移住希望者と空き家とのマッチングを通じて定住者を獲得している群馬県中之条町

2014年に地方創生が発表されて以来、全国の自治体では移住者の誘致合戦が一斉に始まった。しかし、都市部から離れた中山間地域では、移住者が入居できる住居は意外にも少ない。まして人口が少ない過疎地では、空き家は多くても移住者が入れる住居はごくわずか。住まい探しに難航して移住を断念する人も珍しくない。

こうした「移住者の住居問題」を解決する一つのヒントを示しているのが、群馬県中之条町の取り組みだ。中之条では官民連携により空き家を発掘し、移住者と空き家を個別にマッチングさせながら、移住にとどまらない「定住者」をコツコツと増やしている。その方法を探りに中之条を訪問し、町役場の移住担当者と移住・定住コーディネーター、そして2名の移住者に話を聞いた。

【ライター:松林建】

中之条町役場

2016年に移住・定住コーディネーターを配置した中之条町

群馬県北西部に位置する中之条町は、中之条ガーデンズや野反湖といった花で知られる観光地や、四万、沢渡、六合などの温泉地を抱える「花と湯の町」。2年に一度開催されるアートイベント「中之条ビエンナーレ」では、町内の至るところにアーティストの作品が展示され、多くの観光客がアート巡りに訪れる。

しかし、昭和期に2万人以上いた人口も今は1万5千人弱に減少。町内の大部分が中山間地域ということもあり、過疎化と高齢化が進んでいる。

そんな中之条では地方創生の号令のもと、移住希望者と地域をつなぐ「移住・定住コーディネーター(以下「コーディネーター」)」という専門員を、2016年に配置した。この仕事は、自治体が行う移住対策事業に国が予算を付けたもので、名称も「移住コンシェルジュ」や「定住支援員」などさまざまだ。コーディネーターになったのは、2011年に東京から中之条に移住した村上久美子さん。村上さんは東京でスタイリストの仕事をしていたが、結婚を機に中之条へ移住。ビエンナーレのボランティアに関わったのをきっかけに町から依頼され、群馬県で2人目となるコーディネーターに着任した。

「ビエンナーレを開催している中之条では『アーティストにやさしい町』を提唱していましたので、デザインの経験があった私に声がかかったんです。私も宅建の資格を取ろうとした矢先だったので、タイミング的にちょうどよかったですね。空き家を調べるには不動産の知識が必要ですから」

実は、村上さんの本業は不動産業。コーディネーターの仕事は不動産業の一部として町から受託している。この点が、中之条の移住・定住対策に大きな役割を果たしている。

移住・定住コーディネーターの村上さん(左)、中之条町企画政策課の田村さん(右)

空き家調査で現状を把握

まず村上さんは、町と連携して空き家の実態調査を行った。中山間地域へ移住するには、空き家しか選択肢がないことが多い。しかし、空き家の情報は表にあまり出てこない。貸すことに抵抗がある所有者が多いからだ。

「全国で地方創生が一斉に始まったおかげで、移住者の誘致だけが先走り、受け皿となる住居は二の次という自治体は少なくありません。だから中之条では、町内の空き家の現状把握から始めました。具体的には役場の主導で、水道検針データや区長へのヒアリングをもとに、町内の空き家総数を算出しました。この情報をもとに、空き家の利活用に関するアンケートを所有者に送ったんです」

得られた回答は約半数。利活用の意向については「どうしたらいいかわからない」、「解体したい」といった回答が多く、移住者の住居にできそうな空き家は回答の1割にも満たなかった。

「中山間地域では、自分の家は自分で何とかしたい所有者が多く、利活用という発想があまり出てきません。たとえ利活用を希望しても、改修や片付けが必要だったり立地条件が悪かったりと、不動産として扱えない物件がほとんどです」

町ではホームページに空き家バンクを掲載しているが、多くの空き家情報は非公開の手持ちデータにしている。移住者と地域との関係性を重視しているからだ。

「空き家情報を積極的に公開している自治体もありますが、中之条では、外観調査や所有者の承諾を経て町内の不動産屋が仲介する物件のみを掲載しています。移住希望者の中には、田舎に住む大変さをわかってない方もいますし、地域になじめない方もいます。そうした方を中之条の中山間地域に入れてしまうと後からトラブルになりかねませんので、移住希望者の話を聞いたうえで、その方に適した情報を提供しています」

こう話すのは、役場で移住・定住対策を担当する企画政策課の田村光則さん。中之条では、移住相談会などで相談者一人ひとりの意向をじっくり聞き出し、町の暮らしに合うかどうかを慎重に見極めている。もし合わないと判断したら、相談者にそのことを伝えてお引取りいただくか、他の自治体を紹介することもあるそうだ。

「移住相談に来られた方に他の自治体を斡旋するなんて信じられないと、普通は思いますよね。でも、相談者がやりたいことが中之条で実現できるとは限りません。その場合は、違う地域でその方の夢を叶えてほしいと心底思います(村上さん)」

このように徹底して相談者の側に立ち、一人ひとりに時間をかけて丁寧に対応するのが中之条のやり方。この本音ベースでの応対が口コミで信頼され、個別に移住相談を受けることも多いそうだ。

コーディネーターは「仲人」

一方で、町で暮らせると判断した相談者には、空き家バンクに未登録の手持ち物件を紹介することもある。しかし、これも簡単には紹介しない。

「相談者と住居とのマッチングは、完全に私の判断で行っています。というか二人三脚で一緒に考えていますね。その方の意志を最大限に尊重したうえで、地域との相性も考慮して『この人なら信頼できる』と判断できた方にのみ、手持ちの空き家を紹介したり、所有者と引き合わせています。これほど気を遣うのは、決して失敗できないから。『町が変なやつを連れてきた』と一度でも思われたら、地域との信頼関係は修復できませんからね。あと、相談者が中之条で暮らす意味を私が理解できなければ、紹介はしません。逆に、中之条で暮らすビジョンが相談者と共有できれば、全力でサポートします。移住者誘致というより、仲間を増やす感覚に近いですね。だから、私がお世話した移住者の方々とは、今もお付き合いが続いているんです(村上さん)」

村上さんは自分の仕事を「仲人のようだ」と話す。移住希望者に住居を紹介して終わりではなく、人と地域、人と住居とをマッチングさせ、双方が幸せになることを望んでいるからだ。

現在、村上さんの仲介で中之条に移住した方は、1年で10組から20組程度。相談に乗るのは100組くらいなので、成約率は約2割。これは同じ規模感の町村と比べると高い。むやみに相談に応じることなく、一人ひとりに時間をかけて丁寧に対応している証だろう。

古民家を自分で改修

こうしたマッチングの成功事例が口コミで広がり、中之条では「自分の空き家も何とかしてほしい」という相談が増えている。これは、村上さん自身が空き家を改修して利活用している実績も功を奏している。

2020年に村上さんは、町内の古い木造一軒家を購入し、ボランティアの手も借りて大改修を行った。現在は「かたや」という屋号だけを残し、1階は定食屋、2階はビエンナーレのアーティストが滞在するシェアハウスとして活用している。この施設が空き家利活用のモデルとなり、町内の空き家情報を入手するうえで役立っている。

「大改修した『かたや』は、おかげさまで多くの方々に見学をしていただきました。元旅館や店舗からの問い合わせも来ていて、嬉しい悲鳴をあげています」

「かたや」の外観
シェアハウスとして利用している「かたや」の2階

村上さんの仲介で古民家に移住

村上さんの仲介で中之条に移住し、定住に至る事例は着実に増えている。その中から2名の方に、移住の経緯や感想を聞いた。

一人目は、東京で映像制作やクリエイターの仕事をしていた長塚菜摘さん。夫が林業の仕事を希望していたので、ビエンナーレの印象が強かった中之条へ2019年に移住した。当初は町営アパートで暮らしていたが、戸建ての家に暮らす夢を捨てきれず、2021年に村上さんに相談。候補物件を幾つか見る中で最後に紹介されたのが、いま改修している大きな古民家だった。

「もともとこの家は所有者が壊すことを決めていましたが、村上さんが交渉してくれて、壊すのを3年間待ってくれていたんです。見た途端に気に入って、夫とも相談して即決しました。村上さんの査定でリーズナブルに購入できたので、とても満足しています。近所の方々も好意的に受け入れてくれました。夫とは『ここを終の家にしたいね』と話しています(長塚さん)」

所有者が解体を決めていた古民家を、村上さんの仲介により利活用できた事例だ。「長塚さんは町のホームページ制作も手伝ってくれていて、中之条でやりたいことが明確でしたので、紹介しがいがありました。こうした2段階移住を支援できるのもコーディネーターの強みだと思います」と村上さんは話す。

映像制作クリエイターの長塚菜摘さん
長塚さんが購入した古民家。広い!
改修中の古民家内部

二人目は、2017年に埼玉県春日部市から中之条に移住した写真家の人見将さん。人見さんは2015年にビエンナーレに初参加し、翌年、次回の開催準備をしていた時に、村上さんから移住を誘われた。村上さんに同行して今の住居となる空き家を見学した人見さんは、自然が豊かで近くにアトリエがあることから決断した。

「子供の頃から山の中で暮らしたいと思っていましたので、ここを見た時は住むのにぴったりだと思いました(人見さん)」

このマッチングは、村上さんが空き家を仲介した初の事例となった。

「当時はコーディネータになったばかりで空き家情報も未整備でしたので、自分の足で空き家を探していました。アーティストの人見さんには不動産屋が扱う物件を紹介したくなかったので、ぴったりの家がタイミングよく見つかって、私にとって良い経験になりました(村上さん)」

人見さんは、今年開催されるビエンナーレの実行委員長を務める。今後もアーティストの一員として中之条に定住し、活動を続けたいそうだ。

写真家の人見さん。古民家の2階で撮影
人見さんが暮らす古民家
人見さんの住まいから望む景観

空き家はストックせずに動かし続ける

中之条の移住・定住対策は順調に見えるが、村上さんは「まだ受け皿が不十分」と考えている。

「私たちの目的は空き家をストックして増やすことではなく、空き家を流通させること。私が不動産業をしている影響もありますが、絶えず物件を仕入れて、適切な方に紹介し続けることが、持続可能な地域をつくる上で重要だと思います。そのためには、受け皿となる空き家をもっと発掘し、動かし続けることが欠かせません」

町役場の田村さんは、移住者獲得より定住者の増加が重要だと話す。

「過疎地域では働く世代が急速に減っていますので、移住者を呼ぶだけでなく、町に残ってもらう施策も考えていかないといけません。だから、中之条に移住して最終的に良かったと思われることが、私たちの最大のミッションです。中之条は移住者を無理して呼んでいませんし、空き家情報もほとんど公開していませんが、町の活性化に貢献してくれる人材が来ていると感じます。村上さんの役職が『移住・定住コーディネーター』なのも、そのためです」

移住側だけでなく、供給側である地域の窓口にもなっているからこそ、双方からオファーが来て仲介できる。双方の声を聞いているからこそ、マッチングが成立して両者がハッピーになれる。移住者ではなく定住者を増やすコーディネーターの仕事は、地域にとって今後ますます重要になる予感がした。