熊本県合志市が毎年開催している「合志市クリエイター塾」は、自治体が映像教室を主催するという全国でも珍しい取り組みだ。昨年までは合志市で活動できる人が対象だったが、オンライン開催となった今年は青森県六戸町と石川県内灘町が加わり、3地域による共同開催となった。しかも、受講者は全国から募集し、自治体の枠を超えて授業が行われる。活動を全国に広げた狙いは何か?9月から始まる今年のクリエイター塾を取材した。
離れた3ヶ所の地域が映像制作授業を共同開催
「合志市クリエイター塾」は、合志市が主催する市民向けの映像制作の学び舎。荒木市長がマニフェストに掲げた「夢やアイデアが語れるまちづくり」を実践する手段の一つとして、2015年にスタートした。東京の大手映像制作会社である株式会社ロボットが講師役を務め、6年間で延べ160名の市民や関係者が受講している。映像制作を仕事にする市民クリエイターも続々と誕生し、合志市や地元企業からPR動画の制作を受注するなど、新たな雇用が生まれている。
昨年『かがり火』では、このユニークな取り組みを現地で取材し、本誌に記事を掲載した。その際、他の自治体が授業を見学していることを知り、同じニーズを抱える自治体は多いと感じた。そして今年は、青森県六戸町と石川県内灘町を含めた3地域で共同開催される。しかも、108名の受講者のうち49名は3地域以外の方々だ。オンライン開催が追い風になったとはいえ、もともと合志市の地方創生施策としてスタートした「合志市クリエイター塾」が、どのような経緯で他の自治体とコラボし、全国からの参加者を募るまでになったのか?
各地域の感性が混ざりあえば、映像の価値が高まる
「この塾を6年間続けた結果、市民から情報発信する風土が生まれ、市民同士の繋がりが強まったことを実感しています」こう話すのは、塾の事務局を務める合志市職員の境さん。昨年は新型コロナウイルスの影響でオンライン授業との併用を余儀なくされたが、その分、受講者同士がオンラインで活発にコミュニケーションを取りあい、互いの距離が一気に縮まったという。その繋がりからサークル活動も生まれたそうだ。
「こうした動きが自治体を超えて広がれば、風土が異なる地域の感性が混ざりあい、映像を学んで創る価値が高まると考えました。そこで、2年前から他の自治体への宣伝を始め、昨年は、16の自治体に授業をオンラインで見学してもらいました。その自治体のなかで、特に興味を示した六戸町と内灘町の2町にアプローチした結果、今年は参加の返事をいただきました。2町はもちろんですが、全国から集まった49名が塾を受講してどのような変化が生まれるのか、今から楽しみです(境さん)」
行政と塾生がともに成長する流れを大きくしたい
今年の塾では、3地域の名産品を題材にした映像制作が最終目標だ。3地域に集まれる受講者は、撮影を含めた映像制作にグループ単位で取り組むが、それ以外の受講者は、オンラインでのみ授業に参加する。受講料は、全6日間で1万円とリーズナブルだ。
「合志市のテーマの1つは『ハロウィンスイカ』ですが、私たちにとってスイカは身近すぎて、アイデアが広がりません。でも、都会では丸い姿のままのスイカを見ることは珍しく、地域によってスイカの見られ方もさまざま。そうした多様な視点を映像に加えることで、合志市の新たな魅力を発見できることを期待しています。私自身、塾生からたくさんのことを学び、成長している実感がありますし、行政と塾生がともに成長する流れを、もっと大きくしていきたいですね。(境さん)」
また、講師役を務めるロボットの柳井さんは、映像グランプリのようなイベントができたら面白いと語る。
「将来的には、さまざまな仕事をしている全国の方々が映像で地元を紹介しあう競技会を実現したいですね。地元の魅力を発見して伝えられる人が、合志市では着実に育ってきています。そうした方々が活躍できる場を増やすことに貢献したいと思います」
取材を終えて
合志市クリエイター塾では、2020年の授業のダイジェスト映像をYouTubeで公開している。そのなかで、講師役の一人であるロボットの清水さんが「言葉にしにくいものを表現できるのが、映像のいいところ」と語っていたのが印象に残った。地方には、言いたくても言えなかったり、伝えたくても伝える術がない住民が多くいる。そうした方々が映像で表現する機会が全国で増えれば、各地域の飾らない魅力があふれ出して、地域はもっと面白くなる気がする。また、地域内でも住民の個性が映像になれば、住民同士のコミュニケーションが生まれ、生活が楽しくなりそうだ。
初の共同開催となった今年の塾からは何が生まれるのか?そして、市民クリエイターは全国に広がるのか?これからも、合志市クリエイター塾の活動に注目していきたい。
(おわり)