進化を続ける北本市のシティプロモーション「みどりとまつり」と「まちの工作室」に見るマーケットのある暮らし

昨年『かがり火』では、シティプロモーションを官民一体で進めている埼玉県北本市を取り上げた。北本では市民がまちを好きになることを重視していて、市民同士がつながる“マーケット”を意識している点が印象的だった。

それから1年が経過した今年3月、北本市在住の西村一孝さんから、市制50周年を記念する”祭り”が開催される話を聞いた。そこで、昨年は準備中だった北本団地商店街の交流スペース見学も兼ねて、北本を再訪した。

シティプロモーションの祭典

2022年3月21日、好天に恵まれた3連休最後の日の北本総合公園は、多くの来場者で溢れかえっていた。今日は、北本市の市制50周年記念イベント「みどりとまつり(&green fes)」の開催日。公園内には市内の飲食店や物販の出店がずらっと立ち並び、人気店には長蛇の列ができて賑わっていた。また、広場では音楽ライブやトークショーが行われ、多数のギャラリーが芝生に座りこみ、音楽やトークに耳を傾けていた。さまざまな形で祭りを楽しむ来場者の姿は、外出を控えてきた日々から開放され、のびのびと羽を伸ばしているように見えた。

この祭りは、北本市観光協会が中心となり、1年近く前から準備を進めてきたもの。運営をとりまとめた同協会の岡野高志さんに当日の感想を聞くと、「運営とボランティアが一体となって北本の魅力を発信できたことが、何より嬉しかった」とのこと。開催にあたっては、祭りの準備・運営に手を上げた市民ボランティアや市役所の若手職員と組み、地元を勉強しながらアイデアを出し合った。出店者を増やすために市内の飲食店や市民に個別に声をかけ、公募も行った。その労が報われ、当日は60の店舗や市民が出店。集客も、出店者が顧客にPRしてくれた。

観光協会とともに祭りの運営に関わった「合同会社暮らしの編集室」代表の江澤勇介さんは、「来場者の多さより、多くの市民が参加してくれたことが嬉しい」と話す。北本にとって「みどりとまつり」は、大勢の市民が参加して交流を楽しむ一大マーケットであり、シティプロモーションの祭典だったのだと、改めて感じた。

個人の出店にも多くの人が訪れていた
収穫したてのネギを焚き火であぶり、来場者に提供

北本団地のシャッター商店街にオープンした「中庭」

これまで北本では、シティプロモーションのコンセプト「&green(アンドグリーン)」に基づき、北本の自然を楽しみ、生産者と販売者が交流を図れるマーケットを、さまざまな場所で開催してきた。そうした場の一つが北本団地である。

1971年に誕生して総戸数が2000を超える北本団地では住民の高齢化が進み、団地内の商店街もシャッターを下ろした店が増えていた。そんな商店街の一角のシャッターを開き、昨年6月にジャズ喫茶店「中庭」がオープンした。ここは喫茶店というより、市民が集う交流スペース。音楽ライブ、野菜販売、ワークショップなどのイベントが定期的に開催されたり、シェアキッチンとして開放したりして、子供から高齢者まで幅広い年代の人を市の内外から集めている。店主は、昨年に都内から移住した落合康介、カナコさんご夫妻。店舗の2階で暮らしながら、夫の康介さんは演奏家として活動し、妻のカナコさんが「中庭」で喫茶店や管理人を担当している。

中庭の店内。落合夫妻の人柄にも惹かれ、団地以外からも多くの人が集まる

この「中庭」の企画・実行も、北本のシティプロモーションの一端を担っている「合同会社暮らしの相談室」。会社の自主事業として進めてきた。空き店舗をDIYで改修し、工事費用はクラウドファンディングを活用して工面、不足分は会社で負担した。「暮らしの編集室」では、他の仕事で得た収入を北本団地プロジェクトに充当している。市民が集う場づくりを、行政ではなく民間企業が採算度外視で進めている点がユニークで、いかにも北本らしい。

第2弾の「まちの工作室」が始動

そして昨年、「中庭」に続く北本団地プロジェクトの第2弾として、「まちの工作室」作りがスタートした。同じく団地商店街の空き店舗を改修し、ものづくりをする人が利用できるアトリエとギャラリーを作る計画だ。

きっかけは、「中庭」を訪れた作家の一人が発した「アトリエがほしい」という一言だった。これにマーケットの可能性を感じた岡野さんは、新たな場作りに着手する。スピーディーに決断・行動できるのも民間企業ならではだが、その背景には、「中庭」が団地に賑わいを取り戻している手応えがあった。

「『中庭』では、多くの方が自作した物品を持ち込み、展示をしたり売買したりしていました。これを見た時、ものづくりはコミュニケーションのツールになり得ると感じたのです。何かを作ったら、誰かに見せたくなりますからね。この団地にも、色々なものを作っている方が多くいます。その方々が自作品を展示したり販売できる場を作りたい。この思いが『まちの工作室』の原点です」と、岡野さんは話す。

「中庭」店内に置かれた品々は、団地住民が持ち寄ったもの。これが第2弾のきっかけになった。

「まちの工作室」では、つくる部屋(アトリエ)と、みせる部屋(ギャラリー)という2つの空間を作ることにより、人が集い、交流する場にすることをめざしている。「中庭」が音楽好きな人、料理好きな人が集う場であるのに対し、「まちの工作室」は、ものづくりが好きな人が集う場なのだ。そして、こちらも「中庭」同様にクラウドファンディングを行い、200万円の資金を調達。不足分は会社費用で賄い、DIYで進めている点も同じだ。

「まちの工作室」のオープンは、5月8日の予定。これでまた、北本を訪問しなければならなくなった。

急ピッチで工事を進めている「まちの工作室」

取材を終えて

「アトリエがほしい」という一言からスタートした「まちの工作室」だが、その原動力には、北本が大切にしている「マーケット精神」が強く働いていると感じた。住民の交流スペースは全国各地に存在するが、単に場を作っただけで、人が集まらない所も見受けられる。住民の交流を促すには、人を惹きつけるコンテンツ作りが大切なこと、まちづくりにはマーケットの発想が大切なことを、今回の取材で実感した。

北本団地プロジェクトの動画

(おわり)