【BOOK GUIDE】矢田海里著『潜匠 遺体引き上げダイバーの見た光景』(柏書房)

遺体の引き上げを生業とする潜水士の物語(ノンフィクション)である。

親子三代で潜水業を営む家に生まれた主人公の吉田さんは、警察がいくら探しても見つからない遺体を「なぜか」見つけることができた。一方で、引き上げの現場で不謹慎にも「笑う」ことでしか心のバランスを保てない姿は、遺体の引き上げという仕事の過酷さをリアルに伝える。

彼は東日本大震災で被災し、避難所生活を余儀なくされながらも、毎日水に潜り、行方不明者の捜索に力を尽くした。一人でも多くの魂を救い上げるために、である。

震災以前から携わってきた遺体引き上げの経験が、震災時の救出、行方不明者の捜索に大いに役立つことになった。まるで震災の発生を知っていた神様が、そこで吉田さんに役割を担わせるべく、あらかじめ準備をさせていたかのようにさえ思えてくる。

地震の発生、津波の襲来、その後の被災状況の描写は圧巻で、僕はただ、その場に立ち尽くすようにして読み進めるしかなかった。多くの人生が、避けようのない運命の渦に飲み込まれた。そして助かった人もまた、誰もが「取り返しのつかなさの中を生きていた」。著者によるこの言葉が、僕には強く印象に残った。

震災がもたらした「取り返しのつかなさ」は、計り知れないものである。と同時に、本当は全ての人が、それぞれの「取り返しのつかなさ」の中を生きている。それが人生というものではないだろうか。

「取り返しのつかなさ」は、「かけがえのなさ」と表裏一体のものでもある。「取り返しのつかない」悲しみは、その対象が「かけがえのない」存在であったことの、何よりの証だろう。しかしそのような「かけがえのなさ」を、普段はあまり意識することなく生活しているのが人間というものである。だが僕はこの『潜匠』を読んで、そのことを改めて意識させられた。

著者の矢田海里さんは、僕の尊敬する友人でもある。きれいに収まる結末を用意しなかったのも彼らしいし、特に終盤、あくまで自分は悲しみの側、弱さの側に立つのだという、覚悟のようなものが感じられた。

このセンシティブで難しいテーマを、よくぞここまで魅力的な作品に仕上げたものだと思う。冒頭からぐいぐい引き込まれ、最後まで一気に読み切ってしまった。いずれ、ノンフィクションの金字塔と呼ばれるようになる作品だと僕は思う。

(本誌連続対談担当。文筆業・杉原学)

矢田海里著『潜匠 遺体引き上げダイバーの見た光景』柏書房、2021年。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』198号(2021年4月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。