利用者が共に子どもを見守りながら仕事ができる場所 シェアアトリエ「つなぐば」(埼玉県草加市)がオープン

埼玉県草加市内の住宅街に、2階建てアパートを改装した新しい形の働く場所、シェアアトリエ「つなぐば」が2018年6月末にオープンする。

「預けて働くか専業主婦かの2択ではなくて、利用者同士が共に子どもを見守りながら仕事ができる場所です」と、運営する、つなぐば家守舎(株)社長の小嶋直さん。

これまでにない新しい形の空き家の再活用によって、働く女性と子育てを支えながら、地域課題の解決に取り組んでいる。

【大川原通之(日本住宅新聞編集長)】

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』181号(2018年6月25日発行)の内容を、WEB版用に若干修正したものです。

「つなぐば」の完成イメージ。

「つなぐば」の1階はキッチンと、テーブル、店舗スペース、そしてキッズスペース。2階はもともとのアパートを改装した個室とラウンジスペース。例えば、テーブルを毎月借りてそこで原稿を書いたり手仕事で小物を作成したり、店舗スペースを借りて自分が仕立てた洋服を販売したり、1階のキッチンで調理したランチやお菓子をカフェスペースで販売するなど、利用法はさまざま。もちろん、2階の個室をオフィスとして借りることも可能だ。

1階中央の畳を敷いたキッズスペースは利用者の子どもたちが遊んだりしながら過ごせる場所で、利用者みんなで仕事をしながら見守る仕組みだ。

サポートメンバーの鈴木由起子さんは長年保育士として働き、現在は地域の子育て支援、病院でのボランティアをしている。ここには不定期に在住する予定でいる。

「つなぐば」は、3つのつながるをコンセプトに運営するという。

1つが〝仕事につながる〟。さまざまなクリエーターの集まる場所として、多くの刺激に囲まれて良いものが生まれる環境。

2つ目が〝母親とつながる〟。働きながら母親同士のコミュニティが生まれる場、みんなで子どもを見守りながら女性が生き生きと働ける環境。

3つ目が〝地域につながる〟。地域のにぎわいが集まる場、世代、性別と分け隔てない多世代の人の交流が生まれる環境─の3つのつながるをコンセプトに、「女性が輝いて生活できるまち」を目指すとしている。

とはいえ、入居者は女性に限定しているわけではなく、男性のライターも入居する予定で、みんなが生き生きできる場づくりを目指している。

この建物の特長の一つが、1階の大きなキッチン。このアパートは築30年になるが、建てた当初は近くで外環道の工事が進んでいたことから、1階に道路公団が入居して工事関係者の事務所となっていた。

そのため業務用の厨房を備えていたのだが、その後に1階に一般の入居者を募集するようになっても、厨房をそのままにして、親子2世帯でも入居できるような部屋にしていた。

「つなぐば」ではこのキッチンを、フード型アトリエとして、料理やお菓子作りを仕事とする人たちが利用する。フード型アトリエの入居メンバーが日替わりで、ランチやスイーツを「Cafeつなぐば」で提供する予定だ。

リノベーションまちづくり講座がスタート

小嶋さんの本業は、草加市と隣接する川口市に事務所を持つ建築家で、素材や性能にこだわった住まいづくりを主に手掛けている。そんな小嶋さんが「つなぐば」を立ち上げることになったのは、草加市のリノベーションスクールの講師を務めたことがきっかけだった。

草加市のリノベーションスクールは、市内の空き家や空き店舗、空き地などの遊休不動産をオーナーに提供してもらい、10人程度のチームを組んで、その物件を活用した事業プランを作り上げてオーナーに提案し、実際に事業化していく取り組みだ。

草加市は受講対象者として、草加市で起業を考えている人、草加市でまちづくりの実践者・プレーヤーになりたい人、リノベーションまちづくりに興味がある人、住みたい街は自分でつくるという志がある人─としている。

小嶋さんが講師を務めた2年前のリノベーションスクールでは、3つのチームに分かれて、それぞれ対象物件を基に事業計画を立案していた。リノベーションスクールはそもそも、草加駅東口周辺エリアの価値向上を進める「そうかリノベーションまちづくり構想」に基づいているため、3件とも草加駅前の空き物件だった。

ところが、小嶋さんのチームが計画していた物件が火災に遭い、計画を断念せざるを得ない状況になってしまった。その後、草加市が代わりの対象物件として小嶋さんのチームに提案してきたのが、「つなぐば」になる2階建てのアパートだった。

こうした経緯があって、リノベーションスクールから生まれた他の物件は、駅前の洋食店やカフェなどの店舗が多いが、「つなぐば」は駅前から離れた閑静な住宅街にオープンすることになった。

つなぐば家守舎のメンバー、中央が小嶋直さん、左が松村美乃里さん、右が小林永美子さん。

「月3万円ビジネス」の女性の働く場所を考える

新しい働き方を実践する場所としては、最近ではシェアオフィスやコワーキングスペースが全国的に増えている。しかし、「つなぐば」をそれらとは違う〝シェアアトリエ〟とすることになった理由がもう一つある。メンバーに、草加市の「月3万円ビジネス」講座の受講者がいたことだ。

「月3万円ビジネス」とは、自分の好きなもの・得意なことを生かして、まずは月3万円稼ぐところからビジネスを始めてみようというもの。

草加市の講座は6回の連続講座で、最初は写真や雑誌の切り抜きなどを使って3年後の夢を描くドリームマップを作成し、受講者同士でそれぞれのビジネスアイデアの実現に向けて考えを出し合う。対象や経費、料金設定などの具体的なモデルを設定し、最後は地域のイベントで実際に出店するというもの。

講師も女性が務めていることもあり、子育てしながら仕事を始めようという女性の受講者が多く、内容も料理やお菓子作り、洋服や小物といった手仕事を生かす分野が多いようだ。

講座の修了後、多くが最初は自宅で3万円ビジネスをスタート。地域のマルシェやフリーマーケットなどのイベントへの出店を続けるなどしていくと、徐々にビジネスも軌道に乗り、自宅で続けるにはだんだんと手狭になってしまう。

また、自宅で一人で仕事をしていると煮詰まることも少なくない。ちょっとした相談ができる人が身近にいる環境があれば─こうした思いを抱えたメンバーがいたことから、「つなぐば」を今の〝シェアアトリエ〟とするコンセプトにたどり着いた。

そのため「趣味の延長ではなく、仕事としてしっかり取り組んでいこうという方に入居していただきたい」と小嶋さん。この半年で入居者募集を2回行い、面接も行って入居者を決定している。

とはいえ、まずはテーブルの時間利用からスタートすることも可能だ。利用してみて相性が良ければ、テーブルの月利用からショップ型の利用へと定着していくこともできる。

「2階の個室型を借りるのに不安がある場合、例えば1階で始めてみるという形でもいいと思います」と語る小嶋さんは「入居者にはいずれ、店やアトリエを持ってほしい」という。

アパートの部屋を改装した2階は、個室部分はリフォーム自由で退室する際も原状に戻す必要はないという条件だ。住居兼オフィスとして利用することもできる。

「つなぐば」は多様な職種の人が集まる場所のため、ルールも運営側だけでなく入居者も一緒になって作っていく。「例えば、私は飲食のことは分からないし、専門の分かる人が中心になってもらったほうがいいので」と、小嶋さんは言う。

左官ワークショップにも大勢が参加した。

改装にも地域を巻き込む

アパートのリノベーションに当たって、これまで取り組んできたのが、「DIO」。DIY(Do it yourself)ではなく、DIO(Do it ourselves)。誰かに任せるのではなく、みんなで一緒に考えて、欲しい暮らしを自分たちでつくるということ。

小嶋さんの仲間の工務店などの専門家も参加しながら、床の張り替えや断熱改修、壁塗りなどを、自分たちで行ってきた。入居予定者だけでなく地域の人たちにも参加してもらうことで、地域の理解も深まってきている。

「つなぐば」の目の前には、広い公園がある。地域の幼稚園・保育所の子どもたちが遊びに来たり、お年寄りが散歩したり、放課後には地元の小学生も遊びに来る。そうした環境の中に「つなぐば」が溶け込んでくると、この地域にも良い変化が生まれるのではないだろうか。

小嶋さんは「カフェも最初は昼からのオープンですが、いずれ朝から開いて、朝の散歩の途中にふらっと立ち寄れるようにできれば」と語る。公園の周りは低いフェンスで囲まれているが、「つなぐば」と隣接する一部分を開く予定で、公園からつながる環境にしていきたい考えだ。

そもそも、このアパートのオーナーは、すでに亡くなっているが市議会議員を長く務めた人で、この地域のためにと、目の前の公園も整備したのだそうだ。当初、遺族としては、いずれ入居者もいなくなるので、取り壊して公園にでもしてほしいと草加市に依頼していた物件だったという。

だが、オーナーが長く地域のために尽力してきたということに、亡くなってから遺族もあらためて気付いたそうで、今ではその娘さんも非常に協力的。「つなぐば」の地域へのPRを熱心にしてくれているのだという。

改装作業が、そのまま人と人をつないでいった。

働く場に子どもがいるのが当たり前の環境

草加市のリノベーションスクールでは、市がタッチするのは物件紹介までで、その後のオーナーとのやり取りはすべて自分たちで行わなければならない。補助もなく、5年で初期投資が回収できる収支計画も立てて、オーナーと打ち合わせしていくことが原則だ。

そのため、オーナーからの信頼を得ることや、その後のさまざまな仕事の広がりも見据えて、小嶋さんは会社として「つなぐば家守舎」を立ち上げた経緯がある。

小嶋さんの建築事務所「コーデザインスタジオ」がある場所は、「つなぐば」からも比較的近い川口市東川口の KAWAG UCHI SHINMACHI という、カフェや工房、ギャラリーなどのある敷地内にある。

もともとは千木屋という植木屋だったが、3代目が一軒家をsenkiyaというカフェに改装しオープン。敷地内にはそのほか、フォルクスワーゲンのレストア(新車に近い状態にまで復元)工場や珈琲豆焙煎工房、革小物の工房&ショップなどがオープンしており、音楽イベントも開催するなど、さながら「新しい街」を形成している。

そうしたことから、リノベーションスクールの講師を探していた草加市から声が掛かった。今、全国的に空き家が増えているなか、建築家としてリノベーションまちづくりにも関心があったことから、小嶋さんは講師を引き受けることになったという。

KAWAGUCHI SHIN MACHI は、比較的若い世代が集まって働いていることから、毎年のように誰かの子どもが生まれ、子どもたちが一緒に遊んでいる。

「働いている場所に子どもがいるのが当たり前で、それがとてもいいなと思っていました」という小嶋さんが、こうした環境で仕事をしていたことも、「つなぐば」のコンセプトにつながっている。

その小嶋さんにも5月に娘さんが誕生した。奥様も、senkiyaで日替わりのランチを担当していた。いずれ仕事に復帰した時には、「つなぐば」でも料理を提供する予定でいる。

「つなぐば」の隣には、同じオーナーのアパートがもう1棟あり、将来的にはつなぐば家守舎が「つなぐば」と共通のコンセプトで運営していくことも視野に入れている。

完成を目前に、楽しいパーテイーを開催。

つなぐば家守舎としては今後、地域でほかの空き家も探しながら、リノベーションして新たに活用を図っていく取り組みを進めていく計画だ。同じようなコンセプトでの活動には、つなぐば家守舎として出資していくことも考えている。そうすることによって地域の価値を向上させることにもなるだろう。

「生活している地域に、普段、一番長く居るのは女性。その女性が笑って暮らせる環境が、一番良い環境なんだと思います」と、小嶋さんは話している。

(おわり)

>「つなぐば家守舎」フェイスブックページ

>「シェアアトリエつなぐば」ホームページ

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