【そんな生き方あったんや!】第14回「ダメな子なんていない」NPO法人アクション事務局長・長田幸子さん

人はそれぞれのオーラをまとっているといいますが、僕の中で「やさしさオーラ」と言えばこの人。特定非営利活動法人アクションに所属し、子どもの学習支援事業「コドリーム」を運営している、長田幸子さんです。

アクションは、児童養護施設や孤児院の子どもたちの「生きるチカラ」を育てるNPO。フィリピンと日本で活動していて、長田さんは日本の事務局長を務めています。

近年、日本でも子どもの貧困や虐待の問題が注目されていますが、その現実に直面した長田さんは、自ら子どもたちの居場所であり学習の場でもある算数教室を始めました。

長田さんを突き動かした思い、そして彼女が醸し出す不思議な「安心感」の秘密に迫るため、アクション日本事務局(東京都武蔵野市)を訪ねました。

【プロフィール】

長田 幸子(おさだ さちこ) 1985年東京生まれ。武蔵野大学文学部卒業。2008年から特定非営利活動法人アクション日本事務局に勤務し、現在は事務局長を務める。地域の子どもに対して学習支援や居場所を提供する「コドリーム」の運営や、ボランティアコーディネートを行っており、日々さまざまな世代の人と関わりながら活動をしている。NPO法人アクション:http://actionman.jp/

杉原 学(すぎはら まなぶ) 1977年生大阪まれ。四天王寺国際仏教大学中退。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科修士課程修了、博士課程中退。哲学専攻。現在は「時間と人間との関係」について研究中。単著に杉原白秋著『考えない論』(アルマット/幻冬舎)、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章「存在感のある時間を求めて」執筆、角川新書)など。日本時間学会会員。高等遊民会議世話人。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』189号(2019年10月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

「間違えちゃいけない」

杉原 ここがアクションの日本事務局兼、コドリームの算数教室になっているわけですね。

長田 そうです。日中はここでパソコンをカタカタやって、夕方に子どもが来ると、奥のスペースで対応したり。基本的には子どもが自分で勉強するスタイルなので、それを後ろから見ながら「うんうん」って。それでまたデスクに戻って、子どもが「終わったよー」って言うと、また見に行ったり。

杉原 勉強って、一人でやるにしても、人の目があったほうがいいって言いますよね。

長田 いいと思います。ウチでは最初にちょっとレベルチェックみたいなのをして、学年関係なく、その子のスタートラインから始めるんです。問題と一緒に答えも渡していて、丸つけも自分でしていくんですけど、間違いにバツをつけられない子も多いですね。「怒られる」っていう意識があるのか、「間違えちゃいけない」っていう感覚がすごく染み付いてるんです。

杉原 トラウマみたいなのがあるのかなー。

長田 最近聞いたのは、学校で間違えると他の子に「うわー、あいつ間違えたー」とか、「ばかじゃん」みたいに言われるから、手を挙げたくないんだって。もちろん「正解にしたい」っていう自分の気持ちもあるだろうし、先生とか親も、マルがいっぱいあるほうが喜ぶだろうし。それで「間違えちゃいけない」って思っている子もすごく多くて。だから「大丈夫だよ、バツつけても怒られないよ」って。

杉原 間違うことに対する恐怖心みたいなのが大きいんですね。

長田 まあ私も気持ちはよく分かるし。なので「バツできるようになったねー」とか、「完璧なマルつけだ!」って、点数じゃなくて……。

杉原 マルつけのほうを褒める(笑)。

長田 うん。そこが最初のハードルになってますね、みんな。

中央線・武蔵境駅のすぐ近くにあるコドリームの教室。〒180-0023 東京都武蔵野市境南町三丁目10-1。(撮影:井口康弘)

コドリームの立ち上げ

杉原 長田さんのいるアクションはどんな団体なんですか?

長田 代表の横田宗が高校生のころ、フィリピンのピナツボ火山の噴火で被災した孤児院を訪問して、修繕作業を手伝ったことから始まったんです。そのうちだんだん、子どもたちが直面している課題が見えてきて。貧困だったり、施設のケアの不十分さ、施設を出ても自立できない「自立の壁」とか。そこでいまは子どもの職業訓練などもしています。フィリピンのほうが事業規模的には断然大きくて、児童養護施設の職員研修もやっていますね。

杉原 その研修プログラムが先日、国(フィリピン)の標準研修として採用されたそうで。すごいニュースなんですよね、これ。

長田 アクション的にはもう快挙というか。フィリピンの児童福祉が変わるきっかけになるかもしれない、ってくらい大きなことなんですけど。施設の子どもたちは、虐待とか、貧困とか、親に見放された過去を持っているので、特別なケアが必要なんです。でも現状はそれがなされずに、施設でまたトラウマを増やして、退所しても人生を前向きに生きられない子が多い。この施設の体制をどうにかできないか、という課題がずっとあって。

杉原 代表が「子どもたちの力になりたい」っていう思いだけでフィリピンに渡って、それがいまや国の制度まで動かすようになって。この団体名も「行動から全てが始まる」というところからきてるんですよね。

長田 そうです。高校生なのでお金もないし、人脈もないし、知識も何もない中で、「あるのは行動力だけ」っていうので「アクション」にしたと言っていましたね。いまも「できることがあれば小さなことでもする」っていうのがモットーになっていて、スタッフ全員それを共有しています。「じゃあ自分が日本側でできることって何だろう?」と考えた時に、「地域の子と施設の子の学習支援」の事業を立ち上げてみようと思ったんです。

コドリームに来る子どもたちとの様子。右から2人目が長田さん。

杉原 あ、この事業は自分で立ち上げたんですか。

長田 そうです。学生時代から知っているアクションの理事に「こういうことを考えている」って話したら、すごく背中を押してくれたんです。「せっかく“アクション”という団体にいるんだから」って。

杉原 「YOU、やっちゃいなよ♪」みたいな?

長田 まさにそんな感じで言われました(笑)。「いい活動だと思うよ」って言ってくれて。「YOU、やっちゃいなよ♪」って。

杉原 変なグループ名とか付けられなくて良かったですね。

長田 はい(笑)。ボランティアさんたちと一緒に考えて「コドリーム」になりました。

見て見ぬフリはできない

杉原 何で「子どもの学習支援」をやりたいと思ったんですか?

長田 学習支援を始める前は、ここでフェアトレード商品とか、フィリピン雑貨を販売するお店をやっていたんです。「地域の人が気軽に国際協力できる場にしよう」って。ただ、素人がつくった店なので、ちょっと変だったんですよね(笑)。オシャレな雑貨屋さんみたいなのを目指してたんだけど……。

杉原 何か違う(笑)。

長田 そう(笑)。でも子どもたちはそういう店が気になるみたいで。「ここって何屋さんなの?」って入ってくる。そう言われると、私もちょっかい出したくなる性格なので、「ヒマなの?」「何しに来たの?」みたいな(笑)。で、奥にちょっと空いたスペースがあったので、「ヒマなら宿題もってきて勉強しなよ」っていうやりとりが生まれ始めて、地域の子たちが遊びにくるようになったんですよね。

でも、普通だったら外とか友達の家で遊ぶほうが楽しいだろうに、わざわざここに来て宿題したりとか、私と話がしたいとか、夕方まで過ごしたいっていう子たちが最終的に残って。で、そういう子たちの中に、子どもの貧困だったり、虐待っていう問題に直面してる子が多かったんです。

杉原 なるほど……。

長田さんに甘える子ども。

長田 あざをつくってくる子がいたり、なんだかげっそりして、ごはん食べてないでしょ、みたいな子がいたり……。私たちの団体は、フィリピンでストリートチルドレンの支援とか、児童養護施設の子どもの支援などをしていて。そういう問題が日本国内でもあるっていうのは当然知っていたけど、「こんなに身近にいるんだ」って感じて。その時に、「フィリピンの子の支援だけしていていいのかな」って。

目の前にこういう子たちがいるのに、宿題を見るだけ?お客さんが来たらお客さん優先だし。こんな片手間の対応でいいのかな……よくないなって。やるならちゃんと見てあげたい、この子たちが必要としていることをサポートしてあげたい、っていう思いで始めました。目の前につらそうな子がいたら、みんな手を差し伸べるじゃないですか。「大丈夫?」「どうしたの?」って。もう本当にその感覚ですよね。

受け入れ基準はない

杉原 コドリームの算数教室は、受け入れ基準みたいなのはあるんですか?

長田 ないです。児童養護施設でもやっていますけど、ここは地域の一般家庭の子たちが来ているので。最初は貧困家庭の子限定にしようかなとも思ったんですけど、そこの線引きも難しいし。だったらいいかなって(笑)。今は算数教室をベースに、子ども一人ひとりの問題に寄り添う感じになっていますね。家庭の状況だけ聞くと何の問題もなさそうでも、トラブルを抱えている子、しんどそうな子とかも結構いるので。そこはやっぱり線引きしなくてよかったなーって思いますね。

アクションに所属しながら、無学年制の算数教室コドリームを立ち上げた長田幸子さん。(撮影:井口康弘)

杉原 裕福な家ほど、子どもへのプレッシャーが大きかったり。

長田 ありますねー。親の期待が大きくてつぶれそうになりながら、どうにか頑張ってる子もいたりして。ここで一番騒いだのは、私立に行っている子でしたからね。一人っ子でお金の問題などはないし、虐待を受けているわけでもないけど、ずーっと机の上で飛び跳ねていました(笑)。目を向けて欲しいし、愛情が欲しいけど、それを素直に表現できないから、相手が嫌がることをするっていうことでしか表現できなくて。

杉原 難しいですね、親子の関係って……。

長田 本当に難しいと思います。親が良かれと思ってしていることが、子どもを苦しめていたりもするので。

ダメな子なんていない

杉原 前にお会いした時に「ダメな子どもなんていない」っていう話をされていましたよね。

長田 ああ、いないですよね、本当に。……例えば、短期記憶が苦手で、4年生で九九ができない子がいたんです。やっぱり覚えられないから、「もう九九表を見ながらやるしかないかな」とも思ったんです。でも、結局あきらめずに1年半くらい頑張ったら、すらすら言えるようになって。ここではもうお祭りみたいにみんな大喜び。本人も「えっへん」みたいな感じで(笑)。他にも、漢字が全然書けなかった子が、ちょっとずつ「自分はダメじゃないかも」みたいな経験を積んでいって、テストで100点取れるようになったりとか。

杉原 確かに速くできる、遅くできるっていうのはあるけど、そんなスピードなんてね。

長田 全く大した問題じゃないと思います。それなのに、他の子より遅いと「できない子」ってレッテルが貼られちゃいますよね。大人は「できない、できない」って気安く言うけど、それで子ども自身はどんどん「自分はできない、できない」って呪縛、呪いにかけられて、本当にできなくなっていく。

でも、一人ひとりのスタートラインからコツコツ積み上げていったら、みーんなできるようになるっていうのを、子どもたちがどんどん証明してくれるので。多分全部、大人が勝手に諦めているだけだと思います。できない子はいないし、いつでも諦めるのは大人だなって。

アクションで一緒に活動している職員とボランティアスタッフの皆さん。

杉原 「自分はダメなんだ」と思った子も、ここに来ると、なんか自分を信じてくれる人がいて。

長田 そう思ってもらえるといいなーって。「この人、諦めずにいつまでたってもついてくる……」みたいな。九九を一緒に1年半とか、結構しつこいと思う(笑)。

杉原 「いいストーカー」みたいな。「まだついてくるのか!」ってね(笑)。

あのころの自分を助けてる

杉原 長田さんの学生時代はどんな感じだったんですか?

長田 思春期のころに「人間関係難しいなー」って感じることがあって。多分みんなあると思うんですけど、自分の存在価値が分からなくなって、「自分なんていなくてもいいかな」みたいに思っちゃったり。死にたいような気持ちがふつふつと沸いている時期もあって、結構しんどかったかな……。でも大人になってみると、「すごく小さい世界だったな」って思うじゃないですか。だからそういう悩んでいる子どもたちに、「もっと人生っていいものだよ」っていうのを、当時の私に言ってあげたいっていう気持ちが大きくって。「もっと世界は広いし、もっといろんな人がいるし、いろんな人生があるよ」っていうのを知ってほしいし、伝えてあげたいなっていう思いが、たぶん根底にあるんだと思います。

杉原 どこかで「あのころの自分を助けている」みたいなのがあるんでしょうね。

長田 うん、あると思います。けっこう言われるんですよね、「何でそんなに子どものためにやっているの?」って。自分でも「何でだろう?」って考えてみたら、自分のしんどかった経験を癒やしているっていうか。だから同じような経験をしてる子が笑ってくれたら、すごくうれしいのかなって。

杉原 ああ、それで子どもたちも、長田さんに安心するというか、「こっち側にいる人」って感じるのかもしれないですね。

長田 それ、子どもに言われました。ある子が「お母さんからばかって言われる」って泣いていた時があって。「どうした?」みたいな感じで話を聞いていたら、私も泣いていて。後日その子が「そういえばさっちゃん、あの時何で泣いたの?」って(笑)。

杉原 はははは。

長田 何か自分のことのように泣いちゃって。それがいいことか悪いことか分からないですけど、まあそういう人が一人くらいいてもいいかなって。

光を見るから目が輝く

杉原 この対談の時は、都合がつく限り彼(写真家の井口康弘さん)に撮影をお願いしていて。その時に「レフ板」っていう光を反射させる板を使うんです。僕はてっきり「肌をきれいに見せるため」くらいに思っていたんですけど、彼が言うには、これを使うと「目に光が入るんです」って。「目に光が入ると表情に力が出る」っていうのを聞いて「へ〜!」と思って。それはライティングの話ですけど、確かに希望を持っている人の表情を「目に光がある」「目が輝いてる」とか言うじゃないですか。

長田 うんうん。子どもはすごく分かりやすいですよ。

杉原 それって面白いなと思って。「目が輝いてる」って言っても、眼球自体が発光するわけじゃないですよね。とすると、それはその人が「光を見ている」ってことだと思ったんです。光を見ているから、目に光が映っているわけで。で、光が希望だとすれば、希望の方向を見ている時に「目が輝いて見える」っていうことはあるかもしれないと思って。

長田 あ〜、面白い。そう考えると、どんな子でも目が輝く可能性があるし。……私もこの子どもの支援活動を始めてから、「前と顔が全然違うね」って言われました。それも見る方向が変わったから、目の光り方が変わったのかもしれないですね。

できることをやるしかない

杉原 これからやっていきたいことはありますか?

長田 やりたいことは今すでにやっているんですけど、それに対して自分の力不足というか、「もっとできるな」っていうのを日々感じているので。特に子どもへの対応かな。あと、私はこれでご飯を食べているので、お金もちゃんと生み出していかなきゃいけないし。もうちょっと自分に力をつけたいですね。

杉原 「もっとできる」って思えるのも、その人の力ですよね。力のある人ほどその仕事の深みも知っているから、逆に自信を持つのも大変だったり。まあ何でも完璧になんかできっこないですしね。子ども相手だとなおさらでしょうけど。

長田 そうなんですよね〜。もしかしたら、本当に自信がつくことなんてないのかもしれない。できない子はいないし、みんな目を輝かせながら人生を送れるって思うけど、全員が全員そうなるっていうのは……ねぇ(笑)。やっぱりそれぞれの生き方があるから。勝手に「この子の正解はここ」って決めて、そこに持っていかせようとしちゃうのもまた違うなあって。人生って本当にどこでどうなるか分からないし。

杉原 本当にそう思います。長田さんも最初は保育士を目指していたんですよね。

長田 はい。子どもと関わる仕事がしたくて。大学も保育科に行きたかったけど、受験に失敗して、文学部に行ったんです。大学にもなじめなくて「うまくいかないなー」って思っていた時に、「フィリピンで子どもと遊びませんか?」っていうポスターが大学の掲示板に貼ってあって。「あ、これかもしれない」って参加したのが、アクションの海外ボランティア。そこで「こういうNPOでも子どもと関わる仕事ができるんだ」って知って。

杉原 不思議ですよね。もし保育科に合格していたらアクションとの出会いはなかったかもしれないし、ポスターを見たのもたまたまですもんね。そんな偶然の先に、天職があったわけで。

長田 そうですね。だからもう、その時にできることをやるしかないなって。どこでどうつながるかは分からないけど。子どもたちと一緒に日々勉強して、修行して、みたいな(笑)。

杉原 うんうん。いやー、いいお話でした。ありがとうございました。

長田 ありがとうございました。

(おわり)

『かがり火』定期購読のお申し込み

まちやむらを元気にするノウハウ満載の『かがり火』が自宅に届く!「定期購読」をぜひご利用ください。『かがり火』は隔月刊の地域づくり情報誌です(書店では販売しておりません)。みなさまのご講読をお待ちしております。

年間予約購読料(年6回配本+支局長名鑑) 9,000円(送料、消費税込み)

お申し込みはこちら