日本の役所とは大きな違い!未来型国家エストニアの最先端の行政サービスレポート

東京・多摩市に、よりよい地域社会をつくることに関心の高い人たちが集う「市民のミカタ・プロジェクト」という不思議な読書会があります。

メンバーは年齢も職業もまちまちで、多摩市以外からの参加者も少なくありません。読書会は、2カ月に1回の割合で開かれ、会員の希望する課題図書を取り上げて、著者を招いたり、関係者の話を聞いたりしています。

本年1月の読書会では、『未来型国家エストニアの挑戦』の著者で「日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会」代表理事の前田陽二さんと、「日本・エストニア友好協会」会長の吉野忠彦さんをお招きして、先進的な電子国家の取り組みについて伺いました。

このレポートはお二人の話と著書を参考にしてまとめたレポートです。

わが国では戸籍謄本や抄本、印鑑登録証明書や住民票、納税証明書など役所に足を運ばなければならないことが多いのですが、エストニアでは1500もの行政サービスがインターネットで簡単に受けられるというのです。

地域づくりがテーマの『かがり火』ですが、「何だ!外国の話か」と敬遠なさらずに、お読みいただければ幸いです。

【川廷宗之(大妻女子大学名誉教授、本誌支局長)】

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』179号(2018年2月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

さまざまな行政手続きは、インターネットで完了する

エストニアはラトビア、リトアニアと並んでバルト3国の一つで、いちばん北に位置しています。ちなみにナチスに迫害されたユダヤ人にビザを発給し、日本のシンドラーといわれた杉原千畝は駐リトアニアの外交官でした。

エストニアの人口は約1‌30万人、青森県の127万人をわずかに上回る程度ですが面積は4万5000㎢です。北海道の東半分ぐらいの広さをイメージしてもらえば分かりやすいかもしれません。

人口密度は29.01で世界人口密度ランキングの146位、日本は335.95で25位、広大な国土に人口が散らばっているイメージです。

エストニア がICT(Information and Communication Technology)を国家の中核に据えたのは、インターネットを活用しなければきめの細かい行政サービスができなかったという理由がありました。

広い国土にまばらに住む環境では、国民にレベルの高い公共サービスを提供することが難しく、特に過疎の地域で民間および公共のサービスを提供することが不可能だったからです。

どうすれば人手をかけずに多くのサービスを提供できるかを模索した結果が、インターネット社会だったわけです。

もう一つの大きな理由に、国家建設の歴史的背景があります。

エストニアは1721年にロシア領となり、1‌918年に独立を宣言するものの、1940年にはソ連に併合され、1991年に再び独立を勝ち取っています。2004年にEUに加盟していますが、隣の大国の脅威を常に感じ続けている国なのです。

「国家存続」の大義のために万が一、領土を失ってもネット上に国民と国家が存在し続けることも意識されているとのことでした。

エストニアの最大の特徴は、国民は出生と同時にID番号を付与され、法律により15歳以上の国民と1年以上の在住許可を持つ在留外国人は、性別や市民権、出生地、生年月日が登録されたeIDカードを所持することを義務づけられていることです。

ID番号は出生と同時に病院で手続きをするので、親が名前を付けるより先に番号が付くということです。この「eIDカード」は、身分証明書や健康保険証、運転免許証としても使えるようになっており、本人の電子認証と、電子署名の機能も付いているため、さまざまな支払いも可能なので大変便利なカードです。

ただし、カードの安全性を確保するために、カード本体にはこれらの情報が収納されておらず、その都度、認証機関等とのデータのやり取りが行われることによって、機能を果たしています。つまりは、Wi-Fiがどこでも使えるという条件整備がなされているから可能なのです。

ID番号は、日本では人気のないマイナンバー制度と似ているようですが、基本的な考え方が違うようです。このeIDカードはEU内の自由な往来を取り決めたシェンゲン協定を取り交わした国を移動する際は、パスポートの代わりにもなる重要なものです。

煩わしい手続きが情報の電子化で簡略化された

それでは具体的に、インターネットでどんな行政サービスを受けられるのかご紹介しましょう。

・電子納税申告システム(e-TAX)
エストニアの税務申告の約98%がe-TAXによって行われています。納税者はeIDカードを用いて、ログシステムに記録された自分のデータを確認し、必要な変更があれば行い、電子署名で承認します。この間たったの4、5分です。公務員や会社員の場合は、給与などの収入は国が把握しているため、納税額はあらかじめ計算されているというわけです。ちなみに公務員等の給料はオープンで、第三者でも知ることができるようになっています。このシステムができたおかげで、税の還付が数カ月から3日ほどに短縮したといいます。

・教師と家族とのコミュニケーションツール(e-Kool)
これは民間のサービスで有料ですが、80%以上の学校が採用しています.校長、教師、クラス担任、生徒、親(保護者)などをつないでいるもので、学校の情報をすべてオープンに家庭に知らせています。「知らぬは親ばかり」ということがないのです。このシステムが完成して、学校と教師の業務が激減したといいます。

・e-警察
例えば、警察官に免許証の提示を求められた時、免許証を携帯していなくてもeIDカードでもOKです。警察官はモバイルPCで、IDカードを読み取り、免許証の内容を確認できます。

・インターネット投票i-V ote
2005年よりインターネット投票が始まっています。有権者はIDカードを使用して、システムにログインして投票することができます。投票内容は、選挙管理委員会の公開鍵と投票者の秘密鍵で二重に暗号化されています。

・会社登録システム
エストニアでは法人登記がインターネットで簡単にできます。IDカードを利用してポータルサイトにログインし、必要な情報を記入して、電子文書に署名し、手数料と資本金はインターネットで送金すれば申請完了です。データは自動的に裁判所と日本の法務局のような役所に送られ、数十分後には登記が完了します。司法書士や行政書士の力を借りる必要はありません。

・医療情報システム
電子患者記録システムは患者情報、医療記録、来院記録、病歴等がデータベース化されています。電子画像管理システムではX線やCT画像のデータが登録されています。電子予約登録システムは患者が医療機関にオンライン予約できるので、待たされる心配はありません。電子処方箋は薬剤師は医師が発行した処方箋を見て処方するのではなく、システムから情報を入手して処方します。システムは全国すべての病院と薬局に接続されていて、患者は処方箋をもらうために病院に行く必要がありません。患者はメール、スカイプ、電話で医師に連絡でき、医師はクリック一つで処方箋を出すことができます。

以上は、代表的なエストニアのインターネットによる行政サービスですが、驚くほど電子化が進んでいます。

小さい国だからできたことだと思わずに、謙虚に学ぶべきだという前田陽二さん。

セキュリティはどう保護されているか

エストニアは行政サービスだけではなく、政府の閣議がe-Cabinetと呼ばれ、閣僚は会議の前にシステムにアクセスし議題を確認し、異議があるか発言を求めるかなどをインターネットであらかじめ連絡しておくのだそうです。

異議がないものは閣議で協議されることなく採択されていきます。このやり方を採用してから、いままで4~5時間かかっていた閣議が1~2時間で終わるようになりました。

ここまで情報が電子化されれば、セキュリティが問題になりますが、それがX-Roadというシステムで守られています。これこそ、電子政府の心臓部であり、最も重要なバックボーンです。

エストニアでは、政府、病院、警察、学校などあらゆる場所で電子サービスが受けられるわけですが、情報が一極集中しないようにデータベースはそれぞれ分散化され、セキュリティサーバにつながれています。それらのデータベースを横断的につなぐシステムがX-Roadです。

異なる機関の間で安全なデータ交換ができ、幅広い電子サービスを受けることができるようになっています。これらのシステムが可能になったのは、2‌00‌0年に可決された電子署名に関する法律のおかげだということです。

プライバシーは守られているのか

ここまで電子化が進んでしまうと、プライバシーは守られているのかという大きな問題が出てきます。

日本には、政府や行政機関が個人情報を勝手に使うのではないかという不信感がありますが、エストニアではこの問題に対応するために、個人情報を「個人識別情報」「私的個人情報」「機密個人情報」の3段階に分けて管理しています。

「個人識別情報」とは、名前、ID番号(生年月日、性別)で、日本のマイナンバーに含まれている「住所」はエストニアでは含みません。

「私的個人情報」は婚姻や出産など社会福祉給付に関わる情報です。これらの個人情報は、本人からの申請が前提ですが、行政機関等に登録された内容も、常に本人がチェックし、誤っていれば当然修正することができるようになっています。

本人以外の行政機関等が、この情報を取り扱うには独立した第三者機関である情報管理専門の「情報保護監察局」へ通報義務が課され、制限が加わっています。

「機密個人情報」とは、民族、人種、健康または障害の状態、遺伝情報、生体情報、性生活関連情報、労働組合加入状況など、政治的意見や宗教的信条を扱う情報などであり、最も神経質な情報です。

本人以外の行政機関、例えば司法機関などがこれらの情報を取り扱うには「情報保護監察局」に登録したり、閲覧の許可が必要で、かなり厳重に管理されているといいます。

ICTを活用したエストニアの行政サービスに詳しい前田陽二さん(左)と、エストニアへの功績を評価されてテッラ・マリアーナ十字勲章を受けた吉野忠彦さん。

さらに、エストニアのシステムでは、自分に関する情報に誰がアクセスしたかは、ログ(記録)に残るシステムになっているので、正当な目的なしで他者の個人情報を見たり介入したりすることは不可能に近いのです。

また「なりすまし」などの偽造も、厳重に管理されていて、エストニアではこの14年間、eIDカードがハッキングされたり、電子署名が偽造された例はないということです。

ここまで進んだ電子社会ですが、エストニアにもパソコンの操作ができない人や、操作が苦手なお年寄りはいるはずです。ICTを駆使できない人はどうするのでしょうか。

ネットやモバイルが使えるかどうかの差(デジタルデバイド)は、現在のエストニアでも大きな問題として残されており、「デジタルデバイドの克服」と、「ICT技術力の向上」の2点が重点項目として掲げられています。

2013年時点で、インターネットを使えない18%の高齢者・低所得・低教育レベルの国民がいて、2020年までに5%にするという目標が立てられています。

電子国家エストニアは何を目指しているのか

エストニアがICTを中心にした国家建設を進めるのは、行政サービス以外に大きな目的があるためです。それは、「eレジデンシー」と呼ばれる仕組みで、エストニア政府が認めた外国人にエストニアの電子システムを使って活動できる特典を与えるシステムです。

このシステムは、基本的にすべてをネット上で行えるので、エストニアに行かなくても、「仮想エストニア国民=eレジデント」になることができます。

eレジデントになれば、エストニアのシステムを活用してさまざまな事業を始めることができます。事業が成功すれば、その収益から徴税できるためエストニア経済へ大きな貢献をすることになります。

また、ICTを駆使して「eレジデンシー」の申請を行えるのは一定の力量を備えた人ですから、国は教育や人材育成の投資なしで、優秀な仮想エストニア人を増やすことになるというわけです。

この試みはエストニアがスタートアップ企業を多く集めていることでも大きな効果を発揮しています。スタートアップ企業を一言でいうと、新しいビジネスモデルを開発し、ごく短時間のうちに成長と収益を狙う新しいかたちの企業です。

今までにないイノベーションで、人々の生活と世の中を変える会社のことですから、ベンチャー精神に富んだ優秀な人たちが集まるのです。ちなみに現在広く普及しているスカイプはエストニアが発祥です。

またeレジデントはエストニアに親近感を持つ人々を世界中に生まれさせていくという利点もあります。今年1月にエストニアを訪問した安倍首相も「eレジデント」であることを表明して友好関係をアピールしました。

前田さんの著書は、エストニアを知るために大いに参考になる。

一方、国家としての安全性の確保という意味では、大規模なサイバー攻撃に対応したり、国土を失う事態も想定し、国民のデータを国外にも保管し、万一の事態に備えているということです。

エストニアはICT戦略を年間40億円程度の低予算で構築しているというから驚きです。日本では住基ネットやマイナンバーなどに膨大な予算が使われていながら、その機能が十分に発揮されているわけではありません。確かに国土や人口はわが国と大きな違いがありますが、もっと根本的な違いがあるようです。

エストニアは行政はすべて国民に奉仕するためにあるという公僕意識が極めて高いということです。日本では官公庁が本人が知らないうちに個人情報を蓄積しているのではないかという不信も拭い切れません。エストニアは情報公開法を制定して、国民にネット上に情報を公開して高い透明性を確保しています。

日本では行政に情報公開を請求してもすんなりと出てきません。出てきたとしても行政側に不利なものは黒く塗りつぶして出される例が少なくありません。電子政府は技術的な問題もありますが、何よりも国と国民の信頼の上に成り立っていることが前提のような気がします。

【参考文献】
・前田陽二/内田道久著『IT立国エストニア』慧文社(2008年10月)
・前田陽二/松山博美著『国民ID制度が日本を救う』新潮新書(2011年10月)
・ラウル アリキヴィ/前田陽二著『未来型国家 エストニアの挑戦』インプレスR&D(2016年1月PDF版、2017年2月印刷版)

(おわり)

>「日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会」ホームページ

『かがり火』定期購読のお申し込み

まちやむらを元気にするノウハウ満載の『かがり火』が自宅に届く!「定期購読」をぜひご利用ください。『かがり火』は隔月刊の地域づくり情報誌です(書店では販売しておりません)。みなさまのご講読をお待ちしております。

年間予約購読料(年6回配本+支局長名鑑) 9,000円(送料、消費税込み)

お申し込みはこちら