【第18回】「まちの本が循環する場所」平井の本棚・津守恵子さん/越智風花さん

まちの本屋さんがどんどん減りつつあるこの時代。寂しさを感じている方も多いのではないでしょうか。東京の下町・江戸川区平井も、かつては6~7軒ほどあった本屋さんが次第に減っていき、いつの間にか「本屋のないまち」と言われるようになっていたそうです。

そんな中、JR総武本線平井駅前に2018年オープンしたのが「平井の本棚」。古本をメーンに新刊本も扱い、幅広い品ぞろえとユニークなイベントでひそかに注目を集めています。杉原も友人に誘われてイベントの一つに参加させていただき、その不思議な魅力の一端に触れたのでした。

今回はそんなご縁から、「平井の本棚」店主の津守恵子さんと、運営の中心を担う越智風花さんにお話を伺いました。時代への逆行か、それとも最先端か。人と本屋の関係を考えるヒントが、「平井の本棚」にはたくさんありました。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』195号(2020年10月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

【プロフィール】

津守 恵子(つもり けいこ) 東京都生まれ。編集業の傍ら2018年7月に「平井の本棚」をオープン。地図/路上観察、温泉/銭湯等に関連するまちの面白さやケア機能に関心あり。持続可能な本屋を目指し試行錯誤中。

越智 風花(おち ふうか) 1993年、愛媛県生まれ。信州大学の学生だった2016年4月に長野県松本市で古書店「おんせんブックス」をオープン(2019年5月閉店)。2019年6月、結婚を機に上京した後、「平井の本棚」スタッフに。

杉原 学(すぎはら まなぶ) 大阪府生まれ。四天王寺国際仏教大学中退。広告会社のコピーライターを経て、立教大学大学院修士課程修了、博士課程中退。単著に『考えない論』、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章執筆)など。高等遊民会議世話人。日本時間学会会員。

本屋のないまちに本屋を開く

杉原 店主の津守さんは平井の生まれなんですね。

津守 そうです。私が子どものころの平井は、新刊書店・古本屋あわせて6~7軒あったんですけど、どんどん減っていって、今はほとんど本屋がないまちです。この建物はもともと私の実家で、1階に入っていたメロンパン屋さんが2018年に閉店しました。その時に、「本屋がないまちで、本屋が成り立つか?」と試しにここで1カ月半だけ古本市を開いたんです。「そもそも経営的に成り立つのか?」って。結果的に、経営的には全く成り立たないっていうことがよく分かったんですけども(笑)。でも、本と本屋を求めている人はいるんだなと強く感じましたし、何よりやってみたら面白かったんですよね。それで、周りにすっごく止められたんですけど、本屋を始めてしまったと(笑)。

杉原 「自分が本屋をやりたい」というよりも、「このまちに本屋があったほうがいいよね」っていう感覚のほうが、動機としては大きかったんですかね?

津守 そうですね。場所と機会を提供するみたいなイメージで「本屋をやりたい人は来ないかしら……」と開いてしまった感じですね。

杉原 そんなところに、都合よく越智さんがやって来てくれたと。

津守 そうです(笑)。

1階の書店スペースにて。左から店主の津守恵子さん、スタッフの越智風花さん、汗っかきの杉原学。(撮影:井口康弘)

古本市が引き寄せた出会い

杉原 二人はどうやって出会ったんですか?

越智 津守さんが仲間とやっていた古本市に、知り合いのつながりでお邪魔したのが最初です。当時はまだ長野に住んでいたんですけど、その1年後くらいに、夫の仕事の都合で東京に引っ越すことになって。たまたま職場に通いやすい場所ということで、平井に住むことになったんです。それでごあいさつに行ったら、そのままスタッフになることになった感じです(笑)。

杉原 すごいご縁ですね(笑)。

越智 ほんとに古本市のおかげです。

杉原 でもお店を任せるのって、けっこう勇気が要るというか、信頼がないと難しいと思うんですけど、即決されたんですか?「この人だ!」と思ったポイントは何だったんでしょう?

津守 越智さんは新刊書店での勤務の経験がありましたし、自分で古本を扱う経験もしていて。お会いした時に「本屋をきちんと運営してくださる方だな」っていうのはすぐ分かったので。そういう意味では安心して任せられるというか、とても信頼がありましたね。

杉原 越智さんもその場で「よろしくお願いします」と。

越智 ちょうど東京で仕事を探していたので、渡りに船ではありました(笑)。

杉原 今はどんな体制で「平井の本棚」を運営されているんですか?

津守 開店当初は古本市のメンバーなど、順番に店番をしていただいていたんですが、今は越智さんがメーンでお店を回してくれています。他にも2人、お店番に入ってくださる方がいて、あとはイベントとかデザインの関係で協力してくださる方が何人かいる感じですね。

2階の在庫置き場兼イベントスペース。直前に古書の大型の買取案件があったそう。(撮影:井口康弘)

杉原 この建物は、1階が本屋さん、2階が在庫置き場兼イベントスペース、そして3階がこの夏から宿泊施設になったそうで。

津守 「ADDress(アドレス)」という多拠点居住のサービスをしているベンチャー企業がありまして。3階はその拠点の一つとして貸しているので、ある意味「泊まれる本屋」にもなっています。平井は徒歩10分圏内に7軒の銭湯があったり、下町らしいコミュニティも残っているので、利用者にはそうしたところでの交流も楽しんでほしいですね。それが結果的に本屋の売上にもつながればという淡い期待も……。越智さんはそこの家守として、コンシェルジュ的な役割も担ってくれています。

杉原 「泊まれる本屋」って魅力的ですよね。実は『かがり火』186号で、このADDressの社長である佐別当隆志さんを紹介しています。ただの偶然ですが、ちょっとしたご縁を感じますね。

普通の本屋さんでありたい

杉原 「平井の本棚」の特徴というか、こだわりみたいな部分はありますか?

越智 一応、「普通の本屋さんでありたい」と思っていて。地元の人にちゃんと使ってもらえる、普通の古本屋さんであろうとしているんですけど、にじみ出る変さがあるらしくて……。

津守 ふふふふ。

越智 「品ぞろえが変ですね」みたいなことはよく言われます。個性を出すつもりはなくて、お客様に手に取っていただける本を選んでいるだけなんですけど。イベントは明らかに変かなとは思います。他ではやらないようなイベントを開きがちです(笑)。

杉原 どれもユニークですよね。谷川俊太郎の詩を朗読しながらヨガをするワークショップとか、頭と心を休ませるためのデトックス読書会、湯上がりにおすすめの本を選ぶ会とか、他にもいろいろありますけど(笑)。

津守 違うジャンルの人同士を掛け合わせる「スナック越境」というトークイベントもやっています。例えば「囲碁アート×空想地図」「エスペラント×ラテン語」「ジャーナリスト×文化人類学者」「南北朝×琵琶」「ボサノヴァ×ペソア」とか。異なる世界が交錯する中で、面白いものが生まれたらいいなって。

イベントスペースにはカウンター席もある。(撮影:井口康弘)

杉原 そういう「ジャンルを横断する」というのは、本屋さんとしても一つのコンセプトだったりするんですか?

越智 確かにいろんなジャンルの本がそろうっていう意味では横断しているんですが、本棚づくりは、特別に奇をてらったことはしていないつもりです(笑)。

杉原 「普通の本屋さんでありたい」とおっしゃっていましたけど、それはどういう意味なんですか?

越智 津守さんがお話ししてくれたように、私はこれまで小さい新刊の本屋さんで働いたり、長野県松本市の浅間温泉で「おんせんブックス」という古本屋を自分で始めたりしてきたんですけど、その中で気付いたのは、「普通の本屋」が「普通の本屋」であることが、こんなに難しいんだ、っていうことだったんです。

杉原 というと?

越智 新しく古本屋を始めた瞬間、「個性を前面に出したセレクトの古本屋さん」みたいに思われてしまうというか。長野で古本屋を始めた時は大学生だったので、「女子大生が古本屋をやってる!」みたいな取り上げられ方をしてしまって(笑)。「平井の本棚」も「本屋の不毛地帯に本屋が出来た!」みたいに特別視されがちで。そうなると、昔からある古本屋さんは日の目を見ないし、私たちも変な期待をされたりして。個人的には、まちになじんで、まちの人に使われるっていうのが最高の本屋さんだと思っているので、そこを目指している感じです。

津守 「こだわり」はよく聞かれるんですけど、こだわりのない本屋って難しい。そうなりたいなと……(笑)。

越智 ははは。そうなれると一番いいですね。

杉原 お二人の話を聞いていると、何だか昔ながらの本屋さんに対する敬意みたいなものを感じます。だからこそ、自己表現としての本屋じゃなくて、地域の人たちの「こういう本屋があったらいいな」っていう思いをくみ上げるようなイメージを持たれているのかなって。そういう意味でも、「平井の本棚」ってすごくいいネーミングだなと思いました。

津守 古本屋って、まちの本が時を経て循環する場所でもあるので。地元の人がウチの本棚を眺めて、「きっとこの本屋さんは、こういう本が好きだよね」って持ってきてくださったりするんですよね。本屋さんが本をセレクトするというよりも、近所のおじいちゃんとか、まちの人が、「これ面白かったよ」って持ってきてくれる、そういうのがうまく機能すると面白いんですけど。ただ、それで商売を成り立たせるのがすごく難しいところで。ウチはほとんどが古本で、1割が新刊本ですが、お客様からは新刊の扱いを増やすことが求められている感じはあります。みなさん、本を実際に見て、触って、実感しながら選びたいんだろうな、と思います。

ユニークなお客さんにびっくりすることも

杉原 開店した時のお客さんの反応はどうでした?

津守 ちょうど開店のタイミングで、最寄りのブックオフが閉店してしまって。だから当初は「ブックオフがなくなっちゃったんで……」っていう話題から、お客さんとおしゃべりすることが多かったですね。

杉原 じゃあ地域の人にとっても、いいタイミングでの開店だったんですかね。

津守 どうでしょうね。ブックオフの代わりができるかっていうと、店のサイズも機能も違うかなとは思いますけどね。開店して一番びっくりしたのは、そんなふうに「人は本屋でこんなに話をするんだ」っていうことでした(笑)。平井の人は目新しいものが好きなので、興味を持って来てくださって。「何で今さら、こんな何もない場所で本屋を開いたの?」みたいなことから始まって、いろんな世間話をして帰られる。私は本屋に行っても黙って本棚を眺めるタイプなので、世間話をしに来る人がたくさんいることに、ちょっとびっくりしました。

3階は全国定額住み放題サービスを展開する「ADDress(アドレス)」の拠点。本屋に泊まれる希有な立地。(撮影:井口康弘)

杉原 お客さんは地元の方が多いんですか?

越智 最初のころは地元の方がメーンで、おじいちゃん、おばあちゃんが何かを買いにくるっていう感じでした。それが今年に入ったころと、あとはコロナの休業開けくらいに変化があって、遠方から来られる方が増えました。ほんとに古本が好きで、本屋さん巡りをされている方が来られるようになって。そうすると買われる本も全然違うし……っていう感じです。おしゃべりする人の割合はちょっと減りましたね(笑)。

杉原 印象的だったお客さんはいらっしゃいますか?

津守 お手紙と一緒にそっと本を置いていかれる方がいて。すごい達筆で「読んでくださる方がいると嬉しいです」って書かれた手紙と、本の入った袋がいつの間にか置いてある。お声掛けくださればいいのに……と思いつつ、お会いできないんですけど(笑)。あと、買われたはずの本がそっと書棚に戻されていることがあり、「ひとり貸本屋?」みたいな方とか(笑)。多分ご近所のおじいちゃん、おばあちゃんだと思うんですけど。

他にも、分厚いコレクションのファイルを持参される「しおりコレクター」の方とか。あと、若い方にはおすすめの本をよく聞かれます。何を読んだらいいか分からないからって。丁寧に嗜好や好みを確認する場合ももちろんあるんですけど、あえて乱暴に「死んでる人と生きてる人、どっちがいい?」って聞いてみたり(笑)。

杉原 「著者の生死で本を絞る」って斬新ですね(笑)。

津守 「死んでる人!」「じゃあ死んでる人の中から、男の人と女の人、どっちがいい?」って(笑)。何かを選ぶってことは、好きなものや関心、何が苦手か、自分の価値基準がはっきりしていないとできない場合もありますよね。お話を聞いていく中で、「私の関心は一言でいうと『役に立つ』ということなんだ!」って気付かれたりする方もいらして。そういう感じのやりとりは面白いですね。

本と人が出会う場所

杉原 では最後に。お二人にとって、本屋とはどんな存在ですか?

越智 両親が本好きだったので、物心つく前から本が身近にある環境で育ったんです。毎日のように両親が本屋さんに連れて行ってくれて、本だったら何でも買ってくれたんですよ。そういう意味ではワンダーランドだし、今も、知らない本を見つける作業はとっても楽しい。私にとって本屋さんは、そういう楽しい場所として刷り込まれているので、「平井の本棚」もそうありたいと思っております(笑)。

津守 私も越智さんと似ているんですけど、子どものころから時間があると本屋さんにいて、息をするように本を読んでいたので、特別なことと思ったことがなかったですね。そこでひとり勝手に知らないことを知って、世界を広げる場所というイメージ。図書館ももちろんそういう場所なんですけど、古本屋はもっと雑多で、未整理なところが好きで。先ほどの「スナック越境」じゃないですけど、この本の隣にたまたまこの本があって……っていう発見があるのが古本屋の特徴で。

ネットだと目的の本、分かっているものは買えるんですけど、検索で呼び出したものしか買えない。だから「平井の本棚」は、そういう発見のある場でありたいなと。私自身、発見を求めて本屋を回ったり、ぶらぶらすることがすごく楽しいので、そういうのを楽しんでもらえるような本屋になれるといいなーと。「この本を掘り出した!」みたいな発見は、やっぱりうれしいので。

杉原 確かに本屋さんで棚を眺めていると、たまにパッと目に飛び込んでくるというか、「呼んでる!」みたいな本があったりしますよね。それを買いにきたわけじゃないのに。そうすると「あ、俺いまこんなことに興味あるんや」って逆に気付かされたり。そういうのも面白いですよね。

津守 うん。そういう偶発的な、予想を超えることのほうが面白いというか。

杉原 さっき越智さんがおっしゃっていた「普通の本屋さんでありたい」っていうのも、そういう発見を大事にされているからなんでしょうね。お客さんの感性とか、偶然の出会いとか、目に見えないご縁とか、そっちを信頼しているから、自分たちのセレクトだけで固めてしまわないというか。そんな気がして、なんかいいなーって思いました(笑)。

越智 ありがとうございます。

津守 セレクトショップってどうしても「自分の世界を見て」みたいになりがちな感じがして。もちろん自己表現としての本屋さんも一つの形だと思うんですけど、私たちはそういうのではなく、「選んでいるけど選んでいない」というか。雑多であることを大事にしています。

越智 そうですね。バラエティーに富んでいるほうが面白いですし。流行を追ってニーズのある本を的確に展開していく新刊書店と違って、手元にある本を欲しい人が手に取るまで待つのが古本屋の仕事なので。求めている人と本とが「出会える」ことが大事で、「来たら、あった」っていうのが、やっぱりやりたいです。だから、狭めないようにしています。

杉原 個性を出そうとしていないのに、結局すごく個性的な本屋さんになっているところが面白いですよね。それがまたユニークなお客さんを引き寄せるのかな、と思いました。今日は開店前のお忙しい中、ありがとうございました。

津守・越智 ありがとうございました。

お店の外にも魅力的な本がズラリと並ぶ「平井の本棚」。住所:東京都江戸川区平井5-15 Tel:03-6661-8055(撮影:井口康弘)

(おわり)

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