【連載 イタリア支局長だより】第2話 金にも勝る大地の恵み

実現が難しくなった古着屋

連載第一話の終わりで古着屋をオープンすると書いたが、実現は難しいようである。オープン前に資金が底をついたのだ。さすがに破産から事業を始めるわけにはいかない。銀行から借りてマイナスから始める人もいるが、私は絶対に借金はしないと心に決めている。

また、親交の深い紳士服店の店主から「店は考え直したほうがいいのではないか」と言われたのも大きかった。お店をオープンすると、家賃以外にも色々な経費がかさむ。家賃は5万円程度でも、実際には最低でも10万円が店舗維持にかかるのだ。アパレル業界は氷河期なので、それを賄える売上を出すのは難しい。

ただし、一度実現寸前までたどり着いた夢を諦めるのは、簡単ではない。今は次のチャンスを待っているだけだ。

ワイン作りの決め手は収穫時期

翻訳業に嫌気がさしてきた頃、あらゆる方面に履歴書をばらまいていた時期があった。私の住むウンブリア州の農家にもコンタクトを取ったが、100件以上あたって返信があったのは、わずか2件。そのうちの1件が今回ご紹介するモンテメリーノ社である。

主人のピエールさんと妻のサビーナさんが運営する同社では、トラジメーノ湖沿いにある約60ヘクタールの畑でオリーブとワインを生産している。1961年の創業から続く家族経営の農園で、サビーナさんは創業者の娘、つまり2代目になる。年間約2500本生産されるオリーブオイルは完全に有機栽培である。金にも勝る大地の恵みだ。

また、年間に3万5千本ほど生産されているワインは、ウンブリア州特産のものを含め全部で7種類。中でも珍しいのが、「さくらんぼ葡萄」というちょっと変わった種の葡萄を用いたワインだ。名前も、イタリア語でさくらんぼを意味する「チリエッジョ」。飲み心地は軽やかながら、お酒の味がしっかりと主張をし、カクテル好きな女性なんかにオススメな気がした。ワインはアメリカ、カナダをはじめ、ベルギーやドイツなどにも輸出をしていて、日本にもぜひこのワインを輸出したいとのことだった。ワインは、いつ収穫するかが一番の決め手となる。同社では、それを職人の勘に委ね、何よりも大切にしているそうだ。

モンテメリーノ社の商品

アグリツーリズモの魅力

モンテメリーノ社ではワインとオリーブオイルを生産する傍ら、アグリツーリズモのビジネスも展開している。アグリツーリズモとは、農業を意味するAgriと観光を意味するTurismoを組み合わせた造語で、その地域で採れる食材や豊かな自然を楽しむ農泊のこと。ご夫妻が運営するアグリツーリズモは全7部屋で、屋外プールも付いている。イタリアで4番目に広いトラジメーノ湖を見渡しながら自然の中で過ごす時間は、他ではできない体験となるはずだ。『かがり火』読者の皆様にも、ぜひ一度訪れていただきたい。

サビーナさんは、トラジメーノ湖が同社の一番の強みだと言う。湖には人を魅了する神聖な静けさがあり、それを堪能できるのがこのアグリツーリズモの一番の魅力であると。小規模な農家なので大手と比較するとセールスやマーケティングで引けを取るが、それが人間的で素朴なご夫妻の良いところだと私は思う。なんらかのコラボができると嬉しい。

自然に敬意を払う農家のあり方。これこそが私の愛するイタリアの一面である。AIや機械が発展すればするほど、人々は人間としての価値を再認識する気がする。今の私がそうであるように。これからの時代は工業ではなく農業。高層ビルではなく農園。そう信じて、私はこれからもイタリアの大地の素晴らしさを伝えていきたい。

モンテメリーノ社のピエールさん、サビーナさんご夫妻と、ワイン販売を担当するソフィアさん