情報発信によるまちづくりを本気で進める 合志市クリエイター塾

熊本県合志(こうし)市では、市民に映像制作を教える「合志市クリエイター塾」を毎年開催している。自治体がPR映像を制作したり、商工会議所が地元企業に情報発信を教えたりするケースは見られるが、市が主催する市民向け映像教室は珍しい。 

その狙いは何か?効果は出ているのか?クリエイター塾が行われている現場を取材し、関係者に話を聞いた。(本誌:松林 建)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』195号(2020年10月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

僧侶、主婦、中学生がクリエイターとして活躍

土曜の昼すぎ。合志市の公共施設「ルーロ合志」の一室では、さまざまな年代・職業の市民40人余りがグループに分かれてテーブルを囲み、授業が始まるのを待っていた。この日は「合志市クリエイター塾2020」の開催日。

今年はコロナの影響によりオンライン主体で授業が行われており、生徒と講師が一堂に会するのは3日目のこの日が初めて。講師を務めるのは、東京の大手映像制作会社で、CM、映画、アニメーションなどの企画・制作を数多く手掛ける株式会社ロボットの清水亮司監督と、柳井研プロデューサーである。

この塾では情報発信できる市民を育てるため、映像制作の考え方、方法、テクニック等を教える授業が約4カ月で計16コマ行われる。最終的に、地元企業のPR 映像をグループ別に制作するのが目標だ。この日の授業は講義とワークショップの2コマで、テーマは「演出」。企画と演出の違い、コマ割り、構図など、ここでしか聴けないプロの話が存分に語られる。聴く市民の表情も真剣そのものだ。

クリエイター塾の会場。参加者の熱気と学ぶ意欲が伝わってくる。

講義が終了し、演出案を作るワークショップが始まると、今度は一転して市民同士の白熱した議論が始まり、会場は熱気に包まれた。

クリエイター塾の発足から6年。初年度は参加者が20人程度だったが、年を追うごとに少しずつ増え、今年はオンラインも含めて51人が参加している。卒業生も累計で100人を突破し、職業も農業、教育、医療、介護、会社経営など多様だ。なかには、映像制作のNPO を立ち上げた主婦や、大手企業のWeb 動画やBGM を制作する僧侶、そして、作った映像がアジアの映画祭にノミネートされた中学生も現れた。

それにしても、なぜ合志市では、市民クリエイターの育成にこれほど力を入れているのか? その背景には、合志市特有の悩みと市長の思いがあった。

情報発信できる市民を育てたい

熊本市の北に隣接する合志市は、内陸の田園地帯に位置する農業が盛んなまち。近年は熊本のベッドタウンとして若者の転入も多く、今年8月時点の人口は約6万3千人と、市が発足した2006年から1万人以上も増加。今なお成長を続ける全国でも数少ない自治体だ。しかし、合志市は内陸部の田園地帯にあるためか、観光地や特産品に乏しい。

そこで、農産物の素晴らしさを生産者が自ら発信する一手段として、現職の荒木義行市長が7年前に掲げた方針が、「情報発信できる地元市民を育成する」ことだった。これに基づき始まったのが、「合志市クリエイター塾」というプロジェクトである。担当の境真奈美さん(合志市生涯学習課主幹)は、当時の様子をこう振り返る。

「合志市は大きな山や川がないので自然災害には強いのですが、逆に言えば特色に乏しい市です。アピールできる対象が少なく知名度も低いので、特産品を開発してもうまく伝えることができずにいました。その解決策として、『自分で作ったものは自分で発信する風土を身に付けよう』と市長から声が掛かり、このプロジェクトが始まりました。

しかし、市民を育成するといっても前例がなく、どう進めればいいか分かりません。この難問に応えてくれるパートナーを探していた時に、たまたま地元企業と接点があったロボットさんに相談したら快く引き受けていただき、共同で進めることになりました。大手制作会社にお願いできるとは思わなかったので、運とタイミングに恵まれたと思います」

ワークショップの様子。さまざまな年代・職業の市民が議論を重ねて1本の映像を制作する。
プロの撮影現場を体験する授業。

さまざまな市民が集まることが楽しい

それにしても、東京から一流のプロを呼ぶとなれば、それなりに予算が必要だ。しかも、福祉や災害対策などに比べて情報発信は優先度が低い。反対されてもおかしくないが、なぜ実現できたのか?

「市長の『半農半アニメ』というマニュフェストを実現する施策であり、地方創生交付金を活用して市の負担が半額で済んだので、議会も含めて反対意見は出ませんでした。あとは、市長が『できない理由を探さずに、できる方法を考えよう』とよく職員に話していたことも大きかったですね。複数の要因が良い方向に重なった結果だと思います」(境さん)

運も味方につけて始まった合志市クリエイター塾は、試行錯誤しながらも開催を重ね、映像を自ら発信できる卒業生を輩出している。昨年からは1本の作品をグループワークで作る方式に変更したところ、生徒同士が活発に連絡を取り合うようになり、コミュニケーション活性化にも一役買っている。そして、担当の境さん自身も、そうした市民間の交流を楽しんでいる。

「私も生徒同士の交流をのぞいていますが、自分にない発想がポンポン出てきてワクワクしっぱなしです。担当の私でさえ楽しくてたまらないので、塾生はもっと楽しいと思います。こうして楽しみながら作品を作り上げる行為はとても前向きで、未来を先取りできそうな予感がします。このワクワクする思いを、もっと地元の人にアピールしていきたいですね」

クリエイター塾を担当する合志市職員の境さん。塾に関わるのが楽しくて仕方ないという。

生徒の職業や年代はバラバラで、やりたい分野も音楽、写真、映像、編集と異なる。そうした市民間の交流が活発になることは、互いに良い刺激になり、主催者の刺激にもなっている。楽しみながら本気で塾を運営している様子が、境さんの話の随所から伝わってきた。

人材育成が地域課題解決につながる

一方、講師の側は、こうした動きをどう見ているのか? 6年間講師を務めているロボットの柳井さんに聞いた。

「合志市から話をいただいた時は、ちょうど地方創生が始まり、地域のPR 映像を作る仕事が増えた時期でした。人材育成の仕事は未経験でしたが、地域に関わる新しい仕事がつくれる予感がしたので、われわれにとってもチャレンジでしたが引き受けました。6年目を迎えて感じるのは、さまざまな年齢・職業の市民が一堂に集まって議論することも大事ですが、市民同士のつながりが広がってゆくことが一番の魅力だということです。

最初は映像を撮りたい人だけが参加していましたが、そのうちに出演したい人、声だけ出たい人、音楽を作りたい人などが集まるようになりました。市民が得意分野を持ち寄って作る制作過程は、われわれにとっても刺激的です。また、映像作品は撮る人の個性が映り込みますので、市民の感性に感動することも多いです。何より今は、人を育てることが地域の課題解決につながっていると心底思えています。私自身が教えることに本気でのめり込んでいますし、地域に足りないものを埋めている手応えも感じています」

講師を務める株式会社ロボットの清水亮司監督(左)と、柳井研プロデューサー。

市民クリエイターの育成は、ロボットにとって競合相手を自ら育てているとも言える。しかし、柳井さんの話からは、ビジネスよりも、人材育成を通じて新たな地域づくりの形を作っている使命感が感じられた。

市をPRして恩返しがしたい

6年続けたことにより、塾の活動は市民の間にも認知され、地元企業から卒業生に映像制作の仕事が来るまでになった。その卒業生を代表して、NPOを立ち上げて映像制作を仕事にしている主婦の永目佐智子さんに、塾に参加した感想を聞いてみた。

クリエイター塾の1期生として参加した永目さんは、卒業後も仲間と定期的に集まり、市のPR動画を趣味で制作していた。しかし、趣味で続けるには経費面で厳しいため、永目さんは3年前にNPO を設立して代表に就任。個人の趣味としてではなく、組織として仕事を請け負う体制を作った。メンバーは仲間3人だ。これまで合志市の農政課、生涯学習課、民間企業、図書館などから市を通じて受注し、PR 動画を制作した。土日に集まって撮影し、大抵3~4日で仕上げているそうだ。

クリエイター塾の卒業生で、映像制作のNPOを立ち上げた永目さん。

「私は子どものころから映画が好きで、映像を作る仕事をしたいとずっと思っていました。でも、現実には結婚して育児に入りましたので、諦めかけていたんです。なので、塾の話を聞いた時は絶好の機会だと思い、飛び付きました。自分がやりたいことでしたので、授業は楽しくて仕方なかったですね。

どうすれば分かりやすく、魅力的に見せられるかを自由に発想して作れるのが映像制作の醍醐味です。塾がなければ普通に主婦をしていましたので、市には感謝しかありません。これからも、楽しみながら合志市をPRして、少しでも恩返しをしていきたいと思います。独自のストーリーのショートムービーにも挑戦したいですね」(永目さん)

こうした動きが市民の間で活発になれば、一つの地産地消モデルとして成立し、地元で起業する市民も増えそうだ。

他の自治体との共同開催を目指す

市職員、講師、参加者がそれぞれ楽しみながら本気で取り組んでいる「合志市クリエイター塾」だが、地方創生交付金を使えるのは2021年まで。そのため市では、来年以降、他の自治体と共同開催できるよう塾の横への展開を計画している。今年の授業も他の自治体に宣伝して、最初の説明会には約50自治体が参加し、うち16自治体がオンラインで授業を見学している。

「視覚からも聴覚からも入りやすい映像は、情報発信に適したメディアだと思います。興味を示す自治体も多いので、そうした自治体の先導役として、合志市を映像のまちとしてブランド化したいですね」(境さん)

今はYouTubeの影響で、個人が簡単に映像を発信できる時代になった。しかし、自分が真に伝えたい物事を映像で伝えるには、制作の技術とノウハウが必要になる。今回の取材を終えて、合志市、講師、市民の3者が、映像制作という活動に本気で取り組んでいる姿が印象に残った。そして、この動きが全国に広がれば、住民同士の交流が活発になり、地域の魅力が高まると感じた。

(おわり)

>「合志市クリエイター塾」ホームページ

>「合志市クリエイター塾」Youtubeチャンネル(市民が制作した映像を観ることができます)

『かがり火』定期購読のお申し込み

まちやむらを元気にするノウハウ満載の『かがり火』が自宅に届く!「定期購読」をぜひご利用ください。『かがり火』は隔月刊の地域づくり情報誌です(書店では販売しておりません)。みなさまのご講読をお待ちしております。

年間予約購読料(年6回配本+支局長名鑑) 9,000円(送料、消費税込み)

お申し込みはこちら