【第3回】そんな生き方あったんや!「来たものを受け取る力」隣町珈琲店長・栗田佳幸

文筆家の平川克美さんが経営し、思想家の内田樹さん、精神科医の名越康文さん、エッセイストの小田嶋隆さんら著名人が足しげく通う喫茶店「隣町珈琲」

東京・品川区、荏原中延(えばらなかのぶ)駅近くにあるその〝辺境の喫茶店〟で店長を務めるのが、今回ご登場いただく栗田佳幸さん。

保育士の仕事を辞めて途方に暮れていた青年が、なぜ喫茶店の店長になったのか……。その謎を解き明かすべく、杉原がお話を伺いました。

対談場所はもちろん、栗田さんが働く「隣町珈琲」……と思いきや、栗田さんの「一度行ってみたかったんですよね〜」という一言から、東京・本郷の東大前にある老舗喫茶店「こころ」に場所を変更。

セオリー無視のゆるめな進行で、今回もスタートいたします。

ゲストの栗田佳幸さん(左)と、ホストの杉原学。

【プロフィール】

栗田 佳幸(くりた よしゆき) 1982年東京生まれ。東京福祉大学社会福祉学部保育児童学科卒業。学童保育、障害者就労支援施設、保育園等に勤務し、現在は文筆家・平川克美氏が経営する「隣町珈琲」にて店長を務める。お店の場所は、東急池上線荏原中延駅近く。講座や対談など各種イベント企画開催中! 詳しくは下記フェイスブックページまで。 www.facebook.com/tonarimachicafe/

杉原 学(すぎはら まなぶ) 1977年大阪生まれ。四天王寺国際仏教大学(現四天王寺大学)文学部社会学科中退。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科博士課程後期課程中退。哲学専攻。30以上の職種を経験し、現在はエッセーの執筆、時間論の研究などを行う。単著に『考えない論』(杉原白秋著、アルマット)、共著に『半市場経済』(内山節編著、角川新書。第三章執筆)がある。世界で最も非生産的な会議「高等遊民会議」世話人。日本時間学会会員。

ヒマすぎて「隣町珈琲」の店長に

杉原 栗田さんのお店は「隣町珈琲」なのに、対談は「こころ」でやるという(笑)。

栗田 ゆるいですね。「テキトーか!」っていう(笑)。

杉原 そこがウリです(笑)。さて、僕と栗田さんが最初に会ったのは、たしか内山節先生の寺子屋塾……。

栗田 そうですね、寺子屋ですね。

杉原 ちょうど栗田さんが、それまでやっていた保育士の仕事を辞めたころで、「これからどうしよっかなー」みたいなことを言ってたような気がして。

栗田 あー、そうかもしれない。フラフラ、フラフラしてた。ほんとにあの時は。

「隣町珈琲」店長の栗田佳幸さん。東大前の喫茶店「こころ」にて。

杉原 で、次に会った時には「喫茶店で店長やってます」みたいな話をしてて。「え、そうなんすか!?」って(笑)。

栗田 あははは。でもけっこうそれまで間(あいだ)ありましたよ。

杉原 その間は何か他のことしてたんですか?

栗田 全く何もしてないですね(笑)。「人生どうなっちゃうんだろう」ってずーっと思いながら、「まあしょうがないなー」と思って。で、「隣町珈琲」が地元にあったんで。

杉原 あ、そのころにお客として通ってたんですか。

栗田 そうです。通ってたっていうか、もうそれ以外やることがなくて。仕事もしてなかったんで、全然お金もないから。収入がないと、こう、自分の貯金とにらめっこするじゃないですか。

杉原 いやーリアルっすね。よく分かります。よく存じております(笑)。

栗田 とりあえずコーヒー1杯でいける場所、しかも交通費がかからなくて、それなりに面白い場所……。それで隣町珈琲に行って、時間をつぶして。(オーナーの)平川克美さんと話したり、店員さんと話したり。

杉原 平川さんは多才な方ですよね。若いころ内田樹さんと一緒に翻訳の会社を立ち上げたり、その後、会社を経営しながら、大学で経営学を教え、文筆家として本もたくさん書かれてて。平川さんのことはもともと知ってたんですか?

栗田 えーっと、そのころ読んでいた内田樹さんの本に、よく平川さんが出てきて。内田さんと平川さん、すごく仲がいいので。で、たまたまラジオを聴いていたら、平川さんが大竹まことさんの番組に出ていて、「隣町珈琲という喫茶店をやってる」と。

そして同じ日に、平川さんのトークショーが池袋であって、そこで話し掛けたんですよね。本にサインもらいながら、「隣町珈琲ってどこにあるんですか?」って。そうしたら、「荏原中延です」って。「えっ!ウチの地元ですよ」みたいな。

杉原 すごいご縁ですね。

栗田 うん。それで「行かなきゃいけないな」と思って、次の日から(笑)。

杉原 早いっすね。

栗田 ヒマなんで(笑)。それから、行っては何もせずコーヒーを飲み続ける日が続く、っていう。

杉原 いいっすね。そういう時期に、何か耕されるというか、生まれるみたいなところがあるような気がしますね。

栗田 そうですよね、うん。通ってるうちに店を手伝うようになったんですが、途中で前の店長さんが辞めちゃったんですよ。そうしたら平川さんに、「栗田くん、ちょっとやって」って言われて。

杉原 「どうせヒマなんだろ?」って(笑)。

栗田 うん。「お前どうせヒマなんだから」みたいな(笑)。

杉原 ははは。面白いなー。

栗田 「どうせヒマなんで、やります」みたいな、そういう感じです(笑)。

杉原 そっかそっか。……じゃあ最初は、仕事を辞めてしんどかった時期に、たまたま内田さんの本を手に取って。ちなみにその本は何だったんですか?

栗田 何だったっけな。『呪いの時代』(新潮社)とかっていう……。

杉原 あー、ありましたね。人を攻撃する「呪い」の言葉が蔓延する社会で、逆に人を励まし結びつける「贈与」を活性化させていこう、っていうような……。

栗田 そう。で、衝撃を受けたんでしょうね、多分。あるじゃないですか、そういうのって。「何かすごい」っていう。何が良かったかってあんまり覚えてないんですけど(笑)、言葉がグワーッと入ってきたんですよ。他の本にはないものがあって。

杉原 何かその時の自分が求めてるものがあったんでしょうね。

栗田 そうですね。それで「ああ、この人に会いたいな」って思ったんですよね。別に会ってどうこうってわけではないんですけど。「あやかりたい」みたいな(笑)。

杉原 ははは。それがいまや、けっこう身近な存在になっていて。

栗田 それが面白いところで。この間も行かせていただいたんですよ、神戸のご自宅に。まあ仕事上だったんですけど。

杉原 そっか。内田さんは家が神戸で、仕事でたまに東京に来て、その時に喫茶店に……。

栗田 そうですね、隣町珈琲に来てくれるっていう。……不思議なんですよね。そのつながりで、平川さんの本も読んで、衝撃を受けて。「あ、この人にも会いたいな」って思って。そうしたらこういう感じに……。

杉原 すごいですねー。今風に言うと「引き寄せ」的な。

栗田 どうなんですかね。分かんないけど。

東京都品川区中延2−6−2にある隣町珈琲。東急池上線・荏原中延駅から徒歩4分。

「待ってりゃいいんだよ」

杉原 そんな感じで、内田さん、平川さんと出会い、それが隣町珈琲につながって、いつの間にやら店長をやることに……。

栗田 そうそう(笑)。もう何だかよく分からないっすけどね。この間も平川さんに、「何やってんのかよく分かんないんですけど」って言ったんですよ。そうしたら、「いいんだよ、分かんなくて」って。「俺だって分かんねーんだから、何やってんのか」って(笑)。

杉原 あははは。面白いっすねー。

栗田 隣町珈琲に客として通ってたころ、「どうしたらいいんすかね、僕」みたいなことを平川さんに言ったことがあるんですよ。絶望的な気持ちじゃないですか、「何もしてない」って。そうしたら平川さんが、「待ってればいいよ」って言うんですよ(笑)。

杉原 待ってればいい……。

栗田 うん。「そのままでいいんだよ。まあ待ってりゃいいんだよ」って。「待ってればいいって何?」みたいな(笑)。

杉原 へー。

栗田 「仕事はあっちから来るから」とか言われて。「そんなことあるの?」と思って(笑)。

杉原 思いますよね。「どっから来るんだ!」って(笑)。

栗田 「あっちから来るから大丈夫だよ」って(笑)。

杉原 「あっちってどこだよ!」っていうね(笑)。

栗田 「選ばなきゃいいんだよ。来るんだから」って言って。でも、「それまでに、何かやっといたほうがいいよ」って言われたんですよ。「何かやっといて」って。「何かやったことが元手になるから。何かやっときな」って。「本を読むでも、何でもいいし。ひとつ何か決めてやっときな」って言われて。

杉原 なるほど。

栗田 うん。ブラブラしていてもいいから、何かひとつやっていれば、必ず次の時に役に立つ、っていうか。

杉原 「何かをやりながら、待つ」と。

栗田 そう。そういうことがありましたね。だからそれだけが希望でしたね。身近でそういうことを言う人っていなかったんで。それがもう衝撃的でしたね。

杉原 今ってそういう「待つ」ことを許さない時代というか、「能動的に」動くことばかりが求められますけど、そのせいで「来たものを受け取る力」はかなり退化してますよね。「受動的」ってあんまりいい意味で使われませんけど、それって「受け取る力」を研ぎ澄ませることでもありますもんね。

いい具合にこぢんまりとした隣町珈琲の店内。

「何かが生まれる」喫茶店

杉原 隣町珈琲はオープンして何年くらいですか。

栗田 今年の3月で丸3年になったんですかね。立ち上げは僕やってないんで、2年くらいですかね。お手伝いから始めたんで。

杉原 そこから店長になって。

栗田 まあ、やる人いないからっていう(笑)。

杉原 ははは。まあとりあえずは、今のところで仕事しつつ……。

栗田 そうですね、面白いことができたらいいなって。いろんな人が来るんで。有名な人だけじゃなくて、いろんなものを持ってる人たちがけっこう来るんですよ。

杉原 そんな雰囲気ありますよね。

栗田 うん。お客さんも巻き込んでどんどんクロストークになって、「何か生まれてくる」っていう時がすごくあるんですよ。それが多分、普通の喫茶店と違うところで。そこから、「じゃあ何かイベントやってみようか」とか、そういう話になっていくっていう。

杉原 何なんでしょうね。僕も前に一回お邪魔したじゃないですか。その時も、別のテーブルのお客さんと話した記憶があって。ほんで結局、その人としゃべりながら帰って。

栗田 あ、そうですか(笑)。

杉原 近くに戸越銀座があるじゃないですか。あそこをブラブラ、一緒にちょっと歩いたりして。

栗田 へー。

杉原 普通そんなことないじゃないですか。

栗田 そうですね。まあド○ールとかスター○ックスとかは絶対生まれないと思うんですけど。……そう、隣町珈琲は狭いんですよね。店が狭いから。

杉原 ああ、スペースがいい感じに身内感を出してる、みたいな。

栗田 ……何かあるんですよ。そこがね、びっくりしたんですよ、最初行った時。不思議な場所だなーと思って。そういう場所って、例えばサロンになったりするじゃないですか。そういうのでもないんですよね。高尚な話をしているわけでもない。こう、ダラッとしている中で、「こういうこと面白いよね」「こういうことやりたいですね」みたいな。

杉原 うんうん。それは栗田さんが、お客さん同士をつなぐ「ハブ」になってるところもあるんじゃないですか?

栗田 あるんですかね。それを意図的にやってるわけではないんですけどね。だって話したくない人だっているじゃないですか。僕だってお客さんの時、「話したくないなー」と思ったりすることもあったし。「本を読んでいるんだから」みたいな(笑)。あるじゃないですか、そういうのって。

杉原 あります、あります。

栗田 「話したくて来てるわけじゃないよ」っていう人もいるだろうし。……まあ周りを生かしたいとは思いますよね。それは別に偽善とかじゃなくて、多分、自分が生き生きするからだと思います、そうしたほうが。

杉原 あんまり一人で何かやるっていうタイプじゃない……。

栗田 タイプじゃないんですよねー。ちっともそうじゃないから、周りが生き生きしてくれてれば、何かやってる意味を感じるというか……。

杉原 いやー、分かる気がします。人に威圧感を与えないじゃないですか、栗田さんは。

栗田 そうですか?

杉原 うん。周りの人たちが安心する人だなって思うから。力を発揮させやすいと思いますね。だから隣町珈琲でも、うまいことハブになってくれるっていうか。そこで「俺が、俺が」みたいなことになると、お客さん同士のつながりにならなかったりするでしょうし。だからそこで両方をうまいことつなげるっていうのは、やっぱり合ってるんじゃないですか(笑)。

栗田 どうなのかなー(笑)。

杉原 何かすげーはまってるなって思いましたけどね。……あと、隣町珈琲って、アクセスがあんまりよくないじゃないですか。

栗田 よくないんですよ。駅名読めないし(笑)。

杉原 「荏原中延(えばらなかのぶ)」ですよね(笑)。あそこって、何かのついでに通ることがない駅なんですよね。

栗田 ないんですよ。(荏原中延駅のある)東急池上線なんて、地元の僕でも乗らないですから。ほんとに乗らない(笑)。

杉原 僕も通りがかることがあれば「ちょっと寄ろっかな」ってなるんですけど、とにかく「通りがからない」っていうね。

栗田 通りがからないんですよ。辺境の喫茶店……。

杉原 辺境ですよね。それでも人が来るっていうのは、やっぱり何かあるんでしょうね。栗田さんも、そういうのを感じてたから通っていたんでしょうけど。

栗田 そうですね。やれることがなかったから。一日寝ててもしょうがないじゃないですか。……まあ、何かの希望を持っていたのかもしれないですよね。

隣町珈琲では、ゆかりの作家の本も販売。定期的に講座やイベントも開催している。

「縁」が動きだした

栗田 20代ぐらいのころですかね。なんか、ツラすぎちゃって。自分ひとりで何かできるのかって言ったら、何もできなくて。漂ってるだけなんですよね。それでやりたいことをね、思わなくなったんですよ、ある時期から。あまりにも叶わなすぎるから(笑)。あきらめちゃったっていうか。でもそう思ったあたりから、「縁」が動きだしたというか……。人とのつながりから、何かが生まれていくっていうことに気付いたんですよね。そっちのほうが大事なんだな、って。

杉原 それはなんで気付いたんですか?

栗田 動きだしたからです。自分の思いにあまり縛られなくなってから、「動きだした」っていうのがあったんですよね。だから隣町珈琲もそういうところがあるんです。別に僕、何も望んでなかったんで。とにかく「なるようになっていく」っていう。なんか縁のほうが強い気がしたんですよね。

杉原 すごいっすね。

栗田 ……でもそれ多分「逃げ」だと思うんですけど、俺の人生における(笑)。

杉原 ははは。それはもしかすると、「あきらめた」ことによって意識の向きが「自分」から「他人」へと移ったのかもしれませんよね。例えば、自分の問題に向き合う時って深刻になりがちだけど、それが他人の問題になると、いい意味で変な力が抜けて、むしろ力が発揮できたり。それを「他人事だからだろ!」って悪く捉えるんじゃなくて、お互いにそうすればいいっていうか。人間ってそういうふうにできてると思うし、そこからご縁も生まれてくるし。

栗田 なんか弱いところでつながってるって、すごく重要じゃないかなって思うんですよね。

杉原 そうですよね。すげー元気な時って、一人だけでやっていけるような気持ちにもなるけど……。

栗田 うん。自分がどう思うかとか、どう感じるかとか、それはすごく大事なんです、そこから発信するものだから。ただ、それはそれとして、出会ってしまった縁のほうが強い、っていうか。何かそんな感じがするんですよね。だから、不思議な感じがするんですよ。

杉原 不思議ですよね。まさに栗田さんが今の仕事をされているのも、ご縁があってのことなんだろうなーと思ってて。必ずしも自分で選んだわけでもなく……。

栗田 ははは。すいません、何か(笑)。自分で選んできたことってほとんどないっすね、僕は。

杉原 それが面白いなーと思って。

栗田 多分ずっとこれからもそうなんだろうなーと(笑)。

杉原 なるほど(笑)。じゃあそんなところで。また近いうちに遊びに行きますんで。

栗田 ぜひ来てください。都内の辺境、荏原中延へ。漢字がまず読めない(笑)。

杉原 「えばらなかのぶ」ですね(笑)。ありがとうございました。

栗田 ありがとうございました。

(おわり)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』177号(2017年10月25日発行)の内容に、若干の修正を加えたものです。

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