アイデアを外部からあつめる。埼玉県横瀬町のまちづくり「よこらぼ」

その名の通りかぶとの形をした武甲山の麓の埼玉県秩父郡横瀬(よこぜ)町。人口8500人の小さな町だが、今年はクリエーターたちが頻繁に集う町になった。

1年余り前に始めた官民連携プラットフォーム「よこらぼ」の事業の一つとして、クリエーターたちが講師になって中学生にキャリア教育をする「横瀬クリエイティビティー・クラス」が半年間続けられたからだ。

「よこらぼ」は、「横瀬町とコラボ(協力)するラボ(研究所)」という意味で、企業などからの提案を受けて町が持つ資源を共同で有効活用する仕組みである。

すでに22件の「よこらぼ」事業が動きだしている。自治体版のシェアリングエコノミーの試みだが、新たなまちづくり手法として定着するかどうか。

【ジャーナリスト 松本克夫】

横瀬町の寺坂棚田から望む武甲山。

中学生たちが映画を制作

2017年11月19日(日)は中学生が主役の「クリエイティビティー・クラス」の成果発表会の日だった。会場の横瀬町の町民会館ホールは、町民でいっぱいになった。

この聞き慣れない「クラス」は、クリエーターたちが自分たちの仕事の内容や技を中学生に教えるものである。

クリエーターは、クリエーティブディレクター、アートディレクター、プログラマー、イラストレーター、プロダクトデザイナー、フリーライター、写真家、音楽家など多彩である。

筆者にも仕事ぶりがよくわからない横文字の職業が多いから、中学生には、当初は得体の知れない人たちに見えたかもしれない。

この半年間、こうした職種の異なるクリエーターたち30人ほどがリレー方式で10回にわたって、中学生にイラストを描かせてみたり、写真を撮らせてみたりといった実技も交えながら指導してきた。

今年初めにクリエーターたちの提案で持ち上がった企画だから、すでに固まっていた新年度の総合学習の時間に組み入れることはできなかった。仕方なく部活の時間を割いた。部活の一環だから、参加するのは希望者だけだが、中学生48人が参加したという。

手始めは、4月の「クリエイティブソン」だった。中学生と大人が参加し、クリエーターたちと一緒に、まちづくりについてアイデアを出し合う催しだ。

廃校になった旧芦ケ久保小学校を会場に一泊二日で開催した。求めたアイデアは、いったん町を出て行った中学生たちが将来「もう一度帰って来る」ように後押しするもの。

「石灰岩の採掘をしている武甲山にちなみ、ダイナマイトごはんを売り出す」などさまざまなアイデアが出されたという。

10回にわたる「授業」に加えて、夏休みには中学生たちが都内のクリエーターたちの企業を訪問し、職場の雰囲気を味わうという企画もあった。

「同クラス」の締めくくりは、中学生自身によるショートムービーの制作。

クリエーターたちのアドバイスを受けながら、企画から監督、脚本、撮影、配役などすべて中学生が担当し、三つの短いストーリーを作った。70時間くらいかけたという力作である。

発表会で上映されたが、男子生徒が食べようとしていたソフトクリームを女子生徒が奪って逃げ、追いかけっこになったり、掃除をしていた女子生徒たちと男子生徒たちが水鉄砲合戦になったり、といった印象的な場面が町の風景と共に映し出された。

「同クラス」に参加した中学生たちは強烈な刺激を受けたようだ。

発表会では、「楽しくて仕方がありませんでした。映像の制作では、1年分以上の頭を1日で使った感じでした。クリエーターは普段周りにいる大人と違っていて、こんな大人もいるんだと感じました」と感想を話す女子生徒もいれば、「クリエーターとは家族くらいの関係になりました。必ずクリエーターになります」と将来の決意を語る男子生徒もいた。

プロのクリエーターの指導を受けて、中学生が映像を制作した。

この企画を提案したクリエーターたちも、思った以上の中学生の成長ぶりに驚いた様子である。

「みんな生き生きと演技し、カメラを回している」

「中学生制作のムービーを見て、言葉を失った。もう中学生なんてものではない。自分の新しい可能性を見つけたのではないか」

「子どもたちの未来の可能性、町の可能性が広がったのでは」

といった高い評価である。

横瀬町には、これをきっかけにクリエーターの誘致につなげていきたいという思惑がある。実際、同町に事務所を構えてもいいというクリエーターもいるという。

一方、クリエーター側にもメリットはある。

「クリエーターたちは、仕事の面で海外勢に押されており、クリエーティブ業界の底上げをしたいという希望があります。特に最近では、自治体と向き合い、地域に入り込んで、課題をクリエーティブな発想で解決したいという新しい枠組みで活躍するクリエーターも増えているようです」(横瀬町まち経営課)というから、今回の試みは自治体との連携のとっかかりとして貴重な実験だったに違いない。

廃校や議場の貸し出しも

「クリエイティビティー・クラス」は、官民連携プラットフォーム「よこらぼ」の事業の一つである。

官民連携プラットフォームというと、やや堅苦しいが、企業、NPO、個人などから横瀬町でこういう事業をしてみたいという提案をもらい、採用が決まれば、町は「全面的に協力しますよ」というものである。

分かち合いのシェアリングエコノミーの手法を取り入れた町の活性化策である。

昨年9月末にスタートしたが、1年間に企業などからの提案が42件あり、採用したものだけで22件に達している。

提案が多いため、採用の是非を決める審査委員会は毎月開いている。

審査委員会は、役場の課長、議員、観光協会長、商工会議所、銀行、住民代表など15~16人で構成している。

採用したもののうち、最もわかりやすい事業は、株式会社スペースマーケットが提案した町の遊休施設を有料で貸し出すための仲介サービスだろう。

一番人気がある貸し出し施設は、木造の旧芦ケ久保小学校だという。

いまどき珍しい二宮金次郎像が残る古い学校だが、そこが受けるらしく、毎日のように問い合わせがある。

20代の女性がアニメのコスプレイベントをしたり、映画の撮影場所になったり、大人たちが運動会に使ったりしている。

一番人気がある貸し出し施設は、木造の旧芦ヶ久保小学校。

町は、希望さえあれば、町長室や議会閉会中の議場も貸し出す用意をしている。

株式会社ガイアックスのTABICAプロジェクトは、農業・自然体験の日帰り体験ツアーをWeb上で紹介し、仲介をするサービス。

これまでに寺坂棚田などでの田植えや稲刈り体験に100人以上が参加した。

減ってきた春祭りの山車の引き手を募集したら、これにもブラジル人を含め9人の参加があった。横瀬町は東京に近い分、人を集めやすい。

NPO法人クライシスマッパーズジャパン(理事長・古橋大地青山学院大学教授)の事業は、災害時にドローンを飛ばして、被災状況などを把握し、住民の避難などに役立てようというものである。

そのためには、事前にドローンを使って被災前の地図を作成しておく必要がある。

横瀬町は空港や人口集中地区から遠いため、比較的自由にドローンを飛ばせる利点がある。町が加わることで、住民の理解も得やすくなったという。

企業などからの提案は、実験的なものが多いが、11月だけで6件あったというから、これからもまだまだ出てくるだろう。

「よこらぼ」は地方創生加速化交付金を活用し、人員不足は国の資金支援がある地域おこし協力隊の2人の女性隊員で補っているから、町にとっては、持ち出しは少ない。

地方創生の目標である人口減少の抑制に役立つか否かは別にして、クリエーターやIT関係者などの間で横瀬ファンが増えていることは間違いなさそうだ。

金は国から、アイデアは外部から、という小さな自治体なりの知恵である。

多様なライフスタイルを実現できる地域に

横瀬町は「よこらぼ」をどうして始めたのか、富田能成町長(52)に聞いてみよう。

「同じやり方を続けていたら町は縮小するばかり」と語る富田町長。

── なぜ「よこらぼ」という前例のない取り組みを始めたのでしょうか。

富田 人口減少が進んでいますから、行政運営は右肩上がりの時代とは違ってきます。「人口減少を抑える」と「人口減少に備える」の二本立てでやっていかなければなりません。町民を含め町全体を一体感あるチームのようにして動いていくことが必要です。

ほとんどの人はこれまでのやり方が体に染みついています。しかし、同じやり方を続けていたら、町は縮小して衰退していきます。

日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)の増田レポートで「消滅可能性都市」と名指しされたからには、これまでとは違うやり方をしなければならないということをチームで共有することがまずは必要です。

その際、町の資源やポテンシャルを最大限生かせることと、社会的なニーズに合致することが条件になります。そのための戦略が「よこらぼ」です。

横瀬町の特徴は三つあります。自然環境に恵まれている、地域コミュニティがしっかり機能し町民の参加意識が高い、西武線特急列車で74分と東京に近い、の三つです。

その三点セットを備えている自治体は少ないですから、それを生かしていこうと考えました。企業誘致という手もありますが、これはどこも一生懸命やっていることで、過当競争になっています。

この町は、平成に入ってから、企業誘致は1件もありません。「よこらぼ」は、企業そのものではなく、企業が実施する事業やプロジェクト、アイデアを呼び込むという発想です。

国の地方創生は都市と地方の二元論ですが、私たちは違う問題設定をしています。都市と地方の間には水際の部分、汽水の部分があります。100パーセント地方ではなく、地方7、都会3というライフスタイルも成り立ちます。

そんな海水魚も淡水魚もいるような多様性のある地域をつくりたいと思っています。その際、東京エリアを強く意識しています。

東京圏は世界最大の人口・経済規模を有する大都市圏です。そこからヒト、モノ、カネ、情報を持ってくる仕掛けとして「よこらぼ」という仕組みを考えました。

── ご自身の20年間の銀行マン生活の経験が、民間企業の知恵を借りようという発想につながったのでしょうか。

富田 民間にいた経験は大きいものがあります。プレマーケティングした時に、地方にコネクションを求めている人や企業が意外に多いことに気付きました。

どこかで実証実験をしたいが、自治体にコネがないといいます。自治体の側も、実験に付き合っている暇はありません。

それなら、うちの町は外部に向けて開こう、実験でもいいからウェルカムにしよう、金はなくとも汗をかこうと決めました。消滅するといわれているのですから、前例踏襲、今まで通りでは不十分です。

チャレンジとスピード感が必要です。行政の仕組みだと、計画を立て、予算を確保し、とやっていると実行までに3年くらいかかります。このサイクルではとても「民」の速い動きに対応できません。

1年前に決めたことが1年後には時代遅れになるかもしれないほど世界の動きは速くなっています。「クリエイティビティー・クラス」の提案を受けたのは今年1月です。普通なら3年計画でやるところを半年でやってしまいました。

官民連携をやっている自治体はたくさんありますが、「よこらぼ」の特徴は、窓口が広くて、参入障壁が低いことです。

普通は、先に病院の再生といった町の課題があって、それに企業の協力を求めるところですが、「よこらぼ」は、企業からの提案は町のためになりそうなことであれば何でもありです。

「よこらぼ」は最先端の情報が入ってくる社会に開かれた窓、環境が変わってもやっていけるような情報の窓にもなっています。

町が小さい強みを生かして

── 「よこらぼ」を実施するといった時、職員の反応はどうでしたか。

富田 職員も、最初はとまどったと思います。ただ、私は町長選挙でも「この町の未来を変える。新しいチャレンジをする」を掲げていましたし、職員に対しては「変えられるのは私たちだけだ」といい続けてきましたから、そこは職員にも浸透していると思います。むしろ、町民にしっかり説明することに注力しています。

── 官民連携プラットフォームという説明では、町民にはぴんとこないのではありませんか。

富田 橋を造りましたということなら、見てもらえばわかりますが、「よこらぼ」はソフト中心なので、町民にはわかりにくいものです。ネットに触れているか否かによって、町民の間には情報格差が生まれています。ネットに触れていない人たちにいかに情報を届けるかが大テーマです。

ただ、町が小さいことが救いです。世帯数は3000軒余りですから、誰がどこに住んでいるか大体わかります。直接声を届けられます。企業側の提案を受けやすいのも、何でも必ず町内にお願いできるところがあるからです。

例えば、提案者から、75歳以上のドライバーを20人集めてくれとか、腰痛のある人を集めてほしいといわれても、すぐに対応できます。

町に協力的な住民が多いのと、みんなの顔がわかっている強みです。企業向けの営業活動が必要だと思っていましたが、ふたを開けてみるとむしろ住民にいかにつなげていくかに力を入れている状況です。

もともと地方には季節の野菜をおすそ分けするような分かち合いの文化があります。シェアリングエコノミーはぴったりくるはずです。

── 「クリエイティビティー・クラス」はユニークな試みでしたね。

富田 最前線で活躍しているWebデザイナーや映像ディレクターが手弁当で来てくれました。1000万円単位の機会費用がかかっているはずです。おかげで、中学生に新しい世界を見せることができました。

中学生には、創造的な仕事をしている人たちが輝いているのを見てもらいたいし、AI(人工知能)の登場で職業や生き方が変わっていきますから、早い時期から職業の選択肢を持っていてもらいたいと思います。

「横瀬クリエイティビティー・クラス」発表会での、クリエーターと中学生の記念写真。

クリエーターにとっても、自治体に公認されたプロジェクトへの参加は価値があります。町からただでさまざまなサービスを受けられます。クリエーターたちは、普段は代理店を通して仕事をしていますが、ここは代理店抜きです。彼らの宣伝の機会にもなります。クリエーターの皆さんの間では、いい人がいい人を連れてくるという、よいサイクルができています。

── まだスタートしてから1年余りですが、町に「よこらぼ」効果は表れていますか。

富田 「よこらぼ」の提案件数はせいぜい1カ月に1件くらいで、年間の採用件数は3件あればいいところだろうと予想していましたが、案件が案件を呼び、人が人を呼ぶという状況にはなってきています。

眠っていた町の価値が掘り起こされる感じです。外部から、町に勢いがあるねといわれますが、その先、勢いが出た結果がどうなるかが重要です。

知名度の低い町ですから、まずは知ってもらうことが大事です。知名度が低い分、これから好きな色をつけられます。クリエーターが集う町、多様な人材が集う町、スピード感のある町などです。

「よこらぼ」はびっくり箱を開けたようなもので、3~5年後にどうなるかわかりません。採用した22件のうちこれから先どれが伸びるかもわかりません。

もちろん、行政は計画的であるべきなのは間違いないですが、それだけにとどまらず、びっくり箱のような「結果が予見できないもの」をうまく内包してゆくことが、これからの時代は特に重要と考えています。

町には、少子化対策、賑わい創出、景観づくり、交通難民対策等々が大きな課題としてあります。これからそうした課題に対する提案はいずれ出てくるでしょうが、基礎固めができた「よこらぼ」の第2ステージとしては、先に課題を設定して、提案を募集することがあってもいいかもしれません。

(おわり)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』178号(2017年12月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

>「よこらぼ」横瀬町とコラボする研究所ホームページ