【第11回】そんな生き方あったんや!「身体性でしっくりくるか」きこり・菊地貴幸さん

今回のゲストは、神奈川県で林業に従事している、きこりの菊地貴幸さんです。

「神奈川に林業なんてあるんですか?」と驚かれることもあるそうですが、それは横浜の都会的なイメージゆえかもしれません。菊地さんの仕事の現場は、小田原、箱根、湯河原、南足柄、山北など、県内全域の山々。

地名だけ聞くと「遊びに行ってるのかな?」と思ってしまいそうですが、もちろん違います。行楽地の自然もまた、彼らきこりの手が入ってこそ健やかに維持されているというわけです。

僕と菊地さんが出会ったのは、失業給付金をもらいながら通える職業訓練校。ちょっと変わった人たちが集まる場でしたが、なかでも菊地さんはその温かい人柄でみんなに慕われていました。

それまではむしろ都会的な仕事をしていた菊地さんが、なぜ林業を生業にすることになったのでしょうか。お住まいの藤沢市にある辻堂駅の近くで、話を伺ってきました。

【プロフィール】

菊地 貴幸(きくち たかゆき) 1981年生まれ。神奈川県横浜市出身。日本大学文理学部哲学科卒業。撮影スタジオ勤務、フリーランスでのスチール撮影助手・照明助手、難病の子どもとその家族のための一時休息施設(小児ホスピス)事務局勤務(NPO)を経て、現在はきこり。小児ホスピス施設で木々に関わる機会があり、きこりに興味が湧く。もともと自然に近い仕事がしたいという思いがあって、林業で働くことに。都市に森づくりをして、その中に自宅をセルフビルドする計画を温めている。家族は妻、長女4歳、次女2歳。神奈川県藤沢市在住。

杉原 学(すぎはら まなぶ) 1977年大阪生まれ。四天王寺国際仏教大学(現四天王寺大学)中退。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科修士課程修了、博士課程中退。哲学専攻。研究テーマは「人間と時間との関係」。これまでに30以上の職種を経験。現在は執筆、研究、出版活動などを行っている。2018年11月30日に電子書籍『考えない論』増補版が幻冬舎メディアコンサルティングより復刊。共著に内山節編著『半市場経済』(第三章執筆、角川新書)がある。日本時間学会会員。世界で最も非生産的な会議「高等遊民会議」世話人。

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』184号(2018年12月25日発行)に掲載されたものを、WEB用に若干修正したものです。

自然に働き掛ける仕事

杉原 どうですか?林業は。

菊地 ストレスないですね。仕事そのものは人相手じゃないから。自然に働き掛けるじゃないですか。そういう意味ではストレスはないし、楽ですよ。

杉原 ああ、それいいっすね。

菊地 まだNPOに勤めていた時に、仕事でお会いした樹木医の先生に言われたんですよ。「菊地さんがやっている仕事は、人間相手で大変でしょう。俺らなんかは、ほら、木だから」って。確かにそれは絶対あると思いますよ。サービス業とか、本当に大変だと思うんですよ。

杉原 人間相手のストレスってありますよね。でも自然相手だとそれがないっていうのは、何なんでしょう。

菊地 僕が思うのはですよ。自分の思いどおりにならないことが何にでもありますけど、自然に対してのものって、結局、自分がやった結果が返ってくるだけなんですよね。危ないことも林業にはいっぱいあるけど、それって自分が危ないように作業したから危なかったわけで。要は「自分が悪かったな」と。「ここはこうすればよかったな」って思うわけですよ。

それが人間相手だと、「普通こういうことしねーだろ!」とか出てくるじゃないですか。要は相手に対して何かを期待していたり。仕事によっては、客とか上司に無理難題言われたりもするだろうし(笑)。林業なんかは、自分がやったことの結果が返ってくるだけだから、そういう意味では、精神的なイライラみたいなのはないですね。

杉原 人間相手だと「どっちが正しいか」みたいな意識が働くけど、それが自然相手だと、もう自然が絶対的に正しいわけですよね。

菊地 絶対的に正しいし、その自然に対する働き掛けの仕方なわけで。もちろん地震とか台風とか、そういうどうにもなすすべがなくて、ただ受け入れるしかないような災害はありますけど。そんな仕事だから、「まあ俺が悪かったな」って思うしかないっすよね。

杉原 文句言ってもしょうがない。

菊地 そう、文句言ってもしょうがない。そういうのが僕にとってはいい感じです。

いい人であることが誰でも瞬間的に分かるオーラを放つ菊地さん。

運命を変えた2つの訓練校

杉原 僕らが初めて会ったのは、2011年の6月から半年間通った職業訓練校でしたよね。それまでは何をされていたんでしたっけ?

菊地 社会人になって最初は撮影スタジオで働いていました。撮影のセッティングの仕事ですね。アルバイトで撮影スタジオに入って、契約社員になって。スタジオ退職後は、フリーランスで照明部のチームに入ったり、カメラ助手をやったり。広告の仕事が多かったけど、その世界での将来の自分をイメージできなくなってきて。そんなころに東日本大震災があったんですよ。

やっぱりあの経験って、けっこう大きかったじゃないですか。いろんなものがもろくも崩れちゃったり、原発のこととかもあって。「これじゃダメなんじゃないの」ってみんな思ったところもあったし。それでなぜか、あの職業訓練校に行ったわけですよ(笑)。変な人がいっぱいいる、カオスな場でしたね。

杉原 講座名が「NPOの起業・経営者養成科」。職業訓練校って、普通は就職が目的のはずなのに……。

菊地 「就職じゃないじゃん!」みたいな(笑)。

杉原 おのずと就職に向かないような連中が集まっていて(笑)。NPOについて学びながら、自分のビジネスプランを考えるような、ちょっと変わった内容でしたけど。結局2期で中止になったそうですから、まあ事故的に存在した講座だったんでしょうね。

菊地 ははは。でも俺はすごくよかったですよ。決まりきった人たちがほとんどいなかったから。講師も含めて逸脱した人たちばっかりで。そこで杉原さんとも会って。それこそ荒木さん(本連載に登場した獣医看護師・栄養学講師の荒木幸子さん)なんかもね。

杉原 みんなひとクセありましたね。実際に起業して頑張っている人もいるし。その講座のプログラムで、僕は日本財団に、菊地さんは「海のみえる森」(以下「海森」)っていうNPOに3カ月間インターンしたんですよね。

菊地 そう。「海森」は神奈川県の大磯に広大な敷地を持っていて、そこの森林整備に携わったんです。難病を抱える子どもとその家族が、数日間だけでも息抜きできるような「癒やしの森」をつくりたいねっていう話があって。で、その時に入ってもらった樹木医さんに言われたんですよ。「僕らなんて木が相手ですから、気楽なもんですよ」って。

杉原 じゃあその言葉が林業をやるきっかけに?

菊地 それもありましたけど、やっぱり山の整備を一緒にやったのがよかったです。ちょっとしたものだったけど、実際やってみて「意外と面白いな」と思いましたね。で、そのまま「海森」に就職したんです。けどいろいろあって、そのプロジェクト自体が頓挫しちゃって。僕も結局2年で辞めました。「まあまた何とかなるべ」みたいな感じで。

「海のみえる森」のスタッフやボランティアの方たちと。前列右から2人目が菊地さん。「とてもよくしていただいて感謝しかありません。皆さんは今でも大切な仲間です」。

杉原 その後はどうしたんですか?

菊地 確か2014年の1月に退職して、5月から「かながわ森林塾」に通い始めました。神奈川県がやっている、林業専門の職業訓練校みたいなのがあるんですよ。県の日々雇用職員扱いで賃金を得ながら林業を学べる、半年くらいの講座で。財源は神奈川県の水源税(水源環境保全税)で賄われていて、その税金は水源を守るための森林整備とか、人材育成とかに使われています。

杉原 なんか上手にやっていますね。そういう第一次産業の訓練校って、もっとあっていい気がしますけど。

菊地 うん。俺は森林塾の6期生で、今年で10期目らしいんですけど、行ってよかったとすごく思いますね。横のつながりもできたし。卒業生が散らばっていろんな会社にいるから、いろんな話が聞けるし。で、訓練校の終盤にはハローワーク主催の合同面接会に参加できて、俺はそこから西湘造林っていう会社に入りました。

手付かずの自然は厳しい

杉原 現場にはどんな感じで向かうんですか?

菊地 朝は6時半に機材置き場……社長は「飯場」って言っていますけど、そこに集合して、会社の車でめいめい山の現場に向かいます。まあ神奈川県内がほとんどですね。小田原、箱根、湯河原、南足柄、山北とか。

杉原 知り合いに、「今度、神奈川県で林業やってる人に話聞くんですよ」って言ったら、「え、そんなとこに林業あるんですか」って。

菊地 あー、みんな思うことですね。やっぱり長野県とかの有名な木の産地に比べれば、神奈川県は知名度は低いですし、規模も小さいです。山を整備するにも小さな山主さんが多いから、それを集約してっていうのも主に県が頑張ってやっていますね。

杉原 林業を始めて、自然の見方は変わりましたか。

菊地 全く変わりましたね。それこそ間伐も知らなかったし、人工林、天然林とかも分かっていなかった。木は切らないほうがいいのかなーと思っていたけど、全然そんなことはない。自然って、キャンプに行って感じる心地よい自然だけじゃないから。手付かずの自然って、人が生きていくのにはすごく厳しい。だからそれを心地よくするように、人間は考えて手を加えていて。それに対するリスペクトみたいなのが出てきましたね。

伐倒作業中の菊地さん。

杉原 市野雅彦さんっていう丹波焼の巨匠も、「人間がほっとできる場というのは、自然そのものではなく、どこか人の手が加わっているもの」って言っていましたね(「丹波が生み出した偉才」『ささやまマニア!!』)。

菊地 ほんとそのとおりだと思います。ほったらかしの自然でも、たまにハッとするほどいい瞬間はありますけど、だいたい居心地悪いですよ。だから何かしら手を加えて、人間の役に立つもの、心地いいものに変えていく。

ただ、例えば水源の森林整備をしていても、とてつもない地震とか台風が来ちゃうと、山が崩れたりしちゃうんですよね。だったらやらなくても同じじゃん、木の価値なんて大してないんだから、っていう意見も極論としてあると思うんですよ。だけど、たとえそうだとしても、俺はやったほうがいいと思うんですよね。やっていれば、人間と山との関わりが続くわけですから。

杉原 その関わり自体に価値があると。

菊地 価値があると俺は思いますね。昔から続いている試行錯誤を、僕らもしていけばいいと思いますよ。例えば獣害の問題でも、昔はきこりとか猟師さんが入っていた山の部分が、野生と人間のせめぎ合いの場所だったと思うんです。だから実害を防ぐっていう意味でも、人がもっと山に関わって入っていけばいいんじゃないですかね。

現在への全面的没入

杉原 菊地さんにとって、林業の醍醐味って何ですか?

菊地 俺の場合、すごく仕事に集中してる瞬間が心地いいんですよね。危ないから集中しているっていう時もあるし、電線が近かったりして「こっちには木を倒せないな」っていう場面で集中が必要な時もあるし。とにかく頭と体をフルに使ってやる仕事なんで。そういう緊張感というか、集中してる感じが、俺はすごくいいと思いますけどね。

杉原 まさに「現在への全面的没入」って感じですね。哲学者のショーペンハウエルは、それを「煩らいから解放された澄み切った時間」とも表現していますけど(『自殺について 他四篇』斎藤信治訳、岩波書店)。

菊地 まさに没入です。あの気持ち良さって、スポーツっぽいなって思う時もありますよ。その瞬間にすごく集中していて、頭も体もフル稼働してるんですよね。例えば「仕事するのにベストな気温」っていうのがあるんですよ。そんな時って「あ、今日入ってる!もう休まなくていいな!」ってなりますよ。逆にすげー寒い時もあるし、すげー暑い時もあるけど、「あ〜、これ最高に気持ちいいな〜」って昼寝している時もあるし。そういうのは、街場の仕事にはあんまりないかな。

助け合うのが当たり前

菊地 あとは山の仕事をしている人たちって、意地悪な時もあるけど(笑)、みんなどっかでやさしいっていうか、何かあっても憎み合わない感じはありますね。やっぱり危険な仕事だから、いつお互いに助けられるか分からないし。都会で仕事をしていた時は、お互いに全く無関心とか、逆に本当に悪意を感じる時とかもあったから。

杉原 人のつながりが命綱になるような仕事とか、生活の場には、関係を断絶させないための配慮とか、作法みたいなものがあるんでしょうね。都会だったら別に断ち切っちゃっても、なんとかなるところがあるけど……。

菊地 地方だとそうはいかないとこありますよね。山奥の豪雪地帯とかだと、取り残されちゃってそのまま死んじゃったりするわけですからね、ほんとに。だからまあ、助け合うのが当たり前っていうか。……あと林業は仕事好きな人が多いから。根本的にストレスがないんだろうな。

杉原 ああ、それは大きいっすね。

菊地 だって、金のことだけ考えたら、他の仕事をしたほうがいいと思うんですよ。体は疲れるし、危険だし。蜂に刺されて死んじゃう人だっているわけだから。にもかかわらずやっているのは、やっぱり好きだからで。

杉原 「人は、自分が本当にやりたいことをやっているときは、いい人なのです」って小説家のサミュエル・バトラーが言っていますけど、確かにそういうところありますよね。「いい人」と「嫌な人」が最初からいるわけじゃなくて。

菊地 そうっすね。ご機嫌だと全然違いますよね。

雲海と丸太。「朝、仕事場で撮影しました。時には素晴らしい景色に出会えることも山仕事の魅力です」。

しっくりくるか?

杉原 撮影の仕事からNPOを経てきこりになる、っていうのもなかなか珍しい経歴だと思いますけど。そんな菊地さん流の「人生のコツ」とかありますか?

菊地 人生のコツですか。知りたいっすよ、俺も(笑)。……まあコツとはちょっと違うかもしれないけど、何かをやり始める時は、根拠のない自信を持ってやるしかないですよね。で、実際にやってみて、やった感覚がしっくりくれば……。俺の場合、森林塾に行ってみて「しっくりくるなー」と思ったし。

杉原 「しっくりくる」っていうのは、知性じゃなくて身体性ですよね。

菊地 うん。俺は身体性だなって思いますけどね。いろいろ考えていた時期もあったけど、あるところから「実際に動いて何かすればいいんだ」と思うようになりましたね。動いて初めて分かることっていっぱいあるし。

杉原 理屈だけじゃしっくりはこないですよね。やってみて「感じる」ことで。周りからは「何やってんの?」と思われても、自分的には全くしっくりきてるとか、ありますよね。

菊地 うん、そういうのはけっこう大事。いいことですよ。

地域と山を往復する

杉原 これからやっていきたいことは?

菊地 山の仕事だけじゃなくて、身の回りの、近所の人たちのために何かやりたいなって、最近ちょっと思っているんですよね。この間、仲のいい農家さんと話したら、耕作放棄地を整備する仕事があるみたいで、手伝ってくれって言われて。田んぼの手伝いとかもしているんですけど、もともとそういうこともやりたかったんです。

林業だけやっていると、ほんと山の中だけになっちゃって、ちょっと狭いなと思っていて。山は山でもちろん続けたいけど、一人の親方として半々でできたら、両方面白いかなと思うんですよね。最近ふと思っていることです。

杉原 身近なつながりの中で仕事ができると、一層やりがいもあるし。

菊地 地域への貢献をしたいっていうのもあるし、自分の働き方を自由にしたいっていう意味合いもありますね。それを両立できるんじゃないかなって、ちょっと考えていますけど。

杉原 それはめっちゃ面白そうですね。いやー、ありがとうございました。

菊地 いやいや、こちらこそ。面白かったっす。

JR辻堂駅直結「テラスモール湘南」のテラスにて。

(おわり)

>「かながわ森林塾」トップページ

『かがり火』定期購読のお申し込み

まちやむらを元気にするノウハウ満載の『かがり火』が自宅に届く!「定期購読」をぜひご利用ください。『かがり火』は隔月刊の地域づくり情報誌です(書店では販売しておりません)。みなさまのご講読をお待ちしております。

年間予約購読料(年6回配本+支局長名鑑) 9,000円(送料、消費税込み)

お申し込みはこちら