2018年9月、消滅可能性都市ナンバーワンで知られる群馬県南牧村の星尾集落に、小さな日帰り温泉「星尾温泉 木の葉石の湯(このはいしのゆ)」がオープンした。
この温泉は、地方でよく見る補助金でつくられたような施設ではない。何しろ、築200年の古民家を有志が自力・自腹で改築し、70年前に途絶えた共同浴場を復活させた「手作り温泉」。地域資源の活用こそ活性化の原点だと教えられるモデルケースなのだ。
この温泉復活の立役者が、星尾で民宿を経営する米田優さん(73歳)と、農業やレストラン経営を通じて集落活性化に取り組んできた小保方努さん(43歳)である。
開業から1年半がたち、日帰り温泉の枠を超えて進化を続ける星尾温泉を、同じ南牧村で暮らす本誌編集委員が取材した。(本誌:松林建)
※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』192号(2020年4月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。
集落消滅の危機
群馬県の西部、長野県との県境に位置する南牧村は、西上州の山々に囲まれた山村である。現在の人口は1800人弱。かつては養蚕、コンニャク栽培、林業で栄えた村も過疎化が進み、2014年には、日本創生会議の消滅可能性都市ランキングでナンバーワンとなり、全国に名が知られた。
村内には昭和の面影が至る所に残るが、特に山深い谷筋にある星尾地区では、連なった石垣の上に築100年以上の古民家が密集する独特の景観が見られる。しかし、住民は70~90代の高齢者がほとんど。このままでは集落が消滅し、景観も損なわれることが見えていた。
これに危機感を抱いていたのが、12年前に千葉県から星尾に移住して体験型古民家民宿「かじか倶楽部」を開業、年間で1000人以上が訪れる人気の宿に育て上げた米田さんである。
民宿では釣り、農業、そば打ち、コンニャク作りなどの体験が家族連れを中心に人気を集め、リピーターも多い。しかし、集落に住民がいなくなれば、山村の魅力も失われてしまう。そこで米田さんは、地域資源を生かした活性化の方法を、民宿経営をしながら模索してきた。そのなかで、2013年に参加した群馬県主催のグリーンツーリズム研修で知り合ったのが、小保方さんである。
米田さんに誘われて南牧村を訪れた小保方さんは手つかずの村の自然に魅了され、2015年に村に移住。米田さんの民宿を手伝いながら、「切り干し」と呼ばれる干し芋生産や、地元食材を使ったレストラン経営など、地域資源を活用して事業を起こしてきた。
そして2017年、米田さんと小保方さんは、かつて集落で使われていた温泉の復活を決めた。
集落に恩返しがしたい
なぜ温泉を復活しようと考えたのか?そこには、星尾集落に対する米田さんの思いがあった。
「集落の方々には民宿をやる上でいろいろお世話になっていて、何か恩返しがしたいと常々思っていました。そこで着目したのが、山麓から湧き出る温泉です。この温泉は明治時代に発見され、昭和25年まで『塩水鉱泉』という名の共同浴場として使われていました。集落の憩いの場としてにぎわい、お祭りも行われ、住民の思い出が詰まった場所だったのです。
これを復活できれば、当時を知る住民から喜ばれるだけでなく、観光客との交流で集落に活力が生まれます。しかも、源泉付近では『石灰華段丘』と呼ばれるカルスト地形が見られます。これは、沈殿した炭酸カルシウムが水の流れをせき止めて固まったもので、学術的にも貴重です。この埋もれた宝をアピールすれば温泉の魅力も高まります。これらの思いが重なって、やると決めたら、もう迷わなかったですね」
素人集団によるプロジェクト発足
しかし、問題は、どうやって温泉を復活させるかである。源泉は山の中腹にあり、かつての場所に施設をつくるのは現実的ではない。そこで、空いていた築200年の古民家を借りて、配管で源泉を引き込むことにした。こうすれば、集落の景観も損なわない。
あとは、古民家を温泉施設に改修する工事が必要だ。米田さんは、民宿の常連客や知人に声を掛けてボランティアを募り、十数名の有志による「星尾に温泉を作ろうプロジェクト」を発足させた。
驚くべきは、米田さん、小保方さんを中心に、有志がすべて手作業で工事を進めたことだ。資金も、有志や賛同者から寄付を募って集めた。環境に配慮して、源泉を沸かす燃料は廃材と薪ボイラーを使うことにした。ボイラーの購入資金を工面するためクラウドファンディングにも挑戦し、約100万円の資金を調達した。
通常ならば、プロの職人に頼んだり、金融機関や行政に融資や補助金を申請するケースだが、なぜ自前にこだわったのか?
「一度お金を借りると、返済の義務が発生して負担になるからです。それよりは、自己資金の範囲でマイペースで工事を進めたほうがいいし、自由度も高い。仮に中断しても、誰にも迷惑は掛かりませんから。幸いなことに、私と小保方には多くの古民家を改修した経験があり、素人のわれわれでもやれる手応えがありました。未知の工事はネットでも調べられますし、何より温泉を手作りすることで価値が高まると思ったんです」(米田さん)
実際には、材木も知り合いの製材所から格安で調達でき、建物の解体や防水などの特殊工事を手掛ける職人さんも見つかった。また、プロジェクトメンバーが遠方から何度も星尾に来て工事を手伝った。もちろん、手作りなので設計図などない。計画どおり進まないことも多かった。
「振り返れば試行錯誤の連続でした。特に、セメントを型枠に流し込んで浴槽を作った時はハラハラしました。いったんコンクリートで固めれば、簡単に直せませんからね。ボイラーや配管なども、一から勉強して即実践の日々です。おかげで、幅広い工事に対応できる技術が身に付きました」(小保方さん)
手作り温泉、ついに開業!
約1年半の工事の苦労が実り、日帰り温泉は「星尾温泉 木の葉石の湯」の名称で、2018年9月に開業した。限界集落で温泉を復活させたニュースは新聞やテレビで取り上げられ、鉄分を含んだ黄金色の温泉に入ろうと、交通が不便な山間部にもかかわらず多くの観光客が押し寄せた。
昔の温泉を知る住民の掛川孝さん(90歳)は、「ポカポカと温まるお湯は昔と同じ。本当に懐かしい」と話す。また、地元の食材を調理したレストランも温泉に併設した。現在調理をしているのは、米田さんの奥さんの道子さん。民宿を切り盛りしながら、温泉でも手作りの料理を提供している。
しかし、星尾温泉の物語はこれで終わらない。開業後も庭にウッドデッキを作ったり追い炊き用のボイラーを設置したりと、拡張工事は続いた。また、法人「星尾プロダクツ合同会社」を設立。小保方さんが代表に就任し、米田さんを含む7人のプロジェクトメンバーが役員に就任。事業化に向けて動きだした。
「正直言って、入浴料800円の日帰り温泉とレストランだけでは利益は出ません。そこで、今年からは宿泊施設も始めます。別棟に貸切専用風呂もつくりました。今後は何軒かの空き家を宿にして、団体客や学生を受け入れる体制を整える予定です。そこまでいけば事業として成立し、若者が定住できる雇用が生み出せます。まだ終わりではありません」(米田さん)
「まずは星尾で集客モデルを作ります。そうすれば村内の他の店舗にも人が流れる循環が生まれ、いろいろな変化が起きてくると思います。そのためにも、もっと温泉をアピールして知名度を高めたいですね」(小保方さん)
<取材を終えて>
地方創生が進んでいるとはいえ、利便性・効率性から限界集落は切り捨てられる傾向にある。しかし、集落が消えれば、そこに根付いた暮らしや文化も失われて二度と戻らない。けれど、地域資源が仕事になれば、雇用創出、文化存続の両立も可能だ。そこに、昔の温泉を手作りで復活させたような物語が付けば、人の心が動き、訪れる動機になる。そのモデルの星尾温泉に、ぜひ足を運んでみていただきたい。
(おわり)
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