東京・世田谷の三軒茶屋は渋谷からも近く、世田谷パブリックシアターなどの文化の発信地である一方、路面電車の東急世田谷線の始発駅でもあり、東京の下町の風情を残した地域でもある。
そんな〝三茶〟で、旧知の東大史さん(42)が、「保護ネコと一緒に暮らす賃貸住宅」を6月にオープンさせるという。東さんはこれまで全国各地でさまざまな地域づくりに関わってきたのだが、今度は東京・三茶でどんなことを仕掛けようというのか、話を伺った。
【川口支局長・大川原通之】
※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』192号(2020年4月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。
実際に暮らしながらネコとマッチング
保護ネコとは、何らかの理由で飼い主を失ったり、飼い主が飼育できなくなるなどして、行政やNPOなどの公的機関に保護されたネコのこと。全国各地で保護ネコの「譲渡会」が開かれており、ネコを飼いたい人が多数足を運んでいる。
環境省によると2018年度に都道府県・政令市・中核市で殺処分されたネコは3万頭余り。これでも、地方自治体や民間ボランティアの努力で10年前の6分の1にまで減少しているのだが、未だに殺処分されるネコが多数に上るのは、ネコを捨てる飼い主がいることや、繁殖・流通の問題、不妊手術をしていない野良ネコにエサを与える人がいることが主な原因だと言われている。
殺処分ゼロは各地方自治体の課題の一つとなっており、適切な飼育が何よりも重要だ。譲渡会で保護ネコと適切に飼育できる人とを一組でも多くマッチングできれば、それだけ殺処分を減らすことができる。
今回、東さんがオープンする、保護ネコと一緒に暮らす賃貸住宅『SANCHACO(サンチャコ)』は、東急田園都市線の三軒茶屋駅から歩いて5分ほど、大きな通りから路地を入った住宅街に建築中。木造3階建で、2、3階がメゾネットタイプの賃貸住宅4戸になる。1階は道路に面した部分はカフェやスナックなどにできるレンタルスペースと、奥に会員制のワーキングスペースを配置した。
さらに、レンタルスペースとワーキングスペースの間には、NPOから借り受けた譲渡対象の保護ネコが遊ぶ共用スペースを設けた。昼間はワーキングスペースの会員が利用し、夜間は居住者が過ごせるスペースで、居住者が留守にする時には、ここでネコを預かる。
賃貸住宅部分に入居するには、1年以内に保護ネコの譲渡を受けるという契約が条件。実際に暮らしながらネコとマッチングすることが出来る。留守にする際にネコを預かる仕組みがあるため、単身者でも安心して入居できる。
相続対策として「愛着が持てるものを」
私が東さんと初めて会ったのは、東日本大震災の発生から数カ月たったころ。宮城で木造仮設住宅などの復興に携わる友人の上京に合わせて開かれた酒席だった。国産材による仮設住宅実現を目指して木材や林業に関わる人が多く集まり、東さんからはそこで、「林業合コン」とか、その時に取り組んでいた話を聞いて、面白い若者だなあと感心したのだった。
その後、東さんは地域おこし協力隊で岡山県美作市に移住したり、ふるさと創生アドバイザーとして北海道奈井江町に赴任したり、三重大学で教鞭をとったりと、各地で様々な形で地域づくりに関わってきた。私はフェイスブックやイベント等々で東さんのその時々の知見に触れ、いつも参考にさせていただいている関係だ。
そんな東さんが「いろんな地域で偉そうなことを言っている中で、自分の地元は手がつかなかったところがあった」と、満を持して地元東京で取り組み始めたのが、ネコと一緒に暮らすアパートだ。
サンチャコの場所は、元々は東さんのおばあさんの土地で、相続対策としてお母さんと東さんの兄弟の名義で建設している。近くには、以前にもう1棟、大手ハウスメーカーの賃貸住宅を建てているのだが、ありきたりのモデルで「面白みがない」と東さん。「行く行く相続したときに愛着が持てるものを」と考えたという。
保護ネコ譲渡の実績をアパートの価値に
東さんによると「うちの家系はネコ好き」で、東さん自身は「イヌもネコも好き」。地元は野良ネコも多く、元保護ネコがいる書店もあるなど、三茶にはネコのイメージもある。一方で、緑道にネコが捨てられていることも少なくないなどの課題がある。
東さんのお母さんはボランティアで地域のネコを助ける活動を続けていたそうだが、世話をすれば愛着も沸くし、ネコはどんどん増えてしまい、ボランティアで取り組むのはサステナブルではない。保護ネコを仕組みとして見守れないかと考え、生まれたのがサンチャコだった。
普通の賃貸住宅の家賃は、立地と広さや間取り、設備機器の性能などのスペックで決まるため、オーナーが自分で家賃を自由に設定することはほぼない。特にハウスメーカーのありきたりなアパートなら相場で家賃は決まってしまう。
だが、東さんはそこに疑問を投げ掛ける。サンチャコは、最近多い「ペット可」の物件ではなく、ネコを飼うこと(保護ネコの譲渡)が前提。普通のアパートであれば古くなれば家賃は下がる。だが、サンチャコは「保護ネコの見守り」という社会的な役割を付与したアパート。保護ネコの譲渡の実績を積み重ねれば、それだけアパートの価値を高めることになるため、建物のハードが古くなっても家賃が下がらないようにできるのではないか。スペック勝負とは別に、中長期で家賃が落ちないシステムを、サンチャコは提案している。
このプロジェクトは、東さんと一緒に、世田谷をはじめ各地で環境共生住宅やまちづくりに取り組んでいる㈱チームネット(甲斐徹郎・代表取締役)が設計などを手掛けた。また、この地域はいわゆる木密地域のため、耐火・防火性の高い建築物にすることが求められるが、高い性能の住まいづくりを手掛けている工務店、㈱くらし工房大和(鈴木晴之代表取締役)が施工を担当し、耐火木造の3階建複合施設を実現した。
鈴木さんは、私もこれまで取材等で何度もお世話になっている方で、高性能の木造戸建住宅だけでなく、動物病院や、様々な世代の世帯が入居できるシェアハウスなどを木造で施工するなど、中小規模の木造建築でも実績があるプロフェッショナルだ。
動物を中心に地域で人がつながる場所に
地域のネコを見守っていくためには、地域とのつながりも重要だ。そこで、サンチャコの脇は石畳にして、ベンチを置くなどオープンスペースにする。夜は行燈を灯すことも考えている。サンチャコの周囲は保育所の散歩ルートにもなっているため、子どもたちが遊べるように、石畳は〝けんけんぱ〟に並べる予定だ。
ネコは人を呼ぶコンテンツ。ネット上には、世界中のネコの動画があふれていることでも分かる。1階部分のネコの様子はオープンスペースから覗けるので、子どもたちにも人気のスポットになるだろう。
オープン後は、サンチャコのソフトの部分を、サンチャコの居住者・利用者と地域の人とともに作っていくことが大事になる。三茶という土地は裏路地も多く、「動物をちゃんと守って動物を中心に地域の中で人がつながる場所になるだろうという思いがある」という。
「地域の中で人がつながるには、僕には鉄則がある」と東さん。それは、「『弱いものを応援しよう』となると、人は結束する」ということ。災害時、あるいは子どもなどがキーワードになるが、その一つに動物もあると語る。
イヌも飼っている東さんは、旅行の際にイヌを連れて行くことも多く、イヌがいることによって行った先でコミュニケーションが生まれることも少なくないそうだ。「イヌやネコなど地方でも重要なコンテンツになる」と語り、今後も様々な仕掛けを考えているようだ。
最新の情報など、詳しくはこちらまで。
(おわり)
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