災害や戦乱を乗り越えて千年以上人々の営みが続いている村には地域が持続するためのヒントが隠されているに違いない。それを探り当てようと学際的な研究者グループが始めたのが「千年村プロジェクト」。
認証基準を定め、それに当てはまる地域を「千年村」と認証する仕組みも整えた。麻生(茨城県行方市麻生)や山田井(三重県津市大里睦合町山田井)など「千年村」のお墨付きを生かそうと立ち上がった地区もあり、これから各地で「千年村」運動が起きそうな気配もある。
これまでに9地区を認証したが、さらに認証を積み重ねるうちに「千年村」に共通する持続する地域の条件が見えてこよう。案外、特筆すべきもののない平凡な地域に「千年村」が多そうだ。
無名の地域に光を当てる「千年村プロジェクト」は、原則として有名人を取り上げない本誌と似ている。
【ジャーナリスト 松本克夫】
※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』180号(2018年4月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。
東日本大震災の反省からの出発
「千年村プロジェクト」を始めたのは、建築史が専門の中谷礼仁早稲田大学創造理工学部教授らを代表者とする研究者グループ。民俗学、景観、歴史地理、文化地理、建築史、民家史、都市史、土木史、造園・ランドスケープなど幅広い分野の10人以上の研究者が参加している。
きっかけになったのは東日本大震災。中谷教授によると、
「長期的に物事を考えることをしていなかったなという反省がありました。地震や津波の被害についていろいろいわれますが、そもそもなぜそこに住んでいたのだろうという疑問があります。福島第一原発もなぜあんなところにつくったのか。それぞれ理由があるはずです。これに対し、地震で壊れなかったところはニュースになりません。そうした注目されない地域にこそ健全な場所が隠れているかもしれません。普段は表に現れないその良さを明らかにしたいと思いました」
というのが動機である。
中谷さんたちのグループは、その前に似たような研究をしたことがある。「考現学」の創始者として知られる今和次郎の著作『日本の民家』が90年後にどうなっているかを5年かけて追跡調査した。
今和次郎は有名なものが嫌いで、人間生活で普通に行われているものは何かに注目していたという。柳田国男の「常民」に倣って、「常住」という言葉を使っていた。
今回のプロジェクトも、たくさんある「普通に良い場所」に目を付け、「普通さ」を学術的に解明しようというのが狙いだから、初めは古くて平凡な村という意味で「古凡村」と称していた。
しかし、それではいかにも地味で、「古凡村」といわれた側もうれしくない。それでは運動にならないということで、「千年村」という魅力的な呼称に改めた。本誌もこの呼称に引き付けられたようなものだ。
千年村候補地は2800
さて、千年村を探し出すにはどうするか。
都合のいいことに『倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)』という手掛かりがある。広辞苑によると、平安時代の承平年間に編さんされたわが国最初の分類体の漢和辞書である。
ここに4000ほどの郷名、つまり当時の村の名が載っている。これが現在のどこに当たるか、特定できた郷は1977カ所である。2015年に、これを現在の地図上にプロットし、公開した。
同書には、当時の朝廷の支配領域外の北海道や東北の地名はほとんど載っていないし、沖縄も載っていない。それらの地域については、アイヌの文献や琉球古代の歌謡を集成した『おもろさうし』などを参考に補ったから、千年村候補地は2800ほどになった。
場所が特定されても、本当に村が持続しているかどうかは実地に調査してみなければわからない。何十もの候補地を数日で駆け巡る「疾走」調査や特定の地域を綿密に調べる詳細調査などを繰り返した。
これまでに調査してみた印象を中谷さんはこう語る。
「当たり前ですが、生活するためには水の確保が大事です。現在発展している東京都の西部に千年村候補地が少ないのは一般にそこが台地で、湧き水はあったものの、平安後期では潤沢な水供給の技術がなかったからでしょう。水があって、田んぼがないと、米を主とする税を納められません。
次に交通が大事です。水系に沿って展開する千年村の密集具合を見ると、それぞれの村が自給自足していたのではなく、交易があったことがわかります。特産物がある限り、交流・交通は欠かせません。また道が先か村が先かによって集落の形が違ってきます。道が先にできると、道に張り付いて村ができるし、原始的な村は地形環境に寄り添う形になります」。
千年村は天変地異などがあってもしぶとく生き延びてきたから、今後も生き延びる力を秘めているに違いない。中谷さんは、
「グループの千葉大の研究室でおこなった調査では千葉県下の千年村候補地に限界集落は一つもありませんでした。日本は衰退するといわれていますが、それは都市的に衰退するだけです。都市は衰退すると廃虚になってしまい、村には戻れません。それに対して、現在、村であるところに逆に未来があるという考え方をすべきではないか。それが千年村です」
と将来を占う。
環境・地域経営・交通・集落構造で評価
千年村プロジェクトが画期的なのは、千年村としての認証基準や認証手続きを整えたことである。
中谷さんは認証基準について「平凡さを分解するとどうなるか。分析の柱を4本立ててみました。環境、地域経営、交通、集落構造の4本です」という。この4本柱を基に、候補地を評価するのに使うチェックリストを作成した。
「環境」は自然との付き合い方で、集落の形、主要産業・特産物、水源と水の引き方、過去の災害とその対策などがチェックのポイントになる。
「地域経営」は集落を支える仕組みで、山林や里山の管理主体、水の管理主体、祭礼・年中行事、地域の歴史・物語の伝承などを調べる。
「交通」は文字通りで、昔からの道と現在の主要な道路、水運の利用法、鉄道の有無などの項目がある。
「集落構造」は、寺社などの集落の核、墓地の場所と現状、集落の型、文化・自然遺産の有無などである。
認証基準やチェックリストを整えたから、これからは各候補地が自発的に自らの地域を診断し、認証を申請することもできる。千年村に認証されれば、認証千年村の呼称やロゴマークを使えるという特典もある。
中谷さんは、「チェックリストは、候補地が自分たちで地域を評価するためのものです。責任の所在を村に返すことになります。村が持っていたものをどう理解し、どう維持するか地域が自ら考えるというプロセスが大切です。チェックリストにしっかり書き込めたら大したものです。そういうことができるのは、地域に体力がある証拠ですし、地域がまとまっている証拠です」と説明する。
千年村は未来に向けた運動であり、千年村と称する限り、チェックリストを埋められるくらい現在も元気な村であることを示す必要があるというわけだ。
千年村プロジェクトでは、独自の調査で、島野(千葉県市川市島野)など8カ所を千年村に認証してきたが、これからは各候補地から出されたチェックリストを基に地元と共同作業をしていくことになりそうだ。
地元からの申請で認証された山田井
千年村プロジェクトの呼びかけに最初にこたえたのは津市の中心部から見て北西方向に位置する大里睦合町山田井で農業を営む辻武史さん(41)である。
辻さんは大学を出て、機械メーカーのエンジニアをしていたが、2016年春に集落の農地を集積して農業に専念することにした。
6ヘクタールの農地で稲作中心の経営だが、就農早々チラシを作り、「たらふく」というブランドで売り出すことを考えた。しかし、ブランドとするにはストーリーに乏しいのが悩みだった。
「例えば、過酷な環境で育った野菜にはストーリーがあります。しかし、この辺は条件が恵まれていて、放っておいても作物が育ちますから、ストーリーになりません。もしかしたら歴史を前面に出したら戦える武器になるかと思い、歴史を調べてみることにしました。調べているうちに、ここが千年村候補地としてプロットされていることがわかり、すぐに中谷先生に連絡しました」
というのが千年村プロジェクトとの出逢いである。
その後、上京するたびに中谷研究室を訪ね、研究者の側も現地を調査するなど交流を深め、結局、共同作業でチェックリストを作成することになった。
辻さんが事業拠点としているのは、昔の田井郷。0.7平方キロメートルの狭い地域で、世帯数も44軒しかない。千年村の認証を受けるには、地域の総意をまとめる必要があるが、ここはまとまりがいい。「何のことやらようわからん」といいながらも、チェックリストの作成や認証審査の際、地元の人々が議論に加わるようになった。
辻さんは、「チェックリストを作ったのは大きかった。話題にしやすいので、年配の人とも話をするのが普通になりました」という。
千年村は管理者を特定する必要があるが、辻さんが引き受けた。認証の申請は総会で了承を得て自治会として提出した。
山田井は小高いところに住居があり、周囲の湿地帯は水田になっている。認証審査でも、集落地、耕作地、樹林地などの土地利用が明快な点が評価された。
大災害をもたらした昭和34年の伊勢湾台風の際にも水田は水に浸かったが、住居は無事だったくらいだから、災害も少ない。伊勢神宮に通じる伊勢別街道が通っており、交通の便もいい。延喜式に記されている多為神社の祭礼や「自然を守る会」などの活動を通じて、自治意識も高い。
ということで、山田井は初の主体的な認証のために1年余りの検討期間を経て昨年7月に千年村に認証された。地域からの申請による認証第1号である。
これからは、この認証をどう生かすかが地元の工夫のしどころである。認証を得るためには、研究者による現地確認作業のための旅費を地元が負担しなければならないから、経費もかかっている。
辻さんは、「地域には、水路の修理や草刈りなど共同の仕事があります。ここは千年村だから維持していかなければならないとなると、次の世代に継承しやすい」という。
外部に対してもPRしたい気持ちはあるが、まだ千年村の数が少なくて、知名度も高くないのが弱みだ。
辻さんは、「このプロジェクトが面白いのは、候補地が数千もあるので、独り占めできないところです。ここだけ今だけを売り込むマーケティング方式のセオリーからは外れていますが、みんなでやれるという別の価値があると思います」と千年村が多数出現した後の連携に期待する。
辻さんは、昨年10月、ジャズピアニストのスガダイローさんを招いて、「千年村ジャズライブ」を開催した。一昨年もジャズライブを津市のライブハウスで催したのだが、昨年は収穫祭として実家の広いスペースを開放して実施した。千年村の看板が効いたのか、県外からの参加者を含め約70人が集まった。
辻さんは、「物があふれているからこそ、ソフトや知で豊かになっていく必要があります。千年村は豊かに生きるための手段です」という。
行方市が情報発信に努める麻生地区
霞ヶ浦に面した茨城県行方市の麻生地区も、認証に至る過程で地元が全面的に協力した地域である。
協力者の一人に郷土史の研究者の宮嵜和洋さん(31)がいる。駒沢大学の歴史学科を卒業し、琉球大学の大学院でも歴史を専攻した宮嵜さんは、ふるさとに戻り、広告会社の社員として、「なめがた日和」という地域のポータルサイトの運営に携わっている。
宮嵜さんは、このポータルサイトで、「なめがたヒストリー」という郷土の歴史物のブログを載せている。
「この地域の人たちの多くは地元の歴史を知らないので、わかりやすく解説して、地域のアイデンティティーを高めたい」と願って始めたものだが、千年村の認証に際しては、宮嵜さんの地域からの積極的な情報発信が評価されることになった。
宮嵜さんにとっては、今さら千年村といわれなくとも、この地域が千年以上の歴史を持つことは常識である。
宮嵜さんの説明では、「この辺は貝塚や古墳だらけです。倭名類聚鈔より古い常陸国風土記には欠けている部分もありますが、行方郡の条は全文が残っています。ここは土地が豊かで、作物は何でも育ちます。余剰農産物の取り合いになったのか、市内には中世から近世にかけての城跡が多すぎて、全部は把握できていないくらいです。江戸時代の藩の領地も細かく分かれていて、私が卒業した麻生小学校の学校区内には、親藩、譜代、外様の各大名の領地があったほどです」という歴史のある土地だから、素人でも千年村の資格は十分ありそうなところだと見当がつく。
麻生地区のチェックリストの作成は研究者グループが担当したが、宮嵜さんは、調査に訪れた中谷研究室の大学院生に地元の人を紹介したり、地元の祭りに誘ったりして、面倒を見てきた。それが縁で、この土地が気に入った大学院生の1人が地域おこし協力隊員として行方市に移住することになった。
千年村の対象になった麻生地区は面積が約7.6平方キロメートルで、人口も約3200人だから、山田井よりはるかに大きい。千年村の管理者は鈴木周也行方市長が引き受けたから、千年村の認証をどう生かすかは市を挙げての仕事になる。
鈴木市長は、「地元の人は、行方には何もないといいますが、知らないだけです。景色もよく、生活もしやすい。東日本大震災の被害も大きくはなかったし、風土的には穏やかです。農産物は60品目以上生産できます。台地の上は関東ローム層でやせていますが、水はけがいいのでさつまいもの栽培に向いています。霞ヶ浦では、ワカサギやシラウオが獲れます。山林・台地─米作地帯─浜の3層がつながっていて、ここで生活が完結できます。八坂神社や大麻神社の祭りなど祭りもたくさんあります」と地元の良さをPRする。
そう聞くと、なるほど一品しか特産物のないところはそれなりに知られるが、麻生地区のように生活に必要なものが一通りそろうような恵まれたところは案外知られないものだと気付く。千年村にはそのタイプの村が多いのかもしれない。
鈴木さんは、もともと「持続可能なまちづくり」を掲げていたから、千年村の認証はわが意を得たりといったところだ。
「イタリアとオーストリアの町を見てきましたが、昔の生活様式を継続している町があります。最先端の町もいいですが、ご飯を食べられるなど普通の生活ができることが基本ではないでしょうか。その点、この地域にはいい食材がいっぱいあります。暮らしやすいことを伝えて、定住・移住を進めていきたい」と意気込みを語る。
この辺は昔の霞ヶ浦の水運や鉄道はなくなり、公共交通の便はいま一つだが、その分は情報発信で補う考えだ。
行方市は2016年から「なめがたエリアテレビ」という地域限定のテレビ局を開局し、「情報発信日本一」を目指している。その発信力で、千年村といえば安心で住みよいところという評判が定着すれば、各地に続々千年村が登場する誘い水になるかもしれない。
(おわり)
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