総務省統計によれば、平成30年の日本の住宅総数は6242万戸、空き家は846万戸、別荘などの「二次的住宅」を除いた空き家数は808万戸で率にして12.9%。実に7~8戸に1戸は空き家というから驚きだ。平成25年と比べて住宅数は179万戸、空き家数は26万戸も増えている。
さらに、明治大学の野澤千絵教授の推計では、平成25年時点の空き家予備軍は720万戸に上る。日本の住宅販売は新築が8割を占める。相続されなければ、いずれは空き家となる。相続権は残るから、処分する責任は誰かが取らなければならない。壊すにもしても、売るにしてもお金が掛かる。「負動産」という言葉まで生まれた。日本の家は消耗品と化している。
昨年11月、『空き家幸福論』(日経BP)なる書籍が出版された。ウェブサイト「家いちば」による空き家の直接売買が、売り手と買い手をハッピーにしているという。
著者の藤木哲也さん(51)に、「家いちば」の仕組みと空き家の可能性について聞いた。
【東神田支局長・NPO地域交流センター代表理事 橋本正法】
※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』197号(2021年2月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。
「家いちば」までの道すじ
藤木さんは、建築や不動産に関わる様々な職業を経験してきた。それらがほとんど、結果として家いちばへの準備期間だったと振り返る。まずはキャリアを紹介しておこう。
藤木さんは福岡県柳川市の出身。小学6年生の時からパソコンに親しみ、中学生の時からプログラミングで遊んでいたという。横浜国大に進学して建築学を修め、最初はゼネコンに就職して、タワーマンション建設の現場監督を行う。次いで設計事務所に転職して、デベロッパーを相手にしたマンション設計の仕事に従事、その次はデベロッパー会社に就職し、タワーマンションの開発事業を担う。金融活動を知りたいと考えて不動産ファンド会社に転職し、資産運用の仕事を経験する。
2社目のファンド会社では不動産ファンドのアセットマネージメントに携わり、データ分析の効率化を図るために、クラウドアプリを使ってデータベースシステム「ノウト」を自作した。その間、働きながらオーストラリアのボンド大学のビジネスコースをオンラインで学び、MBA(経営学修士)を取得する。また、社外活動として住宅問題を横断的に議論する「ハ会」や、これからの横浜を考える「コレヨコ」等の活動に参加した。
2011年、脱サラして株式会社エアリーフローを設立して住宅修繕のマッチングサイト「家修繕ドットコム」を立ち上げ、2015年に「家いちば」をスタートさせた。
「家いちば」の仕組み
家いちばの最大の特徴は、売り手と買い手が直接メールで交渉することであろう。サイトへの掲載も売り手自身が行い、物件紹介だけでなく、売りに出した理由や経緯も記載する。こうした「セルフセル方式」を用いることにより、誰でも、どんな物件でも無料で掲載できるという仕組みだ。
料金は商談が成立した時点で発生する。売主にはシステム登録基本料8万円、買主には成約基本料6万円が掛かるほか、不動産の契約手続きは家いちばが担当し、その手数料が売買価格に応じて請求される。物件の事前調査や内見の対応などの業務を省略しているため、通常の不動産手数料よりもかなり安価である。
相続からフリーマーケットへ
― 藤木さんは学生時代に車で日本中を見て回って、地方の風景のすばらしさに感動し、守りたいと思ったそうですが、どういう風景が良かったのでしょうか。
藤木 いわゆる里山の風景ですね。小高い山並みがあって、その手前に田畑があって、建物があって、人と自然が共生している風景です。日本人は縄文の昔から自然と共生して暮らしてきました。自然と戦っても、しっぺ返しが来ることを知っていたからです。ところが、今の都市整備は自然を抑え込もうとしている。それではおかしくなりますよ。私は、コロナ禍は地球からのメッセージではないかと思っています。
今はまだ里山風景が残されていますが、これからどんどん減ろうとしています。開発行為によってというより、里山を担っている人がいなくなることが問題です。人の営みがなくなり、畑も田んぼも荒れてやぶに戻ってしまい、里山が消えてしまうことが心配されます。
従来は、先祖伝来の土地や家屋を子孫に残すということをしてきましたが、今は少子化や核家族化で相続が難しくなっています。そこで「多拠点ライフ」を提唱しています。一人が複数の住宅を利用することで、空き家をカバーして、里山を守ろうという考え方です。
― あらためて、家いちばのねらいをお聞かせください。
藤木 家いちばはマッチングサイトの類に入りますが、対象は空き家だけはなく不動産や山林や田畑などの土地も含めた「低利用不動産」です。
そもそも新築の空き家というものはなく、空き家も言い方を換えると中古住宅になりますが、空き家問題は中古住宅の流通が非常に少ないことに原因があるのです。そこで、どうすれば中古住宅の流通を増やせるかを考えました。
現状の不動産業の仕組みでは、低利用不動産対応は難しい。低価格の空き家の売買では、手数料をいただいても商売になりません。だから不動産会社は空き家を扱わない。だから空き家が売れない。そこで考えたのが、売り手と買い手の直接商談(セルフサービス)により仲介手数料が少なくともビジネスが成り立つように工夫することでした。人々が集まって自由に売り買いをするフリーマーケットを中古住宅で行う仕組みを考え、家いちばを立ち上げたのです。
自分の価値基準で判断してはいけない
― 自由だとはいえ、雨漏りや床が抜けている「ボロ物件」を掲載することに抵抗はありませんでしたか。
藤木 不動産業界に長くいる人ほど、雨漏りする家が売れるはずはないだとか、欠陥住宅を売ったらトラブルになると考えてしまう。ところが、家いちばでは全く逆のことが起こっています。
例えば、千葉県旭市の雨漏りする家を3万円で出したら、問合せが殺到して数日で100件を超えました。内見会には2日間で40人が集まり、それだけで大騒ぎになるような集落です。見るべきところは何もない、あるのは海だけ。でも、それがいいのです。海と温暖な気候だけを求めている人がたくさんいます。無理に魅力を引き出そうと考えてはいけません。東京には何でもある、だから地方には何もないことを求める。観光資源という言葉は無用なのです。
旭市の物件は、長崎県の方が102万円で購入しました。雨漏りは自分で修理するという方で、友人が利用するために買ったそうです。
そのほか、ごみ屋敷をごみごと購入した事例もあります。要は、収得後の修繕費や処分費用を計算して購入すればいいので、価格交渉によって商談が成立する場合もあります。
売り手は一番高い価格を付けた方に売るとは限りません。一番ふさわしいと思う人を選んでいます。家いちばの仕組みは、単純に金額で決めるのではなく、自ら学びつつ買い手を見極めるプロセスが組み込まれていることが重要なのです。
― 人気がある物件とか、売れにくい物件とかはありますか。
藤木 そういった先入観は捨ててください。どこそこのエリアがいいとか、こういう条件だと売れるということはありません。自分の価値基準で判断しては間違えます。ここがいいという人を探せば、きっと見つかるのです。
ただし、大きくいうと大都市から2~3時間で行ける範囲になります。交通網の発展で、北海道や九州でも日帰りができます。地図で片道3時間圏内を塗りつぶしていくと、残るところはごく一部のエリアだけです。
家いちばの成約件数は、昨年末に300件を超えたところです。成約率は30%くらい。2年や3年掛けて売れる物件もあります。問合せが全くない物件というのはむしろ少ない。現在の掲載物件は500件程度なので、もっと増やしていかなければなりません。
移住政策では空き家問題は解決しない
― 物件の集め方はどうしているのでしょうか。
藤木 インターネットの力によるところが大きいですね。どうやったら検索してもらえるか、サイト運営の工夫は欠かせません。今は、どんな田舎でもネットがつながるので、売り手と買い手が距離を超えてコミュニケーションできます。グーグルマップを使えば、世界中どこでも現地や周辺の画像を見ることができます。インターネットがなければ、家いちばは成り立ちません。他の不動産物件に掲載していても構いません。空き家バンクに登録しても問合せゼロだった物件が、家いちばに掲載したらすぐに売れたという事例がたくさんあります。
― 確かに自治体が空き家バンクを開設していますが、成果が上がらないところが多いようです。
藤木 行政の空き家バンクの担当者と話をすることもありますが、空き家バンクの手続きの説明をされるだけで、正直言って本気で住民を増やそうという意欲がほとんど感じられません。そのことが空き家バンクのサイトにも表れていると言えます。「心」に響くものが全くありません。ましてや、他の業務の片手間でやって売れるほど、不動産売買は簡単ではありません。それから、住民票を移さなければ駄目と言われると、購入希望者は引いてしまいます。家いちばの実績では、移住のために家を買う人は1割程度。移住政策では、空き家問題は解決できないのです。
家いちばは全国展開だから成り立っています。自治体単位で発信しても限界があると思います。今のところ一緒に組んでやっている自治体はないので、要望があれば是非とも連携したいですね。
人間本来の生き方ができる時代
― 能登半島の町並み景観を守るために空き家を購入した30代男性の事例を聞いて、奇特な方もいるという印象を持ちました。
藤木 石川県志賀町の赤崎集落ですね。伝建(伝統的建造物群保存地区)指定されていないのに、黒い能登瓦の町並みが遺されていて感動的です。とはいえ建物自体は老朽化が進み、半分近くが空き家であり、今すぐ手を打たないと残せない状況です。歴史的景観を買って守ろうという事例ですが、買主は地元の方からも信頼を得る努力をしながら、民泊事業も始めています。
― 高価な物件も出ているのでしょうか。
藤木 6億円のリゾートホテルや1億円の学校、数千万円の旅館といった物件があります。
家いちばの事例ではありませんが、徳島県のとある廃校の校舎を丸ごと買い取った方は、そこで民泊業やアート活動を始めたり、ツリーハウスや露天風呂を作ったり、やりたい放題で楽しんでいる方もいたりします。まあ、夜中は真っ暗でイノシシが出る場所でもありますが。そこまでではなくても、購入後に修理を楽しみたいというケースは多いですね。
また、最近は海外からの問い合わせが増えています。長い海外勤務をしてきた日本人もいれば、かつて日本に留学していた外国人もいます。ただし、日本語が分からないと商談ができないという壁があります。
― 家の購入が人生一度の大イベントではなくなり、気軽に売り買いできるようになると、暮らし方も大きく変わりそうです。
藤木 人間の本質は変わらないと思うので、行き過ぎたところから、少し昔に戻すことが求められているのではないでしょうか。ロボットやAIが仕事をするようになれば、人間は仕事以外の、人間本来の生き方ができるようになります。社会のボーダレス化の中で暮らしの温故知新が図られることで、全国各地の空き家を活用した「多拠点ライフ」が広まることを期待しています。
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普請という言葉がある。安普請というと「安っぽい建物」のことになるが、本来は地域住民で建設や土木工事を行うことを意味する。令和時代の家普請(やぶしん)は、全国の空き家を再生させるための贈与とDIYになるのだろう。家いちばは「負動産」の駆け込み寺と言えそうだ。空き家を見る目が変わってきた。
(おわり)