【そんな生き方あったんや!】第10回「心が踊るほうに行けばいい」微細藻類研究者・鈴木裕乃さん

資源エネルギー、食品、医療などの幅広い分野で、いま大注目されている「微細藻類」をご存知でしょうか。

顕微鏡サイズの微細な藻類で、約30億年前に出現したとされる、地球で最初の生物の一つです。例えばユーグレナ(ミドリムシ)などが比較的有名ですが、その多様性は動物や植物をはるかにしのぐとさえ言われています。

今回ご登場いただくのは、ノルウェーの大学院博士課程で、そんな微細藻類の研究をしている鈴木裕乃さんです。

鈴木さんは東京都北区東十条出身。実はこの連載の最初に登場してくれた写真家の井口康弘さん(175・176号)とベトナムで出会っていて、十条銀座商店街で偶然再会したのでした。僕はたまたまその場に居合わせたというわけです。

そんなご縁もあり、鈴木さんが帰国しているタイミングを無理やり捕まえて(笑)、微細藻類の研究のこと、ノルウェーでの暮らし、生き方を変えた旅のことなどについて伺いました。

ゲストの鈴木裕乃さん(左)と、帰国中の鈴木さんを捕まえることができて、したり顔の杉原学。

【プロフィール】

鈴木 裕乃(すずき ひろの) 1992年東京生まれ。東京海洋大学海洋科学部卒業。大学1年生の春休みでのベトナム一人旅で旅の魅力に魅せられ、それ以降東南アジアを中心に旅するようになる。大学3年でノルウェーに一年交換留学。ノルウェーの大学院修士課程養殖専攻を修了した後、博士課程Microalgal biotechnology専攻に進学。研究テーマは微細藻類。環境や食について考えながら、日々過ごしている。世界28カ国訪問、一人旅派。

杉原 学(すぎはら まなぶ) 1977年大阪生まれ。四天王寺国際仏教大学(現四天王寺大学)中退。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科修士課程修了、博士課程中退。哲学専攻。研究テーマは「人間と時間との関係」。現在は執筆、研究、出版などを行っている。単著に杉原白秋著『考えない論』(アルマット/幻冬舎)、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章執筆、角川新書)。社会デザイン学会、日本時間学会会員。高等遊民会議世話人。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』183号(2018年10月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

ベトナムの衝撃

杉原 今はどういう研究をされているんですか?

鈴木 私たちがやっているのは、微細藻類から油、特にサプリメントに使えるオメガ3(食べ物から摂取するしかない必須脂肪酸。細胞が機能するために欠かせないとされる油)を作る研究。

脳にすごくいいって言われているんですけど、基本的に魚から摂らないといけなくて。魚が微細藻類を食べて、その魚に蓄積されたオメガ3を、私たちが摂っているっていう。だから直接、微細藻類を栽培、培養しちゃえばいいんじゃないかと。そのほうが環境にもいいし。

杉原 なるほどねー。

鈴木 微細藻類はその定義もまだ定まっていないんですが、数十万種は存在すると言われています。育てるには25〜30度くらいが適温で、ノルウェーみたいに寒いところだと全然育たないんです。そこで、南極とか北極に住んでいる微細藻類なら、寒い環境でも早く育つんじゃないか……というわけで、いま南極の微細藻類をノルウェーで育てています。

杉原 面白いなー。しかしなぜ「藻の道」に?

鈴木 別に「藻の道」に行こうと思っていたわけじゃないんですよ(笑)。生物に興味があったので、大学は農業か水産かなと思っていて、水産系に行きました。小さい時に、父がよく釣りに連れて行ってくれたので(笑)。

杉原 そんなゆる〜い感じで(笑)。

鈴木 うん。水産のほうが面白いかなと思って。それで海洋環境調査とか海洋生態系の勉強をしていたんですけど、内容が想像していたほど生物じゃなかったんですよね。結局勉強もそんなにやらなくて。でも大学で何もしないのもイヤだなと思って、バックパッカーでベトナムに行って、そこで井口さんに会って(笑)。

杉原 「ヤベー奴いるぞ」と思ったやろ?

鈴木 うん。なんか……仙人みたいな?「キレイな服着ると狙われるから、ちょっと薄汚い感じがいいんだ」って。鮮明に覚えています。衝撃的というか。

杉原 衝撃的(笑)。

鈴木 そういう人に会ったことがあんまりなかったので。英語も中国語もしゃべれるって言ってて、すごいなーと思って。

杉原 その時はまだ鈴木さんは英語しゃべられへんかったん?

鈴木 しゃべれなかったんですよ。でもせっかく旅するなら、やっぱり英語がしゃべれないと文化もわからないし。それで練習も兼ねて、現地の英語のツアーに一人で参加して、クチトンネルというところに行ったんです。ベトナム戦争の時に、アメリカ兵から逃げるために造ったトンネルで、250キロメートルぐらいあるんですよね。

杉原 250キロ?とんでもないな。

鈴木 アメリカ人が入れないように、すごく小さく造られていて。かがんで通らないといけないんで、すごくツラくて……。あと、ベトナム戦争の博物館とかもあって、枯葉剤のこととか……ホルマリン漬けの奇形児とかが展示されていて。私気持ち悪くなっちゃって、ずーっと休んでいました。もう次に行けないって。

杉原 俺と一緒や。幼稚園の時に広島の原爆資料館に家族で行ったんやけど、人が溶けたロウ人形が展示されていて、それがもう怖すぎて。大人になってオカンに話したら、「あんたあの時、気分悪くなって途中で出て行ったんやで」って。

鈴木 ほんとですか。えー。

杉原 日本でもあんな生々しい展示やねんから、ベトナムなんかもっと……。

鈴木 うん、なかなか衝撃的で。そういうのを見たくてベトナムに行ったわけじゃないので、心の準備ができてなくて。「でも見ないと、これは!」みたいな。知らないといけないことが世界にはいっぱいあるなと思って。

ノルウェーの大学で南極に生息する「コリエラ」という微細藻類を研究している鈴木さん。

世界を旅してノルウェーの大学院へ

鈴木 それからすぐお金をため始めて、次の夏休みはフィリピンに1ヵ月間、語学留学。それで英語はある程度しゃべれるようになって、休みのたびに他の国に行って、友達つくって……っていうのをやっていました。

杉原 どんな国に行ったの?

鈴木 ベトナムがすごく印象的だったので、その後もアジア系でカンボジア、タイ、フィリピンとか。貧困問題にも興味があったので。私は東京育ちなので、そもそも見てる世界が小さかったと思うし。だから2年生の時は旅をたくさんしました。3年生の後半からは、交換留学で1年間ノルウェーに。

卒論は「北ノルウェーの漁業の実態について」というテーマで書きました。ノルウェーは水産大国と言われていて、国土面積も日本と似ているから、「ノルウェーの漁業から学べ」とかよく言われるんです。でも、ノルウェーって魚の生態系が日本ほど多様じゃないし、ノルウェー人は魚をそんなに食べない。

杉原 そうなんや。日本人は絶滅させるまで食うもんな(笑)。

鈴木 ははは。まあ生態系自体全然違うので、学べって言っても、すんなりいくわけないんですけど。その実態をちょっと見てみたかったので。大学院からはノルウェーに正規留学。学部の成績、専攻の一致、英語の試験の合格という条件をパスして実現しました。住居は大学が割り当ててくれて、ルームメートとシェアして月4万円ほど。生活費は貯金で賄って、節約しつつ2年で180万円くらいで収まりましたね。

学部の卒論は政策の分野で書いたんですけど、交換留学中に生物の勉強をしたら、やっぱり面白くて。だからノルウェーの大学院では、専攻を生物系に変えました。勉強は大変になるのを覚悟しつつ、まあ入学してしまえばどうにかなるかなと思って(笑)。

杉原 じゃあ微細藻類の研究は大学院から。

鈴木 はい、養殖の研究の流れで。ノルウェーは養殖が世界的にも進んでいますけど、サステナビリティ(持続可能性)の点で問題がたくさんあるんです。例えば養殖の魚の餌として、小さい魚を大量に捕るんですよ。それがすごく環境に悪くて。

杉原 海の魚が育たないと。

鈴木 そう。魚も値上がりしているので、代わりに植物を餌に入れるんですけど、植物には魚にとって重要なオメガ3がないので、養殖魚が病気になる。そこで微細藻類を培養して餌にすれば、魚にとって健康的な、ヘルシーフードができるんですよね(笑)。実際はそんなにスームズにいく話ではなくて、実用化までにはまだ進んでいないんですけど。私はもともとサステナビリティに興味があったので、微細藻類を見て「これだ!」と思って。

バイオリアクター(培養装置)で培養中の微細藻類。

ノルウェーでごみを食べる

杉原 サステナビリティはいつごろから意識し始めたの?

鈴木 ノルウェーに留学していた時に、ごみを食べていたんですけど……。

杉原 誰が?

鈴木 私が(笑)。フリーガニズムっていう、「捨てられているものを有効活用していきましょう」的な運動があって。ヨーロッパだと、食品廃棄物が多すぎることへの抗議活動として実践している人が多いんですけど。それを知って、実際にスーパーの裏とかを見てみたら、賞味期限が切れていない食品とか、きれいな花なんかが大量に捨てられているんです。ケニアなどからわざわざ運ばれてきたものが。

杉原 輸入して売れ残ったのを捨てていると。

鈴木 そう。悲しいじゃないですか。だからその花をかき集めてブーケを作ったり、部屋に飾ったりして。食品もパッケージに入っているから、食べられるんですよ。一度回収に行っただけで、私とルームメートの2週間分の食料になって。

杉原 すごいな……。

鈴木 資源は限られているのに、これじゃ次の世代はマズいんじゃないかと思って、サステナビリティに興味が湧きました。あと、ノルウェーの暮らしは自然がけっこう身近なので、自然にやさしくなりたいなっていう感情が生まれてくるというか。東京だと自然とのつながりをあまり感じられないし、スーパーで何でも買えちゃうから、食べ物がどう作られて、どう運ばれてくるのかも分からない。ノルウェーでそういうことを考え始めて。

杉原 確かに東京やと、豚を食うにしても最初から「豚肉」としてそこにあるもんな。

鈴木 そう。あとベジタリアンもやっていたんです。というのも、自分で動物を殺すことがそんなにできないのに、それを毎日買って食べているのっておかしいなと思って。でも今は、魚は食べます(笑)。魚は好きだし、自分で釣ってさばいて食べられるので。

杉原 なるほどね。その「自分でできる範囲」っていうのが、必然的に有限性を生むよな。それが海外から輸入ってなると実感もなくなるし、際限がなくなる。だからサステナビリティって、有限性の実感が前提にないと、多分成立しようがないっていうか。金さえあればいくらでも手に入るような、有限性を感じられない構造があるから。

鈴木 まさにそうだと思いますね。あとベジタリアンも完璧を求めるとおかしなことになる。それぞれの「自分でできる範囲」でやればいいと思うんですよね。

ゴミ箱から拾ってきたお花から作ったブーケと、野菜たち。

旅とは常識を疑うメガネを手に入れること

杉原 ノルウェーで暮らしている鈴木さんから、日本はどう見えてるの?

鈴木 住みやすいし、便利ですけど、不便さが足りてないのかなって思っちゃう。

杉原 「不便さが足りてない」か。面白いな。

鈴木 だから自分一人で森に入っても、何もできないっていうか。あと日本にいると便利すぎて、期待度が高くなっちゃう(笑)。

杉原 というと?

鈴木 今ってアマゾンでポチってしたら、もう次の日に自分の欲しかったものが届くじゃないですか。ノルウェーだとなかなかモノが届かないし、届いても、近くの郵便局まで取りに行かなきゃいけなくて。前に15キロの荷物が親から送られてきて、それを2、3キロ先の郵便局まで取りに行って。まあそれはちょっと不便すぎるんですけど(笑)。日本は便利な分、期待度が上がってしまって、海外に行った時に疲れる。「期待しちゃうと疲れるんだな」って思って。

杉原 人間関係もそうやけど、期待したらあかんよな。

鈴木 そう。私はそれでほんとに疲れちゃって、仏陀の本を読んだら、「期待をするな」と。「他人を愚かだと思う者は愚かだ」みたいなのがあって、そのとおりだなと思って。文化の違いで嫌な思いをした時も、それは自分が勝手に期待しているから。全部自分の中で起こっていることで、自分の考え方次第だから。

……旅って、そういう自分の常識が覆されるような経験、体験ができるので、それが面白いですよね。旅に行くと人生変わるとか言うけど、私はそんな急には変わらないと思っていて。帰国して、当たり前だと思っていたことに違和感を覚えたり、それについて考えてみることで少しずつ変わっていくんじゃないかと。物事を新しい目で見られる「常識を疑うメガネ」を手に入れた!みたいな(笑)。

杉原 ほんまに、それだけあればいいと思うのよな。「自分自身の考えを疑うことができる」っていう、それさえあれば、どうにでもなれるし、誰のせいにもできないっていうか。それはもう自分が自由だっていうことやから。

鈴木 若干仏陀的な……感情にすぐ反応しない、疑ってみる、みたいな。……ヴィパッサナー瞑想っていう、仏陀がやっていた瞑想法を体験したことがあって。1日10時間の瞑想を10日間やるんですけど、その間は誰ともコミュニケーションをとっちゃいけなくて、目も合わせちゃいけない。瞑想から帰ってきた時に、全てが新しいじゃないけど、「声ってこういうふうに感じるんだ」みたいな(笑)。日常が非日常的になっている……。

杉原 すごいな。確かにそうやって一回深いところまで行くことで、あらゆる物事に、そういう深い世界があることを知ることができるっていうか。

鈴木 そうですね。全てのことに対してそう感じるようになったから、好奇心がまず湧いてくるし。

杉原 だから他人を理解するって、相手の情報を知ること以上に、「相手には自分には分からない深みがある」ことを知っていることのほうが大事っていうか。ただ、自分に浅い世界しかなかったら、他人にもその程度の世界しかないってやっぱり思ってしまう。世界を知ることもそうで、自分が暮らしている世界の深さを知れば、あらゆる世界にそういう深さがあることに気付くことができる。それが本当の意味で世界を知ることにつながる気がするけど。

鈴木 お〜(笑)。

杉原 今ちょっと仏陀ってた?

鈴木 めっちゃ仏陀ってました(笑)。

杉原 (仏陀風に指で輪を作って)俺がこうやっても「カネくれ」にしか見えへん。

鈴木 やだー。せっかくいいこと言ったのに、帳消しになりました(笑)。

杉原 そんな……(笑)。だから持続可能性もそうやけど、有限の世界にこそ深い世界があるんでしょうね。

鈴木 そうですね。人間だって無限に生きられるってなったら、きっとつまんないと思う(笑)。

答えはもう分かっている

杉原 ノルウェーの大学院に行く時は迷わなかったの?

鈴木 いやー、けっこう迷いました。居酒屋でアルバイトしていたのもあって、サラリーマンの方と話す機会が多くて。やっぱりすごく言われるんですよ、女子なのに留学しないほうがいいとか、女の子は早く就職して結婚相手を見つけたほうがいいとか。周りも普通に就活する人が多かったので。まあ、けっこう勇気が要りますよね。

杉原 しかもノルウェーってあんまり聞けへんから。

鈴木 そうですね。たまたまノルウェーが学費無料だったので。全部自分の選択で行くって決めていたので、親には迷惑かけたくなくて。あとは就活の不自然さとかもあって。このままでいいのかな、みたいな。

杉原 その違和感って、自分に何かを伝えているわけよな。そういうシグナルに従っておいたほうが、何かこう、広がっていくというか……。

鈴木 私の場合はまさにそれで。自分がやりたい研究はまだ分からない状態で行ったので。そうしたら、いつの間にか微細藻類専門で進むことになって。だから、勢いでもいいんじゃないですかね。そこから広がっていくこともありますよね。

杉原 うんうん。ところでノルウェーの博士課程って、日本とはずいぶん雰囲気が違うと思うんやけど。例えば給料出るとか。

鈴木 修士では出ないですが、博士課程から私も給料をもらっていて、金額はおそらく世界で一番高いです。ただ物価も高いので、まあ普通の生活水準くらい。3年契約なので、その後は無給。6年以内に3つの論文を完成させて審査を通らなければ退学、クビです(笑)。

杉原 は〜。じゃあ研究者の道を本格的に歩むわけですね。

鈴木 まあ3年間は集中してやろうと思ってて。それで自分に合わなかったら、やりたいことをまた一から探せばいいかなと。ラッキーなことに給料が出て、借金を背負うわけじゃないので。

杉原 素晴らしい。俺なんか大学院で借りまくってたから。

鈴木 大変ですよね。日本の奨学金問題。

杉原 いつか徳政令が出るんじゃないかって期待してるんやけど。

鈴木 ふふふふ。

杉原 あと、これからやっていきたいこととかございましたら。

鈴木 さっき言ったように、あまりちゃんと考えていないんですよ(笑)。でも決断が迫ってきた時に、自分が行きたい方向って、直感というか、自分の中でもう分かっていると思うんですよね。それをいろいろ考えるのは、後悔する理由を後付けしてるようなものだなと。なんとなく心が踊るほうに行けばいいのかなって思います。

杉原 「答えはもう分かっている」と。

鈴木 直感に従ったほうがいいのかなって(笑)。

杉原 うんうん。では最後に、生きる上で大切にしていることは何ですか。

鈴木 ワクワクすることを忘れないというか。何も感じなくなったら終わりですもんね(笑)。自分がどう感じているのか。悲しみも、生きているからこそ感じることで、発想を豊かにしてくれるし。そういう感情も大切にしたいなって思います。

研究室からの風景。

(おわり)

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