100円玉1個でおなかいっぱい食べられる「こども食堂」を運営する近藤博子さん

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』179号(2018年2月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

朝ごはんがバナナ一本の小学一年生

東京・大田区の東矢口で、「こども食堂」を運営している近藤博子さんの活動を見ていると、子どもを貧困から救うのは国の制度ではなく、市井の片隅にいる優しいおばちゃんのこころであると言いたくなる。

近藤さんはもともとは歯科衛生士で歯科医院に勤務していたが、十数年前に常勤をやめて、頼まれた日だけ医院に出勤したり、保健所の検診などを手伝う働き方を選択していた。

そんな折、自然食品を扱っている知人から、週末だけ野菜を配達する仕事を手伝ってほしいと依頼された。

「歯と食と健康は一体のもので、診療室だけで健康はつくれないと思っていましたので、この仕事を引き受けようと決心したのです」と言う。

配達の仕事というのは、宮崎県で有機農業を実践している農家が送ってくる野菜を仕分けして、契約している近所のお客さんに届けるというものだった。

「健康に関心が高いお客さんの中には、農薬や添加物を使っていない食品を求める人がいて、私たちが仕入れる有機野菜は需要があるのです。野菜は農家に中身はお任せして、その時季のものを送ってもらう方法と、こちらの要望を聞いてもらう二本立てでやっています。

農家から野菜が届くと、うちの食堂で仕分けしてご自宅に届けるのですが、残りの野菜は借りているビルの1階で八百屋さんを開きます。水曜と金曜の二日間の気まぐれ営業ですから、『気まぐれ八百屋・だんだん』と名乗っているわけです。だんだんというのは私のふるさとの島根県安来地方の方言で〝ありがとう〟という意味です。この八百屋を2008年に開業しました」

「気まぐれ八百屋・だんだん」は週二日のみ店開きをする。

「こども食堂」を始めたきっかけは、「だんだん」のお客さんの中に、近くの小学校の副校長先生がいた。先生と何げない会話をしている時、その年に入学した一年生の中に、朝ごはんの代わりにバナナ一本だけで学校に来る子どもがいることを知らされた。

先生が、休みがちのその子の家を訪問すると、母親はシングルマザーで病気だったという。それ以来、先生はその子を保健室に連れてきて、持参したおにぎりを食べさせているということだった。

近藤さんは驚いた。小学一年生といえばまだ7歳である。7歳の子どもが朝食代わりにバナナ1本の皮をむいている姿を思い浮かべると、かわいそうというよりも、せつなくなった。居ても立ってもいられない気持ちになった。

「今の日本で何でこういうことが起きるのかと思いました。近所の人は何をしているのかとも思いました」

時々、テレビでユニセフの広報ビデオが流され、アフリカの最貧国の子どもの映像が映し出されることがあるが、飽食といわれる先進国の日本で満足に食事ができない子どもがいることは衝撃だった。

満足に食事の取れない子どもを傍観できず、「こども食堂」を始めた近藤博子さん。

ワンコインで満腹になる「こども食堂」

日本の貧困は経済的な理由だけでなく、親が病気だったり、複雑な家庭環境にも起因していることも分かった。

近藤さんは、何とかしなきゃ、何かできるのかと考えた末に2012年に『こども食堂』を始めた。隔週水曜日の夕方5時半から8時まで、子ども300円、大人500円でごはんのお代わり自由でおなかいっぱい食べられるという食堂である。

現在は毎週木曜日、夕方5時半から8時までのオープンに変わっている。料金は、大人の500円は据え置いたが、子どもは100円に値下げした。

「100円にしていますが、コインなら50円でも10円でも1円でもいいんです。外国のコインでもゲームセンターのメダルでも構わないことにしています。もともと赤字覚悟、持ち出し覚悟で始めたことですから、無料でもいいと思っているのですが、無料にしてしまうと、私のこころの中に〝してあげている〟という気持ちが出てきてしまうようで嫌なんです」

何のコインでもいいから、コイン1枚を持参してくれば対価を支払ったことになるので、堂々と食べてほしいと思っているという。

始めたころは、近藤さん自身が料理をしていたが、現在は、この話を聞きつけた料理の得意な友人4人が交代でボランティアで手伝ってくれるようになった。

「当初は毎回17、18人ぐらいのお客でしたが、最近は大人と子どもを合わせて30人は来てくれます。子どもが一人で来ることは珍しく、友だち同士で来ることが多いです。親子で来る人もいます。大人が支払ってくれる500円は、食材費に回せるので、助かっています。うちで食事してくれる大人はちょいボラ(小さなボランティア活動)をしていることにもなります」

近藤さんはこども食堂に来るお客さんから個別の事情を聞くことはしない。役所ではないのだから、収入を聞いて食事をする資格があるかどうかなどは詮索しない。

「たとえどんな理由であろうと、この食堂を必要とする人に利用してもらえばいいのです」

まぶたの辺りが熱くなる「こども食堂」のチラシ。

メニューは「だんだん」で余った野菜を活用する。子どもたちの食欲は旺盛で、お米も大変な消費量だが、これは「こども食堂」の存在を知った農家の人が送ってくれるので助かっている。

昨年のメニューの中から代表的なものを紹介しよう。

●ごはん、とり肉と根菜のトマト煮、大根とむすび昆布の煮物、春雨とツナのサラダ、春菊と青菜のピーナツ和え、カブのみそ汁。

●ごはん、ナスと玉ねぎのみそ炒め、高野豆腐とひじきの煮物、小松菜とソーセージぽん酢炒め、ドライトマトのイタリアンサラダ、カブのみそ汁。

●ごはん、根菜とツナのトマトソース煮、チンジャオロース、スナップえんどうの卵とじ、小松菜とカリフラワーのごま和え、みそ汁。

●ごはん、豚肉のしょうが焼き、大根ととり肉の煮物、サラダ、みそ汁、デザート。

●ごはん、野菜いっぱいのコーンクリームシチュー、卵と小松菜の中華炒め、あらめとねぎの煮物、サラダ、ナスの漬物。

毎回、栄養たっぷりで、食欲をそそる手作りの料理が用意されているのだった。

貧困が継承される日本の現状

近藤さんは、「こども食堂」をオープンする3年前に、ワンコイン寺子屋も開設している。高校生の娘さんが部活に夢中になって勉強が難しくなった時、知人に頼んで始めたものだが、どうせなら勉強を教えてもらいたいほかの子どもにも開放したいと思って始めた。

毎週土曜日の夜6時から8時まで、1時間500円のワンコインで、塾の講師をしていた専門家が教師となって教えてくれる。いま小学生を塾に通わせると、月に4万円から5万円かかる。そのほかに教材費や特別講習費などもあるから、困窮している家庭ではとても通わせられない。

学校の勉強についていけない子どもは当然成績が悪くなり、進学もままならなくなる。つまりは就職も難しくなるという悪循環が発生している。東大生の親は圧倒的に高額所得者だという調査結果もあるが、現代社会は、貧困が親から子に継承され、希望のない大勢の子どもたちを増やしているのである。

ところで近藤さんは、こども食堂やワンコイン寺子屋などを運営していて、収支は合っているのだろうか。

「実は私自身が生活保護を申請しようかなと思っているぐらいです」と笑う。近藤さんの経営方針は、「こども食堂」を続けるために、スペースをフルに活用しようというものだった。

写真上の予定表のように、「うた声」「ほっとする居酒屋」「ウクレレ教室」「手話サークル」「English」「だんだん寄席」などいろいろな小さなカルチャー教室にスペースを貸している。この利用料金を家賃に回す作戦である。これらの教室のいくつかには近藤さん自身も会費を払って参加している。

「だんだん」は、都会の片隅で人のぬくもりを感じさせるたまり場になっている。

近藤さんの話を聞いていると、今の社会が昔より良くなっているのかどうか分からなくなる。

戦後すぐのころ、弁当のない子は昼食の時間になると校庭の隅に隠れていたという話はよく聞いた。しかし、経済大国になった今でも状況は少しも変わっていない現実があるという。

「この食堂を始めてからいろいろな情報が入って来るようになりました。子どもに500円硬貨を持たせてコンビニに行かせる母親もいるようです。しかし、まだ幼くて栄養のことなんか考えられず、肉や野菜の入っている弁当ではなく、菓子パンやお菓子を買ってしまうようです。

困窮している母親が区役所に相談に行ったら、冷たい言葉を浴びせられたということも聞きます。例えば、親が離婚して一人親になった家庭の困窮について、今の社会や行政は、〝自己責任〟と言いたげです。子どもの窮状は決して自己責任ではありません」

新聞やテレビでは、株価の高騰を伝えている。国会では、アベノミクスの実績として有効求人倍率のアップや失業率の低下、企業の収益の良さが語られている。高級外車の販売は好調で、タワーマンションは即日完売というニュースも入ってくる。その一方で、虐待やいじめがなくならず、朝食がバナナ一本という子どももいるのである。

OECD(経済協力開発機構)の調査によれば、わが国は子どもの相対的貧困率は加盟国34カ国中で10番目に高く、経済的理由によって就学困難と認められ、就学補助を受けている小学生・中学生は2012年で155万人いるという。厚生労働省の調査では日本の子どもの7人に1人が貧困状態にあるという報告もある。

こういう状況を踏まえて、2014年には政府は「子どもの貧困対策の推進に関する法律」を施行した。しかし、近藤さんの話を聞いていると、どんな法律や制度ができたとしても、地域社会の無関心がなくならない限り、無力のような気がする。

宮崎県の有機農家から届いた野菜を並べて開店準備をする近藤さん。

(おわり)

>「だんだん」 フェイスブックページ

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