「誰かにとって“特別な地域”を創る」というミッション実現に邁進する「おてつたび」のいま

人手不足で困っている地域と、知らない地域に行きたい人や仕事を手伝いながら旅もしたいという人とをマッチングするサービス「おてつたび」。『かがり火』では、「おてつたび」が起業して間もない2018年11月に代表の永岡里菜さんを取材し、同誌184号に掲載した。当時は事業の立ち上げに孤軍奮闘していた永岡さんだったが、3年が経過したいま、「おてつたび」はコロナ禍をも乗り越え、成長を続けている。会社の現況、今の思い、今後の抱負について、改めて永岡さんに聞いた。(『かがり火』編集委員・松林建)

受け入れ先が全国47都道府県に拡大

Q 前回、永岡さんを取材してから3年が経ちました。永岡さんが一人で会社を切り盛りしていた当時と比べると、現在は社員も増え、「おてつたび」の受け入れ先も全国に広がっています。まずは、いまのご感想を聞かせていただけますか?

A 多くの方々に支えられながら、順調に事業を拡大できていると感じます。今年の6月には、国内投資家800名の投票で選ばれる『Great Entrepreneur Award』で、「最も注目されているスタートアップ企業」の3位に選ばれました。経営的には先行投資の域を脱していませんが、資金調達に応じてくださった投資家の方々の期待に応えられるよう、気を引き締めているところです。

Q 現在の社員は何名ですか?

A 今年の11月時点で私を除いて8名、学生のインターンを含めると20名弱です。メンバーも増えてきましたので、今年の4月に、渋谷区代々木にあるマンションの一室に本社オフィスを構えました。また、5月には静岡県浜松市との連携強化の一環で、静岡オフィスを浜松に設けました。常駐社員はいませんが、社員が定期的に訪問して、浜松市との打ち合わせや、受け入れ先の情報収集などをしています。

Q 「おてつたび」のホームページを見ても、受け入れ先と選べる仕事が増えたと感じます。登録している受け入れ先は幾つありますか?

A 今年になって受け入れ先が全国47都道府県に広がり、約400ヶ所まで増えました。当初は旅館が中心でしたが、現在は農家をはじめ、あらゆる業種に及んでいます。変わったところでは、イルカパークでのお手伝い、レコードの整理整頓、海洋プラスチックの回収といったものもあります。

Q 最近では、自治体や企業、団体との連携も進めていますね。

A 9月に千葉市、10月に佐賀県との連携を発表しました。既に両地域では「おてつたび」の受け入れを始めていて、都会の若者が農園や旅館に足を運んでいます。同じく10月からは、広島県の竹原市、三原市、尾道市とJR西日本が共同で立ち上げた「せとうちファンづくりプロジェクト」と組み、尾道市瀬戸田地区の柑橘農家とゲストハウスで受け入れ募集を開始しました。自治体や団体と組むことで地域との関係を深め、受け入れ先の増加につなげています。

Q 連携先には、おてつたび側からアプローチしているのですか?

A おかげさまで、最近では先方から連携を希望するケースが増えました。特に旅館業は横のつながりが強いので、人手不足で困っている宿が「おてつたび」のことを口コミで聞き、アプローチしてくるケースが多いです。でも、まだまだ私たちは世の中に知られていないベンチャー企業。今後も全国各地の事業者に向け、「おてつたび」の受け入れを呼びかけていきます。

コロナ禍で応援した旅館がおてつたびに登録

Q 昨年から続くコロナ禍は、旅行を伴う「おてつたび」としては痛手だったと思います。緊急事態宣言が発せられた時は、どのような心境でしたか?

A 旅館の方々が元気を失っていることが電話や画面越しに伝わってきて、とてもつらかったですね。私たちが何かできるわけではないですから。

Q 緊急事態宣言下で地域間の移動が止まった時も、旅館をサポートされていましたね。

A はい。旅行自粛ムードのなかで、困っている旅館を少しでも応援したくて、好きな宿をSNSの応援コメントで盛り上げる「#お宿応援プロジェクト」を始めました。その時に応援した旅館とは、おてつたびの受け入れ先として登録していただき、絆が深まっています。

Q 毎月実施しているオンラインイベント「おてつたびMeetup」も、すっかり定着しましたね。

A 当初はオフラインで、割と少人数で開催していましたが、昨年のコロナ禍でオンラインに切り替えたことで、毎月、全国から多くの皆さまにご参加いただいています。参加者の感想を共有したり、おてつたびを受け入れている地域の方の話を聞いたりと、オンラインの可能性を発見できたのは収穫でした。一方で、人と人が直接会って話すオフラインのメリットも、改めて確認できました。

会議室にさりげなく置かれていたホワイトボードには、創業以来ぶれることなく一貫しているミッションが書かれていた。

おてつたびを使えば、人が来てくれる

Q 現在の「おてつたび」の利用者は、どの年齢層が多いですか?

A やはり20代が一番多く、全体の約半数を占めています。ただ最近では、50代や60代のシニア層の方も増えてきました。定年後の空いた時間に「おてつたび」に参加する方もいます。

Q 参加理由としては、何が多いのでしょう?

A 幾つかありますが、「地域に興味があるが、きっかけがない」「地域に単身で乗り込む勇気がない」、「農業や観光業の現場を知りたい」といった意見はよく聞きます。知らない日本を知りたいというニーズを強く感じますね。それと、何かをやりたいけど一歩を踏み出せなかったり、人生や進路に悩んでいる若者の利用も多いです。

Q 逆に、地域の事業者が「おてつたび」を使う動機は何だと思いますか?

A 一番は人手不足の解消です。今はどの地域も人手を求めていますし、普通にアルバイトを募集しても、時給を高くして待遇も良くしないと、都会からは来てくれません。しかも、誰が来るかわからないリスクもあります。「おてつたび」は、人手不足の地域と、地域に行きたい人とをつなげるマッチングプラットフォームですので、通常の働き手の募集と比べると、双方のニーズがマッチしている分、出費を抑えられます。それと、利用者はその地域や旅館のファンになってくれるので、事業者にとっても嬉しいと思います。

Q 特に今は外国人労働者も減っていて、地域の人手不足は深刻ですね。

A 時給が安くてアクセス先が悪い地域の事業者は、特に悩まれていると思います。「おてつたび」は時給ではなく、知らない地域に行って楽しむという観点で募集していますので、単なる労働力の補充とはロジックが異なります。もちろん事業者には一定額以上の報酬支給を求めていますが、参加者はアルバイト感覚ではなく、「地域を知りたい」、「困っている地域を支えたい」というモチベーションで参加しています。『これまで色々な募集をしても人が来なかったが、「おてつたび」では来てくれる』という事業者からの嬉しい声も届いています。

観光地でない地域に人流をつくりたい

Q 最後に、今後に向けた「おてつたび」のビジョンを聞かせてください。

A 「おてつたび」では、「誰かにとって“特別な地域”を創る」というミッションを掲げて、好きでたまらない地域を誰もが複数持つことをめざしています。特に、観光地ではない地域に人を呼び込む流れを作りたいんです。私は、人が移動するのは3パターンしかないと考えています。1つは旅行、2つめは出張、3つめは帰省または知人に会うことです。「おてつたび」は、これに4つめのパターンを加えたいと思っています。そして、参加者がその地域のファンになり、3つめのパターンに落とし込むのが目標です。少しずつですが、そうした人流ができつつあります。

Q ミッションの実現に向けた新事業や施策は考えていますか?

A アンケートによれば、おてつたび参加者の9割が、その地域を再訪したいと思っています。でも、地域を好きになって訪れたくても、なかなかそうはいきません。なので、地域との関係性を見える化できる方法を考えています。詳細は検討中ですが、地域との関わりが続く仕組みづくりを詰めているところです。

Q やるべきことは山積みだと思いますが、いまの一番の課題は何ですか?

A やはり、おてつたびの受け入れ先を増やすことです。人手不足に悩む地域の方々に私たちの存在を伝えて、少しでも貢献したいですね。幸いなことに、今は新規の「おてつたび」を募集した途端、すぐ定員に達してしまいます。自治体や団体などの力を借りながら、受け入れ先をもっと増やして、地域への人流を太くしていきたいと思います。

おてつたび代表の永岡さん。取材は、渋谷区代々木の本社で行った。何名もの社員の方々が働いていて、会社全体に活気があると感じた。3年前に取材した時は永岡さんが一人だったので、とても感慨深い。

取材を終えて

永岡さんの話を聞きながら、「おてつたび」の価値は、観光や仕事以外で地域に足を運ぶ手段の提供にあると感じた。ユニークなのは、あまり人が足を運ばない観光地以外の地域にも「おてつたび」は光を当てられる点だ。しかも、地域の人手不足を解消できるだけでなく、関係人口も作れる。単なる物見遊山の観光ではなく地域に入り込み、仕事を手伝えている、自分が貢献できていると実感できる点が、若者の社会貢献意識にもフィットしているように思う。

おてつたびがミッションに掲げる「誰かにとって“特別な地域”を創る」という言葉は、私も大好きだ。そして、多くの人が特別な地域を複数持てば、永岡さんの言うように都会と地域との人の動きが活発になり、地域の衰退にも一つの歯止めがかかると感じた。

(おわり)

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