ミツバチのように地域を飛び回り、さまざまなつながりを生み出している、総務省の井上貴至さん

本誌は最も手っ取り早い市町村の活性化は公務員の活性化にあると思っている。国家公務員約64万人、地方公務員約275万人。公務員の1割でも“遅れず休まず働かず”と揶揄されていることに憤然と抗議するようになれば社会は変わる。最近、そのような兆しが見え始めた。

全国を自費で訪問しながら、地域づくりの勉強会「地域力おっはークラブ」を主宰している総務省の若手官僚の井上貴至さん(34)は、『かがり火』の「ミツバチ支局長」。表紙の言葉“人生は楽しき出会い”を実践する一人でもある。花から花を飛び回るミツバチのように地域を軽やかに飛び回り、新しいつながりを生み出し続ける井上さんを取材した。

【本誌・松林建】

地域づくりの勉強会「おっはークラブ」

ある平日の朝8時前。通勤する会社員が行き交う東京・新橋の阪急交通社ビルの会議室に、続々と人が集まってきた。毎月行われる「地域を楽しむ人の社交場・地域力おっはークラブ(以下おっはークラブ)」への参加者たちである。

おっはークラブは、地域の第一線で活躍するゲストが毎回講演し、参加者同士が交流する地域づくりの勉強会。参加者は、会社員、官僚、学生、NPO職員などさまざま。ゲストの顔触れも、官僚、市長、研究者、ベンチャー企業の経営者など多彩だ。最近では、前和歌山県情報政策課長で「ワーケーション」を立ち上げた総務省の天野宏氏、前静岡県牧之原市長で中国と地域の交流を推進する西原茂樹氏、金沢市長の山野之義氏が登場している。参加費は、パンとコーヒー代の1000円。井上さんは、この「おっはークラブ」を2011年から主宰している。

「地域のミツバチ」として全国を飛びまわり、さまざまなつながりを生み出し続ける井上貴至さん。

地域のミツバチとして日本各地を訪問

おっはークラブはもともと、井上さんの先輩に当たる総務省の官僚が主宰していた。その官僚が国会議員になって中断していたのを、井上さんが引き継いで再開させたのだ。魅力的なゲストを毎月呼べるのは、井上さんが毎週のように地域を訪問し、数多くの人と会ってきたからだ。

井上さんは学生時代、東京大学のゼミの先生から「君ら東大生は何も知らない。とにかく現場に行きなさい」と言われたのを肝に銘じて、地域に足を運び始めた。やがて人に会って話を聞く魅力に目覚め、地域を訪ねることが習慣になった。大学卒業後は総務省へ入省。初年度に派遣された愛知県市町村課では、1年間に県内で催された50以上の祭りに参加した。以降、担当セクションは変わっても毎週のように地域づくりの現場を訪問しては人に会い、情報交換を続けている。仕事で会った人に誘われたり、知人に勧められて会いに行くことも多い。まさに地域のミツバチとして日本各地を飛び回り、地域と地域を「受粉」させている。「おっはークラブ」も、受粉の場の一つだ。

「まだ行けてない地域も多いのですが、繰り返し訪問している地域が幾つもあります。小布施には何十回と行ってますし、サテライトオフィスで知られる徳島県神山町には、有名になる前から何度も通っています」

官僚という仕事はとにかく忙しいのだが、時間をやりくりして地域に出かけて現場の声に耳を傾ける姿勢は立派だ。

「おっはークラブ」では、始めに井上さんの号令でテーマソングを参加者全員で歌うのが恒例。

ワークライフシナジーという生き方

それにしても、井上さんが地域をプライベートで訪問し続けている原動力は何か。

「プライベートで行くからこそ、地域の方々と親しくなれます。現場で働く人は輝いて見えて、生き生きと話をしてくれます。特に、霞が関には頭が切れる官僚が大勢いますので、同じ土俵では太刀打ちできません。でも、私以上に全国各地を訪ね歩き、現場を見聞きしている官僚はそう多くはいないと思っています。私の経験と人脈が仕事でも強みになっています。最近はペースが落ちましたが、今も月に1~2回は、どこかに行っていますね」

本誌が井上さんを取材したのは11月15日の金曜だが、11月には北海道の東川町を訪問し、週末は島根県の海士町と美郷町を訪問するという。美郷町へは、たまたま東京に来ていた町役場の方から「町中ドローン構想」の説明を聞いて興味が湧き、海士町の帰りに立ち寄ることにしたそうだ。仕事とプライベートは、どう区別しているのだろう。

「私は、仕事とプライベートを分ける『ワークライフバランス』よりも、『ワークライフシナジー』のほうがしっくり来ます。ワークがライフに生きて、ライフがワークに生きる。そうした生き方を私はしてきましたし、そのほうが幸せになれると思います。地域で人と会い、つながりを生むことは、私にとってライフワークです」

「おっはークラブ」の講演者は、地域づくりの第一線で活躍する方々。井上さんの人脈の賜物だ。

史上最年少の副町長に就任

井上さんは、総務省に入って7年目の2015年から2年間、「地方創生人材支援制度」の第一号として、ブリの養殖が盛んな鹿児島県の長島町に派遣された。この制度は、地方創生に積極的な人口10万人以下の市町村に、国家公務員や研究者などを首長の補佐役として派遣するもの。井上さんはこの制度を自ら発案し、長島町に派遣された。そして3か月後、井上さんは29歳で史上最年少の副町長に就任。地域住民から課題を聞き出し、前例のない官民連携を活発に行い、ユニークな施策を次々と生み出した。特に、高校や大学を卒業して10年以内に長島町へ戻ってくれば町が奨学金を全額補填する「ぶり奨学金」は世間の注目を集め、複数の自治体で同じ取り組みが始まっている。

中央官庁から過疎の自治体へ出向して、どのように地域に溶け込んだのか。

「これまでの経験で、地域づくりのノウハウは持っていましたが、それらを一度全て忘れて、白紙の状態で長島町に行ったんです。まずは町を知ろうと思い、いろいろな会合に出たり、畑や海に行ったりと、積極的に住民と会話しました。特に、ぶりの稚魚の『モジャコ』を獲る漁船に乗ると言った時は、外海の東シナ海に出るので最初は止められたんです。でも、押し切って船に乗ったら、『国から来た人がモジャコ船に乗った』という話が町中に広まり、住民との距離が一気に縮まりましたね。あとは、漁業の町特有の『やってみよう』という気質と、副町長という立場を与えていただいたことが、多くの成果につながったと思います」

長島町副町長時代の井上さん。手に持つのは地元で作られたアイスクリーム。

井上さんの、成功か失敗かを考えて逡巡しているよりも、「とにかくやってみよう」という精神から生まれた成果の一つが、2019年11月から全国で順次公開されている映画『夕陽のあと』である。この映画は、長島町を舞台に、養子縁組制度や貧困などの社会問題を真正面から描いたもの。「映画で町をPRしよう」と最初に声を発したのが井上さんだ。言い出して半年後に井上さんは長島町を離れるが、映画制作は続けられ、資金調達や制作会社などの難問もクリアして、完成にこぎ着けた。

「映画制作は、町で私が手掛けてきた官民連携の集大成だと思っています。感動のヒューマンドラマですので、多くの人に見てもらえるとうれしいですね。私も試写会で涙がこぼれました」という。

愛媛県から内閣府へ

長島町で2年間の任期を終えた井上さんは、2017年から愛媛県の市町村課に2年間出向。2019年4月からは内閣府の地方創生推進事務局へと移り、スーパーシティ構想に関わっている。地域の現場から内閣の中枢に異動してギャップはないのだろうか。

「スーパーシティ構想は、地域の課題をテクノロジーで解決する側面があります。例えば、自動運転が実装されれば一人暮らしの高齢者も地域で暮らせますし、遠隔教育で自宅で授業が受けられれば、時間をかけて遠くの学校に通わずに済みますよね。そうした課題を解決するうえで、地域の現場で見聞きした経験が全て糧になっています」

井上さんのようなミツバチがブンブンと日本各地を飛び回るようになれば、地方にも活気が戻るに違いない。

(おわり)

※この記事は、地域づくり情報誌『かがり火』190号(2019年12月25日発行)掲載の内容に、若干の修正を加えたものです。

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