※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』178号(2017年12月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。
「10年ぐらい前から売上が激減して超苦戦してますゥ」の言葉と裏腹にちっとも暗いところがないのは、松阪市職人通りにある大正13年創業の東村呉服店の東村佳子さん。
昔は嫁ぐ娘に、和だんすと一そろえの和服を用意してやるのが親の務めだったが、今はそんな習慣はなくなった。
最近の女性は冠婚葬祭でもなければ和服は着ない。日本人の生活のスタイルがすっかり洋風になったものだから、日本の伝統的な商売は窮地に立たされている。
「松阪市には江戸時代創業という店もありますから、うちは決して古いとはいえないのですが、それでもあと7年で100年企業です。私が3代目の主人と結婚したころは市内に支店もあり、伊勢市にも出店していて、従業員も6、7人いて繁盛していたのですが、昭和が終わってじりじりと売上が減って、10年ぐらい前に、〝あれ変だな〟という感じになっちゃって。最近では店番をしていても、いつも静かで、お客さん相手におしゃべりすることもないので退屈なの」
と、藍縞の松阪もめんを着る佳子さんはユーモラスにおっしゃる。
東村さんは結婚するまでは普通のお嬢さんで、百五銀行に勤めていた。成人式や結婚式の時は、美容院で着付けてもらっていた。
「呉服屋に嫁いだから義母も周囲の人もみんな着付けができるのですが、みんな忙しかったし我流の着付けだったので、私は娘が5歳になった時に、きちんと資格を取るために名古屋の着付け教室に通いました。自分で着られるようになると日常の風景が一変しました。
他人に着せてもらった時は、お手洗いにも行けず、食事もままならず、ちょこんと人形のように座っているばかりでしたが、今は着物姿で炊事も掃除洗濯もするし、自転車にも乗り、ドッジボールもできるんですよ」
佳子さんは、呉服屋の不振を時代のせいにするタイプではなかった。
古い店舗をしゃれたデザインにリノベーションし、2階にレンタルスペースとして活用できるカフェ「美し舎(Utsukushiya)」をつくり、自ら松阪もめんを着て街を闊歩して、着物の素晴らしさをアピールすることにした。
「松阪もめんは江戸時代は年間50万反も江戸に出荷したという人気の特産品でしたが、明治以降の近代化で化学繊維に押されて廃れてしまったんです。40年ぐらい前に松阪市歴史民俗資料館の館長だった田畑美穂さんという方が復活に取り組んだおかげで見直され、今やっと市民権を得ることができました。もめんはいうなれば着物界のデニムのようなもので、日常的な作業着なんですよ」
東村さんは、松阪市は歴史的な町並みも残る街だから、観光客の中には和服で街あるきを楽しみたいという人がいるはずだと考えて、「松阪もめんで街あるき」を企画した。
このアイデアは、観光客が東村呉服店を訪ねれば、和服を着付けてくれ、足袋から帯からすべて貸してくれる。おまけに希望すれば佳子さんは観光ガイドとして一緒に街を歩いてくれるのである。
「街あるきを考えた時、ただ歩くよりも歴史的な背景を知ったほうが楽しくなるし、松阪を好きになってもらえると思って、勉強しました。そうなると、私も知らなかったことが次々に分かって、私自身、一層松阪に愛着を感じるようになりました。
松阪もめんの縞は安南、いまのベトナムとの交易からもたらされたもので、交易を指す『島渡り』が由来だとか、必ず案内する御城番屋敷は紀州藩士のための屋敷だったとか、知れば愛情が湧くし、より深く知りたいと思うようになります。観光でいらした方々には松阪の表面をなぞるだけではなく、奥深い魅力を感じてもらいたんです」
この東村呉服店のカフェ「美し舎(Utsukushiya)」で、佳子さんと親交のある本誌支局長の川村浩稔さんが、12月から毎月、「『かがり火』を読む会」を開催することになった。
案内文には次のようにあった。
「『かがり火』は、地域社会で生きる無名人を紹介する情報誌です。ここに紹介される人々は、とにかく情熱的な人が多く、お金にもならない地域のことに一生懸命頑張っています。発行人に言わせると『偏差値ではなく〝変〟差値の高い人』の集まりです。
この雑誌の趣旨に賛同する支局長とよばれるコアな読者が、地域の情報を無償で提供し、取材時には運転手を買って出るなどして誌面づくりのお手伝いをしています。編集長は哲学者の内山節さんですので、分かる方にはどのような編集方針か、ピンと来るのではないでしょうか。
私も全国の〝変〟差値人間との出会いの中で、自分のやりたいことがクリアになり、前向きな生き方につながっています。ひとりでも多くの方にこの情報誌のことを知ってもらいたいと、『かがり火を読む会』を立ち上げることにしました。
参加費は無料ですが、会場使用料として朝食(650円)の注文をお願いしたいと思います。『松阪のみち歩き、里めぐり支局』川村浩稔。お問い合わせ090-5108-1430」
本誌にとっては何ともありがたい企画である。
好奇心と行動力は次々とアイデアを生み出す
松阪といえば松阪牛だが、これについても東村さんにはアイデアがあった。
「松阪牛は有名店で食べれば何万円もするので、私たち地元の人間でも気安く手が出るものではありません。そこでご希望があれば、カフェで、近所のお肉屋さんから松阪肉を買って、すき焼きワークショップを開催したいと思います。松阪では割下を使わず、お肉に砂糖をかけ、そこにおしょうゆを垂らして甘辛いお味でお肉をいただくんですよ」
佳子さんには、7つの商店街の女将さんたちが結束してまちを盛り上げようという「ミズ・ネットワーク松阪」の代表としての顔もある。
「本居宣長没後200年顕彰事業で街を訪れたお客様のおもてなしをするイベントを企画運営したことが、活動を始めたきっかけでした。うちの筋向かいにある岡寺の『四萬六阡日』のありがたい縁日の星あかりコンサートや夜ろず市は、今も続いています。また、江戸時代にこの近くに住んでいた継松栄二さんというお侍さんが発見したなでしこの花は、普通のなでしこと違い、花弁が長く垂れ下がっていたんです。
この珍しいなでしこは『松阪撫子』と名付けられましたが、松阪に住んでいる人でも知らない人が多かったため、女将さんたちは『松阪撫子 どんな花?祭り』というお祭りを始めたのです。歴史や文化に関わるお祭りを企画することで、町の活性化にもつながり、自分の知識が増え、地域への愛着も深まります」
来年6月には民泊新法が施行される予定だが、そうなると東村呉服店に新しい企画がまた一つ加わる。
「東村は古い家ですから、蔵があるんです。先日、しまわれていた道具一切を運び出してベッドを二つ入れたら、すてきなツインの部屋ができました。ここをお宿にしようと考えています」
気の早い佳子さんは外国人を意識してか英語のパンフレットを用意していた。タイトルはPre-0pen Limited Monitor Plan。
素泊まりプラン(2名までのご利用)、朝食付きプランなどがあるという。夕食はオプションとして前記のすき焼きワークショップが体験できる。
松阪に行く時は、東村さん、あるいは川村さんに連絡を取ってみてください。なお、カフェの営業は木金土の3日間と、近くの岡寺の縁日が開催される毎月1日と18日。
こういう場所を知っておくと、旅も断然楽しくなる。
■美し舎(Utsukushiya)
〒515-0083
三重県松阪市中町1940(近鉄・JR松阪駅より徒歩10分)
TEL:0598-21-0220
Mail:rion-88@mctv.ne.jp
(おわり)
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