。現場もにぎやかになって、いつにない活気が出て楽しかったですね。SNSの相談にも乗ってくれて助かりました」
「おてつたび」を受け入れた宿でも、バイトでは得られない効果を感じたようだ。
<取材を終えて>
地域と継続的に関わる「関係人口」は、地方創生のキーワードとしてすっかり定着した感がある。本年6月に政府が発表した「まち・ひと・しごと創生基本方針2019」でも「地方への新しい人の流れをつくる」ことが基本目標の一つに追加され、全国の地域は都会との接点を作ろうと動いている。しかし、地域と継続的に関わるには、相当強い動機付けが必要だ。
今回「おてつたび」に参加した萩原さんを取材して、地域での仕事や暮らしの経験は、その動機になり得ると感じた。それは、観光や体験では味わえない地域の実情や住民の人柄に触れられるので、その地域への特別な感情が芽生えるからだ。
「おてつたび」代表の永岡さんも、「おてつたびは、短期住み込みバイトのアップデート版を目指しています。地域の方と一緒に本気で仕事をやり遂げることで関係性が生まれ、『また会いに来たい』と思える間柄になるのではないでしょうか」と話す。こうしたサービスがもっと広がれば、旅好きの若者が観光地以外の地域に入るきっかけとなりそうだ。
(注 今回の取材は「おてつたび」の一事例であり、お手伝いの内容はプランごとに異なります)
(おわり)
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