【第9回】そんな生き方あったんや!「自分と向き合う時間を持つ」演芸家(動物ものまね芸)・江戸家小猫さん

今回ご登場いただくのは、親子四代で動物ものまね芸を継承する、江戸家小猫さんです。

お茶の間の人気者でもあった四代目・江戸家猫八さんの長男としてご存じの方も多いかもしれません。今年は国立演芸場「花形演芸大賞」の金賞を受賞するなど、その実力を遺憾なく発揮されている小猫さん。話芸の面白さはもちろん、江戸家伝統のウグイスは何度聞いても鳥肌が立ちます。実は僕と同い年で、その活躍が励みにもなる存在なのです。

そんな小猫さんと僕は、たまたま立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の同級生として知り合いました。当時はまだ「そのうち小猫」として修業中でしたが、彼の洞察力の深さを感じていた僕は、それが一体どこから来るものなのか、ずっと不思議に思っていたのです。そこで『かがり火』の取材を口実に(笑)、12年にも及ぶ闘病の日々のこと、江戸家を継承することに対する思いなどについて伺ってきました。

【プロフィール】

江戸家 小猫(えどや こねこ) 1977年東京生まれ。動物ものまね芸の江戸家猫八(四代目)の長男。幼いころから動物の鳴きまねに興味を持ち、8歳の時に祖父と父と親子三代での初舞台を踏む。高校在学中にネフローゼ症候群を患い、20代のすべてを自宅療養で過ごす。2009年に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科に入学。大学院在学中に本格的に舞台修業。2011年3月、大学院修了後に江戸家小猫(二代目)となる。

杉原 学(すぎはら まなぶ) 1977年大阪生まれ。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科修士課程修了、博士課程中退。哲学専攻。研究テーマは「人間と時間との関係」。現在は執筆、研究、歌手活動などを行っている。単著に杉原白秋著『考えない論』(アルマット)、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章執筆、角川新書)。電子書籍(Kindle本)に『文筆家の分泌物』『疾走しない思想』などがある。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』182号(2018年8月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです(無断転載禁止)。

自宅療養で過ごした20代

杉原 大学院で初めてお会いして、何だか深みのある人だなあと思っていたんですけど、20代はずっと病気で療養されていたことを知って、腑に落ちたところがあって。

小猫 あー、なるほど。

杉原 20代っていったら「青春!」みたいな時代じゃないですか。僕だったらけっこう絶望的な気持ちになるんじゃないかと……。

小猫 それはよく言われることで。最終的な数字としては、実際に12年間ぐらい自宅療養だったんですけど。そもそものプロセスとしては、まず高校3年生の後半ぐらいに、少しまぶたが腫れて。腎臓系の病気の症状だっていうんで検査をしたら、ネフローゼ症候群という病気の可能性がありますと。で、すぐに入院だと。

杉原 え〜。

小猫 よほど厄介でなければ2カ月ぐらいで退院できますよと。ショックでしたけど、逆算して卒業式は出られる。で、そろそろ退院かなと思ったら再発して。「あれ?」ってなって、薬を増やして経過を見たもののまた再発。そんなに長くならないと思っていたら、結局卒業式も出られず。そんな形でずぶずぶと療養生活に入っていったので、心の準備をちょっとずつしていけたんですよ。

杉原 なるほど。

小猫 一番救われたのは、高校を何とか卒業できたこと。就職、進学、浪人と、みんなが節目を迎えるタイミングで療養生活に入ったので、焦らなかったんです。で、一年くらい病気と向き合って、そこからまた盛り返せばいいかなと思っていたら、またダメで。ステロイドの副作用で体もいじめられて、一時期は寝たきり寸前という状態。歩行器みたいなのを使わないと歩けなくなって。

リハビリも時間がかかって、無理のできない日々が3年、4年、5年……。結果としての12年という数字だけ聞くと、「それってよほどメンタルが強くないと無理ですよね」ってなるんですけど、そこはそういうプロセスなので、意外と。

杉原 そっか。最初にいきなり「12年動けませんよ」って言われたわけじゃなくて、「もう少ししたら治りそうだ」っていうのを繰り返しながら。

小猫 まあそれでも再発するたびにショックは受けますし、10年もたつと、周りの仲間たちは順調に出世していく。そういう中で、自分は相変わらず何もしてない。で、そのころはもう私生活のレベルでは全く問題ないんですよ。ただ無理をすると再発のリスクが高まるので、社会的な責任を伴うようなことができない。

仕事もらっといて、「体調悪いから行きません」ってできないじゃないですか。その時に、社会人大学院が自分の理想的な助走だったんです。生徒の7、8割が社会人と聞いていたので、社会経験がない僕にとって価値観の擦り合わせの場としてもよいだろうと。

2011年に二代目小猫を襲名。座右の銘は「歩々是道場」。(撮影:井口康弘)

杉原 なるほど。そして在学中に「そのうち小猫」を名乗り始めたんですね。

小猫 そのころ、父が小猫から猫八になって。大学院を修了したら小猫を継ごうっていうのは、だいぶ固まっていましたね。でも、「そのうち小猫」というところに当時の気持ちが出ていますよね。もうすぐでも、まもなくでもなく、そのうち。

自分と向き合う時間

杉原 12年も家から出られなかったら、普通は「無駄な時間だった」とか思いそうなんですけど、小猫さんを見ていると、それが糧になっているんだろうなっていうのをすごく感じるんですよ。

小猫 多分……勝手な推測にすぎないですけど、今の人は、自分と向き合う時間が少なすぎる、と思うんですよ。分かりやすいケースで言うと、小児病棟とかで、幼いころから病気と向き合っている子どもとか、たまにテレビに出るじゃないですか。受け答えがしっかりとしていて、子どもとは思えない人生の哲学を持っている。

彼らは多分、必要以上に自分と向き合った人なんですよ。年齢に関係なく、自分と向き合うことでしか成熟しない、人間としてのスイッチってある気がして。僕にもそういう時間があったってことですよね。

杉原 ああ、なるほど。全然レベルが違いますけど、僕も大学を3年で中退して、4年間ほどプータローしていた時期があって。振り返ると、やっぱりその時間があってすごくよかったと思うんですよね。ほんとにすることがなくて、夕刊来るのが楽しみで仕方ない日々があったから(笑)。

小猫 ははは。だからその「何もしない時間の価値」ですか。芸術で言えば余白をどう生かすか。自分の生きている日々に余白を作れるかどうか。寝ている時間に脳が整理されるとかの話にも通じるかもしれないんですけど。ぼーっとしている時間に自分と向き合うんですよね、人は。多分。

明るい方向に努力してみる

小猫 僕にとっての病気の経験って、一番わかりやすく言うと、「自分の底辺づくり」。

杉原 底辺。基盤みたいなことですか?

小猫 そうです。12年間病気して自分と向き合って、思いのほかうまくいかなくて、どんどん落ちていくわけですよね。気付いた時にはだいぶ下まできました。そこで底辺を作っちゃったんで。その底辺よりツラいことって一個もないんですよ。おかげでどんな試練に遭遇しても、打たれ強い。だから、ずぶずぶ落ちていくような時は、「自分の底辺を下げて、打たれ強くなってる期間だ」って切り替えるのもありかもしれないですね。

杉原 うんうん。あとはやっぱり「一筋の光」というか、「あっちに向かっていけば何かある」みたいなものを発見できるといいですよね。

小猫 そうです、そうです。だからとりあえずの判断基準は、「暗いか明るいか」と思っています。ノミなんかそういう性質ですから。とりあえず明るい方向に向かって、草を登っていって……。

杉原 それはいい指標かもしれないですね。

小猫 とりあえず明るい方向に努力してみる。迷うにしたって、絶対にできないことって迷わない。夢も見ないじゃないですか。フィギュアスケートしている夢とか見ないですよね。

杉原 ははは。見ないですね。

小猫 だから人間ってよくできたもんで、迷うのはやっぱり、ちょっとやりたいとか、ちょっと可能性がある、明るい方向なんですよ。で、それを100%やるのが怖いんだとしたら、20%やればいいんですよね。世の中って、30%とか40%とか、それぐらいのほうがよいあんばいのことっていっぱいあるんですけど、何となく「100%できない限りやらない」っていうのがありますよね。

むしろゼロじゃない限りやればいいんですよ、本当は。選択肢の中から選ぶにしても、AもBも明るいんだったら、両方とりあえず進んでいいんじゃないですか。で、進んだ先でまた選択していけばいい。そう考えると楽だと思うんですよね。迷いが生じたら、そこに必ず前に進むためのフックがあるんですよ。

幼少時の小猫さん。おしゃぶりではなく、たぶん指笛の練習。

向いてないと思っていた

杉原 きょう聞きたかったテーマの一つに「継承」があるんですけど、江戸家を継ぐことに対しての葛藤とかはなかったんですか。

小猫 基本的に物心ついた時から、父親がやっていることは「すごい」と。たまに舞台など仕事場に連れていってもらって、そこで父がウグイス鳴くと、歓声と割れんばかりの拍手。そのあとのネタでは、子どもながらに驚くような笑いが起きるわけです。で、自分がマネしようと思ってもできない。まあ分かりやすく言えば尊敬、憧れですよね。だからいずれこの世界でやっていけたらいいなっていうのは、かなり小さいころから固まっていました。

それが中学、高校ぐらいに、自分の性格とかキャラが分かってくると、「果たして自分にできるのか」という葛藤が生まれてきて。やりたい、やりたくないという迷いはないんですよ。やりたい。それはもう一択。やりたいけど、自分にできるか、できないかっていう、次の道で迷いましたね。むしろ「向いてない」と思っていました。

杉原 ああ、そうですか。

小猫 テンション上げるのはそんなに得意じゃないというか苦手でしたし、こういう真面目な感じのキャラクターで、果たして笑いの世界が務まるのか……とか考えていた時に、病気になって。ものすごくエネルギーの必要な仕事だっていうのは分かっていたんで、「これはちょっと無理じゃないか」と。

ただ、このまま病気を言い訳にしていたら、何もできずに終わってしまう。それで、もうやるだけやってみて、もし病気がぶり返しても、動きながら薬で抑えられるんじゃないか……っていう気持ちに切り替えたのが、30歳ぐらいですかね。

つなぐことありきじゃない

杉原 襲名とか継承っていうと、一般の人には関係ないように思うけど、社会の中で自分の役割を定めていくっていう意味では、みんな同じ問題に突き当たりますよね。

小猫 だと思いますよ。ウチの場合、それが「もし僕がやめればなくなる」っていう、究極のところの継承ではあるので、かなり極端なところにいる。でも、その仕事を受け継いで、それを後輩に送っていくっていう意味では同じですよね。

杉原 継承していくものを自分で選ぶことって、すごく難しいと思うんですよね。職業を選ぶのもそう。……印象に残っているのが、2年ぐらい前、お父さんの猫八さんが亡くなられて、まだそんなにたっていないころのトークショー。

その時に小猫さんが、「自分の強みは、進んでいく道にブレがなくて、そこで悩む必要がないこと。だからどういう歩き方をするかに全力をつぎ込める」っていう話をしていたんです。それってすごいことだなと思って。それができずに、ずっと迷いながら揺れ動いている人ってすごく多いと思うんですよね。

小猫 そうですね。ただ僕も強制ではないんですよ。むしろ、親に山ほど言われたのは、「よほど好きでなければ続けていける世界じゃないから、もしほんの少しでも、他にやりたいことがあったら跡は継がなくていいよ」っていうことです。

杉原 それもすごい話ですね。

小猫 要するに、「つなぐことありき」じゃないんです。もちろん歌舞伎のように、つなぐことに大きな意味がある世界もありますけど。僕らみたいな寄席演芸の世界には、親子でつないでいくっていう感覚は、実はそんなにないんですよ。ウチはたまたまつながった。なので、つなぐことが目的ではないんですよね。おじいちゃんも、父も、個々としての自己完結。で、その親の姿を見て、もし「本気でやってみたい」っていうエネルギーがあるのなら、同じ仕事をしてほしい。そんな思いなのかなと。

カエルの鳴きまね。左は父親の故・四代目江戸家猫八さん(カエルの子はカエル)。

杉原 は〜。

小猫 ただ、親子なんで「継いでほしい」っていうのは感じますよ。でも、さっき言った「よほど好きじゃなきゃ……」っていうのは、飛び込んでみると分かります。やっぱりそのとおり。でも、さっき言ったとおり「自分は向いてない」と思っていた。

……ある時、こう思ったんですよ。向き不向きを決めるのは自分じゃなくて、お客さんなんじゃないかと。父に江戸家ののれんを下ろさせるのは究極の親不孝。向いている、向いていないは関係なく、この世界で一回は勝負してみよう。で、自分らしく舞台に飛び込んでみて、もし向いていなかったら、自分で責任とって廃業すればいい。

そう思って、変に飾ることなく、自分のキャラのまんまぶつかっていったら、お父さんともおじいちゃんとも違うキャラで、それでいて江戸家らしいところはちゃんと持っていますねと、そういう声をたくさんもらって。自分がデメリットだと思っていたところこそ、むしろ強みだ、個性だと。じゃあこれをどう磨いていくか、って考えだしたら、もう面白いですよね。

杉原 ほんとにやってみないと、そういうのって分からないですよね。

小猫 そういうことです。やっぱりそれは一番大きいです。

仕事は真面目に遊べる場

杉原 小猫さんにとって仕事とは何ですか?

小猫 もうめちゃくちゃ楽しいことですね、僕にとっては。ばかがつくほど真面目に遊べる場。やっぱり遊び心っていうのは、ものすごく大切にしていますし。新しいネタを投げ込むにしても、遊び心をもってやっていかないと……。

杉原 多分仕事って、もともと遊びが入ってるはずですよね。真面目さ一途というよりもちょっと遊び心があったほうが世界が広がるというか、発展的になるような気がします。

小猫 そうなんです。何にしたって、失敗とか、遊びとか、そういうところから、新しい発見が生まれてきますよね。だから僕はもう、大真面目に遊びまくっている感じですよね、舞台の上で。だから不思議なもので、今では「真面目な性格でよかった」と日々思っています。

動物園は小猫さんの最高の学びの場。

杉原 それ大事ですよね。

小猫 だって失敗したって別に死ぬわけではないですし。もちろん動物園の飼育員さんみたいに命と向き合う仕事は、きちっとした軸を通したところで遊び心を持たないと、動物の健康に影響してしまうのでダメですけど。あ、でも僕の場合も実は、江戸家としての、大切にしていかなきゃいけない、説明できない何か、があるんですよね。そこを壊すような遊び方はしない。

杉原 何かを継承していく時に、「そのまんま残さないといけない」っていうプレッシャーがある気がしますけど、むしろ「それを生かして遊べばいいんだ」って考えると、ずいぶん間口も広がる気がしますね。

小猫 うん。だから「変えずに引き継がなきゃいけないもの」の絞り込みですよね。それがウチで言えばウグイス。曽祖父がつくってくれた小指をコの字に曲げて鳴く「形」っていうのは、すごく大切なんですよ。だから例えば(人差し指と親指をくわえる)、これでウグイス鳴きだしたら、多分違うと思う。ここは絶対変えない。

あと父がよく言っていたのは、どんな仕事に就いていてもいいから「ウグイスだけは鳴けるようになってほしい」ってこと。もし自分がいなくなったあと、誰かが「そういえば息子さんは今なにをしてるのか?」と思って僕を訪ねた時に、そこで江戸家の伝統であるウグイスをひと鳴きしてほしいと。それが、江戸家がつながっている証しになるから。

杉原 あ〜。それはみんなの期待に応えることでもありますよね。

小猫 そうそう、そうです。もし演芸の世界に向かないとしたら、学術的な世界に身を置いて、ウグイスだけは鳴ける、っていう未来もちょっと考えた時期があるんですよ。でも、いざ舞台に立ってみたら、もーそんなのとんでもない、舞台のほうが自分にとって断然面白いし、やっぱり自分が伸び伸び生きていく世界はこっちだっていうのがすぐ分かったので。

杉原 それは考えたのではなく、そこでそう感じたわけですね。

小猫 そうです。頭の中で想像することなんて、しょせんは自分ひとりの価値観。どんなに踏ん張ってもきちんとイメージできることは、半分、もしかしたら3割ぐらいかもしれないですね。

山頂がない登山を楽しむ

杉原 最後に、これからやっていきたいことなどがあれば。

小猫 もうとにかく、日々の積み重ねで。自分にとっては芸がほぼ全てなので、それを研ぎ澄ます。寄席は自分だけが目立てばよいという場ではなく、空気のリレーなので、自分の空気に変えつつ、後の師匠に心地よい流れを渡す。それを自分らしくどうしていけるか。これはもう、山頂がない登山みたいな世界ですよ。永遠に登り続けるんで、むしろ山頂がないことを楽しめないと。いつになったらゴールかなーと思った時点でもう、おしまいじゃないですか。

杉原 あー、それは人生の極意かもしれないですね。

小猫 その場に咲いてる花であったり、その時その時、一緒に歩いている人との時間とか。そういうことに幸せを感じて、ちょっとずつ変わっていく景色を楽しむ。山頂がないことを、むしろよいとする。そういうことですかね。

ゲストの江戸家小猫さん(右)と、以前購入した猫八Tシャツを持参して浮かれる杉原学。(撮影:井口康弘)

(おわり)

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