【都会で働く若者のスキルを生かした新しい地域づくり】奥能登の農家民宿群「春蘭の里」を支援するプロボノ集団「ZESDA」

資本主義社会では、あらゆるモノとサービスには対価があるのが原則。つまり、世の中にタダのものはない。だからこそ、金がない地域は悪戦苦闘しているが、補助金という金だけでは、真に自立して金を稼げる地域をつくるのは難しい。

この課題に全く新しい価値観で挑んでいるのが、奥能登の農家民宿群「春蘭の里」で活動するプロボノ集団「ZESDA(ゼスダ)」。専門分野の知識や知恵を、何と無報酬で地域に提供している。プロボノとは何か?ZESDAとはどのような団体なのか? 彼らの活動を取材した。(本誌:松林 建)

春蘭の里が抱える危機感

石川県、能登半島の農家民宿群「春蘭の里」は、農家民宿の先駆けとして知られる。1‌9‌9‌7年に、最初の農家民宿が能登町で営業を始めて以来、世界農業遺産に認定された景観、地元食材にこだわった料理、農村体験プログラムなどが人気を呼び、宿泊客を増やしてきた。今では能登町、穴水町、輪島市、珠洲市の4市町、23集落にエリアを拡大し、全47軒の農家民宿に年間約1万6000人が訪れている。

日本の田舎体験に来る外国人観光客も多い。最大で350名を収容できるため、修学旅行も年間で7~8校を受け入れている。こうした実績から、「春蘭の里」は都市農村交流モデルとして多くのメディアに取り上げられ、農林水産祭「むらづくり部門」での内閣総理大臣賞や、地域づくり総務大臣表彰など、数々の表彰を受賞。全国の自治体や海外からの視察も絶えない地方創生の先進地域になった。

奥能登の農家民宿群「春蘭の里」。外国人を含め、年間訪問者は1万6千人を数える。

しかし、順風満帆に見える「春蘭の里」は深刻な課題を抱えていた。住民の高齢化と人口減少である。高齢を理由に、数年前から農家民宿の経営を断念する農家が出始めた。新たに民宿を始める農家もあるが、全体数は頭打ちの状態。

住民の減少も続き、営業体制の維持が危ぶまれる状況にある。農家民宿第1号の「春蘭の宿」を開業し、「春蘭の里実行委員会」のリーダーとして農家民宿群をゼロから育ててきた多田喜一郎さんは、こうした状況に強い危機感を抱いていた。

「10年後に春蘭の里は生き残っているかという不安をずっと抱いとるんです。集落消滅を防ぎ、美しい農村景観を守ろうと、私は『春蘭の里』を育ててきた。今のところ大勢の観光客を迎えてはいるが、民宿には後継者がいない。だから、周辺の町村まで春蘭の里を拡大して、何とか規模を保ってきた。

でも、それも限界や。春蘭の里を残すには、定住する若者を都会から呼び込まないといかん。そうしないと、ここは続かんのです。若者が戻り、赤子の泣き声が聞こえないと、真の地域再生はあり得ない。私はそう思っとります」

「春蘭の里」をゼロから育ててきた多田喜一郎さん。

多田さんは、これまで「春蘭の里」エリアに点在する空き家を自費で改修してきた。朽ちていく古民家を直し、若者が住める場所を確保しようと考えたのだ。しかし、何軒もの空き家を改修するには多額の資金がかかる。自治体の補助金も引き出したが資金不足は否めず、改修はなかなか進まなかった。

プロボノ集団「ZESDA」との出会い

そうした折、この危機に立ち向かう心強い支援者が2年前に現れた。NPO法人ZESDA(ゼスダ)である。ZESDAは、若手官僚の桜庭大輔さん(39歳)が2012年に設立した地域経済等の活性化団体で、日本経済システムデザイン研究会の略。「地方が外貨を稼ぐ日本にする」という壮大な戦略のもと、日本の技術と世界のニーズをつなげる人材を支援・育成している。

特徴は、メンバーが皆「プロボノ」として活動していることだ。「プロボノ」とはボランティアの一形態で、何らかの職業に就いている個人が、そこで得た知識やスキルを公共性が高い分野に無償で提供する活動のこと。平日は本業の仕事を行い、就業時間外や週末にプロボノとして活動するのが一般的である。

ZESDAは、そうしたプロボノが集まるNPOの一つで、特定の地域をゼロから支援するのが方針。活動分野が決められていないので、メンバーも創意工夫しながら自発的に行動する。会員数は約80名。メンバーの顔触れも、官僚、技術者、商社員、銀行員、学者、栄養士、弁護士、コンサルタントなど多様だ。今風に言えばパラレルキャリアで活動する組織である。

現在ZESDAは、新潟県津南町、高知県馬路村など数カ所の地域でプロボノが活動中。そのなかで、「春蘭の里」を支援するリーダーが、大手金融機関で働く瀬崎真広さん(34歳)である。

大手金融機関で働きながら、「ZESDA」の一員として「春蘭の里」の支援をリードする瀬崎真広さん。

瀬崎さんは3年前、会社から派遣されて英国に留学中に、同じく留学していた代表の桜庭氏と出会い、ZESDAに入会した。そして2年前、偶然訪れた春蘭の里に魅了され、プロボノとしての支援を決意する。なぜ春蘭の里を選んだのか。

「一言で言えば、多田さんの人柄に引かれたからです。普通なら、都会からいきなり来た若者がプロボノとか大層なことを述べても、まず信頼されないでしょう。でも多田さんは、よそ者である私たちを受け入れてくれました。私たちの思いを伝えたら、『ぜひやってほしい』と言ってくれたんです。

多田さんが理解してくれたことで覚悟が決まり、期待に応えたいと純粋に思いました。また、地方創生のカリスマである多田さんから学べることも多く、自分も成長できると感じました。そこで、ZESDAの桜庭代表と相談し、ここでの活動を決めたのです」

活動先を探していた瀬崎さんにとって、多田さんと巡り合えたことは渡りに船、地域とプロボノ組織がタッグを組む前例のない挑戦が始まった。

プロモーションと外国人対応を支援

まず瀬崎さんは、客の立場で現地を歩き、住民とも対話しながら、「春蘭の里」の課題を洗い出した。そして、プロモーション(宣伝)、外国人対応、資金調達、体験メニューの4点を重点課題として、解決策を多田さんに提案した。

提案資料は、資料作りに慣れたコンサル会社のメンバーが制作し、パワーポイントで30枚にも及ぶ大作となった。これで課題と解決策が明確になり、「春蘭の里」とZESDAの間に一体感が生まれた。それからは、メンバーのアイデアとスキルをフル活用して、プロボノならではの活動を次々と実行する。

まず、首都圏の若年層に「春蘭の里」の認知度を高めようと、昨年3月に東京でイベントを開催した。それも単なる地域の宣伝ではなく、現地で採れた山菜を持ち込み、山菜の専門家と有識者を招いてセミナー兼食事会を開催した。

もちろん会場はZESDAで手配して費用も負担、山菜料理は栄養士のメンバーが企画した。山菜のおいしさは参加者の間で評判になり、首都圏の若者層に好印象を与えることができた。

次に、Web百科事典であるウィキペディアに、「春蘭の里」という項目を掲載した。文中には「農家民宿」という小項目を挿入し、ウィキペディアで農家民宿を検索すると春蘭の里が表示されるよう工夫した。

そして、外国人への情報発信や問い合わせに対応するため、春蘭の里の英語版ホームページを制作した。IT企業に勤めるメンバーがホームページをデザインし、英語学校職員のメンバーが英文を書いた。

瀬崎さんたちが制作した「春蘭の里」の英文ホームページ。問い合わせには、英語に堪能なメンバーが東京で応じている。

しかも作って終わりではない。ホームページを見た外国人から問い合わせや宿泊申し込みが来ることを想定し、英会話に堪能なZESDAのメンバーが、東京にいながら対応するようにした。

独創的なのは、日本在住のカナダ人ユーチューバーに声を掛け、春蘭の里の動画を制作してもらったことだ。再生数は約3カ月で2万を超え、視聴した外国人が春蘭の里を訪れるほど効果をあげている。

「カナダ人が作った動画を、私はユーチューブでよく見ていたんです。思い切ってメールで依頼したら、撮影を快諾してくれました。しかも、地域創生の趣旨に賛同して無償で請け負ってくれたんです。さらに、単に現地の撮影だけでなく、『外国人が感動する日本文化が、このままでは消滅してしまう』と、映像の中で切実に訴えてくれました。この『消滅』というキーワードが視聴者の胸に響き、海外から何百というコメントが寄せられました。うれしいサプライズでしたね」(瀬崎さん)。

一方、古民家改修の資金不足を解消しようと、クラウドファンディングも実施した。一級建築士のメンバーが依頼文を制作して支援を募った結果、改修に充てる約60万円が集まった。

これ以外にも、外国人向けに体験プランを発案したり、冬場に鍋とイルミネーション等によるイベントを開催するなど、さまざまな活動を展開。その結果、春蘭の里の宿泊者数は、年間で100人以上増加。瀬崎さんたちは一定の成果をあげることに成功した。

農家民宿を撮影するカナダ人ユーチューバー。

原動力はフラストレーション

それにしても、通常、こうした活動は、地域がお金を出して業者に委託するものだ。「春蘭の里」にとってはうれしいが、瀬崎さんたちは全くの無報酬で動いている。もちろん、「春蘭の里」を行き来する交通費も自費である。自分のお金と時間を割いてまで無関係の地域に尽くす原動力は何なのか?

「一言で言えば、フラストレーションですね。都会で働く多くの若者は、日々の仕事に対し、何か物足りないモヤモヤした思いを心の奥底に抱えていて、自分本来の力を認めてくれる場を探しているように思います。特に大企業になるほど役割が細分化され、裁量も限定されることが多く、若者は思うように動けません。私も金融機関で働いていますが、もどかしさを感じることは多いです。

こうしたフラストレーションを地域という場で発散できるから、ZESDAで活動しているのです。特に、地域づくりでは、自由な発想でゼロから考え、実行できるのが魅力ですね。自分が活躍できる余地が大きいので承認欲求も満たせます。私も春蘭の里に貢献できて、人生が充実していると思えるようになりました。活動で得た実績や自信は、自分の新たなキャリア形成のきっかけにもなると思いますし、本業にリタ―ンできれば、よりうれしいですね」

サテライトオフィスの宣伝について打ち合わせする瀬崎さんと多田さん(右)。

そして昨年11月、「春蘭の里」とZESDAは、より密に連携しながら活動するために業務提携契約を交わした。これにより、行政や企業などにZESDA名義で申請や依頼が可能になった。

現在、「春蘭の里」には瀬崎さんはじめ8名のメンバーが関わり、活動を続けている。目下の関心事は、春蘭の里の空き家にサテライトオフィスを誘致することだ。

「奥能登は2003年に能登空港が完成し、東京から1時間弱でアクセスできるようになりました。この交通の便を強みに、『春蘭の里』への移住者獲得に本腰を入れます。いわば活動の第2ステージですね。まずは、働き方改革の流れに乗り、東京の大企業からサテライトオフィスを誘致したいと思っています。営業資料も制作済みで、東京の大企業への営業をかける予定です。

あとは、春蘭の里をテーマに小説を書きたいですね。ここには豊かな里山・里海だけでなく、歴史や文化、山里ならではの温かさなど、優れた地域資源が眠っています。これらをアピールする方法はないかとアイデアを練るうちに、若者受けする小説がいけそうだとひらめきました。都会の仕事に疲れた若者が、春蘭の里を訪れて癒やされ、真の自分を取り戻すようなストーリーをイメージしています。これをビジュアルノベルで見せれば面白そうですよね。小説好きのメンバーにも協力してもらい、早く骨格を作りたいです」

瀬崎さんからはアイデアが次々と出てきて、こちらもワクワクしてくる。多田さんも、「これまで空き家を少しずつ改修して、移住者の受け入れ態勢を整えてきたが、おかげで苦労が実り、これからの道筋が見えてきた気がしとります」と瀬崎さんたちに感謝し、頼りにしている。多田さんの強いリーダーシップと、瀬崎さんたちの熱い思いがうまく噛み合っていることが、『春蘭の里』を動かす大きな力になっていると感じた。

東京の「チエ」と「コネ」を地域に注ぎたい

最後に、ZESDAが目指す方向性について代表の桜庭さんに聞いた。

「日本全体で少子化が急速に進むなか、地域が生き残るには、国から注がれるカネだけでは足りず、海外から直接外貨を稼ぐしか道はないと私は思います。そのためには、情報やノウハウ等の『チエ』と、労働力、資金提供者、協賛企業等の『コネ』を東京で集め、地域のキーパーソンに注ぐことが必要です。

だからZESDAでは、東京のチエとコネを活用して、地域をプロデュースしているのです。多様なコネとチエを持つメンバーを集めながら、活動を通じて地域貢献とメンバーの成長の両立を目指しています。『春蘭の里』では、多田さんの夢である『月収40万の世帯、赤子の泣き声が聞こえる里』を実現したいですね」

ZESDAを設立した代表理事の桜庭大輔さん。霞が関で働く、現役官僚だ。

取材当初、なぜ瀬崎さんたちが無償で活動しているのか疑問だった。しかし、無償だからこそ、自分の能力を開放して伸び伸びと活動できるという逆説が、プロボノの世界では成り立っていた。こうした若者の活躍の場が全国で増えれば、地域は国への依存体質から脱して、真に自立できるかもしれない。

(おわり)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』188号(2019年8月25日発行)の内容に、若干の修正を加えたものです。

>春蘭の里(ウィキペディア)

>ZESDA

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