「障害者」と「健常者」。「若者」と「高齢者」。「介護する人」と「介護される人」。
こうしたカテゴリーを、私たちは無意識に受け入れながら生活しています。しかしよく考えてみると、その境界線が存在しているのは、私たちの頭の中だけなのかもしれません。
NPO法人ハーモニー虹の小畑万里さんは、その境界線を取っ払い、人々が共に生きる場としての「現代版の長屋」、コミュニティハウスを構想しています。
「在宅」と「施設」の境界線を解消し、分かち合いの社会を展望する小畑さんにお話を聞きました。(かがり火WEB編集部・杉原学)
【NPO法人ハーモニー虹】
事業内容:住民をつなげるための地域活動、講座(看取り塾)、生活相談など
事業開始年:2005年
所在地:横浜市青葉区
URL:http://npoharmonyniji.shichihuku.com/
「ハーモニー虹」設立の経緯
── ハーモニー虹を設立した背景は。
NPO法人「ハーモニー虹」を設立したのは2004年です。目標はシンプルで、私が当時「共存住宅」と呼んでいた、「現代版の長屋」を地域に作るためでした。
かつて、生活の場である地域には、さまざまな機能がありました。物の貸し借りや冠婚葬祭の手伝いなどを通して、お互いの状況を把握し、自然に助け合う仕組みが作られていたのです。
その根底には、「困ったときはお互いさま」という考え方がありました。しかし、疎外されることを恐れて、無理に周囲に合わせて、ストレスが生じていた一面もあったことは否めません。
現代では、生活スタイルや価値観もさまざまで、お互いの生活に深く入り込まず、干渉し合わない、新しい近隣関係が作られつつあります。SNSの普及によって、人と直接会わないまま、浅く広く、加速度的につながれるようになりました。
そのつながりは、どこまでが現実で、どこまでが仮想なのか判然としません。現実的つながりに発展する場合もあれば、バーチャルでのみ可能な関係もある。こうした中で世代を問わず、社会全般にコミュニケーション不足、そしてお互いの理解不足が蔓延しているように見えます。
福祉サービスにおいては、介護保険や、障害者総合支援法などの制度が整備されましたが、制度に当てはまらないニーズは案外多いのです。生活全般に問題を抱える家族は、大きな負担を強いられています。
たとえば、高齢者や障害者の見守り、散歩の付き添いや手続きの代行、家内のちょっとした修理など、頻度が高いがゆえに、有料サービスに依頼しにくいニーズがあります。それらの解決は、当事者にとって切実な課題となります。
そのような中で、私は地域での顔の見える地道な活動を通して、様々な背景を持つ人びとの状況や立場を理解しあい、生活の中で無理なくお互いにサポートし合いながら、そこで最期の時を迎えることもできる、共同の暮らしを思い描いてきました。
難病の単身者、障害のある子を育てているシングルマザー、ひきこもりの姉の行く末を案じる妹。そんな家族だけで生活課題を解決できない方々が、私の夢に賛同してくださり、「ハーモニー虹」の設立に加わってくれました。さらには一級建築士にも入ってもらいましたが、最終的には私と副代表だけが福祉畑の出身者、という形になりました。
でも、それが私たちの狙いでもあったのです。というのも、「福祉」+「住まい」という方程式は、即「施設」という答えにつながってしまいがちです。私たちは、その壁を打ち破る形を示したいと思っていたのです。
支えあいの場としての音楽療法
── 最初は何から始められたのでしょうか?
まず、NPO法人の設立と同時に、類似の住まいをいくつか見学しました。「認知症高齢者のグループホーム」、「健康な高齢者のグループリビング」、「障害者専用アパート」など。そこでは、たとえば「グループホーム」には介護保険制度の枠組みがありますし、「グループリビング」には高齢福祉制度から補助金がおりる仕組みがあります。
しかし「ハーモニー虹」の構想する住宅は、高齢者、障害者、ひきこもりの人たちみんなで暮らし、支え合おうとする住宅です。どの分野、どの制度という区分はなく、縦割り行政の中では補助金を当てにできませんでした。
そこで、「すぐに住宅の建設は無理でも、ケアと両立させながら、地域に支えあいの場を作ろう」と考えたのです。
── 「支えあいの場づくり」はどのように進められたのですか?
場のあり方は地域ごとに異なり、決まった処方箋はありません。長く試行錯誤が続きました。読書会、スロートレーニング、料理教室、自己表現講座などなど。しかしどれも、数人の参加者しか集められませんでした。
そこで、鍵は「音楽」にあるのではないか、と思いついたのです。音楽は理屈ではなく、感性に訴えるものだから、考え方の違いを超えられるのではないか、と。
青葉区は、合唱、合奏のサークル活動がとりわけ盛んな地域でもあります。そして私も、生活の中にいつも音楽がありました。そこで、ボランティアグループ「ソーシャルクラブ虹」を立ち上げ、「音楽広場」と銘打った音楽療法講座を始めました。
担当する音楽療法士の人柄、音楽に対する造詣の深さはもとより、作詞者の意図や時代背景の考証なども織り込んだ内容が、学びたがりの地域の人たちにマッチしたのかもしれません。
「音楽広場」は今や登録者20数人、常時参加者16人ほどの活動として定着しつつあります。当初は講座だけを目的に来ていた人が、次第に参加者同士の交流を楽しみにするように変化していったのです。
青葉区の意識調査によると、隣近所の住民同士は、挨拶を交わす程度の付き合いが多いようです。回覧版も手渡しせず、ポストに入れるような地域。しかし、音楽広場のメンバーは「顔見知り以上の関係」なので、町で会えばお互いことばをかけ合うようになり、つながりづくりは徐々に広がっていきました。
「ハーモニー虹」のコミュニティハウスとは?
── 「ハーモニー虹」が目指すコミュニティハウスのイメージを教えてください。
ハーモニー虹が目指すコミュニティハウスとは、文字通り「地域の住宅」ですが、いくつかの仕掛けがあります。住宅としては3階建てで、それぞれの階に特徴があります。
1階部分は、地域の拠点となる小ホールとコミュニティカフェ。
2階は共有スペースで、互いに顔を合わせながら生活するシェアハウス。
3階は、独立した生活を営みながらシェアハウスとつながりを持つアパート。
この3つの要素を併せ持つ、地域の住宅として考えられています。
特徴的なのは、キッチン、リビングなどの共有スペースを通して、緩やかなつながりが創られる点にあります。あらかじめコンセプトを掲げて居住者を募るので、目的を持ったつながりが生まれやすいのです。
2階のシェアハウスは、高齢者だけでなく、さまざまな世代の人たちの共同生活をイメージしています。それぞれが抱える生活上の課題は、世代間の支えあいによって軽減される、という考え方です。
入居者は、健康寿命後の高齢者、生きづらさがあって生活に困難を抱える人たち、家庭の外に居場所見いだせない人たち、シングルの家庭などを視野に入れています。
2階のシェアハウスには、プライバシーが尊重される個室が用意されています。住居の中に、キッチン、リビング、洗濯スペースなどの共有スペースを設け、無理なく自然に顔を合わせる機会を作ることは、通常のシェアハウスと変わりません。
違いは、福祉専門職である支援者が常時見守ること。支援者は、介護保険事業所、福祉サービス事業所と緊密に連携を取り、老化、看取り、就労、家族との関係調整など、さまざまな支援を個別に行います。
それと同時に、居住者同士が補い合い、支えあって、無理のない役割を果たせるように働きかけます。
入居当初は個室に立ち入らず、共有スペースを通して見守る。関係が作られる前の訪問は、プライバシーが守られない不安や煩わしさを強めるからです。
支援者は、浴室、台所、家財(洗濯機、食器棚、食卓など)の共有状況を把握することによって、個々の居住者のささいな変化に気づき、対応します。時には食事会、音楽会等のイベントを企画し、新たな趣味や能力などの可能性を引き出す。
このように支援者は、互いの状況の変化を的確に把握しながら、意図的に関係を促進させるよう働きかけます。法律制度にとらわれずに、生活上の課題を抱える一人ひとりを尊重しつつ支援し、互いの関係形成を促進しながら、住宅の中で役割を持てるよう働きかけるのです。
3階部分は、外見的にはアパートと変わりません。しかし階下にシェアハウスが運営されていることを契約時に説明し、たとえば高齢者の終末期、地震や台風など災害時には、積極的に役割を果たすことを理解していただきます。
日ごろは独立した生活を営んでいますが、シェアハウス内の行事やイベントに参加してもらうことにより、課題を抱える人の特徴やかかわり方を学んでもらえます。
3階の住人との自然な触れ合いは、2階の高齢者にはミニ地域交流として社会の風に触れる機会となり、高齢以外の理由で入居している人たちには、社会参加の地ならしとなります。
このように「ハーモニー虹」のコミュニティハウスでは、地縁という広域ではなく、他人同士の支えあいが一つの住宅の中で実現できるよう意図され、生活上の課題が解決できるよう計画されています。老化が進んでも施設に移り住んだり入院することなく、最期まで暮らし続けることができるのです。
分かち合いの時代に向けて
── では最後に、今後の社会のあり方について、小畑さんの展望をお聞かせください。
人口縮小社会は、あらゆる面で「分かち合いの時代」に向かうのではないでしょうか。
近年、欲しいものを購入するのではなく、「必要なときに借りればよい」「他人と共有すればよい」という考えを持つ人が増え、そのような人々を引き合わせるインターネット上のサービスが注目を集めています。
「さとり世代」などと呼ばれている若い世代は、所有という考えに執着しなくなっています。それに引き換え、高度経済成長の中で生きてきた高齢者は、金品に対し所有の意識が強く、それが詐欺やアポ電強盗の被害などにつながるのかもしれません。
これは自分で財産を所有、管理することから発生するトラブルといえます。高齢になり介護が必要になると、本人も家族も、私財の維持管理が難しくなる。たとえ生前それを守り抜いたとしても、子世代の土地や家屋の自己所有の放棄は、今や「空き家」として社会問題化しています。
労働力が慢性的に不足する中で、正規職員に労働が集中し、過労死や自殺を招くような状況や、非正規労働者が調節弁となるようなゆがみを是正し、労働そのものも分け合う必要があるでしょう。
働き方改革という小手先の改善ではなく、働く人たち全体が労働時間を短縮すれば、障害者雇用などと銘打たなくても、働きづらい人の雇用を創出できるはずです。
労働時間が減った分、当然賃金も下がりますが、子育てや介護に振り向けられる時間は増加します。金銭ではない豊かさを、そこに感じられるかどうかが問われるでしょう。身近な他者のために時間を使う、気づかうということは、分かち合いのひとつの形といえます。
このように、経済の効率的な運用という視点ばかりでなく、その人の持つスキルや能力まで幅広く社会でシェアできれば、地縁を超えた新たなつながりが作られます。それは貸し借りのない関係であり、新たな出会いを生みます。
「ハーモニー虹」のコミュニティハウスは、そのためのイメージの提供であり、社会実験でもあるのです。
(おわり)
>小畑万里『地域・施設で死を看取るとき』明石書店、2012年。
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