地域自給圏に関する一考察 小田原かなごてファーム代表、小山田大和さんの活動から見えてきたこと

農業と自然エネルギーを組み合わせたソーラーシェアリングを中心に、神奈川県の小田原・足柄エリアで地域自給圏づくりに取り組む小山田大和さん(合同会社小田原かなごてファーム代表社員)。これまで『かがり火』では、本誌(194号)Web(2021年1月)で2回にわたり、小山田さんの活動を紹介してきた。今回は3回目なので、少々取り上げすぎかもしれない。

しかし、何度も紹介するのには理由がある。それは、小山田さんの活動が毎年、着実に前進していること、そして、昨今の不穏な世界情勢をふまえた時に、地域自給圏の重要性がますます高まると感じたからだ。

そこで今回は、小山田さんの最新動向と活動に関わる”同志”2名を紹介しつつ、地域自給圏の可能性を深掘りしてみたい。これはいわば、現時点における小山田さん取材の総集編である。

【ライター:松林建】

気候変動と地域自給圏が同一化

今年4月、私は環境ジャーナリストの明石純子さんと小山田さんが開催したオンラインセミナー『気候変動解決の道』を視聴した。明石さんの専門は、気候変動問題。全国各地で講演活動を行ったり、Youtubeチャンネル『100年後の未来につづく地球人』や各メディアで情報発信を行っている。

セミナーでは、気候変動問題の実情と解決策を明石さんが語り、その実践として、ソーラーシェアリング主体の地域自給圏を小山田さんが語ったが、聴き終えた時、気候変動という地球規模の課題と、地域再生というローカルな課題とが、私の中で完全に同一化した。

言うまでもなく気候変動は、全世界が直面する大きな課題だ。2015年のCOP21でパリ協定が採択され、脱炭素化に向けた取り組みが各国で進められている。ただし、一個人として何をしているかと問われたら、答えに詰まる人が多いのではないか?こまめな節電はできても、化石燃料で発電した電気やガソリンに生活を依存している以上、脱炭素化に貢献している実感が持てないからだ。

しかし、食物とエネルギーを少しでも地域内で自給できれば、その意識が芽生えるのではないか。また、昨今の世界的な食糧危機や資源不足への備えにもなるので安心だ。さらに、エネルギーを地域外から買わない分、地域経済にも貢献できる。地球、地域、自分にとって、いいことずくめなのだ。

問題は、地域自給圏の事例が日本ではごくわずかで、社会に浸透していない点だ。だからこそ、その実践者である小山田さんの活動には、大きな価値がある。

小山田さんが経営する農家カフェ「SIESTA(シエスタ)」。ソーラーシェアリングで発電した電気を自家消費する地域自給圏のモデル店舗。

地域自給圏とは?

そもそも地域自給圏とは何か?一般的には、「地域資源を活用して小規模な循環地域経済圏を作り、一極集中が進む産業を地域に取り戻す活動」と言えると思う。似た言葉に「地産地消」があるが、地域自給圏はエリアを定め、その中で食や資源の循環をめざす取り組みなのだ。

昨年逝去された経済評論家の内橋克人氏は、今後の日本の政策課題として「FEC自給圏(Fはフーズ、Eはエネルギー、Cはケア)」を提唱していた。小山田さんはこれにM(マネー)を加え、「FEC+M自給圏」作りをめざしているが、外部環境に左右されない地域をつくる上で自給圏の考え方は必要条件と言えるだろう。

その代表例が、山形県南部の置賜自給圏である。ここでは、農家をはじめ企業経営者、NPO代表、町長、校長、議員など多彩なメンバーが参加する(社)置賜自給圏推進機構を2014年に設立し、複数の事業体が異なる分野で自給圏づくりに励んでいる。特にエネルギー分野では、太陽光、小水力、バイオガスといった再生可能エネルギーを開発する「東北おひさま発電株式会社」と、開発した電力を地元に売電する「おきたま新電力株式会社」を設立し、電力自給の取り組みが進んでいる。

また、自給圏という言葉こそ使っていないが、福岡県みやま市の活動もそれに近い。ここでは、市が地元企業と組んでメガソーラーやバイオマス施設を建設し、地域電力会社を通じて地元に供給している。ドイツのシュタットベルケを手本に、エネルギーの地産地消都市をめざしているのだ。

しかし、地産地消や再生可能エネルギー導入の動きは珍しくないが、食物と資源の循環を意識した事例は、上記2例以外はほとんど見られない。日本では農業と再生可能エネルギーという異なる分野をつなげる意識が薄く、自給圏のメリットが訴求できていない。地域住民の合意も必要なので、本腰を入れるのが難しいのかもしれない。

こうした状況のなか、食とエネルギーを組み合わせた「かなごて自給圏」を小田原・足柄エリアに作っているのが小山田さんだ(「かなごて」は、神奈川県内の御殿場線の駅の流域を指す造語)。行政や企業といった組織に頼らず、同志と支援者を独力で増やし、規模を拡大している。2022年夏時点ではソーラーシェアリングによる発電事業を主軸に、耕作放棄地で栽培したみかんを使った「おひるねみかんジュース」の製造・販売、農家カフェ「SIESTA(シエスタ)」の経営、バイオマス事業の立ち上げなど、複数の分野で事業を展開している。

ソーラーシェアリングは、現在1号機から4号機までが稼働中。このうち3号機では、全国で初めて固定価格買取制度(FIT)に頼らない自家消費モデルを実現し、発電した電力を農家カフェに送っている。また、2021年10月に竣工した4号機は、1日で800万円を集めた市民出資型。来年には、小田原市の矢作地区で5号機を建設し、発電量の増加を計画している。

このように、小山田さんの自給圏づくりが少しずつ前に進んでいるのは、彼の信念と行動力の賜物だが、支援者の存在も大きい。その中で、特に関わりが深いキーパーソン2名を紹介する。

耕作放棄地のみかんを使用した「おひるねみかんジュース」
バイオマスで熱供給している松田町の健康福祉施設。

行政とのつながり 前小田原市長の加藤憲一さん

1人目は、前小田原市長の加藤憲一さんである。加藤さんは2008年から2020年まで市長を3期務めた後、現在は市内の耕作放棄地を開拓し、有機栽培によるレモンやワイン葡萄の育成を生業としている。

市長時代の加藤さんは、持続可能やSDGsといった言葉が流行る前から地域自給圏の創設を理念に掲げ、地域で自給できる素材の生産体制づくりを進めてきた。耕作放棄地の再生支援や水産・木材の付加価値化を進め、エネルギーの自給にも着手。食物、エネルギー、ものづくり、地域コミュニティ、福祉・医療体制の整備を進めた結果、小田原市は、内閣府による2019年度の「自治体SDGsモデル事業」に選ばれた。小山田さんがソーラーシェアリングを一から立ち上げることができたのも、加藤さんが市長として自給圏に率先して取り組み、応援してくれたことが大きい。

「持続可能な地域づくりを進めるうえで、自給圏を理念に持つことは重要です。まずは成功モデル作りが先決と考え、市長の時は実践者をつなぐことに力を入れてきました。今は私も一人の実践者として、耕作放棄地を切り拓いて有機農業をしています。小山田くんは、同じビジョンを共有する同志。常に動きは視野に入れていて、連携方法を探っています」(加藤さん)。小山田さんも「加藤さんは心の支えです。私の挑戦が大義名分を持てたのも、加藤さんのおかげです」と語っている。行政トップが地域自給圏を提唱し、実践者を応援してくれたことは、小山田さんはじめ地域づくりのチャレンジャーにとって、どんなに心強かったことだろう。地域を変えるには、やはり行政の力が欠かせない。

加藤憲一さん。

民間とのつながり 井上酒造代表の井上寛さん

2人目は、大井町の老舗酒造、井上酒造代表の井上寛さんである。小山田さんが取引している企業は多いが、井上酒造はその先駆け。現在、酒米と電力を小山田さんの会社から調達し、「推譲(すいじょう)」という銘柄の日本酒を作っている。この酒は、CO2を一切出さずに作られたという点で、世界に類を見ない。

井上さんと小山田さんとは15年以上前に勉強会で知り合って以来の関係。地域と環境への思いが人一倍強い井上さんは、小山田さんの自給圏を初期から支援している。小山田さんの支援者の行政代表が加藤さんなら、井上さんは民間代表といえる方だ。

「私の酒蔵では、全体の約2割に地元のコメを使っていますが、その一部を小山田くんから調達し、『推譲』を作りました。現在は一銘柄ですが、生産量が増えれば他の銘柄にも使いたいと思っています。環境意識を高め、小山田くんの取り組みをアピールするためにも、この商品を広めたいですね」と語る井上さんは、小山田さんの良き理解者であり、同志である。

井上寛さん。
CO2を一切出さずに作られた「推譲」。

地域自給圏構築に必要な分野に、つながりを構築

小山田さんの活動に共感して自給圏に関わる方々は、他にも多い。

ソーラーシェアリングの建設や農家レストランに融資を行い、財政面で支えているのが、金融機関の立場から環境問題に取り組み、原発ゼロを掲げる城南信用金庫だ。ソーラーシェアリングに理解を示し、自家消費モデルに対しては、国内で初めて県の信用協会を絡めた融資の実行に尽力した。名誉顧問の吉原毅さんは、小山田さんが”金融の師”と仰ぐ間柄である。

また、農業分野の代表と言えるのが、みかん農家の川久保和美さん。小山田さんが最初にみかん栽培を始めた頃からの関係で、「おひるねみかんジュース」を共に開発し、共に経営に携わっている。このように、官、民、財、農といった自給圏構築に欠かせない分野に強力な支援者が存在することが、小山田さんの強み。人のつながりが地域を変えてゆくことの証である。

この他にも、松田町の本山町長、新電力会社の「みんな電力」と「GPP」、みかん狩りや稲作を手伝う大勢のボランティア、農家カフェのスタッフなど、小山田さんの地域自給圏にコミットする方々は多く、その数は年々増えている。

そして小山田さんは、国政の世界にもつながりを築いている。今年行われた参議院選挙で、神奈川選挙区から立候補した共産党の浅香由香候補を支援し、幾度となく応援演説に立った。小山田さんは、日本共産党が2020年に発表した「気候危機を打開する日本共産党の2030戦略」を高く評価している。脱原発やソーラーシェアリングが明記され、実効性を感じたからだ。政策として実行されるなら、政治信条を問わずに、とことん支援する。地域を変え、日本を変えるには、政治の決断が何より大きいからである。残念ながら浅香候補はわずかの差で落選したが、小山田さんの姿勢からは、自給圏実現のためにできることは何でもやるという強い意志がうかがえる。

こうした活動を多くの人に知ってもらうため、小山田さんはブログやSNSによる情報発信を欠かさない。そんな彼の行動を意気に感じるからこそ、自給圏に関わりたいと思う人が集まってくるのだろう。むろん、私もその一人だ。

街頭で浅香候補の応援演説をする小山田さん。

地域自給圏を作るうえでのポイントとは?

小山田さんが作ろうとしている地域自給圏は、まだ小規模で緒についた段階だが、食とエネルギーの循環モデルを目に見える形で示した功績は大きい。自給圏にコミットする人が増え、循環の流れが太くなれば、外部に依存せずに暮らせるセーフティーネットのようなエリアが生まれる。それが全国に波及して自給圏が幾つもできれば、東京への一極集中が止まり、地球環境への負荷が減る。住民にとっては不安要素が減り、人、モノ、資源のつながりを実感でき、暮らしが楽しくなる。そんな将来像が想像できるのも地域自給圏のメリット。小山田さんの取材を進めるにつれて、その確信は高まった。

同時に、自給圏を作るうえで重要なポイントも見えてきた気がする。

1点目は、規模感を適正に保つことだ。自給圏の価値は、食物やエネルギーが循環する流れが目に見えて分かることにある。しかし、エリアが大きくなればなるほど、流れが不透明になり、自給圏に関わる実感が湧かなくなる。その指標として、小山田さんは”流域”を掲げ、自らの自給圏を「酒匂川流域圏」とも呼んでいる。山々に囲まれ、川上から川下まで水の流れが一本につながる流域は、行政区域と比べて地形を意識できて分かりやすく、規模感も抑えられる。

2点目は、人と人とがつながり合う関係性を築くことだ。1点目とも関連するが、規模感が適切だからこそ、自給圏の参加メンバーを認知でき、自分の役割が実感しやすくなる。小山田さんは自著「食エネ自給のまちづくり」内で「顔の見える関係」という言葉を多用しているが、食料やエネルギーの生産者の顔がわかると安心できて、使うことに喜びを感じる。その実例が、太陽光で作った電気を使い、近隣の農家で買った食材で作った料理をお客様に提供し、出た生ゴミはコンポストで肥料にしている農家カフェ「SIESTA」。自給圏のモデルルーム的な存在である。

また、築いたつながりはFEC自給圏で言う「C(ケア)」の基盤となり、困った時は互いに融通しあえる関係に発展する可能性がある。この精神こそ、小田原出身の二宮尊徳が掲げた報徳思想の一つで、自給圏で生まれた日本酒の名称にもなった「推譲」だ。地域自給圏のハード面が食とエネルギーの循環だとすれば、他人や社会や未来のために自分の力を少し差し出す「推譲」は、ソフト面だと言えるだろう。

3点目は、その土地の歴史と文化を尊重し、自給圏の魅力につなげることだ。地域自給圏にコミットする人を増やすには、地域再生、気候変動、安心・安全を訴求するだけでは限界がある。その限界を突破するには、土地の歴史、文化、特産品などを自給圏に絡め、ストーリーを作ることが大事だと思う。小山田さんの自給圏では、「おひるねみかんジュース」の事例が分かりやすい。唱歌「みかんの花咲く丘」が作られたみかん畑が耕作放棄地になるのを防ぐため、小山田さんたちはみかん畑を復活させ、収穫したみかんをジュースにして収益を確保し、小田原のみかん文化を守った。「おひるねみかんジュース」が箱根のリゾートやホテルなどで売れているのも、そんなストーリーを内包することが一因だと思う。

このように、地域資源には自然や土地だけでなく、歴史や文化も含まれる。そうした資源を掘り起こしてストーリーに転化できれば、それが地域のブランドになり、経済の活性化につながる。小山田さんも、「気候危機を煽るだけでなく、その中から新しい経済を作っていけることをもっと提案していけば、共感する動きが社会に絶対に出てくると思います」と自著で述べている。

考えてみれば、荒れ地を耕すことから人間社会が生まれ、文化が生まれた。「culture」の語源は「耕すこと」。地域に眠る可能性を耕し、新たな経済や文化を創造する行為が楽しくないはずがない。小山田さんの自給圏づくりが耕作放棄地を耕すことから始まったエピソードは、そのことを象徴しているようだ。

今の日本は人口減少が続き、東京への一極集中も止まる気配がない。そのなかで、地方創生の切り札というか、ほぼ正解を示しているのが地域自給圏づくりだと感じる。昔に戻る印象があるが、今は最新技術やITの力を活用できる。そして、自給圏の中で新たな産業が生まれれば外貨獲得につながり、人も集まってくるだろう。今の岸田政権は、成長と分配を両立する「新しい資本主義」を提唱しているが、こうした地域自給圏を全国に無数に作ることに予算を投入することが、その実現への近道だと思えてならない。

小山田さんが作っている自給圏マップ。

取材(考察)を終えて

小山田さんの取り組みは、地域経済を自分たちの手に取り戻す戦いであると、書いていてつくづく思った。グローバル化が進み、世の中が豊かで便利になった反面、地域経済は都市と外国に大きく依存せざるを得なくなった。その結果、地域に注ぎ込まれた政府の交付金や補助金が、都会や外国に本社を置く大企業に流れるという、地域にお金が貯まらない仕組みが作られた。しかも、ひとたび有事が起きて物流網が寸断されれば、たちまち生活に困窮するリスクに襲われる。地域の主産業である第一次産業でさえも、世界情勢の悪化によって電気や石油の高騰に苦しんでいる。大規模化とグローバル化で効率を追求しすぎたことへの”しっぺ返し”が起きているのだ。

そうした仕組みに抗う小山田さんの取り組みは、数年前に上映された映画「おだやかな革命」を想起させる。この映画は、太陽光や小水力などの自然エネルギーで地域を再生させようとする事業家の物語。一見おだやかな活動に見えるが、実は拡大と成長を続けてきた日本社会に反旗を翻す革命であると訴えている。この映画を観た時、大きなシステムに依存しない価値観の変化が始まったと思い、地方の時代が来ることを予感した。そして、小山田さんの揺るぎない活動を見て、それは確信へと変わっている。

(おわり)

小山田大和公式ブログ『推譲』