音楽は全世代をつなぐもの。その実践の場“夢見草”を主宰する、音楽家・原葉子さん

【長野県伊那市高遠町】

桜の名所として知られる高遠町の中心街に“まちの縁側・夢見草”がある。

まちの縁側は、社会福祉協議会が全国各地で設置を進めている、住民のふれあいの場。伊那市だけでも認可を受けたまちの縁側が40カ所ほどある。

その一つ、夢見草(桜の別名)を運営する音楽家の原葉子さん(37)は、ここを全世代の人たちが共に音楽を楽しむオールエイジミュージック実現の場にすることを目標に、活動を続けている。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』178号(2017年12月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

原葉子さん。夢見草を運営すると同時にいくつもの学校の講師を務め、さらにはイベントやコンサートの企画などで多忙な日々を送る。

祖母の写真

原さんがまちの縁側・夢見草をオープンさせた大きなきっかけの一つに、亡くなった祖母の写真がある。祖母の葬儀前夜に写真整理を手伝っていた時、そこに写る祖母の表情が、祖父が他界した日を境にまるで別人のように変化していたのだ。

「祖父が亡くなった時、祖母は50代前半でしたが、祖父が亡くなる前の写真はどれも満面の笑み、逆に亡くなった後はまるで能面のような表情ばかりだったのです。祖父を失った深い悲しみ、そして、90歳で他界するまで、昼間は家に一人でいて、少しずつ認知症で記憶を失う日々。どれほど孤独な気持ちで悲しみと闘っていたのか。それを思うと涙が止まらなくて……。まちの縁側の記事を偶然、目にしたのは、ちょうどその夜でした。もしこんな場所が祖母の家の近くにあったら、もしそこで楽しく歌でも歌えていたら……」

風情ある建物が軒を連ねる高遠の街。

原さんはその3日後、東京・文京区にあるまちの縁側“こまじいのうち”を見学に出掛けた。そこでは赤ちゃんからお年寄りまで、みんな一緒になってワイワイと時を過ごしていた。

ある若い母親は原さんに「東北から都会に出てきて、孤独な育児に息が詰まるような日々を送っていましたが、ここを知って本当に救われました」と、笑顔で話してくれた。

高遠に戻った原さんは早速、社会福祉協議会の担当者や地域づくり団体などに相談し、準備を進める。そして高遠の中心街にあった元クリーニング店を改修して2016年4月、全世代交流の場“まちの縁側・夢見草”をオープンさせた。

誰でもふらりとやってきてくつろげるオープンスペースであると同時に、原さんの夢でもある、世代にかかわらず一緒に音楽を楽しめるオールエイジミュージック実現の場がここに生まれた。

高遠のメーンストリートにある夢見草。

音楽は一瞬で人をつなげる

原さんがオールエイジミュージックを掲げるのは、小学校教諭時代の経験が基になっている。

小学生のころからピアノやトロンボーンなどを学んできた原さんは、信州大学教育学部(芸術専攻)で声楽を学んだ後、小諸市などの小学校教諭として9年間を過ごした。

この間、指導した合唱部が学校音楽コンクールの長野県大会で金賞を受賞したり、東日本大会に出場した実績などを持つが、原さんにはどうしてもぬぐえない思いがあった。

「競争がどんどん激しくなっていく現実を目の当たりにしていると、本来、競うものではない音楽で小さな子どもたちに優劣をつけるため歌わせるのはちょっと違うんじゃないか、と感じるようになったんですね。音楽は音を楽しむもの。順位付けではなく、音楽の持つ魅力を全世代(オールエイジ)に伝えること、そして子どもたちへの競争ではない音楽教育こそが私の役目なのではないか、と」

トロンボーンなどを使って音楽を楽しむ親子カフェ。

ご主人の東京への出向を機に教諭を退職した原さんは、上伊那地域の短大や高校の音楽講師、幼稚園のリトミック(音楽教育法)講師、ピアノ講師などを務めながら、福祉施設での音楽ボランティア、合唱団指導、中学生へのトロンボーン指導、音楽教室の開催、そして昨年オープンしたまちの縁側・夢見草でのイベント、コンサートなどを通して、人と音楽をつなげる活動を続けてきた。

娘の奏恵ちゃん(5)が2歳の時、ある行動に驚かされた記憶が原さんにはある。『さくら横ちょう』という歌を奏恵ちゃんが突然、歌いだしたのだ。さすがに歌詞はまだぎこちないものの、メロディーは『さくら横ちょう』そのもの。

「おそらく私が練習や本番で歌っていたものを聴いて覚えたのだと思いますが、小さな子の耳ってすごい、と。同時に、音楽は世代を超えるものと確信した出来事でした」

夢見草で娘の奏恵ちゃんに歌を教える原さん。

原さんは、「オールエイジミュージックの会」と名付けたブログを開設し、“みんなで音楽隊…0歳~大人まで共に演奏する合唱・合奏団”を立ち上げた。

現在も夢見草などを舞台に活動を続ける“みんなで音楽隊”は、伊那市市民合唱祭などでも練習の成果を披露した。

「幼児は鈴やマラカスを振って、子どもは指一本でピアノを弾き、大人たちは上手でなくても好きな楽器で演奏する。それを全世代が一緒になって継続的に活動し、みんなで音を楽しんで笑顔になることがオールエイジミュージックだと考えています」

自然の中で行う、保育園児を対象とした「森のリトミック」。

まちの縁側としての夢見草はいまのところ、毎週金曜日の10時から12時までのオープン。音楽講師としてあちこち駆け回っている原さんにはこれが限界だ。

利用料は1回100円。お茶などはセルフサービスで、ピアノを弾いたり本を読んだり、やることは自由だ。月に1回、第4日曜日には“みんなで音楽隊”の練習やコンサート、歌声喫茶なども開催される。

ちなみに“みんなで音楽隊”の練習は参加費が500円(小学生以下無料)。申し込み不要で、行きたくなったら行けばいい。

「夢見草でのコンサートなどのイベントはすべてボランティアが望ましいかなと思っていたのですが、それをやってしまうと、同じような活動をしているほかの音楽家の方に迷惑を掛けることにもなりかねないところがあって、難しいところですね」

子育て支援センターでトロンボーンを教える。

音楽教育者としての自負があるからこその言葉だろうが、見せていただいたイベントの写真で笑う参加者の表情は、参加費負担を意に介する風はなかった。

「いずれはオールエイジミュージックを実践する全国の音楽家の皆さんとつながりたいと思っています。その輪が広がれば、地域の皆さんの笑顔ももっと広がるのかな、って」

原さんが活動を始めたころ、奏恵ちゃんの『さくら横ちょう』の歌とともにもう一つ、音楽の持つ力を実感させてくれる出来事があった。

いただきもののおもちゃの木製ピアノを留学生との交流会で弾いた時のことだ。音が鳴り始めた途端、ピアノのかわいい音色に会場の空気は見る見るうちに和み、誰もが表情を輝かせたのだ。

─音楽は一瞬で人をつなげる。そしてそれは、間違いなく高遠の住民の笑顔へとつながっている。

自宅と夢見草でピアノ教室も行っている。

●まちの縁側・夢見草
長野県伊那市高遠町西高遠1688
TEL:080-3014-7272(原 葉子さん)
>「まちの縁側・夢見草」フェイスブックページ

(おわり)

<原さんよりメッセージ>(2020年4月24日)
夢見草での活動は、2018年度より、地元のボランティア団体「西高遠ボランティア愛の会」の皆様にも多大なるご協力をいただきまして、 2019年度には毎回10名以上ご参加くださるという、大変ありがたい状況でした。 ただ、2020年度は残念ながらコロナの影響によりまして、活動再開時期は未定です。みなさん無事に乗り越えられますこと、切に願っております。

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