【第13回】そんな生き方あったんや!「スロープのように生きたい」映画プロデューサー・渡邉一孝さん

日本における外国人労働者の受け入れ拡大が注目を集める中、1本の映画が大きな話題を呼びました。ミャンマーの民主化を背景に、在日ミャンマー人家族の葛藤を描いた『僕の帰る場所』(藤元明緒監督)。この日本とミャンマーの合作映画は、数々の国際映画祭で受賞を重ね、各地で高い評価を得ています。

今回ご登場いただくのは、そんな『僕の帰る場所』の製作から公開までほぼ全てのプロセスに関わり、中心的役割を果たした映画プロデューサー・渡邉一孝さんです。

渡邉さんは西東京市在住。国境をまたぎながら国際的な映画を製作したかと思えば、10人にも満たない人数での映画鑑賞会「見たことないモノを観てみる会」を地元で開催するなど、とてもユニークな活動をされています。今回はそんな渡邉さんに、『僕の帰る場所』の製作エピソードや、映画に対する考え方、生き方の哲学などについて伺いました。

【プロフィール】

渡邉 一孝(わたなべ かずたか) 1986年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。映画配給会社、俳優事務所、映画祭のスタッフを経て、日英翻訳のコーディネートや映像字幕制作、自主映画の製作を行う。2014年に映画/映像コンテンツ製作及び翻訳字幕制作を行う株式会社E.x.N(エクスン)を設立。製作・プロデュース作品として、“ガングロギャル”と“アラサー”にスポットを当てた地方青春映画『黒い暴動❤ 』(2016年)、ある在日ミャンマー人家族を描く日本・ミャンマー合作映画『僕の帰る場所』(2017年)。山形国際ドキュメンタリー映画祭2017では、「ヤマガタ・ラフカット!」部門のプログラムコーディネーターを担当。

杉原 学(すぎはら まなぶ) 1977年生まれ。四天王寺国際仏教大学中退。広告会社のコピーライターを経て、立教大学大学院修士課程修了、博士課程中退。哲学専攻。現在は執筆活動をしながら「時間と人間との関係」について研究中。単著に杉原白秋著『考えない論』(アルマット/幻冬舎)、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章執筆、角川新書)など。高等遊民会議世話人。日本時間学会会員。2019年10月24日に千歳市総合福祉センターにて「『自殺予防における人のつながりの再構築』〜時間論の視点から〜」をテーマに講演予定(千歳市保健福祉部健康づくり課主催)。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』188号(2019年8月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

映画『僕の帰る場所』

杉原 まずは、『僕の帰る場所』大ヒットおめでとうございます。

渡邉 大ヒットしてないですよ!(笑)。

杉原 2017年の東京国際映画祭「アジアの未来部門」では、作品賞と特別賞をダブル受賞。これって日本人監督としては初の快挙なんですよね。さらに「オランダ・シネマジア映画祭」、「タイ・バンコクASEAN映画祭」ほか、数々の映画祭で受賞を重ねられていて。その後も全国各地でロングラン上映されていますし。僕が観たのは2018年10月のポレポレ東中野でしたけど、今はどうなっているんですか?

渡邉 今も上映していますよ。6月22日に明治大学で学長の基調講演付きの上映会があって(※取材当日は6月18日)。7月14日には埼玉県川口市で開催される「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」のママ・シアター(ベビーカーも入場可能な赤ちゃん連れ限定イベント)で上映されます。あと8月には大阪と福井、9月には京都で、映画館でのアンコール上映があります。10月には映画祭での上映予定が2つあって……みたいな。ちなみに自主上映の解禁が10月なんですけど、すでに十何件か予約が入っているんです。

渡邉さんがプロデュースした映画『僕の帰る場所』のポスター。

杉原 は〜。ほんとに息の長い映画ですよね。ちなみに製作期間もけっこう長かったそうで。確か5年くらい……。

渡邉 そうです。2013年の4月から5年間。監督の藤元明緒は20代の後半を1本の映画に注ぎ込んでいるし、僕も当初27歳だったのが、完成した時には31歳ですからね。

杉原 『僕の帰る場所』のあらすじを簡単に紹介しておくと、ある在日ミャンマー人家族の、実話を基にした物語で。慣れない日本での生活の中で、難民申請も通らず、苦境に陥る姿が描かれているんですけど、なぜかそこに「幸せな家族の姿」を見てしまうという、実に不思議な映画なんですよね。単純にストーリーだけ説明してしまえば、「いやもう、大変っすよね」っていうだけで終わっちゃうけど、観てると何かあったかい気持ちになるっていうか……。

渡邉 あ、そうです、そうです。

杉原 そこがすごいなと思って。

渡邉 多分人生ってそういう感じだから。貧困街で生活している人の話などを聞いたら、「ああ、大変なんだな」と思うけど、いやいや、意外とみんな笑ってるよ、みたいな。そういうことだと思うんですよね。

杉原 そういうのって理屈じゃ分かりにくいけど、あの映画を観るとそれを「感じる」っていうかね。

渡邉 芸術的な表現というのは、世界の混沌を背後につけていると思うので。そしてそこが主題にならないといけない。分かりやすく言葉にできるものっていうのは、実は映画の主題にはならないっていうことなんですよね。

スロープのように生きたい

杉原 映画プロデューサーっていう仕事自体も、一般の人からは分かりにくいと思うんですけど、渡邉さんはどんな形で仕事されているんですか?

渡邉 一般的な映画プロデューサーは、会社に所属してそこから給料をもらっている人が多いんですけど、僕は自分で会社を持っているんで、まあ、インディペンデントな映画プロデューサーですね。映画の企画からスタッフ選び、資金調達に及ぶプロデュース業の他に、いろんな翻訳関係のコーディネートもやっていますし。例えば海外の映画の宣伝素材を英語から日本語に翻訳したり、日本の映画に英語字幕を付けたり。頼まれればPV(プロモーションビデオ)の撮影もするし。……まあうちの奥さんからは「部活動」って言われていますけど。

杉原 あははは。でも部活動で食えたら最高ですよね。映画プロデューサーには昔からなりたかったんですか?特に子どものころなんて「映画プロデューサー」っていう存在すら知らなかったと思うんですけど。

渡邉 そうですね。子どものころからなりたいと思うような職業じゃないでしょうね。分かりにくいということは、つまり「目指せない」ということなんですよ。なりゆきの中で、何らかの必要性を感じたりとかしないと、そこには行かない。だから僕も別になりたかったわけじゃないんです。……いまだに分かんないですね。

杉原 なりゆき……。

渡邉 めっちゃなりゆきです。僕はけっこう何でもなりゆきで、「よし!」って決めることってあんまりないので。……僕はスロープのように生きたいんですよ。

渡邉さんがプロデュースした映画『僕の帰る場所』は各地で評判を呼び、ロングラン上映されている。(撮影:井口康弘)

杉原 スロープ?

渡邉 そう。スロープって段差がないじゃないですか。たぶん膝への負担が超少ないんですよ。

杉原 老後の話っぽい(笑)。

渡邉 いやいや(笑)。階段ってカックンカックンしているから、その負荷があるんですよ。だから意思がないとコケる。だけどスロープって、意思がなくても歩けるんですよ。その違いって、「よし!」という選択があるか、ないかに近いんです。選択にエネルギーを使うんじゃなくて、自分の思考をずーっと回しているだけで死ぬとこまで行けたら、一番楽じゃないですか。10年くらい前からずっと言っていますけど、「スロープのように生きたい」「スロープのような人生を歩みたい」って思う(笑)。

杉原 何でそう思うようになったんですか?

渡邉 無理したくない、みたいなのじゃないですかね。意識しなくても、知らない間にできるようになることってあるじゃないですか。例えば子どもは、別に大きくなった時のビジョンとか持ち合わせていないのに、気付いたら勝手に背が伸びていて、これまで届かなかったスイッチに手が届くようになったりしている。それが何かいいなと思って。

杉原 うん、うん。僕もここ数年のテーマとして「選択」っていうことがあったんです。やっぱり人生の分岐点みたいなところってあるじゃないですか。そこでどう自分らしい選択をするのか、どうしたら自分が納得できる選択ができるだろうか、と。でもこの連載を重ねているうちに、視点がちょっと変わってきて。

本誌183号の回に登場してくれた鈴木裕乃さん(微細藻類研究者)の言葉が象徴的なんですけど、実は選択する以前に、「答えはもうわかっている」のかもしれない。「どっちなんだろう?」とか悩んでいる時点で、何かしら損得とか、煩悩みたいなものにとらわれていたり、行きたいほうに行かない言い訳を考えているだけだったりする。そういうものがなければ、実は選択なんて要らないんじゃないか……。もちろん一概には言えないんですけどね。

渡邉 僕なんかは、その「選択」をなくすために哲学があると思っているので。思考の蓄積をプールにどんどん貯めていって、自分の目を磨いておけば、「やらない選択」が見えてくると思うんですよ。「こういうことだったら、これはせんやろ、あれはせんやろ……」みたいな。そうしたら、その選択はもう考えなくていい。

杉原 その発想は面白いですよね。いろんなことを学んだり、経験したりすることによって「選択肢が増える」とか「世界が広がる」とかはよく聞きますけど、それによって「選択肢をなくしていく」っていう。で、選択なしに、おのずからその道を歩んでいくことを目指している。

渡邉 引き寄せられると心地よいはずで。それを使命とか、運命とか言うと厳か過ぎるし、格好つけているようにも見えるけれども、でもそういう感覚に近い。

杉原 それは「生きてる中での違和感を解消していく」っていうことでもありますよね。それによって、自分は何をしていくべきなのか、どの道を行くのかっていうのが自然に見えてくるという。

渡邉 そうです。だから違和感を無意識に重ね続けると、ノイローゼになるだけなんですよね。自分が知らない間に発してる無意識の嘆きに気付いて、自分自身を常に捉え直さなきゃいけない。

杉原 新しい知識とか経験も必要だけれど、同時に「自分の心の声を聞いてみる」っていうことが、今の時代は特に大事かもしれないですね。それは決して自己中心的になることじゃなくて、自分と他者との関係、さらには自分の奥にある<内なる自然>みたいなものとの関係を捉え直すことだと思うんですけど。

経由しないほうがいい言葉

渡邉 今って、「経由しないほうがいい言葉」っていうのが氾濫していて、そのうちの一つが「選択」かもしれないと思うんです。他にも「成長」みたいに、とっても主観的で、ハードルの設定と実質がかみ合いにくい、話をややこしくしている言葉っていうのがあって。それを経由しなきゃいいのに、っていう。そんな言葉をわざわざ使わなくても、みんな気付いたらやっているんですよ、それを。

杉原 なるほど。

渡邉 例えば「介護」とかも、「介抱して護る」って書くけれども、本当にその人を助けようとする時に、「介護」っていう言葉って全く出てこないわけですよ。そういったようなことも含めて、「要らない言葉」ってのがある。で、「選択」も多分、要らない。それを無視していくっていうのは、めっちゃ速いと思うんですよ、素直になる方法として。だからスローガンも嫌いだし。スローガンも、ほんとに経由しなくていいものばっかり(笑)。

『僕の帰る場所』はミャンマーと日本で撮った映画なので、「多文化共生」だとか「異文化理解」とかの文脈で、いろんなNPOとか、人権団体とかから上映オファーがあります。だけれども、僕らはこの映画を企画してから完成させるまでの間に、「多文化共生」という言葉は一回も使っていない。5年に及ぶ製作期間の中で、これを成立させるために「多文化共生」という言葉は一回も経由していないんですよね。だけど、知らない間にそういう人たちと手をつないでいるし、笑っているし、ばかにしているし、裏切られたり、裏切ったりしているし……。だから要らないんですよ、そんなのは(笑)。

ワークショップ “見たことないモノを観てみる会” の風景。

杉原 僕らは物事に何かしらの意味づけをしないと安心できない部分がありますからね。そのプロセスで言葉を経由するんだと思うんですけど。ただその時にどうしても、その言葉が持つ既存の「意味」に縛られるところがあって。

渡邉 そうですね。ただ、その言葉は体験する時は必要ないけど、分析したり、頭の中で思考する時は、やっぱり必要な気がしていて。とても矛盾しているんですけど、哲学的な思考とかを増やす時には、「経由しなくていい言葉」も含めた、いろんな言葉があったほうがやっぱり良くて(笑)。そこがすごく複雑だなと思いますね。

映画による自己の変容

杉原 漠然とした質問なんですけど、渡邉さんにとって「映画プロデューサー」って何なんですか?

渡邉 今日もそうですけど、僕、映画の話それほどしませんよね。

杉原 ああ、そうかも。

渡邉 これは最近わかってきたことなんですけど、僕は映画プロデューサーじゃない、っていうことなんです。

杉原 ……というと?

渡邉 どちらかというと、僕は社会の状況を分析する傾向が強いし、そこで見つけた課題に対してどんなアプローチが効果的か、そうじゃないか、とかを考えるほうが好きなので。そのアプローチの一つとして「映画は面白い」と今思っているだけですね。確かに映画を作る中で、より社会のことを考えるようになったし、自分のことも分かってきたっていうのはあるんですけど。逆に考えてみたら、「あ、映画じゃなくてもいいのかもしれない」と思ったんです。

渡邉さんのプロデュース作品、映画『黒い暴動❤︎』のポスター。

杉原 確かに渡邉さんは、肩書としては「映画プロデューサー」なんですけど、実はもっと大きなものをプロデュースしようとしているのかもしれませんよね。それを「よりよい社会」とか「平和な社会」と言ってしまっていいのか分かりませんけど。その手段は「映画じゃなくてもいい」とおっしゃいましたけど、なおかつ渡邉さんは映画の力を信じている。そういう人が映画プロデューサーをやっているっていうのが面白いなーと思います。……そんな渡邉さんの視点から、最近の映画ってどう見えているんでしょうか。

渡邉 「種蒔きをしていれば褒める」というか、「世界の平和に一歩近づければ褒める」みたいなのは、どうでもいいと思っているんです。今の社会にもうそんなに余裕はないし、そんなに席も用意されていない。僕たちはもっと効果的なことをしていかないといけないと思うんです。そう考えた時に、僕はやっぱり映画は効果的だと思っているんですよね。

『僕の帰る場所』で言えば、ミャンマー人の生活とか人生に触れたことのない人たちが、僕らの映画を見た瞬間に、それに触れた人生が始まってしまう。それはもう明らかな変化だと思うんですよ。平和の「きっかけ」ではないんです。自己の変容だと思うんですよね。その変容が起きる映画を配り続けていくっていうことには、明らかな意味がある。

杉原 なるほど。渡邉さんは今の社会に対して切実な危機感を持っているわけですよね。そして「あんまり時間はないぞ」っていう感覚がある。

渡邉 そうですね。あると思います。

越境する人間の役割

杉原 切実な危機感を持ちながらも、渡邉さんはその状況を変えられると信じているし、全然あきらめていない。僕が渡邉さんに一番聞きたかったのが、「その熱量はどこから来るんですか」っていうことなんですよ。

渡邉 あ〜。……長くなるのでものすごくはしょって話すと(笑)、それは多分、僕が小学校の時にいじめられていたりとか、中学校では勉強ができるとかでちょっと中心に戻ったりとか、大学は浪人して入ったから仲間に入れなかったりとか、そういう居場所の変化が関係しているのかもしれません。小学校の時はデブだったんで運動もできなかったけど、中学に入ってからシュッとしたんで、部活でレギュラーになったりとか。

……つまり内と外を行ったり来たりして、その中で強者になったり、弱者になったりを、ずっと繰り返してきたんです。で、それはほんとにささいなことで、弱者になったりするわけですよ。勉強ができても、学校の制度が合わなかったり、宿題をしなくて弱者になったり、いじめられたりとかもあるし。そういう行き来をずっと続けていたんです。で、その時に、何かたくさん考えたんですよね。

福井大学にて、映画の製作過程などを学生や先生にお話しする渡邉さん。

杉原 ああ、その話を聞いて、何かちょっと分かった気がする。内と外の往復というか、越境というか……。新しい文化を生み出す人っていうのは、境界線にいる人だって言いますよね。

渡邉 そうですね、アバンギャルドっていうか。

杉原 うん。両方の世界を知っているからこそ、やるべきことがあると。その役割を自覚しているし、もっと自覚すべき人たちがたくさんいると……。

渡邉 そうです。仲間が欲しいっていう嘆きもあります(笑)。

杉原 はい。何か腑に落ちた、僕の中で。……次の作品はもう決まっているんですか?

渡邉 一応、再来年の春に公開予定の作品を製作中で。『選択』っていうタイトルなんですけど。

杉原 マジで!?まさにさっき話してたテーマじゃないですか。

渡邉 仮のタイトルですけどね(笑)。物語自体は悲劇なんですけど、それを悲劇的に見せないようにできたら、多分めちゃ面白いと思います。

杉原 すごく楽しみです。今回はお忙しい中、ありがとうございました。

渡邉 ありがとうございました。

ゲストの渡邉一孝さん(右)と杉原学。(撮影:井口康弘)

(おわり)

『かがり火』定期購読のお申し込み

まちやむらを元気にするノウハウ満載の『かがり火』が自宅に届く!「定期購読」をぜひご利用ください。『かがり火』は隔月刊の地域づくり情報誌です(書店では販売しておりません)。みなさまのご講読をお待ちしております。

年間予約購読料(年6回配本+支局長名鑑) 9,000円(送料、消費税込み)

お申し込みはこちら