その塩は、まだ結晶になる前だった。
ゆうに10畳はあろうかと思われる窯の中では、海水がゆっくりと蒸発していた。
底にはびっしりと一面に、真っ白なカルシウムが溜まっている。
湯気が熱い。
北緯24度26分58秒 東経122度56分01秒。
日本最西端の島、与那国島。
【取材・撮影:井口康弘】
7月中旬。
亜熱帯に位置する与那国島は、日差しが刺さるように痛い。
台湾のすぐ隣、そうここは南国だ。
緑が濃い。海の青も濃い。
数時間あれば一周できてしまうサイズ感の与那国島。
風の抜ける気持ちのいい丘陵が多い。
散歩をしていると、群れで出歩いている与那国馬に出くわす。
島の中央にはティンダバナと呼ばれる岩山が鎮座している。
ここは、わかる人が行けばわかる。
岩山の麓まで歩いて登れるが、ここのパワーは半端ない。
もっていかれそうになる。
奥行きのある岩肌を横目に、ぞわぞわしながら歩いていた。
後から聞いたが、そのあたりは以前、風葬として死者を埋葬していた場所だとのこと。
そんな生と死が肌身に感じられる島。
自然自体がそもそも生と死の集合体だ。
この島は、日本列島の中で一番最初に黒潮がぶつかる場所に位置する。
そんな大いなる自然の恵みを、人間はいただきながら生活している。
台湾で知り合った、与那国島出身の友人に、「島で塩作ってる若者いるさ〜」と教えてもらい、その製塩所を訪ねることにした。
比川地区の比川小学校のすぐ裏手。
海岸沿いの気持ちのよい場所に、煙突からもくもく煙を上げながらその製塩所は佇んでいた。
挨拶をすませ、見学させてもらった。
製塩所の中は、窯にくべる薪の熱でまさにサウナ状態だ。
そこに響くのは、時々薪のパチパチとはぜる音と、蒸気が水滴となり滴り落ちるピチピチという規則的なリズムだ。
日本列島の中で一番初めに黒潮がぶつかる島。
そんな島で、ひとりの若者が10日間薪をくべ続け、汗を流しながら黒潮と対話していた。
与那国海塩有限会社、代表杉本和将、23歳。(2018年当時)
与那国島に高校はない。
高校進学とともに与那国を離れた彼は、20歳の時故郷へ戻って来た。
試行錯誤しながら塩を作りながら、ふるさとの未来を作る夢を話してくれた。
彼の故郷に対する熱い思いは、ミシュランで星を獲得するレストランの一流シェフをも魅了する塩を生み出している。
【profile】
与那国海塩有限会社
代表 杉本和将
1995年 沖縄県与那国町比川生まれ与那国海塩有限会社
https://www.yonaguni-kaien.net主な取引先:レフェルヴェソンス、塩屋(マース屋)塩専門店 など多数
(おわり)
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