【第6回】そんな生き方あったんや!「世界を自分に取り戻す」創造集団440Hz(デザイン担当)・山本菜々子さん

ひきこもり支援がもっぱら「就労支援」になりがちな状況の中、そこに一石を投じるかのように開催されたイベント「自分らしい生き方シンポジウムin関東」(KHJ全国ひきこもり家族会連合会主催、2019年1月)。200名以上が参加し、就労や自立にとらわれない多様な生き方について話し合われました。

縁あって杉原もパネリストとして参加させていただき、そこでたくさんの魅力的な人々に出会うことができました。今回ご登場いただく山本菜々子さんもその一人。同じくパネリストとして参加していた彼女は、7歳から不登校になったといいます。

さまざまな苦悩や葛藤を経験しながらも、生きることの豊かさを表現し続けている山本さん。そこに至るまでの経緯や価値観の変化などについて伺いました。

【プロフィール】

山本 菜々子(やまもと ななこ) 1983年生まれ。小2から不登校。13歳まで家で育つ。セツ・モードセミナー中退。シューレ大学で表現活動を中心に、生き方を創ることを試行錯誤する。在学中にシューレ大学の仲間と(株)創造集団440Hzを設立し、デザインを担当している。また2015年にはシューレ大学のOGと「劇団ふきだし」を立ち上げ、公演活動も行う。

杉原 学(すぎはら まなぶ) 1977年生まれ。四天王寺国際仏教大学中退。コピーライターを経て、立教大学大学院修士課程修了、博士課程中退。哲学専攻。現在は執筆活動をしながら「人間と時間との関係」について研究中。単著に杉原白秋著『考えない論』(アルマット/幻冬舎メディアコンサルティング)、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章「存在感のある時間を求めて」執筆、角川新書)など。高等遊民会議世話人。日本時間学会会員。

小学校2年生で不登校に

杉原 いつから学校に行かなくなったんですか?

山本 7歳から。小2ですね。

杉原 早いっすよね。そういえば本誌編集人の内山節先生も、「幼稚園を3日で不登園になった」って書いてたな。「みんなで一緒に歌ったり遊んだりする幼稚園はちっとも面白くなかったので」って(『かがり火』編集委員会編『哲学者 内山節の世界』新評論より)。

山本 うんうん。私もイヤでしたね、幼稚園から。

杉原 何がイヤだったんですか?

山本 家にいて絵を描いているほうがよかったんです。

杉原 そのころから描いてたんや。

山本 まあ、お絵描きぐらいのことですけど。ずっと家にいたかったのに、幼稚園に行かなきゃいけないのがイヤだったんですよね。それで小2の時に風邪で学校を休んだら、もうほんとに行きたくなくなっちゃって。ものすごく幸せだったの、風邪で休んだ日が(笑)。

杉原 「あ、こんなに学校がイヤだったんだ!」と。

山本 うん。「もう行けない」と思って。「何で学校行ってないの?」「何でイヤなの?」って聞かれるんだけど、わかんないんですよね、自分でも。いじめが原因とかいうこともなくて、突然行けなくなったタイプなんです。

杉原 体が拒否する、みたいな。

山本 そうそう。一方で絵を描くのはずっと好きで、自分の存在を支えるものとしてあるんですけど、画家になるようなイメージも持てないし、イラストレーターっていうのもピンとこなくて。でも、絵を描くことぐらいしか自分にできそうなことはないし。「どうしたら絵を描いて生きていけるんだろうか」って。その時の私には、学校に戻って就職するっていう選択肢はほとんどなかったので。

過去の絵「このままじゃいやだ」。

杉原 いつからそんなことを考え始めたんですか?

山本 不登校してすぐだったと思います。

杉原 え、小2の時から「どうやって絵で食っていくか」を真剣に考えてたんですか?

山本 うん。だから当時の自分にとって「学校に行かない」ってそういうことだったんじゃないかな。

杉原 自分で生きていく道を……。

山本 うん、意識させられちゃうっていうのかな。

杉原 相当早いですよね。僕も大学を中退してるんでちょっと分かるけど、いわゆる「一般的なレール」みたいなものを、外から眺める視点を持たざるを得ないというか……。

山本 そうそう。私はみんなが行ってる所、行くべき所に行きたくないし、行けないわけじゃないですか。つらくて行けると思えない。で、東京シューレ(フリースクール。子ども中心の居場所、学びの場)と出会って、「不登校っていう生き方もあるんだ」っていうことを学んだというか。世の中では学校に行くことになってるけど、「そうじゃないやり方もあるんじゃないか」とか。

そもそも義務教育って、子どもの義務じゃなくて「子どもが学びたいって言ったら、ちゃんと学ばせる義務」なんですよね。だから子どもが行きたくなければ行かせる義務はないんです。むしろ子どもを守るための権利なんだけど、それまでは「子どもの義務」だと思っていたから。

杉原 そう思いますよね。

山本 それをやれてないのがいけないことだと思ってたけど、「実はそうじゃないんだ」っていうことを知ったり。ただ当時は、学校へ行かずに生きていっている人で、モデルになる人がいなくて。自分が学校に戻れるとは到底思えないし、それでも何とか生きていかなくちゃと思ったときに、「好きな絵を描くことで成功するしかないんじゃないか」と思ったんです。発想が貧困だったんですね(笑)。だいぶ後になって知るんですけど、海外にはオルタナティブな教育で生きてる人たちや、公教育を受けていなくても、伸び伸びと生きたいように生きている人たちが、実はたくさんいるんですけどね。

デザイン、劇団、絵画など、さまざまな形で表現活動を行っている山本さん。(撮影:井口康弘)

「私の地面じゃない」

山本 不登校してからは、「自分は社会に参加していない」と思っていたんです。「みんながいる場所から落ちた」っていうか。人が怖くて、外に出たくないし、どこにいても「ひとの土地にいる」っていうか。「私の地面じゃない」っていう感じだったんですよね。「お邪魔してます」みたいな感じがあって。

杉原 居づらいっすね。

山本 そう、居づらい(笑)。だから政治もすごく遠くて。「みんなの社会」だから、私には関係ないと思っていたんですよ。

杉原 「みんな」の中に自分が入ってない。

山本 うん。それがひきこもっていた時の一番強い感覚で。自分が生きてることが許せないっていうか、私が私の存在を受け入れることができない。でもシューレ大学(自分から始まる、表現と学びの場。不登校・引きこもり経験者も多く、学生自身が授業計画など運営にも携わる)に入ってからかな。「あ、どんな自分でも、この世に存在していいのか」と思えた時に、「自分の地面」になったんですよね。

人に自分の経験を話して、「それは相当大変なことだったんじゃないの」って受け取ってもらえたり、自分ではつらいことじゃないと思ってしゃべったら、「それってけっこう傷ついたことじゃないの」って教えてもらえたり。そうして人に安心することが増えていって、だんだん自分を許せるようになったんだと思うんですけど。それと「地面が戻ってきた」というか「着地した」っていう感じがつながってるなーと思って。

海外のオルタナティブ教育実践者たち。

「私を」待ってくれる場所

杉原 「地面が変わる」っていうのは相当大きなことですよね。

山本 そうだよね。シューレ大学に入って、初めて人から「尊重された」っていう感じがあって。例えば、私のために講座の進行を遅らせてくれるとか。私が講座に遅れているから悪いはずなんだけど、何かを決定する時間を後に回してくれていたんです。それがすごくうれしかったんですよ。「遅れてごめんね」って謝れることもうれしくて。それまでは「遅れてごめんね」なんて言っても、「別に待ってないし」みたいな(笑)。男性文化の中にいたこともあって、人間関係が雑だったんですよ(笑)。

杉原 「自分を待っててくれる」ってすごく大きいですよね。それで思い出したのが、瀬戸内海のある島の話なんですけど。その島には学校がないから、子どもたちはフェリーで通学するんです。で、取材の人が船長さんに「遅刻してくる子もいるでしょう?」って聞いたら、「待ってますよ。来なかったら家に電話しますよ(笑)」って。時間が来ても、子どもたちが来ないと出航しないフェリーの話があって。そういう経験があると、「世界は自分に関心を持っている」と思うから、自己肯定感が育まれやすいかもしれませんよね。

山本 そうなんだよね。当時の私のコミュニケーションのイメージは、「みんな全速力で走っていて、転んだらその分だけみんな走っていっちゃう」っていう感じだったんです。でもシューレ大学では、一緒に走ったりしてくれるし、転べば起こしてくれるっていうのかな。それもなれ合いとかじゃなくて、「尊重されている」っていう感じがすごくあって。……不登校して以来、自分は人間以下の存在だったんですよ。冷蔵庫の横とかによく、ふりかけのじゃことかが落ちてたりしますよね。私はそれだと思ってたんです、自分が(笑)。

杉原 ひどい扱いですね(笑)。

山本 それがシューレ大学に入ってから、「私は実は人間だったんじゃないか」っていう発見があって。それに伴って、実はみんな私と同じように、悲しんだり喜んだりする、同じ痛みを持った人間だったんだっていうことが分かって(笑)。そこから世界観が変わりましたけど。

シューレ大学の授業の様子。

「創造集団440Hz」

杉原 今はどういう活動をされているんですか?クリエーティブなことをいろいろやっているイメージなんですけど。

山本 今はシューレ大学の仲間と立ち上げた「創造集団440Hz」っていう会社でデザインの仕事をしています。あとは自分で絵を描いたり、劇団もやってますね。

杉原 「創造集団440Hz」は、主に映像とかデザインを手掛ける会社ですよね。この「440Hz(ヘルツ)」ってどういう意味なんですか?

山本 人間の子どもはみんな、産まれて最初に息をするために泣くんだけど、その音程がラの音で、440Hzだと。まことしやかなそういう説がありまして(笑)。子どもが最初に泣く時って、泣こうと思って泣いてるわけでもなくて、ただ何かが湧き上がって泣いてるというか。そういう気持ちを持ちながら生きていきたいというか、腹の底から出てくるような原動力で物事をやっていきたいということで、この名前になりました。

(撮影:井口康弘)

杉原 面白いですね。じゃあ平日はそこで仕事をして、休みの日に演劇とか、絵を描いたりして。

山本 絵は仕事で使うためにもよく描きますね。あと演劇の公演があると、その1、2カ月くらい前から稽古を始めるので、平日でも「15時から稽古させてください」とかはありますね。

杉原 自由度高いっすね。

山本 そうですね(笑)。会社のメンバーにそれぞれやりたいことがあるので、「応援し合おう」っていう。

杉原 そういう会社ならいいな。

山本 シューレ大学の一画を借りて事務所があるんですけど、学生の人たちが来る前、始業前の早い時間に、大声で歌ったりする時もありますよ。まあ自由にやっていますね。

杉原 最高じゃないですか(笑)。そういう会社がもっと増えるといいですね。営業の人もいるんですか?

山本 営業はね、ずっといないんですよ。みんな、ちょっと、人が怖かったので(笑)。

杉原 あははは!

山本 「営業?考えられない」みたいな感じで(笑)。何でやれてきたのかって、みなさんから声を掛けていたいだいて、仕事がほんとに絶えないんです。恵まれてるんですけども。個人的に知り合った方に紹介してもらうこともあるし。今のところ、営業かけなくても幸い仕事がやってくる状況で。

杉原 素晴らしいですね。

創造集団440Hz製作の月齢カレンダー(デザインは山本菜々子さん)。

山本 でも最近は、長井君(同じくシューレ大学の修了生で、会社立ち上げメンバーの長井岳さん)がいろんなところで話をする機会が多いので、そこで関係を作って、仕事を受けてくることも増えてきましたけども。

杉原 ナチュラルに営業しているんですね。

山本 そう。多分それも、「営業って自分にとって何なのか」っていうことが腑に落ちるまで時間がかかったと思うんですけど。「営業」っていうと、売り込みとか、自分とは全く関係のないところに行って仕事を取ってくるみたいなイメージもあるじゃないですか。でもそうじゃなくて、「私たちがつながりたい人とつながっていく」っていうあり方でもいいんじゃないかとか。「誰と仕事をしていきたいか」とか。たまたま話をして仲良くなることが営業になったりね。「自分たちに合った営業って何だろう」っていうのを模索し続けてる感じかな。

杉原 身近な関係の中で、得意な部分、役立てる部分を担っていくことが、仕事にもつながっていくと。

山本 そうですね。自分が応援したい活動だったら、いろんなアイデアとか提案も湧いてきやすいしね。

世界を自分に取り戻す

杉原 これからやっていきたいことなどがありましたら。

山本 今って、特に日本だと思うんですけど、「表現」っていうものがないがしろにされていると思うんです。で、それが生き難さにも関わっていると思っていて。だからそれを何とかしたいっていうのが自分にはありまして。

杉原 なるほど。

山本 私が「表現」と言いたくなるものって、何かしら紡ごうとしてるとか、作り出そうとしてるとか、伝えたい何かがあるとか……。そこに「生きてる」っていうのを感じるというか。今ってみんなすごく生き方を模索しているし、働き方に関しても意識が高いと思うんですけど、「どう表現していくか」っていうことについては、私たち一般人にはあまり関係がないというか。「表現」っていうものが、娯楽であったり、教養であったり、消費するものみたいな位置づけでしかないような気がする。

(撮影:井口康弘)

杉原 そうですね。感性っていうものが、既存の枠にはめられていってるっていうか。例えば「これが美しいものです」って誰かが決めたものを、「ああ、これが美しいんだ」って言ってるっていうか。感性がそっちのほうに奪われてる、みたいな感じはリアルにありますね。

山本 ほんとにね。例えば映画を観たり、本を読むことって、「自分が何を面白いと思うか」とか、いろんなことを考える基準を培ってくれると思うんです。でも、文化に触れることがほんとに減ってるじゃないですか。まあ自分もその一人だから微妙なんですけど(笑)。すごく大事なものが遠ざかってるんじゃないかなっていう。「表現は感性を豊かにしてくれるから」とかそういうことじゃなくて、もっと現実的に、自分が生きていることとか、人と生き合うっていうことを把握したり、考えたりする上で、「表現」ってけっこう大事じゃないかと思うんだけど。

杉原 そうですね。その人の生き方とか、働き方そのものが、大きな意味での「表現」でもあるし。ところが基本的に「自分じゃなくてもいい」っていうのが今の「雇用環境」というかね。

山本 そうだよね。ただお金を得るための仕事というか。それはやっぱり、小・中・高・大・就職の、ある種のレールの中の、すでに組み込まれた生き方であって。「自分がどう生きていきたいか」とはちょっと離れてるっていう感じ。結局「選ぶしかない」っていうか。大きいデパートにいて、たくさんの物の中から自由に選べることを「自由」だと思ってるみたいなところがある。

とはいえ、マイノリティであることの不安というか、マジョリティに行きたい気持ちってすごくある。それはやっぱり「ある」っていうところから始めないと、違う生き方はできないというか。私は縛られてるんだけど、「一体何に縛られてるのか」っていうのを考えたいなって。……まあそんなことも踏まえつつ、みんなが「生きててよかったな」って思えるような、そういう社会にしていくようなことができればいいなーと思っていますね、いつも。

杉原 ああ、それは菩薩行、利他行ですね。

山本 そんなことはないです(笑)。いや、けっこう楽しくないことが多かったから(笑)。そういう、人が生きることに喜びを感じられるような社会に、少しでもできたらいいなと思います。

杉原 ほんとにそう思います。長々とありがとうございました。

山本 ありがとうございました。

ゲストの山本菜々子さん(右)と杉原学。西荻窪の喫茶店「どんぐり舎」にて。(撮影:井口康弘)

(おわり)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』187号(2019年6月25日発行)の内容に、若干の修正を加えたものです。

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