小出版社・一人出版社の本ばかりを並べるユニークなブックカフェ「ココシバ」(埼玉県川口市)

書店と喫茶を併設したブックカフェが全国的に増えているようだ。全国チェーンの書店と大手カフェチェーンがコラボしたものから、個人経営の店舗まで、置いている本も新刊本から古本まで、業態もスタイルも様々だ。

埼玉県のJR蕨駅からすぐ、芝銀座通りに2018年7月にオープンした「Antenna Book&Caféココシバ」もそうしたブックカフェの一つだが、置いている本は小規模の出版社や、最近増えている一人出版社のものばかり。明るい雰囲気の店内では毎日のようにものづくりのワークショップや落語会などのイベントが開かれる。

「自転車で動ける範囲で、趣味の合う人と仲良く出来ればいい」というスタンスだと、オーナーの小倉美保さん。この地域に多く住んでいるクルド人の手芸教室やお菓子のイベントも好評だ。本を目当てに、あるいはイベントを目当てに、あるいはランチを目当てに人が集まり、地域の新しいコミュニケーションの場となっている。

【川口支局長・大川原通之】

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』183号(2018年10月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

ものづくりや落語、クルド文化のイベントも開催 地域の新たなコミュニケーションの場に

JR京浜東北線の蕨駅は、西側が日本一小さい市の蕨市だが、東側は川口市の芝地区となっている。かつては農村地帯で戦後に住宅が広がった地域だ。朝の通勤時間帯には、駅へ向かう自転車が県内でも最も多い地域と言われており、駅周辺には公営・民営の駐輪場が非常に多い。そのほかに目立つのはパチンコ・パチスロ店などだ。

小倉さんもこの芝地区の住民で、「ぶなのもり」という出版社を主宰している。ココシバが在庫している本のラインアップは、小出版社・一人出版社の取次を行っている(株)トランスビューが扱う書籍・雑誌。

トランスビューが現在契約している出版社は「ぶなのもり」も含め約70社、約1000タイトル、2500冊の本があり、このすべてを揃えているというのが、ココシバのコンセプトの一つになっている。そのほか直販の書籍数点がココシバのラインアップとなっている。

「トランスビュー扱いの本は各2冊以上在庫するようにしていますが、さすがに2万円もするような高い本はなかなか売れないので1冊だけにしました(笑)」と小倉さん。それでも8000~1万円ぐらいの本はたまに売れるそうで、「来店された時に見かけた本がどうしても気になったのか、そのあとにまた来店した時に買っていかれる方もいらっしゃいます」とのこと。

しばしば舎時代のスローマーケットの様子。

ココシバは、現在の場所の近くで営業していた「Antenna Book&Caféしばしば舎」が2018年5月に閉店したことから、場所を変えてオープンしたという経緯がある。

しばしば舎のコンセプトも基本的にはココシバと同じ。小倉さんは一昨年ごろ、地域で月1回開かれていたスローマーケットの場所の空き店舗スペースで、デザイナーのヨシマツナオさんが「こだわりのコーヒーを出すようなカフェをやりたい」というような話を、オーナーとしていたそうだ。小倉さんはオーナーに「本でも置いたらどうですか」と提案していたそうで、この2つの話が合わさってブックカフェへと繋がった。

その際、「一般書店のような本を置くのではなく、トランスビューの本を全部置いたら特徴もあって良いのでは」と企画を立てた。それが、「いつのまにか、ほかの人にも『ここ、ブックカフェになるんだって?』と言われるようになって」、どんどんと実現の方向へ進み、あれよあれよという間に、2017年5月にその建物のオーナーと小倉さん、ヨシマツさん、ヨシマツさんのご主人でデザイナーの吉松文男さんをスタッフに「Antenna Book&Caféしばしば舎」がオープンした。

改装前でもイベントを開催。

各地のブックカフェではコミュニティスペースとしてイベントを開いていることが少なくないが、しばしば舎でも当初から、書籍の著者のトークイベントや様々なワークショップ、落語会やコンサートなどイベントも開催してきた。なかには吉松さんが録画を残していたビデオによる「1983年のTVCMをビールでも飲みながら皆でだらだら見る会」といった人気企画も生まれ、地域の面白い場所として定着してきた。

この地域は公民館等はいくつかあるものの、地域の小さなグループや個人が利用しにくい面もあった。そのため、しばしば舎が新たな地域のコミュニティの拠点になるのでは、という期待も生まれてきていた。

シャッター商店街にも変化が サポーターがワークショップ

ところが、建物のオーナーの都合もあり、開店から1年で、しばしば舎は閉店せざるを得なくなってしまった。しかし、「しばしば舎で生まれた人間関係を切りたくなかった」と小倉さん。そこで、別の場所への移転を模索することになり、適当な場所を探し始めた。

現在のココシバの場所も、もとは空き店舗で候補の一つだったが、壁と柱以外何もないスケルトンの状態だった。何もない状態からすべてを揃えるのは予算が掛かりすぎることから、ほかの適当な場所がないか、小倉さんたちはシャッターが閉まった店舗を一軒一軒訪ね、借りることができないか尋ねて回った。しかし、なかなか色よい返事はもらえなかった。

ココシバの店内。

小倉さんは「それぞれの店舗のオーナーはその建物の2階に住んでいて、その1階を知らない人に貸すのは相当ストレスがあるものです。貸してもらえないのは、ある意味当然かもしれない」という。

全国の商店街では、商売を引退したあとも後継者もなく、かといって空いた店舗を誰か別の人に貸し出すというわけでもなく、シャッターを下ろしたままという店舗が増えている。こうしてシャッター商店街になってしまう例が少なくないが、この芝銀座通りをはじめとした芝地区の商店街も、新陳代謝が少なく、シャッターを下ろしたままの店舗が多い。

結局のところ、スケルトン状態だった現在の店舗の場所を借りることに決定。市の商店街振興の補助金のほか、クラウドファンディングで店舗の改装費用を集め、しばしば舎閉店の2カ月後に、ココシバの開店へとこぎつけた。

おすすめの本を紹介し合うイベント。

スローマーケットは、現在は隣の空き店舗の場所も借りて開催しているが、そこのオーナーも、いつでもスローマーケットを開催できるように掃除をしてくれるようになったという。小倉さんは「いずれ、商店街内の場所もかりて、夏にはビアガーデンなど、色々なイベントを開いたりしてみたいですね」という。ココシバが開店したことで、芝地区の商店街の変化にもつながるかもしれない。

とはいえ「誰でも向こう三軒両隣と仲良く出来るわけでもありません」と小倉さん。ご近所付き合いで無理をしなくても、例えば、川口市で自転車で移動できる距離まで範囲を広げれば、関心や趣味の合う人もたくさんいるだろう。近隣の住民が訪れるだけでなく、そうした人たちも来店する場所として、この地域での存在感が出てきている。特色のあるトランスビューの書籍がそろっているということも機能しているようで、関西の人が上京してきた際に、ココシバまで足を延ばしてきたこともあるそうだ。

手芸のワークショップ。

もちろん、毎日のように開かれているワークショップやイベントを目指して来店する人も多い。ちなみに、2018年9月のイベントを列記して見ると、

1日(土)【張り子でお面を作ろう!ワークショップ】
2日(日)【ココシバ・ハンドメイド・スローマーケット】
3日(月)【糸遊びの会のタティングレースワークショップ】 
4日(火)〜13日(木)【工房集作品展「ココからつながるアート」】 
6日(木)【糸遊びの会のタティングレースワークショップ】 
7日(金)【編もう!韓国糸でキラキラの手編みタワシ】 
8日(土)【トークイベント工房集の問いかけるアート】 
9日(日)【謎解きボードゲームで遊ぼう】 
11日(火)【クルド手芸教室】
13日(木)【ココシバひざ掛けプロジェクト】 
14日(金)【金曜日は、糸へんの日(糸もの手芸の体験)】 
15日(土)〜10月6日(土)【満ち欠けスケジューリング術出版記念展示】 
16日(日)【たなごころさんのクイックマッサージ】
17日(月)【糸遊びの会のタティングレースワークショップ】 
21日(金)【金曜日は、糸へんの日】 
22日(土)【第2回ココシバ寄席三遊亭楽麻呂落語会】 
23日(日)〜25日(火)【クルド・スイーツパラダイス】 
24日(祝)【〈読書会〉アルグン川に右岸(2回目)】
25日(火)【クルド手芸教室】
28日(金)【金曜日は、糸へんの日】
29日(土)【帰って来た1983年のTVCMをビールでも飲みながら皆でだらだら見る会】


――となっており、手仕事系を中心に様々なイベントが開かれている。

「実は、ココシバのシフトに入ってもらうかわりに、無料でワークショップが開催できる仕組みなんです」(小倉さん)。

小倉さんや吉松さん夫妻も本業があるため、多くの人のサポートでココシバが運営できている。逆に言えば、ワークショップを開いている・開いてみたい人が、地域にもたくさんいたということ。ココシバができたことで、こうした人たちが活動できる舞台が増えたということでもある。

クルドのイベントが好評 新たな交流のきっかけの場に

ココシバのイベントの中でも、注目されているものの一つが、クルド手芸教室やクルド・スイーツパラダイスだ。川口市芝地区は、以前からクルド人の住民が多いことでも知られている。

クルド人は中東のトルコ、シリア、イラン、イラクにまたがる山岳部の民族。少数民族として各国で迫害され、他の国へ難民として逃れている人も多い。世界におよそ4500万人いると言われており、在日クルド人は約2000人。その7割以上がこの地域に住んでいるそうだ。

なぜ、この地域にクルド人が多く住むようになったのかは諸説あって定かではないが、建設業など外国人が働きやすい仕事が多いことあって1990年代から少しずつ増え始め、さらに親族や知り合いが集まってきたようだ。

地域にはケバブ料理店やトルコ料理店などもあり、地元の小中学校にも多くの子どもたちが通っている。定期的に蕨駅周辺での清掃活動を実施しているクルド人のグループもあり、クルド人のコミュニティが地域に定着しているようにみえる。

クルドスイーツ、上の段左から、サライサルマシ(ココナッツかけミルクババロア)、ティズクラビエ(塩味クッキー)、レセリイスラックケク(ジャムを挟んだケーキ)、下の段左からサムバリ(セモリナ粉の甘酸っぱいしっとりしたクッキーのようなもの)、ケレヴィス(ナッツ入りクッキー)、エルマリクラビエ(リンゴジャムを巻いて焼いたクッキー)。

ただ、言葉や文化の違いはやはり大きく、日本人の住民も、クルド人の住民も、さらに交流を深めるためにどうすればいいか、何となくお互い様子を見ているというのが、正直なところだろう。

そんなときに、クルドの手芸教室やスイーツのイベントをスタートしたことで、新しい交流が少しずつ生まれてきたようだ。クルド手芸教室では、トルコから日本に逃れてきている地元在住のクルド人の女性たちから、トルコの伝統的な手仕事である〝オヤ〟を教わることができる。

この女性たちが調理したクルド・スイーツ6種類を食べ放題なのがクルド・スイーツパラダイスだ。普段でもココシバでは注文すればクルドのスイーツを食べることができ、人気メニューになっている。

また、全国的にも話題になったのが、「にほん語 勉強中」の缶バッジ。トルコ国内で1937年に起きたクルド人虐殺をテーマに10人のトルコ人作家が描いた短編集「あるデルスィムの物語」(さわらび舎)の翻訳者の磯部加代子さんと、この地域でクルド人向けの日本語教室を開いている小室敬子さんの対談を開いた際に、日本語でコミュニケーションが可能だということの分かるツールがあると便利ではという話が出たことから、この缶バッジを作成した。

「にほん語勉強中」の缶バッジ。

「相手を分からないと交流も出来ないし、災害などの緊急時にはどうしてよいか困ってしまいます。お互いを知るきっかけがあると良いなと思って」と小倉さん。ココシバが新しい交流のきっかけになっている。

他ではなかなか買えない本を探しに来る人、お茶をしに来る人、ランチを食べに来る人、ワークショップに参加する人などなど、ココシバには様々な目的で人が訪れる。

小倉さんは「ココシバで知り合った人が、ほかの場所でイベントなどを開くようになったりしたら、とても楽しいことです」という。ココシバが新しい何かを生み出すきっかけの場所になることを願っている。

右から小倉美保さん、ヨシマツナオさん、吉松文男さん。

Antenna Book&Caféココシバ
埼玉県川口市芝5-5-13-1F
TEL・FAX:048-499-1719
http://www.cocoshiba.com
営業時間:11時〜20時(月曜日定休)

(おわり)

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