【支局長訪問記】袖ケ浦支局 坂本乾太さん 日本の伝統文化を海外に伝えたい

今回訪問した支局長は、千葉県袖ケ浦市に住む坂本乾太さん(36歳)。昨年『かがり火』と出会い、支局長になられたばかりのニューフェースです。全日本空輸(全日空)で技術職を務めている坂本さんですが、昨年は一年間休職して、家具職人の工房に通われたとか。一体、何が彼をそうさせたのでしょう?
(本誌:松林建)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』192号(2020年4月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

── 航空整備士のご経験があるそうですね。

坂本 2008年に技術職として全日空に入社してから7年間、航空整備士として航空機の定期点検に関わりました。

── 航空整備士の経歴を持つ支局長は異色です。もともと整備士を志望されていたのですか?

坂本 はい。子どものころから飛行機が好きだったのと、日本のモノづくりに憧れていて、手に職を付けたかったんです。特に、日本の航空会社は世界と比べて時間に厳格です。定時運航を可能にしている整備の現場を知りたい思いもあって、大学院卒でも整備士の採用枠があった全日空に入りました。

── 大学院から整備士になるのは珍しい気がします。そうした方は他にもいるのですか?

坂本 今は状況が変わったようですが、私の同期には、東大や京大など大卒・院卒の整備士が何人もいます。でも、整備士を何年か経験した後は、大抵、管理部署に異動しますね。

── では、坂本さんも今は現場を離れたのですね?

坂本 はい。私も3年前に整備管理の部署に異動して、新しい航空機を導入する仕事に技術者の立場で関わっています。『ウミガメジェット』と呼ばれる2階建て大型飛行機の導入に関わったりして、やりがいはありましたが、昨年の4月からは一年間休職して、横浜にある家具職人の工房にボランティアとして通いました。

── 休職とは!何か心境が変化したのですか?

坂本 現場を離れたら、『果たして自分はこのままでいいのか』という悶々とした思いが急に湧いてきたんです。整備士をしていたころは、大企業の現場で働けて給料もいただける恵まれた職場だと感じていました。でも、オフィスでパソコンに向かって仕事をするうちに、温室育ちの自分にだんだん嫌気が差してきて、自分を変えたいと思い始めたんです。

── 思い切った決断だと思いますが、休職制度を使う社員は多いのですか?

坂本 ほとんどいません。休職中は給料が出ませんし、有給もありますから。私自身、制度の存在を知らずに友人から教えてもらったんです。

── それにしても、留学などでなく、なぜ家具職人の工房を選んだのでしょう?

坂本 単なるDIYでなく、日本の伝統的なモノづくりの現場を知りたいと思ったからです。私が行った工房は、横浜の元町で洋風家具の伝統を大切に引き継いでいました。私も以前から、かんな、のこぎりといった伝統工具で家具を手作りする職人気質に引かれて講習を受けていたんです。マイスターと呼ばれる代表の他は2名の従業員がいるだけの小さな工房ですが、非効率なモノづくりをビジネスとして成立させていました。その秘密を探りたい思いと、日本の伝統工芸を追求したい思いが重なり、現場に身を置きたいと思ったんです。

工房では、職人の手作業による丁寧な家具作りが行われていた。

── 工房では、ひたすら修業の日々でしたか?

坂本 いえ、家具作りの経験は一通りさせてもらいましたが、一年やそこらで職人の域に達するのは不可能です。なので、空いた時間は事務作業を手伝ったりホームページを制作したりと、自分にできる業務をいろいろさせてもらいました。

── 木工一筋ではなかったんですね。アルバイト料を受け取っていい気もしますが、不満はなかったですか?

坂本 私としては、無料で家具作りの現場体験をさせてもらった思いです。逆に、私の無理な願いをよく受け入れてくれたことに感謝しています。

── 今年の3月で休職期間が終わりますが、この一年間で心境に変化はありましたか?

坂本 『こんな世界があったんだ』と、目を開かされた思いです。その工房では家具を受注したら、制作に入る前にお客様と徹底的に話し合うことで、お客様の期待を上回る家具を提供していました。家具作りという非効率な世界でも、価値を出せればビジネスになることを思い知りましたね。しかも、限られた時間で完成させるのがプロの職人。仕事に対峙する姿勢が大企業に勤める私とは根本的に違う点に危機感を持ったのが、大きな成果でした。

工房で作られたオリジナルのいす。きめ細かい職人のこだわりが価値を高めている。

── 休職した価値がありましたね。航空会社に戻っても工房の経験は生きる気がします。でも、収入が一年間途絶えて、ご家族は不満だったのでは?

坂本 私には7歳と、5歳の双子の子どもがいますが、休職で家族と過ごす時間が圧倒的に増えたので、子どもも妻も喜びました。確かに節約は強いられましたが、私も妻も、子どもが幼少期に親と過ごす時間は一生に一度なので大事にしたいと思っていましたから、家庭面でも休職の効果を実感しています。

── 共働きで子どもと過ごす時間が持てない親が多いなか、素晴らしいですね。支局名でもある袖ケ浦での暮らしはいかがですか?

坂本 自然の中で子育てがしたくて、7年前に千葉県の袖ケ浦市に引っ越しました。田んぼや畑が広がる緑が豊かな環境を、家族で満喫しています。虫捕りもできますし、田植えから収穫まで稲作を体験できる「田舎学校」という施設もあって、地域の触れ合いを生かした子育てができています。通勤も、アクアラインを通るバスに乗れば勤務地の羽田空港まで約30分と近く、住みやすいですね。

── 今後、やってみたいことはありますか?

坂本 お世話になった工房への恩返しとして、木工講習のテキストを英訳したり、外国人観光客向けの工房体験ツアーを企画したいと思っています。あとは、日本の伝統文化を海外に伝えるのが夢なので、形にしたいですね。

── 航空会社での仕事と連携できるといいですね。最後に、『かがり火』との出会いと、支局長になった経緯を聞かせてください。

坂本 知人の紹介で、昨年開催された「かがり火復刊10周年記念フォーラム」に参加したのがきっかけです。登壇者や参加者の「人としての魅力」に魅了されて読者になりました。支局長に手を挙げたのは、会社しか交友関係がない状態を、休職中に脱したいと思ったからです。イベントでは多くの方々とお話ができましたし、こうして取材もしていただきました。これも休職した効果ですね!

坂本さん(左)と筆者。坂本さんが一年間通った「蓮華草元町工房」で撮影。背景は、ズラリ並んだ伝統工具の数々。

(おわり)

>蓮華草元町工房

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