2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により、在宅勤務やモバイルワークといった新たなワークスタイルが定着した「テレワーク元年」となった。
仕事を変えずに地方に移住したり、都会と地方の2拠点を行き来したりと、場所に縛られないワーカーも増えており、これをチャンスととらえて移住者や関係人口の獲得に力を入れる自治体も多い。
どこでも仕事ができるテレワークは、東京一極集中の流れを止める起爆剤となり得るか? テレワークオフィス整備や新幹線通勤費補助など、コロナ前からテレワーカーを誘致している群馬県みなかみ町を取材した。(本誌:松林建)
※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』196号(2020年12月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。
タイプが異なる3つのテレワークオフィス
群馬県の北端、新潟県との県境に位置するみなかみ町は、谷川連峰などの雄大な自然と、みなかみ18湯と呼ばれる豊富な温泉を持つ観光の町。最寄りの上毛高原駅までは東京から新幹線で最短66分、関越自動車道のインターチェンジが2つと東京からのアクセスも良く、登山、ラフティング、カヌー、スキーといったアウトドアスポーツのメッカとして知られる。
しかし、町の人口は減少が続いている。現在の人口は約1万8千人で、ピーク時の昭和30年代と比べて半減した。そして、多くの地域と同様に、若者の流出と高齢化が急速に進んでいる。
こうした流れを食い止めようと、町では地の利を生かした「ふるさとテレワーク推進事業」を3年前に始め、Wi-Fi やデスクを完備したテレワーク施設を2カ所開設した。それが、企業やフリーランスが入居できるコワーキングスペース「テレワークセンターMINAKAMI」と、古民家一棟貸しの「猿ヶ京サテライトオフィス」である。
また、民間とも組み、企業合宿やワーケーションができる「WIND+HORN(ウインドアンドホルン)」を用意し、異なる3タイプにより、個人から企業まで幅広く対応できる受け入れ体制を整えた。今回のコロナ禍で、利用者は増えているのか? 町役場で移住者やワーケーション誘致を担当する総合戦略課の中山文弥さんに聞いた。
「町では以前から首都圏の企業やテレワーカーの誘致を進めてきましたが、今年に入って施設の利用者や移住者が急増しました。特に『猿ヶ京サテライトオフィス』は、昨年の1組に対し今年は7組が利用しています。移住者だけでなく、東京に通えなくなった新幹線通勤者や、各地を移動するワーカーの利用も多いですね。また、移住に関する問い合わせも明らかに増えました。移住者も昨年度は4組9名でしたが、今年度は半年間で9組22名と、昨年度を大きく上回っています」
東京からのアクセスの良さと豊かな自然環境は、コロナ禍で大きなアドバンテージになったようだ。町では今後もテレワーク需要が続くと見込み、定期券のみが対象だった新幹線通勤の補助金を、この10月から月3万円を上限に乗車券でも使えるようにした。東京出張が多いワーカーにとっては、ありがたい制度である。
「テレワークに対応した新幹線通勤の実費補助は、みなかみ町が全国初ではないでしょうか。2021年度からは、テレワークで地方に移住した人に最大100万円を補助する国の制度が始まる話も出ています。こうした補助とセットで、みなかみのテレワークを広めていきたいと思います」(中山さん)
移住相談会とイベントで、出会いと交流の場を創出
しかし、今は多くの自治体が都会のテレワーカーを誘致しようと優遇策を打ち出している。東京近郊には伊豆、房総、那須といった人気エリアもあり、みなかみ町が選ばれるには、移住者が住みたいと思える決め手が必要だ。
そこで町では、移住希望者や施設利用者と直接を会話し、相談や悩みに応えながらニーズを聞いて、関係が生まれそうな住民や地域資源を紹介している。その中心となる活動が、オンライン移住相談会である。町では、移住希望者が役場職員や移住コンシェルジュとオンラインで会話できる相談会を6月から独自に開始した。SNSや民間の移住サイトで参加者を募り、一組につき約50分間、時間帯を決めて参加者の話を聞いている。
これまで5回開催して累計31組が参加。20代から30代の若者世代がほとんどで、コロナを機に今の仕事や暮らしを変えたいと思う人が多い。また、参加してから町を訪れる人も多く、実際に移住を決めた人もいる。町と共同で相談会を主催する一般社団法人FLAP(フラップ)代表の鈴木雄一さんは、この相談会に大きな手応えと可能性を感じている。
「オンライン移住相談会は、低コストで効率的に参加者の本音が聞けて、町の存在を知ってもらえる優れたツールだと思います。相談会後に町へ足を運んでくださる方も多いので、今は移住者を呼び込む大きなチャンスだと感じています」
鈴木さんの事業は、起業家を町で育成すること。その一環で、今年は移住希望者の話を聞き、困り事の相談に応えながら起業も支援している。その成果が実を結び、昨年は3組、今年は既に5組が町で起業した。仕事内容も、ウェブライター、雑誌の編集、マッサージ業などさまざま。
仕事の相談や仕事場には「テレワークセンターMINAKAMI」が使われ、施設から事業が生まれる流れが出来つつある。また同オフィスでは、セミナーやワークショップ、ゲーム大会、バーベキューといったイベントを頻繁に開催し、利用者や移住希望者が地域住民と交流できる場をつくっている。
「昨年から今年にかけては、FLAP さんと連携してイベントやプログラムの開催により、町内外から多くの方々を集め、出会いや情報交換の場をつくってきました。その結果、今年度はオフィスの利用者や来訪者が急増しています。今後も、人の流れを町に生む方法を模索していきたいと思います」と語るのは、テレワークオフィスを運営する一般社団法人コトハバの橋本拓海さん。
橋本さんは、地域おこし協力隊として町に来て2年目。協力隊の制度を活用してコトハバで働いているが、施設の管理よりも、人と人をつなぐ役割が大きい。役場の中山さんも、地域を知ることは移住への第一歩だと話す。
「地域への入り口はさまざまですが、なかでもテレワークとワーケーションは、移住に至る可能性が高いと思います。それは、施設を利用すれば、地域住民や情報と出会う機会ができるからです。地域を知れば次の行動につながり、移住への道筋が見えてきます。だから、テレワーク施設には場所貸しでなく、人と人が出会って交流できるマッチング拠点の役割も持たせています。単に施設を使うだけ、観光で滞在するだけでは、地域のことは何もわかりません。移住希望者とはまず話して、地域に抱くギャップをどれだけ埋められるかが、関係人口や移住者を増やす鍵だと思います」
みなかみ町が移住者や施設利用者を増やしているのは、東京からのアクセスや3つの施設だけでなく、移住希望者に寄り添ったきめ細かいサポートと地域とのマッチングを、官民一体で根気よく実行していることが大きかった。
ヘルスツーリズムで地域との関係構築
一方、地域を知る動機として観光の力は依然大きい。自然に恵まれたみなかみ町には、四季を通じて大勢の観光客が訪れるが、関係人口や移住につなげることは難しい。そうしたなか、山、川、雪、森、温泉、食といった地域資源を健康増進につなげるヘルスツーリズムに4年前から取り組んでいるのが、「みなかみ体験旅行」専務理事の福田一樹さんである。
「町では観光客や移住者の数を増やそうとしていますが、私は人数よりも、来られた方々に地域を理解してもらう仕組みづくりが大事だと思います。みなかみには、豊かな自然や食文化があります。ヘルスツーリズムは、森歩きや水遊びなどで自然と五感で触れ合い、自然から何かを感じることで心身をリフレッシュできるプログラムですが、私はこれに地域住民と話す時間や仕事を手伝う体験を入れて、地域に一歩踏み込める関係性をつくっています。観光も、お客様と地域の間に入る調整役が必要です。地域住民が参加すれば、そこから仕事も生まれますから。今回のコロナ禍で健康への関心も高まっているので、ヘルスツーリズムでみなかみファンを増やし、関係人口につなげたいですね」
みなかみ町は宿泊施設が多く、修学旅行で訪れる学校も多い。そうした修学旅行も企画して、地域住民と学生が触れ合う場もつくっている福田さん。目下の課題は、そうした旅を企画できる調整役の育成だと話してくれた。
地域にはコーディネーターが必要
最後に、テレワークが地域に与える可能性について、みなかみ町や長野県佐久市を拠点にテレワークオフィス運営や働き方改革の指導などを手掛ける、一般社団法人コトハバ代表の都丸一昭さんに聞いた。
「テレワークは制度から風土になりつつあると感じます。地方でテレワークをしながら週に一度くらい東京に通う働き方も定着していますし、副業解禁の流れから、東京で仕事をしながら地方で小さな仕事を始める人もいます。そうしたなかで圧倒的に足りないのは、地域で仕事を生み出すコーディネーターです。都会のワーカーが副業として容易にできる作業は、地域にいくらでもあります。しかし、それを仕事としてアレンジできる人材が地域にいないので、都会のワーカーにパスできないのです。そうしたコーディネーターが増えれば、リソース不足で実現不可能だったことができるようになり、地域社会は変わるでしょう。みなかみ町は、都会のワーカーと地域の人や資源をつなげる流れができていて、新たな動きが生まれる予感がしています」
今回のみなかみ町の取材を通じて、テレワークのような新しい働き方に地域が対応するには、場づくりも大事だが、地域の人や資源を都会のワーカーとつなげることが何より必要なことを実感した。また、地域に興味を持たせる手段として、ヘルスツーリズムのような地域でつくる旅行や、都会のワーカーが副業できる小さな仕事づくりも可能性が大きいと感じた。
しかし、全てに共通するのは、それらをコーディネートできる人材と仕組みが足りていないことだ。そうしたコーディネーターが各地域で継続的に活動できれば、都会から地方への人の移動が一気に進むかもしれない。
(おわり)
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